下校時刻を過ぎ、部活動をしていた生徒も少なくなった教室で、柳生は仁王に呼び出されていた。

…が、当の本人は中々現われなかった。

「…どうしたんでしょうね…」
すると、ぼんやりと外を眺めて時間を持て余している柳生の背後から床板の軋む音がした。
「仁王君？」
柳生が振り返ろうとした瞬間に、いきなり視界を塞がれ、目の前が暗くなった。
「！？…ちょ、仁王君？！何のつもりですか？！離したまえっっ」
柳生が自分の視界を塞いでいる手を取ろうとしたと同時に、耳許で仁王のものとは違う声を聞いた。
「…柳生」
「！！」
その声の主に、柳生は顔から離そうと相手の腕に掛けた自分の手に、思わず力が入った。
「…さ、なだ…君？」
「柳生、少しの間だけでいい。暫くこのままで…」
耳許で囁かれる言葉に、柳生の膝は震え、身体中が熱くなるのを感じた。

――自分は確かここで仁王君を待ってたはず…

柳生は、自分の置かれた立場が理解できず、硬直するしかなかった。
その間にも、背後の人物の手が柳生の制服下に侵入してくる。
「！？…っ…い、いけませんっ！真田君っっ」
柳生は力の限りを使い、体を引き離し、ようやく振り返った。
「さな…だ…君？」
振り返った先には、声の主であった真田はおらず、待ち人である仁王が満面の笑みで立っていた。
「…？…い、今…真田君がいらっしゃらなかったですか？」
「あいつなら飛んで逃げてったぞ」
「！！」
「…なんてな、今の全部オレ」
「！！！！」
可笑しさを堪え涙目になりながら仁王は自分を指差し、柳生の驚く顔を見てついに噴出す。
「でっでは、真田君は一切ここには来ていなく、ずっと仁王君が…？」
「そういうこと♪…どうだ？たまらんかっただろ？」
「！！！！！！」
仁王は再度耳許で真田の声色で囁き、柳生は耳を押さえ反射的に離れる。
「似てるだろ～？今度真田に変装しようと思ってな、テニスプレイ以外は完璧みたいだな」
一人満足気に頷き、仁王は教室を後にした。
柳生は、呆然としている間に去られた仁王を慌てて追いかけ、廊下に出る。

「戯れもいい加減にしてくださいっ！！」

仁王の背中に向けた柳生の叫びが、廊下中に木霊する――