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短編

いや、うちの上司こと魔王様はめちゃくちゃこわい人だ。フィクションの悪役ってもっとこうスマートだったりパワフルだったり、謎の色気を持たせたりするがうちの魔王様にあるのは「おれにとって使えないやつはみんな死ね」である。
 まだ門番をやっていた頃の俺は頭の上にいつ死体が飛んでくるかとても怖くて怖くてまわりがバカにするのも気にせず人間たちのように頭に鎧をつけていた。
 魔王様がどんどん部下を殺していくため、下っ端にいた俺にとっては上がどんどんといなくなり、最終的に魔王様の秘書的な立場にもついてしまった。引き継ぐ相手はみんな死体なので泣く泣く仕事をしている。
 領土に住むものたちもそんなに数はいないので話を聞いて、インフラ整備をして、もめごとがあれば割って入り、魔王様のお世話をして……と。いっぴきの魔物がするにはえげつないほどの仕事量である。いい加減休みがほしい。
 そして本来ならば休みのはずの就寝タイムも仕事である。魔王様が「裏切り者がいつ来るか分からない」と言い出したのだ。いやあんたは強いから大丈夫ですよ、と言いたかったが我慢して「寝ずの番を……やります」と伝えた。魔王様はそれを拒否したと思ったら「おれと同じベッドに入れ」と言い出した。上司とずっと一緒という想像以上の地獄がきてしまった。つらい。しかも鎧も外せと言われ、俺は渋々情けない姿をさらした。魔物らしくないこの姿はみなに馬鹿にされてきた。最近は、同じ門番をやっていたものたちもみんな消えたので俺を馬鹿にするものもいなくなったが。
 そんなわけで。元下っ端魔物は下等生物の人間に近いフォルムのままおどろおどろしい化け物魔王様の睡眠を守りながらなんとか夜もがんばっている。



 魔王は困っていた。これからどうしよう。一緒にベッドに入るようになったけれどこの門番はちっともちっとも魔王の気持ちに気づいてくれないのである。そろそろいい加減魔王のアプローチにも気づいて欲しいのだが、領地のトラブルがあると彼がすぐさま飛んでいくので魔王は寂しいのである。寂しさから領地のいくつかを潰してしまおうかと思ったが、それをすると門番(いまは秘書)が悲しむのでやめにしている。魔王は好きなもののためなら我慢ができる魔物である。
 門番の魔物はいわゆる出来損ないの魔物たちがつく役職だった。中でもこの門番は今まで見た中でも類を見ないほどの出来損ないなのだが、この魔物が身を呈してつまずきそうになった魔王を助けて複雑骨折で入院したと聞いて「おもしろいな」と思ってしまった。魔王は翼を出して転げることを回避したのに、自分の小ささも顧みず助けようとしたあの魔物は入院したというのだから笑うしかない。
 まあ仕方がない、と花を買って門番へ会いに行くと「ご無事で何よりです!」と笑われた。そんな言葉をかけられたのは生まれて初めてのことだった。魔王にとってはその日からずっとずっと門番が自分の人生だった。
 門番の悪口を言うものを殺し、門番を追いかけるのをやめろというものを殺し、あとなんか気に食わないものを殺していたらいつの間にか部下はどんどんと減っていて門番が秘書のような立場になっていた。これはいい機会だ、と魔王は門番にせっせとプレゼントをしたりデートに誘ったりしてみたが結果は芳しくなかった。
 それならば、と誘惑してみようかとも思ったが門番はベッド横に座り「あなたを絶対に守りますからね」と言うものだから頷くしかできなかった。魔王が全力で門番と自分を邪魔させないように城自体を防御しているのでそんなことは億が一有り得ないのだが黙っておいた。
 言い聞かせて説き伏せてなんとかベッドに入るようになったものの。門番は眠りこけて魔王の肉体の美しさなど興味もないという素振りである。ここで諦める訳にはいかないが、これ以上は何をすればいいか分からない。
 もぞもぞと門番の服の裾をつかんで寝ていたらそっと門番の手が魔王の爪に触れてきた。
「魔王様、あの、あんまり……勘違いさせるようなことは、しない方がよいかと」
 おそるおそると進言してきた門番の顔は真っ赤だった。あー!! 可愛い!!!

 魔王の頭の中に可愛いの文字しか浮かんでいないとは思ってもなく、門番は「俺ごときの進言でこのまま殺されたらどうしよう」とびくついていた。
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