杏の花が咲く
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
メイスさんと連絡をとれるようになったのはいいけれど、まだメッセージを送るのは慣れない。今日もそうだ。部活で帰るのが遅くなるという簡単な文を打つのでさえ、緊張する。何度も読み返して、おかしなところがないかをチェックしたあとに数分おいてようやく送信した。すぐにスマホを鞄にしまう。既読がついたか確認したい気持ちをぐっと堪える。お昼に入る前、確認すると既読がついていて絵文字のない簡潔な文が返されていた。メイスさんも今日は部活らしい。リオ君が軽音部といっていたのを思い出した。
そういえばメイスさんがはじめて来たとき楽器らしきものは持ってきていなかったけれど、何をやっているんだろう。リオ君がメイスさんのギターのピックを持っていたからギター?でもギターは家にはないはず。
スマホをとりだしメイスさんとのトーク画面を開いて、数文字打ち込んで指を止める。いきなり聞いて良いのかな、こういうこと。迷って文字を消したり、打ち込んだりを繰り返す。メイスさんは何の楽器をやっているんですか?という一文を打つだけなのに時間がかかってしまった。送信ボタンを押し、また画面を消して、制服のポケットへとしまいこんだ。
アイナがクラス委員の集まりがあるといっていつもより早く自分の教室へともどる。スマホの画面をつけるとトークアプリのアイコンが目に入った。10分ほど前に返信がきている。
メイスさんはベースをやっているらしい。楽器の名前しかないメッセージだった。ということは、あのピックはギターではなくベースのピックだったらしい。メイスさんが、ライブハウスでベースを弾いている姿はすぐに想像できた。
聞いてみたいです、といってしまうのはさすがに図々しいか。恥ずかしくなって咄嗟に打った文を消している最中、誰かがぶつかってスマホを落としてしまった。教室で遊んでいた男子がぶつかってきたらしい。乱雑な謝罪に内心腹をたてつつ、スマホを拾い上げる。画面には消しきれなかった"聞いてみたい"という文がメイスさんに送られている。血の気が一気に引いていくのがわかった。これだったら何を打っていたか丸わかりだ。メッセージを取り消そうにも既読がついてしまっている。どうしよう、弁解の文章が思いつかない。もういいや、と自暴自棄になって聞いてみたいですと先ほど消した文章を打ち直して送った。
返事はすぐにきた。ちゃんとみる勇気がなくてうっすら目を開けてメッセージを確認する。
文化祭で弾くから見に来るといい。
目を皿にして何度も読み返してもそう書いてあった。驚きのあまり立ち上がろうとして机に太ももを強かに打ち付けて痛い。じんじんと痛む太ももが夢ではないことを裏付けている。喜びのまま楽しみにしています、と打って送ると、すぐに既読がついて初めてスタンプが送られてきた。そのスタンプはゆるっとしたイラストの猫が敬礼しているスタンプで、今まであったメイスさんのイメージからは反対にある可愛さだ。メイスさんもこういうスタンプ使うんだ。格好いいメイスさんと可愛いスタンプのギャップにときめく。
文化祭は夏休みが開けてからだからまだまだ先だ。早く文化祭にならないかな、と胸を高鳴らせた。
お昼のこともあってか、そのあとずっと上機嫌だった。苦手な数学の授業も嫌という気持ちはほとんどでてくることはなかった。いつもよりテンション高いね、と友達に何度も言われた。気持ちが持ち上がるとモチベーションもあがる。その日のぬいぐるみ作りは過去最高の進み具合だったんじゃないかと思う。
最後まで残っていたのは人一人くらいあるぬいぐるみを作っていた一つ上の先輩と私だけだった。会議でいなくなった先生から預かった鍵を返しに先輩と職員室までの短い道のりを歩く。
夕暮れ時の学校は色んな音がする。運動部の声や吹奏楽部の楽器の音がごちゃごちゃと混ざって学校中に響いていた。
あ、と先輩が足を止めたのは2年生のある教室だった。先輩に声をかけようとすると静かに、とジェスチャーをされて口をつぐむ。そこからはベースの音と一緒に男子生徒が話し声が聞こえる。声は小さくて聞こえないけれど、どこかで聞き覚えのある低音だった。
足を止めた先輩がまた歩きだして、私もそれに続く。教室のドアのガラス窓から見えたのは机に腰掛けるメイスさんの後ろ姿と、その前の机に座っているゲーラさんの姿だった。
