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短編

私を愛する時間を差し上げよう


 この世にはバース性がある。カリスマって感じのアルファ、そこら辺に沢山いて普通の人間のベータ、被差別が強い代わりに社会保護が1番多いオメガ。ベータの人間にとってはアルファもオメガも対岸の生き物でそんなに関わることは無い。オメガは特別扱いされて、アルファはオメガよりも特別扱いされることを要求している。その闘争については年がら年中取り扱っているが今や多様化、ダイバーシティという言葉が広まっているのでバース性による差別は男尊女卑と同じくらい問題視されるようになった。とは言えそれがすぐに無くなるはずもなく。頭の硬い方々は未だにごちゃごちゃ言ってSNSではオメガと言うだけで○○された、などバズる話題が絶えない。
 番やヒート、性差別というのに無関係なベータは自分たちがレイプ被害を作らないように日常的にフェロモン対抗の薬を飲むだけのはずだった。そう、俺はいつも通り薬手帳と処方箋を持って薬局に行っただけなのに。


「ふぅっ、あっ、やらっ♡……」
「なんで? ここがいいんでしょ?」
「んっ♡ 奥入ってきたぁッ♡ ついちゃらめっ♡」
「ここは正直なのにね? この口は嘘つくんだ、悪い子だなぁ。」


 どこかのAV企画かな?という気持ちである。薬局に行った帰り道、買い物なんかしてきたから行けないのか、それとも俺の家がこの公園近くだからいけないのか。道路からギリギリ見えなさそうな緑地の中で誰かがセックスしていた。声だけでもわかるが2人とも男だ。アルファとオメガだろうか。別に青姦が嫌なわけではないのだが、それはあくまでもAVの世界であり現実世界ではない。耳を塞いで早く過ぎようとしたら前の方から泣きそうな女の子が歩いてきていた。片方の靴がない。やばくないか、これ。そう思った俺の頭は正常だろう。
「き、きみ、その足どうしたの?」
「……。」
 女の子が怯えた顔で俺を見ていた。誰だこの不審者と思われている気がする。
「おじさん、そこの家の人間なんだけどね。あ、名前は山下って言います。お家の人が心配してたらこの名刺渡してくれる!?」
「…めいし。」
「これ、おじさんの会社でね、これ携帯の番号で、これメールアドレス。わかる?」
 女の子はぐずりながらもうんと頷いた。喘ぎ声は聞こえなくなっている。俺のかなり大きめな声掛けが功を奏したらしい。やるなとは言わないが、子どもにそんなもの見せないで欲しい。ましてや泣いてる小学生に。いや、来るとは思わなかったんだろうけど。
「その靴、片っぽしかないね。どうかした?」
「あのっねぇ、大ちゃんがねぇ、」
 女の子は泣きながらも頑張って話してくれた。大ちゃんという子がこの子の靴を取ってしまい彼女は仕方なく上履きのまま家に帰ろうとしたらしい。すると、大ちゃんが現れて片っぽだけ返してくれたけど片っぽはあのカエル公園に隠したとそういうことらしい。大ちゃんの話も聞かないとどちらが悪いか良いか一概に言えないけれど、わざわざ上履きを学校に戻して片っぽの靴を履いて公園まで来たこの子も大変だろう。ひとりで頑張ってたようだが辛くなって泣いてしまったらしい。
「おじさんも一緒に探すから。靴下のままだと歩くの大変だろ? 抱き上げるけど大丈夫?」
「おじさん、ベータ?」
「!? うん、そうだけど……。」
「ママが、アルハには気をつけなさいって。」
 だからってベータ?と聞くのはなんか、何だかなぁ。モヤモヤした気持ちを抱えるが親の躾であるし、こちらから何か言うのも変である。普通は人に聞いちゃダメだよ、と言っておくだけにして一緒に公園に来た。もうあの声は聞こえない。抱き上げたままあちらこちら探していたら砂場の隅に埋まっているのを発見できた。陰湿である。
「あったぁー!」
「よかった、もう時間も遅いから送っていくよ。お家に案内してくれる?」
「うん!」
 女の子、雪ちゃんの家にはパパとママとダディと雪ちゃんとで4人暮しらしい。親の関係性が分からなすぎて確認したかったが雪ちゃんは「???」と何も答えられそうになかった。雪ちゃんの家は近くのめちゃくちゃに高そうなマンションだった。この中に入るのか、とちょっと気後れしてしまう。オートロックの鍵を開けてもらい中に入るとキラキラした内装が俺の目を潰した。こんなよれたおじさんが入ってもいいのだろうかという気持ちである。なかなかに高い階に雪ちゃんの家はあり、エレベーターから降りるとかなりいい光景が見えた。
「うぉー、高いなー。」
「おじさんの家は高くないの?」
「うん、ここより全然低い。」
 篠原と書かれた苗字のところでピンポンを押すと「はーい」と何となく聞き覚えのありそうな声が聞こえる。いやいや、そんなことないだろうと思っているがまさかということもありうる。大ちゃんがそんな性格悪いことしてるのかは知らないが。
「えーっと、私、先程も申し上げた山下という者で」
「雪です!!」
 雪ちゃんの大声に扉が開いた。人目でアルファとわかる男が雪ちゃんを抱きしめた。
「雪! 心配したんだぞ!」
 その声は確実にさっきの人の声で。こいつら、セックスしてたくせに娘の心配してるのかと冷めた考えになってしまった。家に上がらなくても良かったのだが雪ちゃんに「お礼したいです!」と押し切られてしまった。リビングにはスマホをいじるアルファの男性、あわあわしている男性がいた。なーんとなく察してしまった。
 雪ちゃんのお母さん、オメガの彼だがダディと呼ばれている彼と以前付き合っていたらしい。そして雪ちゃんを産んだ後、結婚を解消。番となった今のパパと結婚したらしい。アルファとオメガの関係については俺もよく分かっていないので何とも言い難いが、とりあえずよく元カレのこの人は一緒に家に住んでいられるなという気持ちが強い。あとこの両親盛ってる中で娘をほっぽり出すなよ、と。運命の番への不信感を持ちながら俺は家をあとにした。


 翌日のこと、あのダディと呼ばれていた彼が俺の家の前で待っていた。何事かと思いきや、雪ちゃんがあやまって持ってたらしい免許証を返しに来てくれたのだとか。車に乗ることが多いので免許証はパスケースに入れてカバンに閉まっている。それを落としてしまったのだろうか。今日は車に乗る仕事なくてよかったと思いながら受け取ろうとするとガシリと腕を掴まれてしまった。
「は?」
「あの。好きです。」
「え。あの、」
「貴方のために新居の準備もしてあります、娘もいますが仲良くされていたので心配ないですよね、まあ俺の方に親権はないんですが念の為。貴方を養う程度のお金はありますから、ぜひ、俺と結婚してください。」
 このアルファ、何言ってるのか分からない。人生で初めてアルファを殴った瞬間だった。
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