杏の花が咲く
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朝起きてすぐ、とてつもなく嫌な予感がした。充電しておいたはずスマホは充電器が刺さっておらず、おまけに設定しておいたはずのアラームが解除されていた。充電が半分以下のスマホが示すのは普段私がバスに乗っている時間帯。完全に寝坊した。
大急ぎで制服に着替えて、ボサボサの髪の毛を大慌てで整える。父も母もこういうときに限って朝早くから仕事にいっていたり夜勤で寝ていたりしているのだ。寝癖だって急いでるときに限って、上手く直らなかったり芸術的なかたちなんだ。アイロンが温まるまでの時間ですら惜しいというのに。
ダイニングテーブルには二人分のランチバッグが置いてあってメイスさんがコーヒーを飲んでいた。おはようございます、といいながら大急ぎで洗面所に駆け込んだ。
いつも乗っているバスは時間に余裕があるバスだけどそのバスはもう出発している。次のバスの時刻を調べる時間はない。朝御飯を食べている時間もない。そういえば教科書の準備もちゃんとしてなかった気がする。
洗面所で身支度を整えて再度リビングを通るときにメイスさんに呼び止められる。もしかしてうるさくしすぎたから怒っている……?いつもなら私はこの時間帯にいないし、こんなバタバタしていないだろう。
ごめんなさい、と謝る前にメイスさんが口を開いた。
「名前、乗ってくか?」
「え?乗って…え、とバイクに…?」
「寝坊したんだろ。乗ってけば間に合う」
確かにバイクでいけば余裕で間に合うだろう。だけれどいいのだろうか。メイスさんが休みの日、バイクを丁寧にメンテナンスしているのは知っていた。そんな愛車に私が乗っていいのか。登校しているメイスさんのクラスメイトにみられてなにか言われる可能性だってあるのに。
長々悩んでいる暇はなかった。学校に遅刻することとメイスさんのバイクに乗って遅刻しないことを天秤にかけて、私はバイクに乗らせてもらうことを選んだのだった。
15分後に出発すると言われ、自分の部屋へ駆け込む。今から学校の用意をすれば、朝御飯を食べる余裕ができる。教科書やノートを詰め込んで、スマホのモバイル式充電器を鞄にいれる。これでパン一枚は食べれる。さすがにトーストにしている時間はなかったから生の食パンだったけれど食べれないよりはまだましだ。
きっかり15分後、メイスさんと家を出る。家を出る前にざっと2人乗りのバイクの乗り方や、乗っているときのことを調べたが、メイスさんにも教えられる。いわく、他のバイクよりも二人乗り向きではないらしい。後ろに乗る私もしっかり力を入れていないといけないのだとか。
メイスさんがつけているものとは違うヘルメットを渡された。スカートの下にジャージを履いて、ヘルメットを被る。少しまごつきながらもメイスさんの後ろへ乗ることができた。
遅刻したくなくて乗せてもらうことにしたけれど、思っていたよりも近いし密着している。メイスさんの腰を膝で挟まないといけないし、メイスさんの腰に掴まっていなければいけない。少しだけ後悔したけれども安全第一。背に腹はかえられない。私が恥ずかしがったらメイスさんのせっかくの好意を無駄にすることになるし、なにより危険だ。無心、無心だ。何も考えない。
「しっかり掴まってな」
メイスさんの声とともにバイクのエンジンがかかりゆっくり発進する。思っていたよりも速くないのはきっとメイスさんが安全運転をしているからだろう。
いつもよりも近いメイスさんの背中は年相応に広い。細身に見えるが意外にがっしりとしている。父とは違う、男の人だ。そこまで考えたところで自分が変態のように思えてあわててその思考を隅においやった。無心、無心。私は空気。
乗っていたのは十数分だっただろうが、体感は何時間かと思うくらいだった。メイスさんは学校の裏口にバイクを停めた。ここならば生徒もいないからだろう。SHRまでの時間はまだ余裕があった。
ありがとうございます、と何度も頭を下げて再びバイクに跨がったメイスさんを見送る。この分なら駐輪場に停めにいってもメイスさんも間に合う。どっと疲れが押し寄せたのは慣れないバイクに乗ったからだけではないだろう。
