杏の花が咲く
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アイナに誘われた夏祭りは隣町で行われる大きなお祭りだった。第50回記念とかなんとかで今年はかなり規模が大きいものらしく、花火大会も行われるという。いつもはあまり見かけない祭りのポスターをスーパーや駅で見かけて気になっていたから、アイナの誘いにはすぐ頷いてうきうきとした気分でその日を楽しみに待っていた。待ち合わせ時間の18時まではまだ少し時間がある。浴衣を着ようか迷いに迷って結局気恥ずかしくなって普段通りの服に落ち着いたけれど。
母に祭りへ行くことを告げて家をでた。彼氏だなんだと邪推する母にアイナとだと強めに言えば少し残念そうな顔をしていたが、いないものはいないし、探してもでてこない。
メイスさんは最近忙しそうにしている。朝家をでていき夜に帰ってきてすぐさま部屋へ入ってしまう。休みの日があればお昼近くまで起きてこないので挨拶くらいしか話せていないので、ちょっと寂しい。夏祭りのことも言えないままだけれど、母に言っているから心配されることはないだろう。
約束の5分前には待ち合わせ場所である駅についたのにも関わらず、アイナはもうそこにいた。私の姿を見つけると笑って大きく手を振っている。早いね、とアイナへ駆け寄れば、楽しみで!と照れたように笑った。
「そうそう、ガロ御神輿担ぐんだって。」
「そうなの?すごいなあ」
「なんか、太鼓も叩くっていってたよ」
「あはは、すぐ想像つくね」
夏祭りの会場へ向かう途中アイナとそんな話をした。山車の上で太鼓を叩いているガロ君と、御神輿を担ぐガロ君がすぐに頭のなかに浮かぶ。元気だよね、と少し呆れたようにアイナが言った。
大仰に宣伝していたからか、会場に近づくにつれ浴衣を着た人達が多くなっていった。カップルや家族連れ、友達グループなど、いろんな人達が祭り会場に密集している。同じ学校の人も何人か見かけた。アイナと私は人の多さに圧倒され、二人で顔を見合わせて笑うしかなかった。
「お、アイナと名前じゃねえか!」
特徴的な髪型のおかげで人混みでもガロ君だとわかった。法被を着たガロ君が風圧で音がなるくらい勢い良く手を振っている。大きい声も相まって周りの目線がガロ君から私たちへ集中しそうになり、大急ぎでガロ君のもとへ走った。アイナが、大きな声だすな!と怒るもガロ君はピンときていないような顔をしている。
「で、ガロはこんなとこで何してるの?」
「おう!クレイの旦那を探しててよ、旦那見かけなかったか?」
「みてないよ。ねえ?」
アイナの同意を求める声に頷く。そうか、と明らかにガロ君が肩を落とすので、大型犬の幻覚が見えた気がした。耳と尻尾が残念そうに垂れ下がっている。
「うっし、会場には来てるらしいからもう少し探してみるか。」
「ハイハイ頑張ってね。」
「みつかるといいね」
「おう、じゃあなー!!」
ガロ君が猛然と走り始めたかと思えば、ピタリと止まり引き返してくる。「20時から神輿担ぐんだ!見に来てくれよな!」と満面の笑みで宣伝をしてまた勢いよく走り出し人混みに紛れた。直射日光のような眩しさだった。
「クレイさんってうちの理事長だよね?」
「そうそう。憧れなんだってさ。このお祭りにもけっこう出資してるみたい」
アイナの指差す夏祭りのチラシの協賛欄にクレイ・フォーサイト財団の文字があった。若々しい見た目でとても理事長には見えないけれど、財団持つほどお金持ちで、噂では大学や研究所の援助も行っているとか。憧れる気持ちはわかるけれど私には完璧超人すぎて怖いくらいだ。挨拶は返してくれるし、いつも笑顔だからいい人であることは間違いないんだろうけれど。
「ま、それはおいといて、何か食べよ!出店多いから迷っちゃうね!」
「うん、この多さだとさすがに全部制覇は無理だよね」
