杏の花が咲く
名前変換
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メイスさんと微妙な距離を保ちながら1ヶ月は過ぎた。色々と部活を見学した上で週2回しか活動しない手芸部へと入部した。緩く活動してるから来るも来ないも自由だよと言われた通り、幽霊部員も多い部活だった。
リオ君ともなかなか話す機会がない。近寄りがたいのは外見だけで中身は誰にも別け隔てなく接するタイプのリオ君は1ヶ月もすれば、リオ君の周りには常に人が集まっていた。話しかけようにも声をかけれない。
メイスさんも同じ学校にいるけれど学年が違うせいなのか全くといっていいほど、会わなかった。駐輪場に家にあるバイクと同じバイクが停めてあるのを見たくらいだ。このままずっと微妙な距離間のままかもしれない。考え事をしながら縫い物をしていたら思いっきり針を指に指してしまった。
思いの外深く指してしまったらしく、血がゆっくりと流れ出る。縫っているブックカバーの布につかないようティッシュで押さえた。先生は保健室で絆創膏を貰ってきたほうがいいと言い、私も素直に従って家庭科室からでる。
保健室で絆創膏を貰い家庭科室へと戻る。その途中でリオ君を見つけた。指定のジャージを着ているから運動部にでも入ったのだろうか。フェンシングとか、馬術とか似合いそうだ。
リオ君が私に気づくと、駆け寄ってくる。お疲れ様と軽く挨拶を交わす。リオ君の手には小さな三角が握られている。
「ちょうど良かった。名前、これをメイスに渡しておいてくれないか?」
リオ君はそういって私に三角を渡してきた。何かと思えば、ギターのピックだった。思っていたよりも厚みがあり、プリントされているのはどこかのバンドのロゴだろうか。使いこんでいるのか印刷がところどころ剥げていた。
あれ?私、リオ君にメイスさんのこといったかな。リオ君は確かにメイスさんの名前をあげ、渡すようにいった。私とメイスさんの接点は学校では全くないというのに。もしかして考えてること全部口から出てたり……?
私が困惑しているのが伝わったのか、リオ君が目をパチパチとさせて首を傾げた。
「名前はメイスと一緒に住んでいるんだろう?」
「い、言い方!そうだけど言い方……!」
誤解を招きかねないリオ君の物言いに思わず周囲を見渡した。誰もいないことを確認してほっと息をつく。
それにしてもなんでリオ君がその事を知っているのだろう。私じゃないとすれば、メイスさんが話したのだろうか。
「名字が一緒だったからもしかしたらと思って聞いてみたら当たってたんだ。」
そういえば、名字をいったときリオ君が考えるような素振りを見せていた。なるほど、そのことだったのか。仲の良い人の名字が急に変われば誰でも気にはなるだろう。
いや、でもだからといって私が渡さなくてもいいんじゃないか。リオ君が渡すほうが自然だし、急に私から渡されることほど不自然なことはない。
「軽音部にも顔を出してみたけどもう帰った後でね。バイクもないし…名前しかいないんだ」
「軽音部?」
「うん、メイスは軽音部だが…それも知らないのか」
リオ君は私を責めるわけでもなくただ純粋に驚いていた。ギターのピックがメイスさんの持ち物だというから楽器はやっていることは予想していたけれど、軽音部だったとは。てっきり部活には入っていないのかと思っていた。
遠くでリオ君を呼ぶ声がする。リオ君がピックを返そうとする私の手を押し止めた。私の肩を軽く叩く。
「余計なことかもしれないけれど、僕はメイスと名前はもっと会話するべきだと思ってる。そのピックがきっかけになればいいけど、無理強いはしないよ。あとは名前の好きな様にしてくれ。もし返せなかったら…そうだな、明日僕が返すから」
リオ君が呼ばれたほうへと走り去っていく。リオ君の部活は運動部ではなく応援団だった。学ランとハチマキをつけた団長さんがリオ君と同じく指定のジャージをきた生徒たちの前に立っている。またしても私の想像していたイメージとはかけ離れていた。
さて、問題はこのピックだ。リオ君から渡されたこれはメイスさんの私物で、返さなければいけないもの。
会話しなくともこのピックを返せる方法はいくらでもある。部屋の前に置いておくことだってできる。返さないままにしておけば、明日リオ君に返して貰うことだってできる。
だけど、それじゃだめだ。リオ君が意図していたかどうかはわからないけれどもこれはチャンスだ。渡すついでに少し話せるんじゃないか。リオ君という共通の話題もある。楽器できるんですね、とかどんな音楽が好きなんですか、とかそういうことも頑張れば聞けるんじゃないか。すべては私の勇気にかかっている。
