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短編

ずっと顔のとある筋肉が痙攣していた。こんなことは初めてで、朝起きた時すげーびっくりした。スマホですぐに調べた。知恵袋だとか色んなところで回答が出ていた。みんな同じことをいう。
「ストレスが原因」
 ああ、と思った。原因はきっとあいつだった。
 こんなところでうだうだしても仕方がない、と部屋の片付けと料理をつくりはじめる。自分の仕事は基本的に午後からだ。色んな店のナイトマネージャーをやっている。夜遅くのパートというのは意外と雇用が少ないので、うまいこと入れた俺はある意味ラッキーな存在だった。
 大学を卒業したあとフリーターとしての道を選んだのは、ただ単に会社に飼われる自分が想像できなかったからだが、フリーターだろうと何だろうと働くということは社会にひいては国に飼われていることと同義であるとその頃の自分は分かっていなかった。
 今日行く店はいちばん行きたくない店だった。距離の問題でも、仕事内容の問題でもない。ただ、引き継ぎをしてくる社員が問題なのだ。
「河合さん、襟元。汚れてますよ」
「………うっす」
 むずがゆい。彼の言葉は正しくて、正しすぎて、どうしようもない。自分が頑張っていても彼には見て貰えないような気がするから。
 制服に着替えて引き継ぎ事項を聞いてメモをする。と、持っていたボールペンにやけに視線が注がれていた。いつも使っているペンのインクが切れてしまい、仕方がなく昔もらった遊園地のお土産のペンを持ってきたのだった。
 梅の花びらが輝いている。その時は和をモチーフとしたアニバーサリーイベントがあったのだった。
 また職場にそんなキャラクターものを持ち込んで、と怒られるかもと思ったが案外に彼はふふっと笑っていた。
「……あなたも、そういうものを持ったりするんですね」
「……好きなんです」
「え?」
「この遊園地。今は、あの、ウイルス流行ってますんで全然行ってないんですけど」
 彼はへらりと笑って「自分もです」と笑った。その笑顔は初めてみた。びっくりして思わず後ずさってしまった。
「それでは、今日もよろしくお願いします」
「……はい」
 痙攣はいつの間にかやんでいた。今はただ、顔が暑くて仕方がなかった。
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