先輩が深く息を吐き出したのはメイスさん達がいた教室からけっこう離れたところだった。今まで息を止めていたかのような勢いだ。
「先輩、どうしたんですか?」
「…名字さんもみたでしょ。あの教室にいる二人」
「はい、みましたけど…」
それの何が関係あるんだろう。未だ合点がいかず、疑問符を浮かべる私に先輩は口を開く。
「あの二人…特に楽器弾いてた方なんだけど、結構隠れ人気高いのよ。私数回しか話したことないし1年のとき同じクラスだっただけだけど、細かい所よく気がつくしさりげなく助けてくれるし、怖そうな見た目に反して女子からの評価高くてね。
それで密かに好きな子多いから下手に話したりすると後々恨まれそうっていうか…。まあ、ああやって教室で楽器弾いてるとこあんまり見ないからレアだなっていうのもあってちょっと緊張しちゃった」
「そうなんですか…」
メイスさん、人気あるんだ。確かに今までのことを思い出せば、思い当たる節はたくさんあった。メイスさんがモテないなんてことはないだろう。メイスさんがベースを弾いていたところを見れたはずなのに、モヤモヤしたなにかが心のなかにいる。先ほどまで浮かんでいた気持ちはすっかり沈みこんでいた。なんだろうこれ。
気持ちが晴れることはないまま、家へ帰って制服のままベッドにダイブする。皺になるからと気を遣っていたのにそんなことどうでもよかった。先輩の言葉がぐるぐると頭のなかで回って離れない。家に帰る頃にはまだ残っていた太陽も見えなくなって外は暗くなっていく。
このままじゃだめだ、気分転換しよう。制服から着替えて財布とスマホを持つ。散歩でもしてこよう。ついでにコンビニによってお菓子かなにか買ってこよう。キッチンにいる母に一声かけて玄関をでるのと、メイスさんが、バイクから降りて家に入ろうとしたのはほとんど同時だった。
お帰りなさい、といつものように声をかけた。なんで今会っちゃうかな。いつも通りにしたはずだけど微妙な顔をしていた自覚はある。逃げるように玄関からでようとして腕を掴まれた。
「コンビニいくっていうんならついていく」
「いや、そんな、近いし大丈夫ですよ」
「俺が心配なんだ」
そう言われてしまったら断ることもできない。渋々頷いてメイスさんと家を出る。メイスさんは元々口数が多くない。いつもなら気にならない沈黙も今回ばかりは気になってしまう。
「あ、そういえば!お昼に送ってくれたスタンプ、可愛かったですね!猫好きなんですか?」
「ああ、あれか…」
そういうとメイスさんは苦い顔をした。この話題ダメだった?嘘…失敗した…?冷や汗が流れる私を気にせずメイスさんは続ける。
「あれは前にやった罰ゲームで買ったやつで…今日送ったのも俺じゃなくて、ダチが勝手に送りやがった。名前も知ってると思うんだが」
メイスさんはそういって手を頭のほうにもっていき、髪の毛を表現する。ゲーラさんだ。メイスさんの手はメイスさんとは違うふわふわした髪の毛の形を描く。
「いつものメイスさんと違ったので新鮮だなって思ってました。」
「そうだろうな」
今日のスタンプはゲーラさんの仕業だったらしい。自分であのスタンプを送っていたのならそれはそれでときめくけれど、メイスさんが送っていないということは納得できる。
もし積極的に使っているならギャップでさらに女子がやられてしまうんじゃないか、と思う。せっかく忘れていモヤモヤが戻ってくる。
再び訪れた沈黙に、私が焦りだす。なにか話題はないのか。
「あ、メイスさんってどこで練習してるんですか?家にベースないです…よね?」
「学校か、大体はダチの家にガレージがあるからそこでやってるな。家だと近所迷惑になりかねない」
メイスさんはまたダチのところで手で髪の毛を描く。ゲーラさんだった。
私の家は誰も楽器を弾く人はいないし、防音設備なんてあるわけないから、メイスさんのいうことは最もだ。
メイスさんと話しているときは消えるモヤモヤも話さなくなると戻ってくる。メイスさんを待たせないようにさっさと食べる気のないお菓子を買った。
帰り道はもう話すことがなかった。早く家につかないかと思えば思うほど遠く感じる。
「なあ、名前。何かあったのか」
「え?」
「いつもより元気がないんじゃねえかって思ってな」
図星をつかれてどきりとする。メイスさんはよく気がつくんだった。取り繕うように笑顔を浮かべる。