私の手のなかにあるピックは小さく重量もさほどないのにも関わらず重たく感じた。
家庭科室に戻って帰る準備をする。気持ちの踏ん切りがついているうちに、やっておきたかった。つくりかけのブックカバーは鞄のなかにしまって、先輩や先生に挨拶をし学校からでる。落としていないか、と制服のポケットにいれた小さなピックがあることを何度も確認しながら家へ帰った。
バイクはあった。帰ってきていることを確認する。ただいまと声をかけても応答する人はいない。私よりも大きいメイスさんの靴が揃えられて置いてあった。
自分の部屋に荷物をおき、深呼吸をする。落ち着いて話せば大丈夫。心臓が早鐘をうっているのが分かる。
ピックをもち、見てすぐわかるくらい震えている手でメイスさんの部屋をノックする。少し待ってみるが応答はない。ノックの音は聞こえていたはずだ。無視…されている…?
「何してんだ?」
心臓が口から転がってどこかへいきそうになるかと思うくらい吃驚した。早かった心臓が一段とはやくなってうるさいくらいだった。メイスさんはどうやら1階にいたらしい。気づかなかった。想定外の出来事と先ほどの驚きによって用意していた言葉が全て吹っ飛んでいた。頭が真っ白になっている。メイスさんが不思議そうにこっちをみている。
「こ、これ!リオ君から預かってまして!メイスさんに返しておいてくれと!」
そういってぴったり90度腰を曲げ、片手に持っていたピックを両手でメイスさんに差し出した。勢い任せになってしまった。昼過ぎにやっている時代劇にでてくる役人に何か高価なものを献上する商人みたくなってしまった。こんなはずじゃなかったのに、と後悔してももう遅い。頭を下げているからメイスさんがどういう顔をしているか分からないが、おそらく引いていると思う。私のメイスさんと普通にしゃべれるようになろう計画ががらがらと崩れていった。
ふ、と息の抜ける音がした。そっとメイスさんを窺うと口に片手を当て、小刻みに肩を震わせ笑っている。……笑っている?メイスさんが?
いつも顔を合わせているメイスさんの顔は常に無表情で、笑った顔をみたのはあのコンビニのときだけだった。私は家にいるときメイスさんの笑顔をみたことはなかった。
「ありがとな」
メイスさんが私の両手からピックを受けとる。ピックを離す私の手はやっぱり震えていた。中途半端に顔をあげた私の頭に軽く手を一度置いて、部屋へ入っていった。ドアが閉まる音がやけに耳に残った。
暫くそのままの体勢で静止していたが、我にかえる。ふらふらと自分の部屋へ戻ってベッドへ倒れこむ。何が起きたのか、理解できなかった。メイスさんの笑った顔が私の頭のなかでリフレインする。なんだか恥ずかしくなってしまい、枕に顔を押し当てじたばたと足を交互に動かした。やり場のない感情を発散させようとしたがうまく消化できなかった。
ちゃんと話せていなかったことに気づいたのは、その日の夜、寝る前だった。
次の日の朝、リオ君にピックを渡したことを告げる。よくやった、と誉めてくれたがせっかくの機会を無駄にしてしまった。折角リオ君がくれたチャンスをむざむざ棒に振ったのは他でもない私だ。
「落ち込まなくていい。次に活かそう」
「うん…ありがとうリオ君…」
「勇気を出して自分から話しかけたんだろう?一歩前進じゃないか」
「そうだね…ありがとう……」
リオ君がどうしてこんなに親身になってくれるか私にはわからない。それでも、リオ君の励ましが落ち込んでいる私の心にしみる。そうだ、まだ一歩進んだだけなんだ。はじめ感じていたメイスさんに対する怖いというイメージは薄れている。きっと、そのうち話せるようになるから大丈夫。そしてもう一度メイスさんの笑った顔をみれたらこれ以上のことはないはずだ。
リオ君ともなかなか話す機会がない。近寄りがたいのは外見だけで中身は誰にも別け隔てなく接するタイプのリオ君は1ヶ月もすれば、リオ君の周りには常に人が集まっていた。話しかけようにも声をかけれない。
メイスさんも同じ学校にいるけれど学年が違うせいなのか全くといっていいほど、会わなかった。駐輪場に家にあるバイクと同じバイクが停めてあるのを見たくらいだ。このままずっと微妙な距離間のままかもしれない。考え事をしながら縫い物をしていたら思いっきり針を指に指してしまった。
