結婚式当日に、ヒロの手を掴んで逃げた。
映画やドラマでは凄くかっこいいシーンだが、白いタキシードの花婿の手を引いて走る光景は、さぞ異様だったろう。

実際の俺は、遠くまで逃げることに必死だった。
強く握っていたヒロの手は、赤くなっていた。
「に、仁王くんっ…この先、どこへ行くのですか？」
呼吸を乱しながらヒロが問う。
「一応引っ越し先は考えてあんだ。…でも、ま、同じ市内だからそのうち足は付くと思うけど…」

市内すらヒロを連れ出すことは出来ない。
それが俺の限界
それでもヒロは俺に付いてきた


木造二階建てのぼろアパート。
俺達の差し当たっての愛の巣だ。

「…もう、柳生家には帰れないでしょうね…」
「すまんの、」
「私が自分の意志で付いて来たんです。仁王君が謝ることはありません」
そう言ってヒロは笑う。
だけど、ヒロの笑顔が痛々しく見えるのは、俺に罪悪感があるからだ。
何不自由なく暮らしていたヒロを、突然こんな何も無い世界に連れ出した。
わかってる。
連れ出したのも俺、
振り回してるのも俺、
それでもいいと笑うヒロ。
二人でいれば何とかなると、明るく笑った。
それが、俺の救いだった。


俺は、バイトを増やした。
生活するには金がいる。
医者という立派な未来があったヒロの人生を潰した。
だから、俺がヒロを幸せにしてやらないといけない。
離れないように、あの世界に戻ってしまわないように。

「おかえりなさい、仁王君」
「あぁ、」
「御飯、食べますか？」
「ん…でも、次のバイト行かなきゃだから軽くでいいや」
「…………」
「どうした？ヒロ」
「仁王君がそんなに働くのは私のためですか？」
「…っ………」
俺はいつものように適当にあしらうことが出来なかった。
「でしたら大変迷惑です」
「……っな、…」
俺は思ってもみなかったヒロの言葉に愕然とした。
「仁王君のその気持ちはとても有難いですが、私は養って欲しいなどとは一度も言ってません」
「ヒロ……」
「私だって仁王君のために何かしてあげたいです。それこそ私も働きたい。ずっとこの家で仁王君を待つばかりの生活なんて嫌です」
真っ直ぐと俺を見つめて言うヒロに、敵わないと、諦めのため息をついた。
「…悪かった。ヒロに楽させたいと思って独りで空回ってたみたいだな…。ヒロを外に出したら、連れ戻されるんじゃないかと不安になってた」
「初めにも言ったはずです。私は自分の意志でここに来ました。仁王君が悪いと思うことは何ひとつありません」
「ヒロ……」
あまりの嬉しさに涙がこぼれて。
「仁王君、あの時、私の手を取ってくれたことを本当に嬉しく思っているんですよ」
ヒロはまた、優しく笑った。

二人なら、どんな障害だって厭わない
これが一時の迷い事だろうと構わない

今は、
ただ、この瞬間は、

二人で一緒にいられるだけで幸せ――――