杏の花が咲く
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
何度も鏡で服装や髪型をチェックする。おかしいところはどこにもないはずだ。こないだ買ったばかりの鞄にお気に入りの服、問題なし。鏡の前で一回転する。問題なし。約束の時間にはあと十五分ほど早い。
遡ること三日前。夏休みに入ってから部活以外で外出していない私は、だらだらと家で過ごしていた。メイスさんはほとんど毎日外に出ていて、一日中家にいないこともあった。多分バイクでリオ君たちとどこかへ出掛けているのだろうと勝手に想像しては、羨ましいという気持ちになる。私もバイクの免許をとれば連れていってくれるのだろうか。
そんなことを悩んでいた時、ドアをノックする音が聞こえた。両親は私の部屋をノックすることはほとんどないから、メイスさんであることは予想できた。さっと髪の毛を整えて、ドアを開けると思った通り、メイスさんだった。メイスさんの手には紙が握られている。
「急に悪いな」
「いえ、暇してたので全然大丈夫です。どうかしましたか?」
「ああ。名前、これやるよ」
メイスさんに渡されたのは2枚のチケットで、最近できたばっかりのスイーツ専門のカフェのクーポン券だった。アイナがお姉さんと二人でいったらしく、パンケーキやパフェの写真を見せてくれたことを覚えている。それはともかく、パステルカラーのクーポン券はメイスさんと繋がりがあるように思えない。受け取ったまましばらくチケットを眺めていた。
「ありがとうございます。でもこれ、どこで…」
「バイト先の人がいらないって貰ったんだ。前行った時にくれたらしいんだが、その人は行かないからよかったら貰ってくれって。」
「メイスさんは、使わないんですか?」
「いく相手もいないからな」
そういって自分の部屋へ戻ろうとするメイスさんをほとんど無意識に呼び止める。メイスさんがバイトしていることとか気になることはあったけれど、それよりも言いたいことがある。緊張で喉がカラカラになりながらも、私の口は止まらなかった。
「あ、あの、もしよかったら一緒にいきませんか!」
メイスさんは自分が誘われることを想定していなかったのだろう、きょとんとした顔をしていた。数秒の沈黙のあと、「俺と?」という小さい呟きが聞こえて私は大きく頷く。
「嫌でなければ…ですけど…」
そう付け足して、うつむいた。浮わつく心を表すように親指をぐるぐると擦り合わせる。やっぱり言わなきゃよかったかもしれない、と思うくらいには長い沈黙が私とメイスさんの間を流れた。
「……三日後なら空いてるから、いくか?」
「い、行きます!」
うつむいていた顔を勢いよくあげて、何度も頷く。さすがに今回ばかりは断られると思った。そのまま何時に行くのかを決めたけれど、私の意識は断られなかったということでいっぱいだった。きっとずっとニヤニヤしていたに違いない。
三日後の日付をペンでぐるぐると印をつけて、それから毎日その日のことをずっと考えていた。
前の日の夜に目覚ましをかけてはいたもののその前には目を覚ましていた。遠足前の小学生かと思うくらい楽しみにしていた今日だ。決めた時間よりはまだ少し早いけれど、リビングへと下りる。そわそわとしながらスマホをみて、時間を潰した。
メイスさんが少し経った後に下りてくる。リビングにいる私の姿を見つけて、「いくか」と声をかけた。家を出る前にもう一度クーポン券や財布等々持ち物を確認して出る。太陽がジリジリと肌を焼く感覚がするくらい天気はよかった。
家からそこまで遠くない距離にあるカフェまでメイスさんと歩く。メイスさんは夏だからなのか、いつも結っていない髪を束ねて、低い位置でお団子にしている。髪を結って薄手の開襟シャツを着ているメイスさんを見れるのは夏だけだと思う。
「名前、ダチと行かなくてよかったのか?」
カフェに行くまでの道のりを歩きながら、メイスさんがそう言った。メイスさんは私が友達と行くことを想定していたから、そう言われるのは無理もない。私は間髪いれずにはい、と返事をする。
「友達はいったことがあるっていってたのもあるんですけど、…メイスさんと出掛けてみたかったんです。つきあわせちゃってごめんなさい」
「……そうか」
メイスさんは面を食らったような顔をしたあと、片手で顔を覆った。ため息が聞こえる。呆れさせてしまった?と思ってすぐ、メイスさんの耳が少し赤くなっていることに気づく。もしかして、照れている…?顔を隠してしまったせいで暑いせいでなのかはわからなかった。