思いの外深く指してしまったらしく、血がゆっくりと流れ出る。縫っているブックカバーの布につかないようティッシュで押さえた。先生は保健室で絆創膏を貰ってきたほうがいいと言い、私も素直に従って家庭科室からでる。
保健室で絆創膏を貰い家庭科室へと戻る。その途中でリオ君を見つけた。指定のジャージを着ているから運動部にでも入ったのだろうか。フェンシングとか、馬術とか似合いそうだ。
リオ君が私に気づくと、駆け寄ってくる。お疲れ様と軽く挨拶を交わす。リオ君の手には小さな三角が握られている。
「ちょうど良かった。名前、これをメイスに渡しておいてくれないか?」
リオ君はそういって私に三角を渡してきた。何かと思えば、ギターのピックだった。思っていたよりも厚みがあり、プリントされているのはどこかのバンドのロゴだろうか。使いこんでいるのか印刷がところどころ剥げていた。
あれ?私、リオ君にメイスさんのこといったかな。リオ君は確かにメイスさんの名前をあげ、渡すようにいった。私とメイスさんの接点は学校では全くないというのに。もしかして考えてること全部口から出てたり……?
私が困惑しているのが伝わったのか、リオ君が目をパチパチとさせて首を傾げた。
「名前はメイスと一緒に住んでいるんだろう?」
「い、言い方!そうだけど言い方……!」
誤解を招きかねないリオ君の物言いに思わず周囲を見渡した。誰もいないことを確認してほっと息をつく。
それにしてもなんでリオ君がその事を知っているのだろう。私じゃないとすれば、メイスさんが話したのだろうか。
「名字が一緒だったからもしかしたらと思って聞いてみたら当たってたんだ。」
そういえば、名字をいったときリオ君が考えるような素振りを見せていた。なるほど、そのことだったのか。仲の良い人の名字が急に変われば誰でも気にはなるだろう。
いや、でもだからといって私が渡さなくてもいいんじゃないか。リオ君が渡すほうが自然だし、急に私から渡されることほど不自然なことはない。
「軽音部にも顔を出してみたけどもう帰った後でね。バイクもないし…名前しかいないんだ」
「軽音部?」
「うん、メイスは軽音部だが…それも知らないのか」
リオ君は私を責めるわけでもなくただ純粋に驚いていた。ギターのピックがメイスさんの持ち物だというから楽器はやっていることは予想していたけれど、軽音部だったとは。てっきり部活には入っていないのかと思っていた。
遠くでリオ君を呼ぶ声がする。リオ君がピックを返そうとする私の手を押し止めた。私の肩を軽く叩く。
「余計なことかもしれないけれど、僕はメイスと名前はもっと会話するべきだと思ってる。そのピックがきっかけになればいいけど、無理強いはしないよ。あとは名前の好きな様にしてくれ。もし返せなかったら…そうだな、明日僕が返すから」
リオ君が呼ばれたほうへと走り去っていく。リオ君の部活は運動部ではなく応援団だった。学ランとハチマキをつけた団長さんがリオ君と同じく指定のジャージをきた生徒たちの前に立っている。またしても私の想像していたイメージとはかけ離れていた。
さて、問題はこのピックだ。リオ君から渡されたこれはメイスさんの私物で、返さなければいけないもの。
会話しなくともこのピックを返せる方法はいくらでもある。部屋の前に置いておくことだってできる。返さないままにしておけば、明日リオ君に返して貰うことだってできる。
だけど、それじゃだめだ。リオ君が意図していたかどうかはわからないけれどもこれはチャンスだ。渡すついでに少し話せるんじゃないか。リオ君という共通の話題もある。楽器できるんですね、とかどんな音楽が好きなんですか、とかそういうことも頑張れば聞けるんじゃないか。すべては私の勇気にかかっている。
私の手のなかにあるピックは小さく重量もさほどないのにも関わらず重たく感じた。
家庭科室に戻って帰る準備をする。気持ちの踏ん切りがついているうちに、やっておきたかった。つくりかけのブックカバーは鞄のなかにしまって、先輩や先生に挨拶をし学校からでる。落としていないか、と制服のポケットにいれた小さなピックがあることを何度も確認しながら家へ帰った。
バイクはあった。帰ってきていることを確認する。ただいまと声をかけても応答する人はいない。私よりも大きいメイスさんの靴が揃えられて置いてあった。
自分の部屋に荷物をおき、深呼吸をする。落ち着いて話せば大丈夫。心臓が早鐘をうっているのが分かる。
ピックをもち、見てすぐわかるくらい震えている手でメイスさんの部屋をノックする。少し待ってみるが応答はない。ノックの音は聞こえていたはずだ。無視…されている…?