裏口から学校に入って、教室に入る。SHRが始まるまであと10分だった。きっとバスでいっていたら間に合わなかった。メイスさんには頭が上がらない。なにかお礼できればいいのだけど、メイスさんの好きなものは私は知らない。前よりは距離は縮まっていると思いたいが、振り返ってみても牛歩並みの遅さだ。
「男の人って何上げたら嬉しいかなあ」
「……えっ!?名前好きな人でもできたの!?」
何気なしにアイナに相談すると違うかたちで捉えられて誤解されてしまった。お世話になった人なのだと大慌てで訂正したことで事なきを得た。
「うーん、私もそういうのはわかんないけど…無難にお菓子とか?甘いの大丈夫なの?」
「どんなのが好きとかは全くわからないんだよね…」
情報量が少な過ぎる。甘いものが好きなのか嫌いなのかどうかすらわからない。唯一分かるのは楽器をやっていることだけど、ギターのピックも種類が多くてどれがいいのかさっぱりわからなかった。生まれてこのかた男の人にプレゼントなんて父以外したことがない。
「何悩んでんだ?」
アイナと二人、うんうんと頭を悩ませていると聞き覚えのない声が上から降ってくる。声の主はガロ・ティモス君だった。アイナがティモス君にもらって嬉しいものを聞くとティモス君も腕組みをして首を傾げた。
「なんでもいいんじゃねぇか?自分のために選んでくれたんなら何でも嬉しいぜ、俺は」
「ガロは、ね。もし、嫌いなものでも嬉しいの?」
「気持ちだろ、こういうのって」
ティモス君の言うことは最もだ。最初から嫌がらせ目的でとか、そういう理由じゃなければ私だって贈り物されると嬉しい。メイスさんも、たぶんそうだと思う。最近接してわかったことだけどメイスさんは優しい人だから、何をあげても大丈夫なんだと思う。
ティモス君はアイナと話したあと、別の生徒に呼ばれていなくなった。急に現れていなくなる風のような人だ。
「名前、放課後空いてる?一緒に買いにいこ!」
「空いてるけど、いいの?陸上部とか」
「今日は休み!名前の話聞いてたら私もお姉ちゃんに何かあげたくなっちゃってさ。二人で選びにいこうよ」
「うん!」
二人であれこれ調べていたらお昼休みが終わってしまった。色々考えて案は出たけれど、無難にお菓子がいいんじゃないかという方向にまとまっていった。
学校終わり、二人で駅ビルへ向かう。駅ビルのなかは私たちのような学校帰りの学生が多く、アパレルショップのマネキンは一足早く夏の装いをしていた。
カフェの期間限定商品に後ろ髪ひかれながらも、目的の場所へたどり着く。チョコレートブランドのショップに地域限定のお菓子、和菓子に洋菓子が並んでいてどこからも甘い匂いが漂ってお腹を刺激した。
メイスさんは朝にコーヒーを飲んでいたし、甘いものよりもビターのほうがいいだろう。ただあまりビターが強すぎても苦いだけになってしまうし…。
アイナも二つのパッケージとにらめっこしている。マドレーヌか、クッキーかで迷っているようだった。私ももう少し絞り込めればいいのだけど。
「決まった?」
「どっちかまでは絞り込めたんだけど…」
ビターチョコがメインのものか、色んなフレーバーが入ったものか。どちらも甘さは控えめで、値段も同じくらい。どちらにするべきか決定打がなかった。
「どっちもいいけど、二つはさすがに過剰な気がするし…どっちがいいかなあ…」
「うーん、迷ってるならさ、その人のイメージに近いほうにすればいいんじゃない?ほら、好きな色とか、その人っぽいのとか」
そう言われて、迷っていた二つのパッケージを見比べる。メイスさんのイメージを思い返し、み空色のシンプルな箱に、濃青色のリボンでラッピングされているビターチョコがメインのものを選んだ。ここまでくるとほとんど直感だった。
「ありがとうアイナ!おかげで決まったよ」
「いーえ!私も久々に遊べて楽しかったからさ」
アイナと駅で別れて、帰路へつく。高校にはいってから放課後遊ぶのははじめてだった。アイナは陸上部が忙しそうだったし、高校でできた友達も放課後遊ぶほどまだ仲良くなれてはいなかった。
メイスさんはまだ帰ってきてはいなかった。リオ君がいっていたけれど、軽音部なんだっけ。軽音部であるはずなのに、メイスさんの部屋からギターの音が聞こえてきたことはない。メイスさんは家にいる大半を部屋で過ごしているけれど、物音が聞こえてくることはそうそうなかった。
