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短編

 名前も聞き取れないこの国に俺はどうやら落ちてしまったらしい。足元には魔法陣。周りにはなんかイケメンたちがいる。
「えーー、なにこれ。」
 自分の顔がいかに何も無いか思い知らされるのでそんな顔で見るのはやめて頂きたい。何か白い服を着た人がごちゃごちゃと叫んでいるがそれも聞き取れなかった。英語ではないし中国語でもない。そんなの分かるわけねーじゃん俺日本人だぞ??と心の中で文句を言った。俺が不貞腐れた顔を見せると向こうの怒りはさらに強くなっていたからだ。とにかく日本に帰りたい。その一心だった。
「アイウォントゥー カムバック ジャパン。オーケィ?」
 下手くそな発音だが中学レベルの英語で言ってみた。向こうは何言ったんだこいつって感じにどよめいている。英語は失敗したようだった。かといって中国語やフランス語が喋れるわけでもなく、俺は諦めて突っ立っていることにした。イケメンの一人がこちらに歩み寄ってきた時、バン!と派手な音がした。見ると壁に大きな穴が空いている。穴と呼ぶには大きすぎる。ここの壁はウエハースだったのかと思うくらいには大きな大きな穴が出来ていた。ずん、と音がして瓦礫が落ちた。土煙の奥に見えたのは赤い瞳。青い鱗。えっ、鱗?? 目を擦らなくても分かるくらいに鱗だった。太陽の光を浴びてキラキラと輝いて人の目を刺してくる。
「お待ちしておりました、旦那様。」
 なぜかそのドラゴンの声は俺はすぐに分かった。


 ドラゴンによってかけられた魔法で言葉がわかるようになった。神官の言葉もわかるようになり、なんで怒られているのかも分かった。順序よく説明すると、この国の名前はヴィシァーンヌワイというらしいがこの「ァーン」で巻舌のように後ろに行くので俺の発音が上手くいかない。とりあえずヌワイの人ですと言えるようになった。
 この国はドラゴンによって守護されている国らしく、俺を見てニコニコしながら日光浴をしているこのどデカい翼竜が今の守護神らしい。フィラーバルと呼ばれたこのドラゴンは俺が召喚されたと聞いて壁をぶち壊し挨拶に来た。いくら自分の魔法で直せるからといって軽々しく神殿を壊すものでは無い。俺になにか叫んでいた白服は神官が、「フィラーバル様ぁああぁああ!!」と叫びながらこれ以上崩れないよう修復していた。見ててちょっと面白かった。俺がなぜここに呼ばれたかと言うとこのドラゴンのせいらしい。この世界は天女を召喚しなければならない話も、勇者を連れてこなければならない話も、ましてや俺みたいな死んでもない人間を連れてこなければならないわけでもなかった。俺はいつも通りに会社に行くところをなぜか満員電車に乗り込む時に落とされてここに来たのである。俺の向けるべき敵意は彼にあるのだ。
 なんで俺を呼んだのか。その説明を求めるとフィラーバルはびえびえ泣いた。神官はそれを見て俺に怒り、あとから知ったことだがここの国王はドラゴンを泣かせないでくれと俺に懇願した。俺は別に泣かせたい訳では無い。突然泣いたので俺の方が驚いていたのだ。その時俺はなぜか忘れていた痛みをぶり返し、なんで俺が理不尽に叱られてるんだろうという思いにぶつかり涙がこぼれた。びくっとフィラーバルと呼ばれたドラゴンが泣き止んだ。
「旦那様泣かせた。」
 カタコトの言葉なのに逆にそれに凄みがある。泣きたい気持ちが強くなり怯えの気持ちが顔を出した。どうして今まで忘れていたのか、俺は確かにここに落ちてきた時に恐怖を持っていたのである。怖がる俺にドラゴンはぬっと顔を近づけた。器用にガレキを抜けて尖った鼻先が腹にきた。
「泣かないでください、あなたに泣かれると私は分からなくなります。」
「……。」
 今にもあなたに殺されそうだから怖いですとは言えない。ひえっと口から息がもれた。
「……私はフィラーバルと言います。」
 うん知ってるよとは言えない。あっはい、と頷くだけだった。
「……貴方を、追いかけておりまして。」
「ん? え?」
「フィラーバル様のご趣味だ、どこかの誰かの生活を見たいとトランス状態に入られる。」
「トランス状態…。」
 全く知らない単語だったがそれに茶々を入れると面倒くさそうなので黙っておいた。フィラーバルはそこで俺をみつけずーっと追いかけていたらしい。追いかけるとかできるのか、と思ったが彼いわく造作もないということ。
「それで、なんでここに落とされたんだ……。」
「フィラーバル様は守護する代わりに我々にご命令することが出来る。」
「うん。」
「お前の召喚がフィラーバル様のご意志だった。」
「……うん? うん。ああー、うん。よく分からないけど分かった。」
「ごめんなさい、私があなたの願い事を叶えて差し上げたくて……!!」
 願い事というのは一体なんの話だろうか。フィラーバルはゆっくりと顔を持ち上げると言い淀んでしまった。じっと見つめていたら「くぅっ」と声をさせて「強いお嫁さんが欲しいと、願われたでしょう?」と言う。
「え、そんなこと願ったっけ……。」
「願われていました! 確実に見ました!!」
「私も見せられたぞ、お前の下手くそな字を。」
「下手くそって言われた……。」
「旦那様、大丈夫です、まだ5歳の時のお話ですから!」
 俺は5歳の時のお願いごとを叶えるためにここに来たと言うのか。なんてこった。というか、さっきから気になっていた旦那様というのはつまりはこのドラゴンはそういうことなのだろうか。
「あー、質問したいんだけどいいかな。」
「な、何でしょうか!?」
「フィラーバルさま? は俺のお嫁さんになってくれるの?」
 一種の諦観も備えた言葉にフィラーバルは確実にわかるぐらい顔を赤くさせてコクコクと頷いた。神官は俺に向かってフィラーバル様がどれだけ努力されたかをくどくどと説明している。半分くらいは話を聞き流したがフィラーバルが強いお嫁さんになるためにドラゴンらしからぬことをしていたのは分かった。
「でもさ、俺は向こうの世界の人間だからこっちでは生きられないんだ。だからさ、」
 最後までこのセリフは言えなかった。フィラーバルの爪が肉の乗った腹にくい込み柔らかな喉に掴みかかっていた。あ、これ潰される。すぐにそれが分かった。いやいや、こいつ俺を呼び出して殺すのかよクソじゃねーの俺の人生舐めてるだろ、と頭の中では走馬灯ではなく罵詈雑言が並んでいた。
「いいえいいえ旦那様、あなたはここで生きていきます。私が願いました、そうならなければなりません。それに、向こうの世界はあなたに優しくありません。」
 メンヘラかよ、と心の中で呟いた。いや、この世界にメンヘラという概念などないのかもしれない。神官たちは俺を見て「あーあ、やらかしたな」とイケメンの顔を捨てて俺を見ている。憐れむような視線だった。
「………。ここで生きるにしても俺には生きる術を身につけなきゃいけないよな。下ろしてくれるか?」
「! 私が旦那様をお守りしますのに…!」
 よく分からないことで琴線に触れるらしくフィラーバルは俺を下ろすともじもじと翼を動かした。風で木々が揺れているのがかすかに見える。このドラゴンと俺は結婚生活なるものをしなければならないらしい。手始めに殺されないように彼と約束を取り決めておきたい。
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