「そうですか?久々の部活で疲れたのかもしれないですね!でも大丈夫なんで気にしないでください」
「そうか。何かあったら相談に乗るから、遠慮するなよ」
メイスさんの手が私の頭に2、3回置かれる。優しいなぁ、メイスさん。でもそういわれても相談できそうにない。
その日、モヤモヤは残って消えることはなかった。
そういえばメイスさんがはじめて来たとき楽器らしきものは持ってきていなかったけれど、何をやっているんだろう。リオ君がメイスさんのギターのピックを持っていたからギター?でもギターは家にはないはず。
スマホをとりだしメイスさんとのトーク画面を開いて、数文字打ち込んで指を止める。いきなり聞いて良いのかな、こういうこと。迷って文字を消したり、打ち込んだりを繰り返す。メイスさんは何の楽器をやっているんですか?という一文を打つだけなのに時間がかかってしまった。送信ボタンを押し、また画面を消して、制服のポケットへとしまいこんだ。
アイナがクラス委員の集まりがあるといっていつもより早く自分の教室へともどる。スマホの画面をつけるとトークアプリのアイコンが目に入った。10分ほど前に返信がきている。
メイスさんはベースをやっているらしい。楽器の名前しかないメッセージだった。ということは、あのピックはギターではなくベースのピックだったらしい。メイスさんが、ライブハウスでベースを弾いている姿はすぐに想像できた。
聞いてみたいです、といってしまうのはさすがに図々しいか。恥ずかしくなって咄嗟に打った文を消している最中、誰かがぶつかってスマホを落としてしまった。教室で遊んでいた男子がぶつかってきたらしい。乱雑な謝罪に内心腹をたてつつ、スマホを拾い上げる。画面には消しきれなかった"聞いてみたい"という文がメイスさんに送られている。血の気が一気に引いていくのがわかった。これだったら何を打っていたか丸わかりだ。メッセージを取り消そうにも既読がついてしまっている。どうしよう、弁解の文章が思いつかない。もういいや、と自暴自棄になって聞いてみたいですと先ほど消した文章を打ち直して送った。
返事はすぐにきた。ちゃんとみる勇気がなくてうっすら目を開けてメッセージを確認する。
文化祭で弾くから見に来るといい。
目を皿にして何度も読み返してもそう書いてあった。驚きのあまり立ち上がろうとして机に太ももを強かに打ち付けて痛い。じんじんと痛む太ももが夢ではないことを裏付けている。喜びのまま楽しみにしています、と打って送ると、すぐに既読がついて初めてスタンプが送られてきた。そのスタンプはゆるっとしたイラストの猫が敬礼しているスタンプで、今まであったメイスさんのイメージからは反対にある可愛さだ。メイスさんもこういうスタンプ使うんだ。格好いいメイスさんと可愛いスタンプのギャップにときめく。
文化祭は夏休みが開けてからだからまだまだ先だ。早く文化祭にならないかな、と胸を高鳴らせた。
お昼のこともあってか、そのあとずっと上機嫌だった。苦手な数学の授業も嫌という気持ちはほとんどでてくることはなかった。いつもよりテンション高いね、と友達に何度も言われた。気持ちが持ち上がるとモチベーションもあがる。その日のぬいぐるみ作りは過去最高の進み具合だったんじゃないかと思う。
最後まで残っていたのは人一人くらいあるぬいぐるみを作っていた一つ上の先輩と私だけだった。会議でいなくなった先生から預かった鍵を返しに先輩と職員室までの短い道のりを歩く。
夕暮れ時の学校は色んな音がする。運動部の声や吹奏楽部の楽器の音がごちゃごちゃと混ざって学校中に響いていた。
あ、と先輩が足を止めたのは2年生のある教室だった。先輩に声をかけようとすると静かに、とジェスチャーをされて口をつぐむ。そこからはベースの音と一緒に男子生徒が話し声が聞こえる。声は小さくて聞こえないけれど、どこかで聞き覚えのある低音だった。
足を止めた先輩がまた歩きだして、私もそれに続く。教室のドアのガラス窓から見えたのは机に腰掛けるメイスさんの後ろ姿と、その前の机に座っているゲーラさんの姿だった。
先輩が深く息を吐き出したのはメイスさん達がいた教室からけっこう離れたところだった。今まで息を止めていたかのような勢いだ。
「先輩、どうしたんですか?」
「…名字さんもみたでしょ。あの教室にいる二人」
「はい、みましたけど…」