最近ではどんどん出店が少なくなっているというのにも関わらず、ここではかなりの数の出店があった。チョコバナナに焼きそば、りんご飴等々定番のものから最近流行りのドリンクにクレープもある。すべて食べたい気持ちはあるけれど、財布と胃袋と体重計が悲鳴をあげてしまうのでほどほどにしないといけない。
「昔、お腹いっぱいなのにどうしてもわたあめ食べたくて、お姉ちゃんにわがままいったなあ…。結局半分も食べれなくてお姉ちゃんに食べてもらったんだよね」
「アイナのお姉さん昔から優しいよね。最近会ってないけど、元気?」
「うん、研究所にこもりっきりで帰ってくるの遅いけど、元気そうだよ」
「そっか、よかった。」
アイナの家に頻繁に遊びに行っていた時は、アイナのお姉さんであるエリスさんに会っていたけれど最近はほとんど会っていない。頭が良くてよく二人で勉強を教わったりもしていた。エリスさんとアイナの仲の良さは羨ましくなるくらいで、身だしなみに無頓着になりがちなエリスさんの服をアイナが選んでいる。ぶつくさと文句を言いつつ嬉しそうなアイナをみるのが私は好きだ。
「帰りにベビーカステラの出店よっていい?お姉ちゃんにお土産買おうと思ってさ」
私が間髪いれずに首を何度も縦に振るので、アイナが吹き出すように笑った。
あれ、とリオ君の綺麗に整えられたボブヘアーが人混みの中で見つけた気がして振り返る。もう見えなくなってしまっていた。見間違いだったかとアイナに声をかける。が、アイナの姿も見えなくなってしまっていた。ピンク色のサイドテールは人混みの随分奥へいき、追い付こうにも人の波にさらに流されていく。あっという間にアイナとはぐれてしまった。
ひとまずアイナにどこかで合流しようと連絡をいれた。最悪の場合、ガロ君がでるという神輿会場へいけば会えるだろう。たぶん。今日の目玉だから人はたくさん来るけど、同じエリアにいることになるわけだし。
周りがカップルや家族連れが多いから一人だと余計寂しくなる。それもこれも、私がはぐれなかったらよかっただけなんだけど。
「お前、メイスの妹か?なにしてんだ?」
ぱっと顔をあげる。頭に白いタオルを巻いたゲーラさんがそこにいた。それを聞きたいのはこっちの台詞だった。何してるんだろう。遊びに来た、というには格好がラフすぎるような気がしなくもない。
「友達とはぐれちゃって…」
「ああ…この人混みだからなぁ。連絡はとれんのか?」
「はい、あとは友達がみてくれれば」
まだ既読はついていない。これからどうしようか。道の真ん中で待っていたら邪魔になってしまうし、またはぐれてしまうかもしれない。
「メイスの妹、こっちきな」
「?はい」
ゲーラさんに言われるまま、ついていく。たどり着いたのは焼きそばの出店だった。私が思わずあげた声は人混みへと紛れていく。ゲーラさんがいるからもしかしたらと期待していたけれども。
「おいゲーラ、どこいって、た、んだ…」
「ワリィワリィ、お前の妹いたから連れてきた」
メイスさんはゲーラさんと同じく頭にタオルを巻いて焼きそばを作っている。出店のバイトだろうか。見間違いかと思い目を擦るが、メイスさんはそこにいた。
「友達とはぐれたっつってたからよ、ここで待ってればいいだろって思ってさ」
「すみません、お邪魔します」
メイスさんはああ…と珍しい声をあげた後ため息をはいた。ゲーラさんに「早く手伝え」と声をかけ、私には「友達とは連絡ついたのか」と言った。
スマホをつけるとアイナははぐれてしまったことに気づいたようで、私がどこにいるのか、心配するメッセージが届いている。
「あ、はい連絡きました!」
焼きそばの屋台前にいると打つが、そもそも焼きそばの屋台はここ以外にもあるんじゃないか?どこかで待ち合わせにしたほうがいいかな。
少し考えて、神輿会場で合流する?と打ち直した。アイナもさすがにこの人混みでは見つけにくいと判断したのだろう。すぐに了解!と返事が返ってきた。
