「遅いですね…仁王君…」
柳生は、腕時計を見てため息をつく。
仁王から日曜日空いてないかと聞かれ、特に用事もなかったのでこうして待ち合わせをしているわけだが、誘った当の本人が時間になっても来ないでいた。
「自分から誘っておいて…全く。いつもいい加減なんですから…」
本日2度目のため息。

脳裏に過ぎるのは、仁王とダブルスを組んで練習をした時の一場面だった。
「悪ぃ、悪ぃ」
仁王の返したボールがネットに当たり、相手チームの得点となってしまった。
「…今のボールは返せたはずですよ？」
「だから、悪かったって」
口では謝るものの、悪びれた様子もなく、反省してるのかどうかわからないその不真面目な態度に、柳生は不快感を抱いていた。

「…まぁ…時々頼もしかったりもしますが…」
仁王の日頃の態度の不真面目さを思い出し、眉間に皴を寄せていた柳生だが、ふと、返球に間に合わず、あわや得点になるかも、というボールを取ってくれた仁王の事を思い出した。
思わずフ、と笑みが零れるが、そんな自分に我に返り、柳生は照れて赤くなった。
照れた自分を打ち消すように頭を２、３振り、今の状況に思考を変える。

「それにしても、仁王君遅いですね…来る途中で何かあったのでは…」
あまりの遅さに、次第に不安になってきた柳生のポケットから、携帯の着信メロディが聞こえてくる。
掛けてきた相手は仁王だった。
「もしもし？」
「もしもーし」
「仁王君？！今どちらにいるんですか？」
「んー……」
急き立てるような柳生とは対照的に、仁王の受け答えは悠長なものだった。
「ヒロのう・し・ろ♡」
仁王の返答と同時に柳生が振り向く。

「や、♪」
そこには、仁王が片手を挙げ、にこやかに立っていた。
柳生は一瞬目を丸くするが、すぐに仁王に詰め寄る。
「や、じゃありませんよ。約束の時間はとっくに過ぎているんですよ？」
「悪かったって」
相変わらず、とても反省してるようには思えない仁王の態度に、柳生は眉間の皺を深くする。
「遅いし、連絡もないしで何かあったんじゃないかと心配したんですよ？」
「…へぇ…心配ね…」
「何ですか？」
含んだもの言いをする仁王に、柳生は説教を止め、訝しげに見る。
「実はな、遠くで見えたヒロがあんまり可愛かったからさ、魅入ってた」
「………なっ！」
さらりと言いのけた仁王の言葉に、柳生は二の句が接げず、口を開けたまま固まる。
「しょげたり、赤くなったり、コロコロ変わる表情が面白くってさ」
楽しそうに笑う仁王に、柳生はさらに顔を赤くする。
「そんな事面白がってないで、きちんと時間通りに来て下さいっ！」
柳生は照れを隠すように、踵を返す。
その背中越しに、仁王は声をかけた。
「本当は、ヒロが俺の事考えながら待ってくれてると思ったら嬉しくって、それでずっと見てた」
「……っ！！」
柳生、ニ度目の絶句。
「そっ、そんな事考えていませんっっ」
柳生は、今まで一番の慌てようで、先へと進んでいった。
その後を仁王が笑いながら追いかける。
「えー、違うの？」
「違いますっっ！」