杏の花が咲く
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朝からくしゃみが止まらない、なんだか身体が怠い。風邪ひいたな、と直ぐに思い至る。
振り返ってみれば、昨日からちょっと体調が優れなかった。忙しいアイナとせっかく遊びに出掛けたにも関わらず、早めに解散したことを覚えている。
扇風機を回したまま寝た、エアコンのきいたファーストフードでアイスを2、3個食べた、暑いからと布団をかけずに寝た、等々思い返せば心当たりがたくさんある。
不摂生や暑さを和らげようとした行為が積み重なって免疫力が低下したのだろう。今日はおとなしく部屋で寝ているのが一番良い。両親やメイスさんに移してしまったら合わせる顔がない。
すでに両親は仕事へ行ったあと、メイスさんもおそらくバイトでリビングに人は居らずしんとしていた。テーブルには朝ごはんか昼ごはん用のチャーハンがラップされて置いてある。いつもならレンジで温めて食べるのだけど、今日は食べる気も起きず、チャーハンに手をつけることはなかった。
こういうときは薬をのんでさっさと寝るに限る。体温計は37.8を記録していた。風邪薬を飲み、冷やしてあったペットボトルの水をもって部屋に戻る。
風邪だと一度自覚してしまえば余計辛く感じる。寒気も出てきたような気がする。真夏だというのにトレーナーを着て布団にくるまって目を閉じた。
次に起きたのは昼過ぎで、汗の気持ち悪さで目が覚めた。着替えたものの、怠くて何もする気が起きない。水分補給だけしてまた布団に潜る。トレーナーも汗を拭いたタオルも床に投げたままだった。
お腹は空いているものの、全く動く気持ちが湧かない。寝てしまえばいいと目を瞑るが、怠さと鼻の不快感が睡眠の邪魔をしてくる。眠気ももうほとんどなかった。
ぼんやりしながらスマホを手に取り画面をつけると、何件かメッセージがきていた。クーポンやセールの広告メッセージの他、アイナ、メイスさんからの通知があった。体調が悪いことを知っているアイナからは心配のメッセージ、メイスさんからは今日は遅くなるというメッセージがきている。ゆっくりと指を動かし、風邪ひいちゃった、という文をアイナに、メイスさんには了承のスタンプを押して画面を閉じた。スマホの光が目に痛い。両親が帰ってくるまで寝て過ごそうと決めて目を閉じた。
浅い眠りだったせいか、ノックの音で目が覚める。両親が帰ってきたにしてはまだ早く、日は傾き始めた頃だった。寝すぎたのか風邪でぼんやりとしているのかよくわからないままはあい、と気の抜けた返事をすると部屋のドアが開く。メイスさんがそこにいた。遅くなるはずと連絡を受けたはずなのに、どうしてなのだろう。夢だろうか。
メイスさんは御盆をもって寝ている私に近づくと、テーブルの上に御盆をおく。お茶碗とペットボトルのお水、ゼリー飲料がのっており、お茶碗にはおかゆが湯気をたてていた。ようやく脳が状況を理解し、慌てて起き上がる。体の具合の悪さが驚きで吹き飛んでいた。
「メ、メイスさん?遅く、なるんじゃ…」
「風邪ひいたってメッセージがきて、自分の用事優先させるほど薄情じゃねえよ」
「え?」
メイスさんにそんなこと送っただろうか。スマホをつけて確認すれば、アイナに送るはずのメッセージをメイスさんに、メイスさんに送るはずのメッセージをアイナに送っていた。
風邪で頭が働いていなかったとはいえ、なんという間違いをしてしまったんだ、私は!そう後悔してももう遅かった。
「昼飯に手をつけてないから、何も食べてないんじゃないかって思ってな。腹減ってるだろ」
首を縦に振ると同時に匂いで刺激されたのか私のお腹がなる。メイスさんがふ、と息をもらして笑った。
「食べ終わったら部屋の外に置いといてくれ。あと何かほしいもんはあるか?」
「ない、です」
「そうか。じゃ、何かあったら呼んでくれ。部屋にいるから」
「あ、待ってください…!」
そういって出ていこうとするメイスさんを呼び止める。ここまでしてもらうような風邪ではないのに、私の自堕落が招いた結果であるのに、メイスさんに迷惑をかけてしまった罪悪感が胸の中に広がっていた。