まだ神輿の時間には早いから人も少ないし広いから密集していないはずだ。
「どうだった?」
「御神輿の会場で合流しようって」
「そうか」
焼きそばの匂いが鼻腔をくすぐる。アイナとはぐれる前にチョコバナナ等の軽食は食べていたが、焼きそばはまだ食べていなかったのを思いだした。ここで買っていってアイナと食べようかな、はぐれた原因は私にあるしお詫びも兼ねて。
メイスさんが焼きそばをつくりゲーラさんがお客さんへ売っており、二人ともかなり慣れた手付きでお客さんをさばいているから少し並べばすぐに買えそうだった。さっきゲーラさんがいなかったときメイスさんが一人で対応していたのかと思うと、恐ろしい。
「名前、これもってきな」
メイスさんがそういって渡してきたのは焼きそばが二人ぶん入ったビニール袋だった。いつの間に作っていたのだろう。
「え、いくらですか?」
「ハハ、名前からはとらねえよ。祭り、楽しんできな」
メイスさんはそう笑ってまたすぐ鉄板のほうへ体をむけた。話す隙もなさそうな姿に、私もアイナのもとへ向かおうと背を向ける。
御神輿の会場へ歩き始めてすぐ、ラムネが売っているのを見つけた。衝動的にその出店まで行き、ラムネを2本購入する。そして、また引き返してメイスさん達がいる出店へと早足で行く。
戻ってきた私にメイスさんは目を丸くしていた。メイスさんが声をかけるよりも早く、私は声をだした。
「これ!差し入れです!が、頑張って下さい!」
半ば押し付けるようにメイスさんにラムネの入った袋を渡した。とっさに受け取ったであろうメイスさんの反応を見る余裕もなく、そのまま踵を返して人混みの中に紛れる。
ただ渡しただけであるというのに、心臓は早鐘を打っていた。耳が熱くなっているのが容易に分かる。
「名前!」
自分の名前を呼ばれたような気がして振り返った。メイスさんが、口パクでありがとな、と笑っていた。メイスさんがいつもみせる格好いい笑顔というよりは年相応の柔らかい笑顔だった。
見惚れてぼうっとしてしまう。メイスさんに答えるように手を振ると小さく振り返される。前を向いて歩く。耳だけじゃない、顔中に熱が集まって熱い。
アイナと合流し、ガロ君の神輿を見ている最中もメイスさんの笑顔が頭から離れなかった。
母に祭りへ行くことを告げて家をでた。彼氏だなんだと邪推する母にアイナとだと強めに言えば少し残念そうな顔をしていたが、いないものはいないし、探してもでてこない。
メイスさんは最近忙しそうにしている。朝家をでていき夜に帰ってきてすぐさま部屋へ入ってしまう。休みの日があればお昼近くまで起きてこないので挨拶くらいしか話せていないので、ちょっと寂しい。夏祭りのことも言えないままだけれど、母に言っているから心配されることはないだろう。
約束の5分前には待ち合わせ場所である駅についたのにも関わらず、アイナはもうそこにいた。私の姿を見つけると笑って大きく手を振っている。早いね、とアイナへ駆け寄れば、楽しみで!と照れたように笑った。
「そうそう、ガロ御神輿担ぐんだって。」
「そうなの?すごいなあ」
「なんか、太鼓も叩くっていってたよ」
「あはは、すぐ想像つくね」
夏祭りの会場へ向かう途中アイナとそんな話をした。山車の上で太鼓を叩いているガロ君と、御神輿を担ぐガロ君がすぐに頭のなかに浮かぶ。元気だよね、と少し呆れたようにアイナが言った。
大仰に宣伝していたからか、会場に近づくにつれ浴衣を着た人達が多くなっていった。カップルや家族連れ、友達グループなど、いろんな人達が祭り会場に密集している。同じ学校の人も何人か見かけた。アイナと私は人の多さに圧倒され、二人で顔を見合わせて笑うしかなかった。
「お、アイナと名前じゃねえか!」
特徴的な髪型のおかげで人混みでもガロ君だとわかった。法被を着たガロ君が風圧で音がなるくらい勢い良く手を振っている。大きい声も相まって周りの目線がガロ君から私たちへ集中しそうになり、大急ぎでガロ君のもとへ走った。アイナが、大きな声だすな!と怒るもガロ君はピンときていないような顔をしている。