部屋の机にショップの袋に入ったチョコレートを置く。メイスさんが帰ってきたときに、自然な流れで渡す。前回はちょっと想定外のことがおきてしまったけれど、今回はきっと大丈夫だ。メイスさんが帰ってきたときに渡すのだから、想定外のことなどおきるはずがない。
落ち着かない。制服から着替えているときも、気を紛らわそうと開いたスマホのゲームも全然集中できない。5分に1回は窓の外を確認するくらいそわそわしていた。やっておいたほうがいい宿題も全く手につかない。新聞配達のバイクの音に騙されかけて息を吐いた。何をやっているんだろう、私は。
日も落ちかけ、暗くなる。母が帰ってきた。その頃にはもうそわそわしすぎて若干疲弊していた。カーテンを閉めようと窓へよるとバイクが近づいてくる音が聞こえた。メイスさんだった。勢いよくカーテンを閉めたら転びそうになった。さっと髪を整えて深呼吸をする。バレンタインにチョコレートを渡すときよりも今この瞬間が一番緊張していた。
部屋にはいろうとするメイスさんを呼び止める。震える手でメイスさんにチョコレートの入った袋を差し出した。
「今朝は、ありがとうございました。その、少ないですけど、よければ受け取ってください…」
メイスさんの目が驚いたように見開かれて数回瞬きをした。片目しか見えないけれど視線を迷わせている。
「物を貰うようなことはしてないんだが…乗り心地も悪かっただろう」
「そんなことないです!メイスさんかなり気を遣ってくれてましたし…あのままだったら遅刻してたので…私の恩人っていうか、その、神様みたいな…」
そこまでいってはっと気がつく。私は何を口走っているんだ。神様のようにみえたのは事実だけれども、本人に直接いうつもりなんてなかった。絶対引かれた。
「神様、ねぇ。じゃあこれは貢ぎ物ってことか」
「いや、違っ…違くは…ないですけれど…!」
弁解するべく顔をあげて、言葉を重ねようとした。目の前のメイスさんの顔は意地悪そうに笑っていて、からかわれたのだとそこで気づいた。
「からかってますよね…!?」
「はは、悪いな」
メイスさんが笑って、私の持っていたチョコレートの袋を受けとる。ありがたく貰っておくぜ、という言葉とひらひら振られた左手がメイスさんの部屋に消えていった。
なんだか、してやられた気分だ。自分の部屋に戻ってようやくメイスさんが笑っていたことや冗談をいっていたことに気づいてベッドの上に沈んだ。
大急ぎで制服に着替えて、ボサボサの髪の毛を大慌てで整える。父も母もこういうときに限って朝早くから仕事にいっていたり夜勤で寝ていたりしているのだ。寝癖だって急いでるときに限って、上手く直らなかったり芸術的なかたちなんだ。アイロンが温まるまでの時間ですら惜しいというのに。
ダイニングテーブルには二人分のランチバッグが置いてあってメイスさんがコーヒーを飲んでいた。おはようございます、といいながら大急ぎで洗面所に駆け込んだ。
いつも乗っているバスは時間に余裕があるバスだけどそのバスはもう出発している。次のバスの時刻を調べる時間はない。朝御飯を食べている時間もない。そういえば教科書の準備もちゃんとしてなかった気がする。
洗面所で身支度を整えて再度リビングを通るときにメイスさんに呼び止められる。もしかしてうるさくしすぎたから怒っている……?いつもなら私はこの時間帯にいないし、こんなバタバタしていないだろう。
ごめんなさい、と謝る前にメイスさんが口を開いた。
「名前、乗ってくか?」
「え?乗って…え、とバイクに…?」
「寝坊したんだろ。乗ってけば間に合う」
確かにバイクでいけば余裕で間に合うだろう。だけれどいいのだろうか。メイスさんが休みの日、バイクを丁寧にメンテナンスしているのは知っていた。そんな愛車に私が乗っていいのか。登校しているメイスさんのクラスメイトにみられてなにか言われる可能性だってあるのに。
長々悩んでいる暇はなかった。学校に遅刻することとメイスさんのバイクに乗って遅刻しないことを天秤にかけて、私はバイクに乗らせてもらうことを選んだのだった。
15分後に出発すると言われ、自分の部屋へ駆け込む。今から学校の用意をすれば、朝御飯を食べる余裕ができる。教科書やノートを詰め込んで、スマホのモバイル式充電器を鞄にいれる。これでパン一枚は食べれる。さすがにトーストにしている時間はなかったから生の食パンだったけれど食べれないよりはまだましだ。
