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euthanasie


 城ヶ崎という男は合コンには滅多に参加しない優良物件である。かの有名な私立校で生徒会役員をしていて成績もよく顔もよく家柄もいい。将来有望で女性にも優しい彼は人気者であるが、河村は知っている。あの男は一人の男以外基本的にはどうでもいいと思っているタイプだ。彼が参加すると言うと女の子たちがよく集まる。客寄せパンダのように使うならば彼はまあ及第点であった。
「すみちゃんさぁ。」
「何よ、」
「なんで馬場くん連れてきてくれなかったの?」
 またこれである。彼の麗しい唇から出てくる名前は馬場文和ばかりだった。周りの女子は遅れを取り戻そうと別の男の人たちに集まっている。彼がいるとこんな風に盛り上がるのでやっぱり彼は客寄せパンダなのだ。
「しょうがないって言ってるでしょ、馬場くんに強く押せないもの!!!」
「うん、それはわかる。」
 酔っぱらいのくせにここは真面目に頷いてきた。こいつ、と思いながらハイボールを飲むと「いい飲みっぷりだね」と城ヶ崎は笑っていた。いい男なのは間違いない。しかし性格が最悪だ。彼に目をつけられている馬場くんには可哀想という気持ちが勝った。
「ねえ、その通知。」
「え? ああ。」
 馬場くんにはもう城ヶ崎の話はしてある。男、とは言ってないが友人が会いたいと言っていると伝えておいた。馬場くんを騙してるようで気が引けるがこうでもしないと彼は出てきてくれないだろう。城ヶ崎がなぜいつものようにひとりで酒を飲まないのかと言うとこのチャットにいつ馬場くんから連絡が来るか分からないので私に張り付いている。持ち主の私よりもスマホを凝視しているのだから恐ろしい。
「馬場くんから?」
「えー、あー、うん。うん、あ、馬場くんだった。」
 チャットには「俺、お金ないし仏教徒だけどそれでも会いたいのかなww」と書かれている。そのまま画面を見せると城ヶ崎はその美しい顔を破顔させた。
「えー、なにこれ、可愛い……めっちゃ可愛い、えー、スクショして送って。」
「キモい。」
「キモくてもいいし、推しのプライベート見せてもらえるなら。」
 リアルにそこら辺にいるような人を推しと呼ぶのもどうかと思う。もう放置していいかな、と思ったが城ヶ崎はソワソワしながら私を見ていた。いや、正確には私のスマホとその指である。
「……。城ヶ崎。」
「うん?」
「本当にスクショ送らなきゃダメ?」
「えっ、いいじゃんそれくらい。」
 何か、なにかいけない気がする。悩んでいたら城ヶ崎はスマホを奪い取るとスクショして自分のチャットに送信してしまった。
「あっ、ちょっと!」
「馬場くんに返事するよー。」 
「待ってよ、私のスマホ! かーえーしーてー!」
 城ヶ崎はするすると指を動かしてしまう。大きな体に阻まれて私は対抗できなかった。そのままばしばし肩を叩いていたらスマホが返却された。本当に送信済になっている。すぐに文面を確認すると、城ヶ崎からバカ丁寧な言葉が送られていた。同級生だったこと、昔もらったものを返したいこと、宗教の勧誘でも美人局でもないから安心してください、やばかったら河村さんと私を訴えてもいいですよとある。
「ちょっと、私を巻き込まないでよ!?」
「いいじゃん。俺は馬場くんにそんな酷いことしないよ。」
 城ヶ崎はにっこりと微笑んだ。その笑顔が憎たらしくて私は明日のバイトのためにセーブしていたお酒を解禁させた。ほんの少しだけ、だけど。

 チャットの返事を見て思わず笑ってしまった。いやに丁寧な言葉なのに何だか笑えてしまう。何となくそれをじっと見ていたら、菅野が風呂から上がって隣に座った。
「なになに、チャット?」
「うん。河村と。」
「すみちゃんか、珍しいね。交換してたの?」
「いや、なんか、河村の友達が俺に用事あるからってことらしい。」
「……ふーん。」
 菅野はガシガシと水気を振り払うとそのまま後ろに持っていたらしいドライヤーにスイッチを入れた。勢いよく出てきた風が俺の方にもかかってくる。うぎゃあと叫んでしまった。
「あはは、ねえ今のもう1回やってみせて。」
「嫌だよ。」
 菅野は笑いながら俺の背中にドライヤーを当てた。暖かな風がぶつかって背中が局部的に熱を持つ。
「それじゃあ俺、風呂入るから。」
「え? スマホ持ったまま?」
「最近風呂の中で動画見るのにハマってんだ。」
 愛用のジプロックにスマホを入れて持っていくと菅野は「へぇー。」とやけに低い声で言うのだった。風呂から上がると菅野はまだドライヤーを持っていて俺に「前に座れ」と言う。
「乾かしてあげる。」
「別に自分でもできるけど……。」
「俺がやりたいからいいの!」
 ソファなんてないのでベッドに座った菅野の前に俺も座った。菅野の手つきはなんだかくすぐったかった。首の付け根にくると触れるか触れないか、微妙な感じになりながらドライヤーを当てている。
「くすぐったい。」
「我慢してー。」
 菅野は冷風をかけるところまでやって「よし」と頷いた。寝る準備をしようと机を片付ける。菅野はベッドに入るとにへらっと笑った。
「馬場ちゃん、おやすみ。」 
「ああ、おやすみ。」
 たったそれだけの言葉なのに菅野はくすくすと笑っていた。そこは、初めての泊まりからずっと変わっていない。
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