アドベントカレンダー
はじまりの話
ケビンは人間だった頃、その美しい顔から「まるで人形みたいね」と言われていた。その美しさは彼の自信にも繋がったし、周りの人に対して優位に立てる大事なファクターでもあった。
だが、その美しい顔は彼の好きな少年を振り向かせることはできなかった。小さい頃から一緒なのに彼はケビンを「かっこいい」と言ってくれたことがない。それはもう見事に避けてきた。ケビン以外の男は沢山褒められていた。ケビンほどでは無いイケメンも、笑顔のチャーミングなメガネ女子も、年増のあの禿げかかった男でさえも! かっこいいと言って貰える。
ケビンにはどうして彼が自分を褒めてくれないのか分からなかった。
ケビンはハイスクールに行ってもまだネッドからかっこいいと言われなかった。むしろ、ケビンがネッドの気を引こうとしてやっていた横暴な振る舞いに辟易しているところもあった。当てつけのようにクラスの女子と付き合ってみたが彼女達の体の柔らかさは一時の楽しさで、セックスのあとはネッドのことを思い出した。この時にはネッドはケビンとは離れていた。スポーツマンとして鍛えられた体とその顔の美しさは周りがすぐに持ち上げた。ネッドはそんなケビンから離れ、図書館に引きこもるようになった。彼がいじめられなかったのはケビンが制していたからである。そうでなければ彼は絶対にいじめられていた。
ケビンは家に帰るといつも自分の部屋のカーテンを開く。窓の向こう側にはネッドの部屋が見える、わけでもない。そこに面しているのはネッドの家の階段だ。ただ、彼が階段を上がったり下りたりしないかとぼんやりとして見ている。見れた日はラッキーで、見れなかった日はその日喋った女のせいにする。そうでもしないととても苦しかった。
付き合う女たちとはすぐに終わらせる関係と割り切っているがたまにすがろうとする奴らがいた。そんな時は気持ち悪いよブス、と嘘でも罵った。彼女たちは美人だと思う。客観視に見れば。でも自分には好みではない。女を捨てたあとはベランダに出て大して美味くもないタバコを吸いながらネッドのことを考えた。ケビンにとっては恐らくこれが初恋なのだ。どうしてこんなに好きになったのか分からないけれど、でも、ケビンはネッドのそばにいられるなら何だってよかった。
そうして世界はケビンには優しく、ネッドには優しくないことをした。ゾンビが発生したというのだ。ケビンは急いでネッドの元に駆け寄った。1番大事な人を守る役目を果たせたら、自分はネッドに「良い奴」と思われるだろうと思った。何なら涙とか流してくれるだろうか。ううん、きっと嫌われている。死んでよかったと思われるかもしれない。そう考えると胸がズキズキと傷んだ。
ケビンはネッドと会話できない苦しさから彼を外に、外にと追いやっていた。幼い頃のように手を繋いで歩くなんて出来ないと思っていたし、彼と会話できたら自分は幸せに死ねるだろうなとそんなことさえも思った。
ネッドは家の近くの道のところで何を思ったか工事の看板を片手にゾンビと戦っていた。馬鹿じゃないの、とケビンは思った。でもネッドがまだ生きてて良かったとも思った。ネッドが看板を振り上げゾンビの頭を潰そうとした時、あっと思った。ゾンビが動いていた。
やばい、とネッドの体を押し倒すとズキン!と足が傷んだ。そしてすぐ後に何かが潰れる音がした。ネッドってば強いなあ、とケビンは笑った。ケビン?とネッドの声がした。
「ネッド、大丈夫だったか。」
「ケビン、お前! 何でこんなことしたんだよ、俺なんかいいのの!」
ネッドに「俺なんか」と言われても、ケビンにとっては「たった1人のネッド」である。かけがえのない宝物なのだ。大事にしたかったし、大事にされたかった。ゾンビになるのが分かる。頭が溶けそうだ。
「ケビン……。」
ネッドが泣いている。ネッドの名前を呼ぼうとしたが吐瀉物が口の中にせり上がってきた。ネッドから離れようと動いたがネッドは逆に俺に顔を近づけた。
「うわ、これ本当に大丈夫かな。」
ネッドの声が聞こえて指を口に当てられた。
「なめて。」
えっ。
ケビンは一体何事か分からなかったがネッドがむんず、と顎を捕まえてその指を差し込んだ。そして口の中をぐりぐりと流される。嘔吐しそうでなければ夢のような展開のはずなのに。ケビンはなんだか泣きたくなっていた。
あの後、1度吐いたケビンがもう一度ネッドの指、というか、血をなめた。すると、あの頭が溶けかかった暑さも痛みも感じなくなった。でも視界はなんだかぼやけているしぶれていた。
ネッドはどこだろう。
ケビンが首を動かすとぐりん、と180度周り後ろまできてしまった。
「あ、おい!」