きっかり15分後、メイスさんと家を出る。家を出る前にざっと2人乗りのバイクの乗り方や、乗っているときのことを調べたが、メイスさんにも教えられる。いわく、他のバイクよりも二人乗り向きではないらしい。後ろに乗る私もしっかり力を入れていないといけないのだとか。
メイスさんがつけているものとは違うヘルメットを渡された。スカートの下にジャージを履いて、ヘルメットを被る。少しまごつきながらもメイスさんの後ろへ乗ることができた。
遅刻したくなくて乗せてもらうことにしたけれど、思っていたよりも近いし密着している。メイスさんの腰を膝で挟まないといけないし、メイスさんの腰に掴まっていなければいけない。少しだけ後悔したけれども安全第一。背に腹はかえられない。私が恥ずかしがったらメイスさんのせっかくの好意を無駄にすることになるし、なにより危険だ。無心、無心だ。何も考えない。
「しっかり掴まってな」
メイスさんの声とともにバイクのエンジンがかかりゆっくり発進する。思っていたよりも速くないのはきっとメイスさんが安全運転をしているからだろう。
いつもよりも近いメイスさんの背中は年相応に広い。細身に見えるが意外にがっしりとしている。父とは違う、男の人だ。そこまで考えたところで自分が変態のように思えてあわててその思考を隅においやった。無心、無心。私は空気。
乗っていたのは十数分だっただろうが、体感は何時間かと思うくらいだった。メイスさんは学校の裏口にバイクを停めた。ここならば生徒もいないからだろう。SHRまでの時間はまだ余裕があった。
ありがとうございます、と何度も頭を下げて再びバイクに跨がったメイスさんを見送る。この分なら駐輪場に停めにいってもメイスさんも間に合う。どっと疲れが押し寄せたのは慣れないバイクに乗ったからだけではないだろう。
裏口から学校に入って、教室に入る。SHRが始まるまであと10分だった。きっとバスでいっていたら間に合わなかった。メイスさんには頭が上がらない。なにかお礼できればいいのだけど、メイスさんの好きなものは私は知らない。前よりは距離は縮まっていると思いたいが、振り返ってみても牛歩並みの遅さだ。
「男の人って何上げたら嬉しいかなあ」
「……えっ!?名前好きな人でもできたの!?」
何気なしにアイナに相談すると違うかたちで捉えられて誤解されてしまった。お世話になった人なのだと大慌てで訂正したことで事なきを得た。
「うーん、私もそういうのはわかんないけど…無難にお菓子とか?甘いの大丈夫なの?」
「どんなのが好きとかは全くわからないんだよね…」
情報量が少な過ぎる。甘いものが好きなのか嫌いなのかどうかすらわからない。唯一分かるのは楽器をやっていることだけど、ギターのピックも種類が多くてどれがいいのかさっぱりわからなかった。生まれてこのかた男の人にプレゼントなんて父以外したことがない。
「何悩んでんだ?」
アイナと二人、うんうんと頭を悩ませていると聞き覚えのない声が上から降ってくる。声の主はガロ・ティモス君だった。アイナがティモス君にもらって嬉しいものを聞くとティモス君も腕組みをして首を傾げた。
「なんでもいいんじゃねぇか?自分のために選んでくれたんなら何でも嬉しいぜ、俺は」
「ガロは、ね。もし、嫌いなものでも嬉しいの?」
「気持ちだろ、こういうのって」
ティモス君の言うことは最もだ。最初から嫌がらせ目的でとか、そういう理由じゃなければ私だって贈り物されると嬉しい。メイスさんも、たぶんそうだと思う。最近接してわかったことだけどメイスさんは優しい人だから、何をあげても大丈夫なんだと思う。
ティモス君はアイナと話したあと、別の生徒に呼ばれていなくなった。急に現れていなくなる風のような人だ。
「名前、放課後空いてる?一緒に買いにいこ!」
「空いてるけど、いいの?陸上部とか」
「今日は休み!名前の話聞いてたら私もお姉ちゃんに何かあげたくなっちゃってさ。二人で選びにいこうよ」
「うん!」
二人であれこれ調べていたらお昼休みが終わってしまった。色々考えて案は出たけれど、無難にお菓子がいいんじゃないかという方向にまとまっていった。
学校終わり、二人で駅ビルへ向かう。駅ビルのなかは私たちのような学校帰りの学生が多く、アパレルショップのマネキンは一足早く夏の装いをしていた。