それの何が関係あるんだろう。未だ合点がいかず、疑問符を浮かべる私に先輩は口を開く。
「あの二人…特に楽器弾いてた方なんだけど、結構隠れ人気高いのよ。私数回しか話したことないし1年のとき同じクラスだっただけだけど、細かい所よく気がつくしさりげなく助けてくれるし、怖そうな見た目に反して女子からの評価高くてね。
それで密かに好きな子多いから下手に話したりすると後々恨まれそうっていうか…。まあ、ああやって教室で楽器弾いてるとこあんまり見ないからレアだなっていうのもあってちょっと緊張しちゃった」
「そうなんですか…」
メイスさん、人気あるんだ。確かに今までのことを思い出せば、思い当たる節はたくさんあった。メイスさんがモテないなんてことはないだろう。メイスさんがベースを弾いていたところを見れたはずなのに、モヤモヤしたなにかが心のなかにいる。先ほどまで浮かんでいた気持ちはすっかり沈みこんでいた。なんだろうこれ。
気持ちが晴れることはないまま、家へ帰って制服のままベッドにダイブする。皺になるからと気を遣っていたのにそんなことどうでもよかった。先輩の言葉がぐるぐると頭のなかで回って離れない。家に帰る頃にはまだ残っていた太陽も見えなくなって外は暗くなっていく。
このままじゃだめだ、気分転換しよう。制服から着替えて財布とスマホを持つ。散歩でもしてこよう。ついでにコンビニによってお菓子かなにか買ってこよう。キッチンにいる母に一声かけて玄関をでるのと、メイスさんが、バイクから降りて家に入ろうとしたのはほとんど同時だった。
お帰りなさい、といつものように声をかけた。なんで今会っちゃうかな。いつも通りにしたはずだけど微妙な顔をしていた自覚はある。逃げるように玄関からでようとして腕を掴まれた。
「コンビニいくっていうんならついていく」
「いや、そんな、近いし大丈夫ですよ」
「俺が心配なんだ」
そう言われてしまったら断ることもできない。渋々頷いてメイスさんと家を出る。メイスさんは元々口数が多くない。いつもなら気にならない沈黙も今回ばかりは気になってしまう。
「あ、そういえば!お昼に送ってくれたスタンプ、可愛かったですね!猫好きなんですか?」
「ああ、あれか…」
そういうとメイスさんは苦い顔をした。この話題ダメだった?嘘…失敗した…?冷や汗が流れる私を気にせずメイスさんは続ける。
「あれは前にやった罰ゲームで買ったやつで…今日送ったのも俺じゃなくて、ダチが勝手に送りやがった。名前も知ってると思うんだが」
メイスさんはそういって手を頭のほうにもっていき、髪の毛を表現する。ゲーラさんだ。メイスさんの手はメイスさんとは違うふわふわした髪の毛の形を描く。
「いつものメイスさんと違ったので新鮮だなって思ってました。」
「そうだろうな」
今日のスタンプはゲーラさんの仕業だったらしい。自分であのスタンプを送っていたのならそれはそれでときめくけれど、メイスさんが送っていないということは納得できる。
もし積極的に使っているならギャップでさらに女子がやられてしまうんじゃないか、と思う。せっかく忘れていモヤモヤが戻ってくる。
再び訪れた沈黙に、私が焦りだす。なにか話題はないのか。
「あ、メイスさんってどこで練習してるんですか?家にベースないです…よね?」
「学校か、大体はダチの家にガレージがあるからそこでやってるな。家だと近所迷惑になりかねない」
メイスさんはまたダチのところで手で髪の毛を描く。ゲーラさんだった。
私の家は誰も楽器を弾く人はいないし、防音設備なんてあるわけないから、メイスさんのいうことは最もだ。
メイスさんと話しているときは消えるモヤモヤも話さなくなると戻ってくる。メイスさんを待たせないようにさっさと食べる気のないお菓子を買った。
帰り道はもう話すことがなかった。早く家につかないかと思えば思うほど遠く感じる。
「なあ、名前。何かあったのか」
「え?」
「いつもより元気がないんじゃねえかって思ってな」
図星をつかれてどきりとする。メイスさんはよく気がつくんだった。取り繕うように笑顔を浮かべる。
「そうですか?久々の部活で疲れたのかもしれないですね!でも大丈夫なんで気にしないでください」
「そうか。何かあったら相談に乗るから、遠慮するなよ」
メイスさんの手が私の頭に2、3回置かれる。優しいなぁ、メイスさん。でもそういわれても相談できそうにない。
その日、モヤモヤは残って消えることはなかった。