それを上手く言葉にできずに、もごもごと口を動かしてようやくでた言葉は「迷惑をかけて、ごめんなさい」というどうしようもない謝罪だった。
メイスさんがふぅ、と呆れたようにため息をつく。私は、メイスさんの顔が見れずに俯いて布団を握りしめてできたシワを見つめていた。
「迷惑だなんて一つも思っちゃいねえよ。俺が勝手にやったことだ。お前が気にすることじゃない」
「で、でも…用事が」
「大した用事じゃない。第一、体調悪いやつが気なんて遣うな」
メイスさんの手が私の頭に置かれ、そっと顔をあげる。メイスさんは呆れた表情をしているものの、私を見る目は優しかった。
「いいか、今できるのは、風邪治して元気な姿を俺に見せることだ」
その言葉に頷くとメイスさんは、「いい子だな」と私の頭を二、三度撫でて部屋をでていった。メイスさんの手が先ほどまであった頭に自分の手をのせる。
顔が熱いのも、ぼーっとしてしまうのも全部風邪のせいだ。メイスさんの言葉を頭のなかで反芻させながら、薄く湯気がたっているおかゆを胃の中におさめていった。
メイスさんが両親に説明をしてくれたようで、帰ってきた母に「この時期に風邪なんて」と呆れられた。
メイスさんは逐一私を気に掛け、いつもなら聞こえてくるベースの音もピッタリ止んでいる。なんとなく寂しい気持ちを覚えつつ、私が早く元気にならないとベースの音もなにも聞こえないのでさっさと布団を被って目を閉じた。
朝起きると身体の怠さはほとんどなくなっていた。少し鼻や喉の調子が悪いため、完全回復とまではいかないものの、布団から出るのが辛いほどではない。あとは薬を飲み無理をしなければ二、三日で治りそうだった。
リビングにおりていくとメイスさんがコーヒーを飲みながら音楽を聴いていた。私に気づくとメイスさんはイヤホンを外し、スマホを操作する。
「おはようございます」
「おはよう、体調はどうだ?」
「もうすっかり!」
「そりゃよかった」
常備してあるスティックコーヒーでコーヒーを作り、メイスさんの斜め向かいに座る。テレビもつけていない、朝独特の静かな空気が流れていた。
飲み終わってから洗顔と、昨日は入れなかったお風呂に入らなければ。これからの予定を頭の中で組み立てる。コーヒーの良い匂いが頭を覚醒させていく。
「名前」
メイスさんに名前を呼ばれ、そちらへ顔を向ける。メイスさんは窓の方へ目線を向けており、表情をしっかり確認することはできなかった。
メイスさんは何も言わないかわりにテーブルの上に置いてある細長い紙を私が見えるように私の方へ寄せる。
見れば何てことはないライブのチケットである。時間は長く、朝からやっているようだった。一つのグループだけでなく、いくつかのグループの名前がチケットにのっていた。
「来週の日曜、暇だったら」
「もしかして、メイスさんでるんですか?」
そう聞くとメイスさんは少し歯切れが悪そうに頷き、ライブチケットにのっている一つのグループを指差す。どうやらこのグループにメイスさんはいるらしい。
…ということはこのライブチケットはメイスさんの演奏が聴けるチケットになる。
文化祭で聴けると思っていたが文化祭は10月。近づいているとはいえまだ数ヶ月は先だった。
「い、いいんですか?」
「ああ」
「私、その、ライブハウスの作法とかわからないんですけど…」
不安そうにそう言えばメイスさんは口を片手で覆って笑った。笑いをこらえようとして少し肩が震えている。
「作法なんてないさ。気軽に来い」
「本当ですね?いきますよ?貰っちゃいますからね?いいんですね!?」
「どれだけ確認するんだ、お前は」
後で返してくれと頼まれたって返さない。そう心に決めてライブのチケットを守るように胸に抱えれば、堪えられなくなったメイスさんが、ふは、と息をはいて笑った。
部屋に戻ったあとライブのチケットをクリアファイルにいれ、引き出しにしまう。カレンダーにボールペンでライブの日にちを何度も丸で囲った。この日までに絶対完治させよう。後ライブに着てく服も決めよう。メイスさんからライブのことについてもっと聞こう。