「何してんだ?」
心臓が口から転がってどこかへいきそうになるかと思うくらい吃驚した。早かった心臓が一段とはやくなってうるさいくらいだった。メイスさんはどうやら1階にいたらしい。気づかなかった。想定外の出来事と先ほどの驚きによって用意していた言葉が全て吹っ飛んでいた。頭が真っ白になっている。メイスさんが不思議そうにこっちをみている。
「こ、これ!リオ君から預かってまして!メイスさんに返しておいてくれと!」
そういってぴったり90度腰を曲げ、片手に持っていたピックを両手でメイスさんに差し出した。勢い任せになってしまった。昼過ぎにやっている時代劇にでてくる役人に何か高価なものを献上する商人みたくなってしまった。こんなはずじゃなかったのに、と後悔してももう遅い。頭を下げているからメイスさんがどういう顔をしているか分からないが、おそらく引いていると思う。私のメイスさんと普通にしゃべれるようになろう計画ががらがらと崩れていった。
ふ、と息の抜ける音がした。そっとメイスさんを窺うと口に片手を当て、小刻みに肩を震わせ笑っている。……笑っている?メイスさんが?
いつも顔を合わせているメイスさんの顔は常に無表情で、笑った顔をみたのはあのコンビニのときだけだった。私は家にいるときメイスさんの笑顔をみたことはなかった。
「ありがとな」
メイスさんが私の両手からピックを受けとる。ピックを離す私の手はやっぱり震えていた。中途半端に顔をあげた私の頭に軽く手を一度置いて、部屋へ入っていった。ドアが閉まる音がやけに耳に残った。
暫くそのままの体勢で静止していたが、我にかえる。ふらふらと自分の部屋へ戻ってベッドへ倒れこむ。何が起きたのか、理解できなかった。メイスさんの笑った顔が私の頭のなかでリフレインする。なんだか恥ずかしくなってしまい、枕に顔を押し当てじたばたと足を交互に動かした。やり場のない感情を発散させようとしたがうまく消化できなかった。
ちゃんと話せていなかったことに気づいたのは、その日の夜、寝る前だった。
次の日の朝、リオ君にピックを渡したことを告げる。よくやった、と誉めてくれたがせっかくの機会を無駄にしてしまった。折角リオ君がくれたチャンスをむざむざ棒に振ったのは他でもない私だ。
「落ち込まなくていい。次に活かそう」
「うん…ありがとうリオ君…」
「勇気を出して自分から話しかけたんだろう?一歩前進じゃないか」
「そうだね…ありがとう……」
リオ君がどうしてこんなに親身になってくれるか私にはわからない。それでも、リオ君の励ましが落ち込んでいる私の心にしみる。そうだ、まだ一歩進んだだけなんだ。はじめ感じていたメイスさんに対する怖いというイメージは薄れている。きっと、そのうち話せるようになるから大丈夫。そしてもう一度メイスさんの笑った顔をみれたらこれ以上のことはないはずだ。