それは、唐突だった。

「あの…もう一度お願いします…」
「何だ？聞こえなかったか？明日、○×病院のお嬢さんと見合いだからな」
「ちょっ、待って下さい。急にそんなことおっしゃられても…」
「まあ、顔見せ程度の挨拶と思ってよろしく頼むよ」

祖父は問答無用に話を進め、結局何も言えないまま見合いをする羽目になってしまった。


「よろしんですの？お兄様」
見合い当日、消沈した私を見兼ねてか、妹が自室を訪ねてきた。
「よろしくないけど…断ったら御祖父（おじい）様にも先方にも悪いし…」
「お兄様は優し過ぎますわ」
「しょうがない事だよ」
まだ不服げに頬を膨らませる妹の頭を撫で、御祖父様と見合い会場へ向かった。
その時は、見合いだけで終わるだろうと思っていた。

しかし、祖父を侮ってはいけなかった。
とんでもない事態となった。

「どういうことですの？！」
「それはこっちが聞きたいよ…」
「お兄様、結婚はまだなさらないんじゃないの？」
「そのつもりだったけど、御祖父様が話を進めてしまって…最初からそのつもりだったのかもしれないな…」
「お兄様……」
妹は呆れたように私を見る。自分でもこの事態に呆れているよ。
「はっきり断った方がよろしいんじゃなくて？」
「向こうは日頃懇意にしている病院だ。関係が悪化したら大変だ」
「それって思い切り政略結婚じゃありませんの！」
「しょうがないよ、私は長兄だからね」
「……………」
妹は何か言いたげに口を開きかけるが、怒気をはらませたまま勢いよくドアを閉め、出ていった。


その夜、中々眠れず本を読んでいるところに、携帯電話が鳴った。
受信先の表示を見て、出ようかどうか少し迷い、結局電源ボタンを入れることにした。
「…こんな夜中に何ですか？仁王君」
「ヒロ！？」
慌てたような仁王君の声が、もう私の話を聞いたのだと悟った。
「妹から聞いたのでしたら、その通りですよ」
「結婚すんな」
「何を…」
「頼むから、結婚しないでくれ。ずっと俺の傍にいてくれ！」
仁王君の声を聞いて、目頭が熱くなった。
でも、ここで「はい」と言ってしまっては、今まで築き上げた御祖父様の期待も、柳生家の存続もなくなってしまう…
「…………ごめんなさい…」
一方的に通話を切り、一晩中声を殺して泣いた。



「んもう、泣くほど嫌でしたら止めればいいですのに」
式当日、目を赤くした私に、ファンデーションで直してくれながら妹が言った。
「それは出来ないよ」
「何でですの？わたくしもう、婿をとって柳生家を継ぐ気でいますのよ？」
例えこの結婚が無くなったとしても、その先に待つものが幸せかどうかはわからない。
寧ろ、結婚した方が幸せだったと思うかもしれない。
仁王君と、ずっと一緒にいられる保証はない。

少し一人になりたいと、妹を控え室から外した。
気持ちを整理しようとしていたその時、
メールの通知音が鳴った。
淡い期待と、それを否定する気持ちが葛藤し、携帯を持つ手が震えた。

送り主は―――――

『もうすぐ着く！迎えに行くから待ってろ！一緒に暮らそう』

「仁王君……」
式前だというのに、折角妹が直してくれたメイクも崩れ、ディスプレイに滴が落ちた。

「ヒロ！」

そして、息せき切って現れた仁王君が差し出した手をしっかりと握り、私は、結婚式会場から逃げ出した。