「で、ガロはこんなとこで何してるの?」
「おう!クレイの旦那を探しててよ、旦那見かけなかったか?」
「みてないよ。ねえ?」
アイナの同意を求める声に頷く。そうか、と明らかにガロ君が肩を落とすので、大型犬の幻覚が見えた気がした。耳と尻尾が残念そうに垂れ下がっている。
「うっし、会場には来てるらしいからもう少し探してみるか。」
「ハイハイ頑張ってね。」
「みつかるといいね」
「おう、じゃあなー!!」
ガロ君が猛然と走り始めたかと思えば、ピタリと止まり引き返してくる。「20時から神輿担ぐんだ!見に来てくれよな!」と満面の笑みで宣伝をしてまた勢いよく走り出し人混みに紛れた。直射日光のような眩しさだった。
「クレイさんってうちの理事長だよね?」
「そうそう。憧れなんだってさ。このお祭りにもけっこう出資してるみたい」
アイナの指差す夏祭りのチラシの協賛欄にクレイ・フォーサイト財団の文字があった。若々しい見た目でとても理事長には見えないけれど、財団持つほどお金持ちで、噂では大学や研究所の援助も行っているとか。憧れる気持ちはわかるけれど私には完璧超人すぎて怖いくらいだ。挨拶は返してくれるし、いつも笑顔だからいい人であることは間違いないんだろうけれど。
「ま、それはおいといて、何か食べよ!出店多いから迷っちゃうね!」
「うん、この多さだとさすがに全部制覇は無理だよね」
最近ではどんどん出店が少なくなっているというのにも関わらず、ここではかなりの数の出店があった。チョコバナナに焼きそば、りんご飴等々定番のものから最近流行りのドリンクにクレープもある。すべて食べたい気持ちはあるけれど、財布と胃袋と体重計が悲鳴をあげてしまうのでほどほどにしないといけない。
「昔、お腹いっぱいなのにどうしてもわたあめ食べたくて、お姉ちゃんにわがままいったなあ…。結局半分も食べれなくてお姉ちゃんに食べてもらったんだよね」
「アイナのお姉さん昔から優しいよね。最近会ってないけど、元気?」
「うん、研究所にこもりっきりで帰ってくるの遅いけど、元気そうだよ」
「そっか、よかった。」
アイナの家に頻繁に遊びに行っていた時は、アイナのお姉さんであるエリスさんに会っていたけれど最近はほとんど会っていない。頭が良くてよく二人で勉強を教わったりもしていた。エリスさんとアイナの仲の良さは羨ましくなるくらいで、身だしなみに無頓着になりがちなエリスさんの服をアイナが選んでいる。ぶつくさと文句を言いつつ嬉しそうなアイナをみるのが私は好きだ。
「帰りにベビーカステラの出店よっていい?お姉ちゃんにお土産買おうと思ってさ」
私が間髪いれずに首を何度も縦に振るので、アイナが吹き出すように笑った。
あれ、とリオ君の綺麗に整えられたボブヘアーが人混みの中で見つけた気がして振り返る。もう見えなくなってしまっていた。見間違いだったかとアイナに声をかける。が、アイナの姿も見えなくなってしまっていた。ピンク色のサイドテールは人混みの随分奥へいき、追い付こうにも人の波にさらに流されていく。あっという間にアイナとはぐれてしまった。
ひとまずアイナにどこかで合流しようと連絡をいれた。最悪の場合、ガロ君がでるという神輿会場へいけば会えるだろう。たぶん。今日の目玉だから人はたくさん来るけど、同じエリアにいることになるわけだし。
周りがカップルや家族連れが多いから一人だと余計寂しくなる。それもこれも、私がはぐれなかったらよかっただけなんだけど。
「お前、メイスの妹か?なにしてんだ?」
ぱっと顔をあげる。頭に白いタオルを巻いたゲーラさんがそこにいた。それを聞きたいのはこっちの台詞だった。何してるんだろう。遊びに来た、というには格好がラフすぎるような気がしなくもない。
「友達とはぐれちゃって…」
「ああ…この人混みだからなぁ。連絡はとれんのか?」