ネッドの声がする。もう一度振り向くと首はやっぱり元に戻った。
「聞こえるか。俺の声。」
ぱちん、ぱちん、とスナップが聞こえる。
「うぅ。」
首を縦に降った。イエスと言いたかったのに口が上手く動かなかった。いや、これは舌か? 舌がもつれている。
「………。ゾンビ化は進んでるけど、でもまあ、何とか生き残れる、かな。」
ゾンビ化とは一体なんだろうか。ケビンは大事なことを忘れている気がした。でも、ネッドがそこに居るということとこの片手を握っているのはネッドだなと分かっていたのでどうでもよくなった。
ネッド。名前を呼びたかったのにケビンには声に出す感覚が分からなかった。
* * *
クリスマスのころになるとアドベンドカレンダーを作っていた。店で買うものもよかったが、俺は母と一緒に作るアドベントカレンダーが楽しみであったし周りに自慢するタネでもあった。
この世界はすでにゾンビウイルスで汚染されている。そんな世界でもアドベントカレンダーの話をするのは一緒にいるこのゾンビ……ケビンが、クリスマスに大きな丸印をつけて楽しみにしていたからだ。
ゾンビたちがなぜ生産されたのかというのはよく分からない。俺は母親に薬を打たれたのでゾンビの免疫力がある、らしいが実際のところはよく分からない。俺はゾンビに食われそうになったところに幼馴染のケビンに助けられた。ケビンは俺よりもよっぽど強いヤツだし、何かこう、映画のヒーローみたく活躍するのかと思っていたら、あいつはなぜか俺を助けに来た。俺なんか捨ててよかったのに。生き残る、んだと、おもうんだけど。でもまあ、助けてもらったことに代わりはない。俺の代わりに食われてしまったケビンにもしかしたら薬の代わりになるかも、と血を飲ませた。遅かったのか、それとも血は薬としての効用はないのか。医学的なことは分からないがゾンビウイルスだってよく分からないから多分なんかあるんだろう。
ケビンはゾンビみたく目が半透明になり、言語能力が大幅にダウンし、人間らしいトイレだとか眠るだとかの活動を忘れていたがそれでも「俺がネッドであること」は分かっているらしい。下手くそな字でNeddとKevinと書いていた。
最初の頃はめんどくさい、と思っていたがこんな世界の中でたった2人だけで生きていて、楽しみもないなんてつまらない。映画でも言われていた。生き残るためには、些細なことを楽しむのだ。
ケビンは人間だった頃、その美しい顔から「まるで人形みたいね」と言われていた。その美しさは彼の自信にも繋がったし、周りの人に対して優位に立てる大事なファクターでもあった。
だが、その美しい顔は彼の好きな少年を振り向かせることはできなかった。小さい頃から一緒なのに彼はケビンを「かっこいい」と言ってくれたことがない。それはもう見事に避けてきた。ケビン以外の男は沢山褒められていた。ケビンほどでは無いイケメンも、笑顔のチャーミングなメガネ女子も、年増のあの禿げかかった男でさえも! かっこいいと言って貰える。
ケビンにはどうして彼が自分を褒めてくれないのか分からなかった。
ケビンはハイスクールに行ってもまだネッドからかっこいいと言われなかった。むしろ、ケビンがネッドの気を引こうとしてやっていた横暴な振る舞いに辟易しているところもあった。当てつけのようにクラスの女子と付き合ってみたが彼女達の体の柔らかさは一時の楽しさで、セックスのあとはネッドのことを思い出した。この時にはネッドはケビンとは離れていた。スポーツマンとして鍛えられた体とその顔の美しさは周りがすぐに持ち上げた。ネッドはそんなケビンから離れ、図書館に引きこもるようになった。彼がいじめられなかったのはケビンが制していたからである。そうでなければ彼は絶対にいじめられていた。
ケビンは家に帰るといつも自分の部屋のカーテンを開く。窓の向こう側にはネッドの部屋が見える、わけでもない。そこに面しているのはネッドの家の階段だ。ただ、彼が階段を上がったり下りたりしないかとぼんやりとして見ている。見れた日はラッキーで、見れなかった日はその日喋った女のせいにする。そうでもしないととても苦しかった。
付き合う女たちとはすぐに終わらせる関係と割り切っているがたまにすがろうとする奴らがいた。そんな時は気持ち悪いよブス、と嘘でも罵った。彼女たちは美人だと思う。客観視に見れば。でも自分には好みではない。女を捨てたあとはベランダに出て大して美味くもないタバコを吸いながらネッドのことを考えた。ケビンにとっては恐らくこれが初恋なのだ。どうしてこんなに好きになったのか分からないけれど、でも、ケビンはネッドのそばにいられるなら何だってよかった。