先ほどたてた今日の予定をすっかり忘れ、日曜日のライブに向けての予定を組み立てていった。
振り返ってみれば、昨日からちょっと体調が優れなかった。忙しいアイナとせっかく遊びに出掛けたにも関わらず、早めに解散したことを覚えている。
扇風機を回したまま寝た、エアコンのきいたファーストフードでアイスを2、3個食べた、暑いからと布団をかけずに寝た、等々思い返せば心当たりがたくさんある。
不摂生や暑さを和らげようとした行為が積み重なって免疫力が低下したのだろう。今日はおとなしく部屋で寝ているのが一番良い。両親やメイスさんに移してしまったら合わせる顔がない。
すでに両親は仕事へ行ったあと、メイスさんもおそらくバイトでリビングに人は居らずしんとしていた。テーブルには朝ごはんか昼ごはん用のチャーハンがラップされて置いてある。いつもならレンジで温めて食べるのだけど、今日は食べる気も起きず、チャーハンに手をつけることはなかった。
こういうときは薬をのんでさっさと寝るに限る。体温計は37.8を記録していた。風邪薬を飲み、冷やしてあったペットボトルの水をもって部屋に戻る。
風邪だと一度自覚してしまえば余計辛く感じる。寒気も出てきたような気がする。真夏だというのにトレーナーを着て布団にくるまって目を閉じた。
次に起きたのは昼過ぎで、汗の気持ち悪さで目が覚めた。着替えたものの、怠くて何もする気が起きない。水分補給だけしてまた布団に潜る。トレーナーも汗を拭いたタオルも床に投げたままだった。
お腹は空いているものの、全く動く気持ちが湧かない。寝てしまえばいいと目を瞑るが、怠さと鼻の不快感が睡眠の邪魔をしてくる。眠気ももうほとんどなかった。
ぼんやりしながらスマホを手に取り画面をつけると、何件かメッセージがきていた。クーポンやセールの広告メッセージの他、アイナ、メイスさんからの通知があった。体調が悪いことを知っているアイナからは心配のメッセージ、メイスさんからは今日は遅くなるというメッセージがきている。ゆっくりと指を動かし、風邪ひいちゃった、という文をアイナに、メイスさんには了承のスタンプを押して画面を閉じた。スマホの光が目に痛い。両親が帰ってくるまで寝て過ごそうと決めて目を閉じた。
浅い眠りだったせいか、ノックの音で目が覚める。両親が帰ってきたにしてはまだ早く、日は傾き始めた頃だった。寝すぎたのか風邪でぼんやりとしているのかよくわからないままはあい、と気の抜けた返事をすると部屋のドアが開く。メイスさんがそこにいた。遅くなるはずと連絡を受けたはずなのに、どうしてなのだろう。夢だろうか。
メイスさんは御盆をもって寝ている私に近づくと、テーブルの上に御盆をおく。お茶碗とペットボトルのお水、ゼリー飲料がのっており、お茶碗にはおかゆが湯気をたてていた。ようやく脳が状況を理解し、慌てて起き上がる。体の具合の悪さが驚きで吹き飛んでいた。
「メ、メイスさん?遅く、なるんじゃ…」
「風邪ひいたってメッセージがきて、自分の用事優先させるほど薄情じゃねえよ」
「え?」
メイスさんにそんなこと送っただろうか。スマホをつけて確認すれば、アイナに送るはずのメッセージをメイスさんに、メイスさんに送るはずのメッセージをアイナに送っていた。
風邪で頭が働いていなかったとはいえ、なんという間違いをしてしまったんだ、私は!そう後悔してももう遅かった。
「昼飯に手をつけてないから、何も食べてないんじゃないかって思ってな。腹減ってるだろ」
首を縦に振ると同時に匂いで刺激されたのか私のお腹がなる。メイスさんがふ、と息をもらして笑った。
「食べ終わったら部屋の外に置いといてくれ。あと何かほしいもんはあるか?」
「ない、です」
「そうか。じゃ、何かあったら呼んでくれ。部屋にいるから」
「あ、待ってください…!」
そういって出ていこうとするメイスさんを呼び止める。ここまでしてもらうような風邪ではないのに、私の自堕落が招いた結果であるのに、メイスさんに迷惑をかけてしまった罪悪感が胸の中に広がっていた。