カフェに入ると冷えた空気が通りすぎる。暑くなった体に冷房が気持ちいい。店員さんに案内されて席へとついた。メニューの中にあるデザートはどれもこれも美味しそうなものばかりで、お腹がすく。パンケーキにパフェ、季節限定のケーキ、かき氷…どれもこれも美味しそうだった。
メイスさんは一通りメニューに目を通したあと、ケーキのページを開いている。早く決めてしまわなければ。少しの間、メニューとにらめっこをして、苺のパフェに決めた。
店員さんを呼んで、注文をする。メイスさんが頼んでいたのはアイスコーヒーとレモンのムースケーキだった。さっぱりしているし、この暑い季節にはぴったりだし、メイスさんっぽいな、と変に納得していた。
「あの、今日は一緒にきてくれてありがとうございます。断られるかな、と思ってたので…」
店内にいるお客さんのほとんどが女性客だった。テイクアウト用のスペースには少しだけ男性客はいるもののそう多くはない。メイスさんは甘いものが得意ではないだろうし、こういう場所にはこないだろうと予想はしていたからこうして一緒に来ているのが夢のようだった。
「たまにはこういう所に行くのも悪くねえって思ったからな」
「それじゃ、普段はどういう所にいくんですか?」
「ラーメン屋、ファミレス、ファーストフードとかか。カフェなんてしゃれたとこは行かねえな」
「なんだか分かる気がします…」
「ま、男だけでカフェは行かねえよ」
ラーメン屋やファミレス、ファーストフード店にいるメイスさんは想像しやすかった。すごくしっくりとくる。カフェでコーヒーを飲んでいる姿も想像できるが、そういうお店でご飯を食べているのもぴったりあてあまる。一人で、というよりはリオ君やゲーラさんと一緒に行っているイメージだ。
メイスさんとそうした雑談をしているとケーキが運ばれてくる。つやつやとした表面のレモンムースケーキに、いちごがたくさんのったパフェが私たちの目の前に置かれた。思わず拍手したくなるほどだった。
数回パフェを写真におさめて手を合わせた後、一番上のソフトクリーム部分にスプーンをいれる。甘い、美味しい!ソフトクリームの冷たさがより一層美味しさに拍車をかけているような気さえしてくる。味わうように食べてはいるけれども、手が休まることはほとんどなかった。
私がパフェを食べ終わる頃、メイスさんはすでにケーキを食べ終えていて、コーヒーを飲んでいた。
「随分美味そうに食べてたな」
「いや本当に美味しかったんです!メイスさんのケーキはどうでした?」
「ああ、美味かった。それにそこまで甘くなかったから食べやすかったな」
「へえ…今度きたときはケーキにしようかなあ…」
メイスさんにはきついんじゃないかと思っていたけれど、大丈夫のようで内心ほっとする。よかった。
お会計のときに何も言わず二人分払おうとするメイスさんをなんとか説得し自分の分を払うことに成功する。私のわがままで連れてきているのに、奢ってもらう訳にはいかない。
店のドアを開けると熱気が押し寄せ、思わず顔をしかめる。店内が涼しかっただけに余計暑さを感じてしまう。そんな私にひきかえ、メイスさんはあまり暑がっていないように見えた。
「メイスさんは暑いの得意なんですか?」
「得意よりか、馴れだな。ライブのステージ上は照明のせいで暑いから」
「あ、そうなんですね。それは、大変そうです」
「馴れちまえばそうでもないぜ」
想像するライブハウスは人の熱気で暑そうなイメージだったが、照明のせいでもあるらしい。メイスさんのライブも見てみたい。夏休み明けの文化祭が俄然楽しみになってきている。その前に宿題等々やらなければいけないことはたくさんつまっているわけだけど。
家につくのが惜しいと思えば思うほど時間が一瞬に感じてしまう。行きよりも時間がはやく過ぎた気がする。もう一度今日が訪れたら、今度は違うものを食べてもっとたくさんメイスさんと会話できるのに。時間は元には戻らないし、もう一度訪れることはない。
「メイスさん。また、誘ってもいいですか…?」
「?いいぜ」
せめて次もあるということを期待したかった。顔が暑いのも心臓が早鐘をうっているのも太陽のせいだけではない。私の前を歩くメイスさんが案外あっさりと頷いたから、拍子抜けしてしまう。
夢見心地のまま、自分の部屋に戻って頬をつねったら痛かった。夢じゃない。誘っていいんだ。嬉しくて涙がでてきたのを手で拭う。今日メイスさんと一緒に出掛けられただけでも嬉しいのに。ちゃんと言えてよかった。