カフェの期間限定商品に後ろ髪ひかれながらも、目的の場所へたどり着く。チョコレートブランドのショップに地域限定のお菓子、和菓子に洋菓子が並んでいてどこからも甘い匂いが漂ってお腹を刺激した。
メイスさんは朝にコーヒーを飲んでいたし、甘いものよりもビターのほうがいいだろう。ただあまりビターが強すぎても苦いだけになってしまうし…。
アイナも二つのパッケージとにらめっこしている。マドレーヌか、クッキーかで迷っているようだった。私ももう少し絞り込めればいいのだけど。
「決まった?」
「どっちかまでは絞り込めたんだけど…」
ビターチョコがメインのものか、色んなフレーバーが入ったものか。どちらも甘さは控えめで、値段も同じくらい。どちらにするべきか決定打がなかった。
「どっちもいいけど、二つはさすがに過剰な気がするし…どっちがいいかなあ…」
「うーん、迷ってるならさ、その人のイメージに近いほうにすればいいんじゃない?ほら、好きな色とか、その人っぽいのとか」
そう言われて、迷っていた二つのパッケージを見比べる。メイスさんのイメージを思い返し、み空色のシンプルな箱に、濃青色のリボンでラッピングされているビターチョコがメインのものを選んだ。ここまでくるとほとんど直感だった。
「ありがとうアイナ!おかげで決まったよ」
「いーえ!私も久々に遊べて楽しかったからさ」
アイナと駅で別れて、帰路へつく。高校にはいってから放課後遊ぶのははじめてだった。アイナは陸上部が忙しそうだったし、高校でできた友達も放課後遊ぶほどまだ仲良くなれてはいなかった。
メイスさんはまだ帰ってきてはいなかった。リオ君がいっていたけれど、軽音部なんだっけ。軽音部であるはずなのに、メイスさんの部屋からギターの音が聞こえてきたことはない。メイスさんは家にいる大半を部屋で過ごしているけれど、物音が聞こえてくることはそうそうなかった。
部屋の机にショップの袋に入ったチョコレートを置く。メイスさんが帰ってきたときに、自然な流れで渡す。前回はちょっと想定外のことがおきてしまったけれど、今回はきっと大丈夫だ。メイスさんが帰ってきたときに渡すのだから、想定外のことなどおきるはずがない。
落ち着かない。制服から着替えているときも、気を紛らわそうと開いたスマホのゲームも全然集中できない。5分に1回は窓の外を確認するくらいそわそわしていた。やっておいたほうがいい宿題も全く手につかない。新聞配達のバイクの音に騙されかけて息を吐いた。何をやっているんだろう、私は。
日も落ちかけ、暗くなる。母が帰ってきた。その頃にはもうそわそわしすぎて若干疲弊していた。カーテンを閉めようと窓へよるとバイクが近づいてくる音が聞こえた。メイスさんだった。勢いよくカーテンを閉めたら転びそうになった。さっと髪を整えて深呼吸をする。バレンタインにチョコレートを渡すときよりも今この瞬間が一番緊張していた。
部屋にはいろうとするメイスさんを呼び止める。震える手でメイスさんにチョコレートの入った袋を差し出した。
「今朝は、ありがとうございました。その、少ないですけど、よければ受け取ってください…」
メイスさんの目が驚いたように見開かれて数回瞬きをした。片目しか見えないけれど視線を迷わせている。
「物を貰うようなことはしてないんだが…乗り心地も悪かっただろう」
「そんなことないです!メイスさんかなり気を遣ってくれてましたし…あのままだったら遅刻してたので…私の恩人っていうか、その、神様みたいな…」
そこまでいってはっと気がつく。私は何を口走っているんだ。神様のようにみえたのは事実だけれども、本人に直接いうつもりなんてなかった。絶対引かれた。
「神様、ねぇ。じゃあこれは貢ぎ物ってことか」
「いや、違っ…違くは…ないですけれど…!」
弁解するべく顔をあげて、言葉を重ねようとした。目の前のメイスさんの顔は意地悪そうに笑っていて、からかわれたのだとそこで気づいた。
「からかってますよね…!?」
「はは、悪いな」
メイスさんが笑って、私の持っていたチョコレートの袋を受けとる。ありがたく貰っておくぜ、という言葉とひらひら振られた左手がメイスさんの部屋に消えていった。
なんだか、してやられた気分だ。自分の部屋に戻ってようやくメイスさんが笑っていたことや冗談をいっていたことに気づいてベッドの上に沈んだ。