それを上手く言葉にできずに、もごもごと口を動かしてようやくでた言葉は「迷惑をかけて、ごめんなさい」というどうしようもない謝罪だった。
メイスさんがふぅ、と呆れたようにため息をつく。私は、メイスさんの顔が見れずに俯いて布団を握りしめてできたシワを見つめていた。
「迷惑だなんて一つも思っちゃいねえよ。俺が勝手にやったことだ。お前が気にすることじゃない」
「で、でも…用事が」
「大した用事じゃない。第一、体調悪いやつが気なんて遣うな」
メイスさんの手が私の頭に置かれ、そっと顔をあげる。メイスさんは呆れた表情をしているものの、私を見る目は優しかった。
「いいか、今できるのは、風邪治して元気な姿を俺に見せることだ」
その言葉に頷くとメイスさんは、「いい子だな」と私の頭を二、三度撫でて部屋をでていった。メイスさんの手が先ほどまであった頭に自分の手をのせる。
顔が熱いのも、ぼーっとしてしまうのも全部風邪のせいだ。メイスさんの言葉を頭のなかで反芻させながら、薄く湯気がたっているおかゆを胃の中におさめていった。
メイスさんが両親に説明をしてくれたようで、帰ってきた母に「この時期に風邪なんて」と呆れられた。
メイスさんは逐一私を気に掛け、いつもなら聞こえてくるベースの音もピッタリ止んでいる。なんとなく寂しい気持ちを覚えつつ、私が早く元気にならないとベースの音もなにも聞こえないのでさっさと布団を被って目を閉じた。
朝起きると身体の怠さはほとんどなくなっていた。少し鼻や喉の調子が悪いため、完全回復とまではいかないものの、布団から出るのが辛いほどではない。あとは薬を飲み無理をしなければ二、三日で治りそうだった。
リビングにおりていくとメイスさんがコーヒーを飲みながら音楽を聴いていた。私に気づくとメイスさんはイヤホンを外し、スマホを操作する。
「おはようございます」
「おはよう、体調はどうだ?」
「もうすっかり!」
「そりゃよかった」
常備してあるスティックコーヒーでコーヒーを作り、メイスさんの斜め向かいに座る。テレビもつけていない、朝独特の静かな空気が流れていた。
飲み終わってから洗顔と、昨日は入れなかったお風呂に入らなければ。これからの予定を頭の中で組み立てる。コーヒーの良い匂いが頭を覚醒させていく。
「名前」
メイスさんに名前を呼ばれ、そちらへ顔を向ける。メイスさんは窓の方へ目線を向けており、表情をしっかり確認することはできなかった。
メイスさんは何も言わないかわりにテーブルの上に置いてある細長い紙を私が見えるように私の方へ寄せる。
見れば何てことはないライブのチケットである。時間は長く、朝からやっているようだった。一つのグループだけでなく、いくつかのグループの名前がチケットにのっていた。
「来週の日曜、暇だったら」
「もしかして、メイスさんでるんですか?」
そう聞くとメイスさんは少し歯切れが悪そうに頷き、ライブチケットにのっている一つのグループを指差す。どうやらこのグループにメイスさんはいるらしい。
…ということはこのライブチケットはメイスさんの演奏が聴けるチケットになる。
文化祭で聴けると思っていたが文化祭は10月。近づいているとはいえまだ数ヶ月は先だった。
「い、いいんですか?」
「ああ」
「私、その、ライブハウスの作法とかわからないんですけど…」
不安そうにそう言えばメイスさんは口を片手で覆って笑った。笑いをこらえようとして少し肩が震えている。
「作法なんてないさ。気軽に来い」
「本当ですね?いきますよ?貰っちゃいますからね?いいんですね!?」
「どれだけ確認するんだ、お前は」
後で返してくれと頼まれたって返さない。そう心に決めてライブのチケットを守るように胸に抱えれば、堪えられなくなったメイスさんが、ふは、と息をはいて笑った。
部屋に戻ったあとライブのチケットをクリアファイルにいれ、引き出しにしまう。カレンダーにボールペンでライブの日にちを何度も丸で囲った。この日までに絶対完治させよう。後ライブに着てく服も決めよう。メイスさんからライブのことについてもっと聞こう。
先ほどたてた今日の予定をすっかり忘れ、日曜日のライブに向けての予定を組み立てていった。