ただ、メイスさんをちゃんと誘えるか、という問題はおいておくことにする。
遡ること三日前。夏休みに入ってから部活以外で外出していない私は、だらだらと家で過ごしていた。メイスさんはほとんど毎日外に出ていて、一日中家にいないこともあった。多分バイクでリオ君たちとどこかへ出掛けているのだろうと勝手に想像しては、羨ましいという気持ちになる。私もバイクの免許をとれば連れていってくれるのだろうか。
そんなことを悩んでいた時、ドアをノックする音が聞こえた。両親は私の部屋をノックすることはほとんどないから、メイスさんであることは予想できた。さっと髪の毛を整えて、ドアを開けると思った通り、メイスさんだった。メイスさんの手には紙が握られている。
「急に悪いな」
「いえ、暇してたので全然大丈夫です。どうかしましたか?」
「ああ。名前、これやるよ」
メイスさんに渡されたのは2枚のチケットで、最近できたばっかりのスイーツ専門のカフェのクーポン券だった。アイナがお姉さんと二人でいったらしく、パンケーキやパフェの写真を見せてくれたことを覚えている。それはともかく、パステルカラーのクーポン券はメイスさんと繋がりがあるように思えない。受け取ったまましばらくチケットを眺めていた。
「ありがとうございます。でもこれ、どこで…」
「バイト先の人がいらないって貰ったんだ。前行った時にくれたらしいんだが、その人は行かないからよかったら貰ってくれって。」
「メイスさんは、使わないんですか?」
「いく相手もいないからな」
そういって自分の部屋へ戻ろうとするメイスさんをほとんど無意識に呼び止める。メイスさんがバイトしていることとか気になることはあったけれど、それよりも言いたいことがある。緊張で喉がカラカラになりながらも、私の口は止まらなかった。
「あ、あの、もしよかったら一緒にいきませんか!」
メイスさんは自分が誘われることを想定していなかったのだろう、きょとんとした顔をしていた。数秒の沈黙のあと、「俺と?」という小さい呟きが聞こえて私は大きく頷く。
「嫌でなければ…ですけど…」
そう付け足して、うつむいた。浮わつく心を表すように親指をぐるぐると擦り合わせる。やっぱり言わなきゃよかったかもしれない、と思うくらいには長い沈黙が私とメイスさんの間を流れた。
「……三日後なら空いてるから、いくか?」
「い、行きます!」
うつむいていた顔を勢いよくあげて、何度も頷く。さすがに今回ばかりは断られると思った。そのまま何時に行くのかを決めたけれど、私の意識は断られなかったということでいっぱいだった。きっとずっとニヤニヤしていたに違いない。
三日後の日付をペンでぐるぐると印をつけて、それから毎日その日のことをずっと考えていた。
前の日の夜に目覚ましをかけてはいたもののその前には目を覚ましていた。遠足前の小学生かと思うくらい楽しみにしていた今日だ。決めた時間よりはまだ少し早いけれど、リビングへと下りる。そわそわとしながらスマホをみて、時間を潰した。
メイスさんが少し経った後に下りてくる。リビングにいる私の姿を見つけて、「いくか」と声をかけた。家を出る前にもう一度クーポン券や財布等々持ち物を確認して出る。太陽がジリジリと肌を焼く感覚がするくらい天気はよかった。
家からそこまで遠くない距離にあるカフェまでメイスさんと歩く。メイスさんは夏だからなのか、いつも結っていない髪を束ねて、低い位置でお団子にしている。髪を結って薄手の開襟シャツを着ているメイスさんを見れるのは夏だけだと思う。
「名前、ダチと行かなくてよかったのか?」
カフェに行くまでの道のりを歩きながら、メイスさんがそう言った。メイスさんは私が友達と行くことを想定していたから、そう言われるのは無理もない。私は間髪いれずにはい、と返事をする。
「友達はいったことがあるっていってたのもあるんですけど、…メイスさんと出掛けてみたかったんです。つきあわせちゃってごめんなさい」
「……そうか」
メイスさんは面を食らったような顔をしたあと、片手で顔を覆った。ため息が聞こえる。呆れさせてしまった?と思ってすぐ、メイスさんの耳が少し赤くなっていることに気づく。もしかして、照れている…?顔を隠してしまったせいで暑いせいでなのかはわからなかった。
