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短編

 好きな人は俺のことを見てくれない人だった。何度手紙を出しても呼び出しに応じてくれない。そんなことで嫌いになるわけではないのだが、イライラしてしまって仕方がない。
「それで、俺にどうしてほしいの。」
「秋穂くんの身長差と同じでしょお前。」
「指さすな。」
 友人に包まれた指を見て晴人は勢いよく拳に変えて顔を殴りに行った。怖いんだけど、と言われたが晴人には好きでもない男に手を握られる方が苦痛だった。潔癖症ではない。単純に秋穂以外の人間に極力触られたくないだけである。そんな彼がわざわざ友人にそんなに近くに立ってもらっているのは秋穂がもし、近くに来てくれたときどれくらいしゃがめばいいのかという練習だった。友人には呆れられたが晴人にとっては秋穂より大きな身長がコンプレックスだった。男同士だし、秋穂はオナニーのネタも女性を見ている。かっこいいとは言われるが可愛いとは言われない見た目を晴人は気にしていた。秋穂には嫌われたくない。気に入られたい。女子高生が好きな人の前ではメイクをして可愛いことをしゃべるように、晴人も秋穂の前では努力したかった。まあ、それも彼に見てもらわなければ意味がないのだが、晴人はその点についてはとてもポジティブだった。秋穂に彼女がいない限り、チャンスは平等である。ただスタート地点が人それぞれ違うだけだ、と。いわばこのしゃがむ練習というものは、スタート地点のギャップを埋めるためのものであった。友人の男からすれば下級生からもいつも話題になっているこの男が機械いじりの好きな男に惚れていて、彼のために努力している光景がおかしく見えていた。

 晴人には誰にも言えない秘密があった。むしろ、犯罪行為であると理解していて人に言えばそれをやめさせられるので「言いたくない」という理由が大きい。晴人はずうっと秋穂の家にカメラを仕掛けていた。

 この盗聴カメラは晴人の設置したものではない。そんな簡単に家に入れたら苦労しない。家に入るタイプのストーカーはよっぽど厄介なやつか拗らせたやつかのどちらか、と晴人は思っている。同じストーカー行為でも晴人は「自分はまだマシ」という自分勝手な気持ちも抱いていた。
 秋穂の家のカメラは晴人のことが好きだという秋穂の妹に設置してもらったものだ。家族が共犯としているのはとても心地よい。晴人は好きな人の妹だから、と仲良くしていたのだが向こうは晴人に好かれるためにやっていたようで、仕方なく腹を割って話したという過去がある。晴人も馬鹿ではない。自分が好きな人のために努力するように、逆に努力される側の人間であることも理解していた。晴人が好きなのは秋穂だけである。これで学校でバラされても気にしない、と自分に言い聞かせて秋穂の妹に自分の恋心を話した。すると彼女は「うちの兄貴をストーカーするのはどうかと思いますが……」と言いながらも晴人の恋を応援してくれることとなった。同性愛者ではないが、男が男を好きになっている状態である。晴人は自分のことを気持ち悪く思っていても仕方ないとさえ思っていた。
「んー、でも好きになったんですよね。」
「ああ……。」
「それで、兄貴しか好きになれなかったって言われたらそれを受け入れるだけですよ。」
「……そうか。すごい、な。」
「すごかないです。私に自分のこと全部言えた市谷さんのほうがすごいです。」
 妹さんは晴人が満足するなら、と期間限定でカメラを設置させてくれた。バレたらまずいし、何より人道的にまずい、ということだった。晴人は一週間だけでいいとお願いした。なので、晴人の手元には一週間分の秋穂の一日を追いかけたカメラがある。家の中での彼は何をしているのか。知ることができるのは想像以上に晴人の心を温めた。ストーカーするのはまずい、とわかっているのだが止められない。麻薬と同じである。きっと秋穂は晴人の人生の中で麻薬として設定されていたのである、そうに違いない。
 撮りためたビデオを少しずつ進めるため晴人は全部を見るのに何ヶ月かけるのだろうか、と思っていたがある日、とんでもないものを見てしまった。
「団地、づま……。」
 AVだった。アダルトビデオ。いや、秋穂も男なのはわかっているけれど。晴人は急いでパソコンを閉じた。まさか、これは、マスターベーション、というものを録画しているのだろうか。かあっと顔が火照ってくる。
 え、本当に? 嘘じゃないよね?
 晴人はおそるおそるパソコンを開いてイヤホンをもう一度耳につける。再生ボタンをタップするとAVをスマホで聞きながら、ローションでくちゅくちゅと音を立てている姿が見えた。
 あああああああ!!!! 晴人はこころの中で叫びながらまたパソコンを閉じた。いや、だめだ。あれは刺激が強すぎる。晴人は漫画のように自分が溶けている感覚がしていた。


 秋穂の家では一番早起きなのが秋穂だった。運動部に入っているわけではないので体力がどんどん落ちることを心配した両親に朝から走れ、と言われたことがきっかけだった。最初こそいやいやだったものの、走っているとロボットのアイディアが思い浮かぶようになった。一人で街を探検しているのも気分がよく、なんとなく惰性で続けている。
 いつからか走っているときに、ある家からいつも人が見えているというのに気づいた。団地かマンションか、秋穂にはよくわからないがとにかく集合住宅となっているとある階から男が自分を見ていた。最初はそれが誰かわからなかったが、見覚えのある顔だな、と思っていた。もしかしてどこかの大会で会ったのか、それとも芸能人なのか。うんうんと考えていた秋穂に答えを出したのは秋穂の妹であった。
「ねえお母さん見て、この人! 先輩! イケメン!」
「あー、たしかにイケメンね。」
「あんね、この前の体育祭で写真お願いしたらいいよって!」
 盗撮ではないらしい。まあ、それなら、と秋穂もスルーしていたのだがどうやら父親がそのイケメンに興味があるらしく「父さんもイケメンみたいなあ」とのそのそ妹の方に行ってしまった。
「あれ、この男の子……。見覚えがあるな。」
「え、嘘!」
「前にうちに来てくれた子だよ。ほら、秋穂がインフルで学校に行けなかった時。」
「えーーー、お父さん知ってるの!?」
 えーーー、そのイケメン俺の知り合いなの!? そっちのほうが秋穂には衝撃だった。俺にも見せて!と慌てて妹のスマホをのぞくと、そこには一年の時クラスメートだった市谷晴人がいた。
「市谷、じゃん。」
「イケメンだよね。」
「なんだ、お前たち友達じゃなかったのか。」
 秋穂は市谷とそんなに話したことはない。というよりも、彼から睨まれていると思うしなんだかいつも怖いのだ。イケメンが真顔で見つめてくるというのは人が予想する以上に怖い。
「いや、友達じゃない、と思う……。多分、押し付けられたんじゃないかな。」
「そうかあ?」
「そうだよ。」
 なんだか疲れてしまって秋穂はさっさと自分の部屋に戻ることにした。リビングに残った父親が娘にせがまれて市谷の話をしているのを、彼は聞いておいたほうがよかった。
「市谷さん、兄貴のこと知ってんの?」
「ああ。……。やけに楽しそうに秋穂の学校での様子をはなしてくれるから、てっきり友達だと思ってたよ。」
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