そうして世界はケビンには優しく、ネッドには優しくないことをした。ゾンビが発生したというのだ。ケビンは急いでネッドの元に駆け寄った。1番大事な人を守る役目を果たせたら、自分はネッドに「良い奴」と思われるだろうと思った。何なら涙とか流してくれるだろうか。ううん、きっと嫌われている。死んでよかったと思われるかもしれない。そう考えると胸がズキズキと傷んだ。
ケビンはネッドと会話できない苦しさから彼を外に、外にと追いやっていた。幼い頃のように手を繋いで歩くなんて出来ないと思っていたし、彼と会話できたら自分は幸せに死ねるだろうなとそんなことさえも思った。
ネッドは家の近くの道のところで何を思ったか工事の看板を片手にゾンビと戦っていた。馬鹿じゃないの、とケビンは思った。でもネッドがまだ生きてて良かったとも思った。ネッドが看板を振り上げゾンビの頭を潰そうとした時、あっと思った。ゾンビが動いていた。
やばい、とネッドの体を押し倒すとズキン!と足が傷んだ。そしてすぐ後に何かが潰れる音がした。ネッドってば強いなあ、とケビンは笑った。ケビン?とネッドの声がした。
「ネッド、大丈夫だったか。」
「ケビン、お前! 何でこんなことしたんだよ、俺なんかいいのの!」
ネッドに「俺なんか」と言われても、ケビンにとっては「たった1人のネッド」である。かけがえのない宝物なのだ。大事にしたかったし、大事にされたかった。ゾンビになるのが分かる。頭が溶けそうだ。
「ケビン……。」
ネッドが泣いている。ネッドの名前を呼ぼうとしたが吐瀉物が口の中にせり上がってきた。ネッドから離れようと動いたがネッドは逆に俺に顔を近づけた。
「うわ、これ本当に大丈夫かな。」
ネッドの声が聞こえて指を口に当てられた。
「なめて。」
えっ。
ケビンは一体何事か分からなかったがネッドがむんず、と顎を捕まえてその指を差し込んだ。そして口の中をぐりぐりと流される。嘔吐しそうでなければ夢のような展開のはずなのに。ケビンはなんだか泣きたくなっていた。
あの後、1度吐いたケビンがもう一度ネッドの指、というか、血をなめた。すると、あの頭が溶けかかった暑さも痛みも感じなくなった。でも視界はなんだかぼやけているしぶれていた。
ネッドはどこだろう。
ケビンが首を動かすとぐりん、と180度周り後ろまできてしまった。
「あ、おい!」
ネッドの声がする。もう一度振り向くと首はやっぱり元に戻った。
「聞こえるか。俺の声。」
ぱちん、ぱちん、とスナップが聞こえる。
「うぅ。」
首を縦に降った。イエスと言いたかったのに口が上手く動かなかった。いや、これは舌か? 舌がもつれている。
「………。ゾンビ化は進んでるけど、でもまあ、何とか生き残れる、かな。」
ゾンビ化とは一体なんだろうか。ケビンは大事なことを忘れている気がした。でも、ネッドがそこに居るということとこの片手を握っているのはネッドだなと分かっていたのでどうでもよくなった。
ネッド。名前を呼びたかったのにケビンには声に出す感覚が分からなかった。
* * *
クリスマスのころになるとアドベンドカレンダーを作っていた。店で買うものもよかったが、俺は母と一緒に作るアドベントカレンダーが楽しみであったし周りに自慢するタネでもあった。
この世界はすでにゾンビウイルスで汚染されている。そんな世界でもアドベントカレンダーの話をするのは一緒にいるこのゾンビ……ケビンが、クリスマスに大きな丸印をつけて楽しみにしていたからだ。
ゾンビたちがなぜ生産されたのかというのはよく分からない。俺は母親に薬を打たれたのでゾンビの免疫力がある、らしいが実際のところはよく分からない。俺はゾンビに食われそうになったところに幼馴染のケビンに助けられた。ケビンは俺よりもよっぽど強いヤツだし、何かこう、映画のヒーローみたく活躍するのかと思っていたら、あいつはなぜか俺を助けに来た。俺なんか捨ててよかったのに。生き残る、んだと、おもうんだけど。でもまあ、助けてもらったことに代わりはない。俺の代わりに食われてしまったケビンにもしかしたら薬の代わりになるかも、と血を飲ませた。遅かったのか、それとも血は薬としての効用はないのか。医学的なことは分からないがゾンビウイルスだってよく分からないから多分なんかあるんだろう。
ケビンはゾンビみたく目が半透明になり、言語能力が大幅にダウンし、人間らしいトイレだとか眠るだとかの活動を忘れていたがそれでも「俺がネッドであること」は分かっているらしい。下手くそな字でNeddとKevinと書いていた。
最初の頃はめんどくさい、と思っていたがこんな世界の中でたった2人だけで生きていて、楽しみもないなんてつまらない。映画でも言われていた。生き残るためには、些細なことを楽しむのだ。