カフェに入ると冷えた空気が通りすぎる。暑くなった体に冷房が気持ちいい。店員さんに案内されて席へとついた。メニューの中にあるデザートはどれもこれも美味しそうなものばかりで、お腹がすく。パンケーキにパフェ、季節限定のケーキ、かき氷…どれもこれも美味しそうだった。
メイスさんは一通りメニューに目を通したあと、ケーキのページを開いている。早く決めてしまわなければ。少しの間、メニューとにらめっこをして、苺のパフェに決めた。
店員さんを呼んで、注文をする。メイスさんが頼んでいたのはアイスコーヒーとレモンのムースケーキだった。さっぱりしているし、この暑い季節にはぴったりだし、メイスさんっぽいな、と変に納得していた。
「あの、今日は一緒にきてくれてありがとうございます。断られるかな、と思ってたので…」
店内にいるお客さんのほとんどが女性客だった。テイクアウト用のスペースには少しだけ男性客はいるもののそう多くはない。メイスさんは甘いものが得意ではないだろうし、こういう場所にはこないだろうと予想はしていたからこうして一緒に来ているのが夢のようだった。
「たまにはこういう所に行くのも悪くねえって思ったからな」
「それじゃ、普段はどういう所にいくんですか?」
「ラーメン屋、ファミレス、ファーストフードとかか。カフェなんてしゃれたとこは行かねえな」
「なんだか分かる気がします…」
「ま、男だけでカフェは行かねえよ」
ラーメン屋やファミレス、ファーストフード店にいるメイスさんは想像しやすかった。すごくしっくりとくる。カフェでコーヒーを飲んでいる姿も想像できるが、そういうお店でご飯を食べているのもぴったりあてあまる。一人で、というよりはリオ君やゲーラさんと一緒に行っているイメージだ。
メイスさんとそうした雑談をしているとケーキが運ばれてくる。つやつやとした表面のレモンムースケーキに、いちごがたくさんのったパフェが私たちの目の前に置かれた。思わず拍手したくなるほどだった。
数回パフェを写真におさめて手を合わせた後、一番上のソフトクリーム部分にスプーンをいれる。甘い、美味しい!ソフトクリームの冷たさがより一層美味しさに拍車をかけているような気さえしてくる。味わうように食べてはいるけれども、手が休まることはほとんどなかった。
私がパフェを食べ終わる頃、メイスさんはすでにケーキを食べ終えていて、コーヒーを飲んでいた。
「随分美味そうに食べてたな」
「いや本当に美味しかったんです!メイスさんのケーキはどうでした?」
「ああ、美味かった。それにそこまで甘くなかったから食べやすかったな」
「へえ…今度きたときはケーキにしようかなあ…」
メイスさんにはきついんじゃないかと思っていたけれど、大丈夫のようで内心ほっとする。よかった。
お会計のときに何も言わず二人分払おうとするメイスさんをなんとか説得し自分の分を払うことに成功する。私のわがままで連れてきているのに、奢ってもらう訳にはいかない。
店のドアを開けると熱気が押し寄せ、思わず顔をしかめる。店内が涼しかっただけに余計暑さを感じてしまう。そんな私にひきかえ、メイスさんはあまり暑がっていないように見えた。
「メイスさんは暑いの得意なんですか?」
「得意よりか、馴れだな。ライブのステージ上は照明のせいで暑いから」
「あ、そうなんですね。それは、大変そうです」
「馴れちまえばそうでもないぜ」
想像するライブハウスは人の熱気で暑そうなイメージだったが、照明のせいでもあるらしい。メイスさんのライブも見てみたい。夏休み明けの文化祭が俄然楽しみになってきている。その前に宿題等々やらなければいけないことはたくさんつまっているわけだけど。
家につくのが惜しいと思えば思うほど時間が一瞬に感じてしまう。行きよりも時間がはやく過ぎた気がする。もう一度今日が訪れたら、今度は違うものを食べてもっとたくさんメイスさんと会話できるのに。時間は元には戻らないし、もう一度訪れることはない。
「メイスさん。また、誘ってもいいですか…?」
「?いいぜ」
せめて次もあるということを期待したかった。顔が暑いのも心臓が早鐘をうっているのも太陽のせいだけではない。私の前を歩くメイスさんが案外あっさりと頷いたから、拍子抜けしてしまう。
夢見心地のまま、自分の部屋に戻って頬をつねったら痛かった。夢じゃない。誘っていいんだ。嬉しくて涙がでてきたのを手で拭う。今日メイスさんと一緒に出掛けられただけでも嬉しいのに。ちゃんと言えてよかった。
ただ、メイスさんをちゃんと誘えるか、という問題はおいておくことにする。