「はい、あとは友達がみてくれれば」
まだ既読はついていない。これからどうしようか。道の真ん中で待っていたら邪魔になってしまうし、またはぐれてしまうかもしれない。
「メイスの妹、こっちきな」
「?はい」
ゲーラさんに言われるまま、ついていく。たどり着いたのは焼きそばの出店だった。私が思わずあげた声は人混みへと紛れていく。ゲーラさんがいるからもしかしたらと期待していたけれども。
「おいゲーラ、どこいって、た、んだ…」
「ワリィワリィ、お前の妹いたから連れてきた」
メイスさんはゲーラさんと同じく頭にタオルを巻いて焼きそばを作っている。出店のバイトだろうか。見間違いかと思い目を擦るが、メイスさんはそこにいた。
「友達とはぐれたっつってたからよ、ここで待ってればいいだろって思ってさ」
「すみません、お邪魔します」
メイスさんはああ…と珍しい声をあげた後ため息をはいた。ゲーラさんに「早く手伝え」と声をかけ、私には「友達とは連絡ついたのか」と言った。
スマホをつけるとアイナははぐれてしまったことに気づいたようで、私がどこにいるのか、心配するメッセージが届いている。
「あ、はい連絡きました!」
焼きそばの屋台前にいると打つが、そもそも焼きそばの屋台はここ以外にもあるんじゃないか?どこかで待ち合わせにしたほうがいいかな。
少し考えて、神輿会場で合流する?と打ち直した。アイナもさすがにこの人混みでは見つけにくいと判断したのだろう。すぐに了解!と返事が返ってきた。
まだ神輿の時間には早いから人も少ないし広いから密集していないはずだ。
「どうだった?」
「御神輿の会場で合流しようって」
「そうか」
焼きそばの匂いが鼻腔をくすぐる。アイナとはぐれる前にチョコバナナ等の軽食は食べていたが、焼きそばはまだ食べていなかったのを思いだした。ここで買っていってアイナと食べようかな、はぐれた原因は私にあるしお詫びも兼ねて。
メイスさんが焼きそばをつくりゲーラさんがお客さんへ売っており、二人ともかなり慣れた手付きでお客さんをさばいているから少し並べばすぐに買えそうだった。さっきゲーラさんがいなかったときメイスさんが一人で対応していたのかと思うと、恐ろしい。
「名前、これもってきな」
メイスさんがそういって渡してきたのは焼きそばが二人ぶん入ったビニール袋だった。いつの間に作っていたのだろう。
「え、いくらですか?」
「ハハ、名前からはとらねえよ。祭り、楽しんできな」
メイスさんはそう笑ってまたすぐ鉄板のほうへ体をむけた。話す隙もなさそうな姿に、私もアイナのもとへ向かおうと背を向ける。
御神輿の会場へ歩き始めてすぐ、ラムネが売っているのを見つけた。衝動的にその出店まで行き、ラムネを2本購入する。そして、また引き返してメイスさん達がいる出店へと早足で行く。
戻ってきた私にメイスさんは目を丸くしていた。メイスさんが声をかけるよりも早く、私は声をだした。
「これ!差し入れです!が、頑張って下さい!」
半ば押し付けるようにメイスさんにラムネの入った袋を渡した。とっさに受け取ったであろうメイスさんの反応を見る余裕もなく、そのまま踵を返して人混みの中に紛れる。
ただ渡しただけであるというのに、心臓は早鐘を打っていた。耳が熱くなっているのが容易に分かる。
「名前!」
自分の名前を呼ばれたような気がして振り返った。メイスさんが、口パクでありがとな、と笑っていた。メイスさんがいつもみせる格好いい笑顔というよりは年相応の柔らかい笑顔だった。
見惚れてぼうっとしてしまう。メイスさんに答えるように手を振ると小さく振り返される。前を向いて歩く。耳だけじゃない、顔中に熱が集まって熱い。
アイナと合流し、ガロ君の神輿を見ている最中もメイスさんの笑顔が頭から離れなかった。
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