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短編

「ねえねえ、僕がさあ浮気したらどうする?」
「……なんでおれに聞くんだ?」
「え?」
「あ?」
 そのとき、おれは河合にとって恋人扱いされていることを知ったのだった。そして河合の方はおれが恋人として付き合ってるなんて思ってなかったことに気がついた。この場合、どちらが悪いのか。弁護士先生はなんて言うのだろうか。同意のない性行為は悪いと言っても、性行為は確かに同意だった。ただ、それが愛を育むためのものだと思ってはいなかった。認識の違いである。
 ぐっしょりと涙と鼻水とでシャツを濡らしているこの麗しい男はおれと付き合っていると思っていたらしい。全く告白を受けた覚えはなかったが、河合曰くちゃんと言っていたそうだ。そしておれは返事をした、と。河合の記憶は適度に自己補完されることがあるので疑わしい気もするが証拠はない。それを信じるしかなかった。ちなみに何ヶ月? と聞いたら一年と答えられた。嘘だろ、と呟くと「えぇんバレたぁ」と言い出して殴ってやろうかと思った。自分は気づいたら彼を殴っていたのか河合は「いだいよぉ。なんでえ、正直に言ったのに!」と泣いていた。なんでだろうな、と適当な返事をしてから自分の手帳を確認した。一年ではなく半年。それが河合の言う付き合っていた期間だった。適当なことは今度こそ言ってないようだ。長い時間だった。さすがに申し訳ないと思った。
「ごめん、ちゃんとお金は払うから」
「……??? ろっくん、ぼくと付き合わないの」
「ん!?」
「………」
 二人で顔を見合わせておれたちはもっと話し合いが必要なのだと思った。

 おれはそもそも河合を恋人として見られる気がしなかった。彼はただの手のかかる友人である。河合の方からセックスがしたいと言われてもそういうものなんだろうなと思っていた。河合の貞操観念が緩いのは知っていたのでおれに対してもそういうものだと思っていた。昔はもう少し彼に対して恋や愛を持っていたような気がするが、そんなものを持っていても心がしんどくなるだけだと疲れてしまったのだ。諦めることは時に人を救う。
「それに、その付き合う前からおれたちセックスはしてたじゃん」
「……セックスしたあとなら、ろっくん、体から落ちてくれるかなって」
「……お前のそういう合理的というか馬鹿というか、へんな考え方は嫌いじゃないが、今回ばかりはアホだろ」
「褒めてる? 貶してる?」
「貶してる方が割合が高いぞ」
「ちぇっ」
 じゃあもしかしてあのチョコレートって……と言ったおれに河合は「へへー」と頷いた。道理で高いチョコレートをもらった、と思った。あれはバレンタインのチョコレートだったのだ。しかも、恋人に向けての愛情の込められているものだったらしい。
「バレンタインのお返しはするけど。でも、あのさあ。恋人は一回なしだろう? そりゃあ……おれが、おれが悪いんだろうけども!」
「やだー!!! そんなことでろっくんが恋人作ったらどうするのさ、ぼく今まで頑張ってきたのに!!」
「……いや、どう考えてもこれでまた付き合う方がおかしいだろ」
「これで付き合ってくれればお金払わなくていいんだよ!?」
 その言葉はお前の価値は金しかなくなるがそれでいいのだろうか。河合は必死におれのことを見ている。その視線に対して応えられる熱はおれにはない。断らないとダメだ、と思うのだが。
 おれの携帯にかかってきてる音楽がそれを邪魔するようだ。一言ことわってからスマホを見ると姉から買い物をしてくるように頼まれていた。
「だれ?」
「姉貴。買い物」
「なんだ……」
 なに、嫉妬したの? おれがからかうように言うと「当たり前じゃん」と返された。そうか、こいつ本当におれのこと好きなんだ。そう思ったら何だかじわじわと燻らせていた気持ちが蘇ってきた。女を抱いていたこいつを見て、羨ましさと憎しみとを抱いていた。自分の恋人にはなってくれないこいつを、おれは心のどこかで嫌っていた。
 自分の心の汚さが嫌になる。大きくため息をついたおれに河合がびくりと肩を震わせた。
「や、やっぱり嫌なの?」
「……うん」
「!! なんで……ッ。俺、頑張ったじゃん。ろっくんに好きになってもらえるように」
「いやでも、おれ、すごい嫉妬するから……河合の横にいるとやばい気がする」
 だから、と言おうとしたのに目の前には河合の顔があった。それって、と上擦った声で聞いてくる。何度見てもこいつの顔は綺麗だ。だからこそ腹も立つのだろう。
「俺のこと、好きってことなんじゃないの?」
「それはない」
「なぁんでえ……」
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