杏の花が咲く
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの日からモヤモヤした気持ちはずっとついてまわった。メイスさんとは、勝手に気まずさを感じてしまって、ここ一週間くらいは顔をあわせるのも避けてしまっている。前までどういう風に会話していたっけ?と振り返ってみても、会話を続けることに必死だったことしか思い出せない。もともとちゃんと会話できていた試しはないかもしれないけれど、着実に仲良くなっていたはずだったのに。
どうすればいいか、と考えていたら次が移動教室だったことをうっかり忘れていた。急いで準備して教室へと向かう。もう教室に人は少なく、大半が移動していた。
教室までの道のりを早足で移動する。次の授業の先生は遅れると面倒だし、個人的な悩みで忘れていたなんて口が滑っても言えない。授業開始までは後5分をきっていた。
バタバタと廊下を走る音が聞こえる。その音は後ろから聞こえ、どんどん音とともに近づいてきている。振り返ってみれば、曲がり角から走ってきているのはゲーラさんだった。誰かに追いかけられているのか、後ろをちらちらと確認している。
「俺はいないっていってくれ!」
私の後ろにあったドアから空き教室へ滑り込んだゲーラさんがそういった。廊下には私しかいないから私へ言ったのだろう。その後すぐ男子生徒が複数人、息も絶え絶えになりながら走ってきている。ゲーラさんの名前をだしているからこの人たちが追いかけていたと推測できた。
「あ、ねえ君!さっき赤い髪の男みなかった?」
私は少し迷って、首を縦に振った。さすがにあんな足音をたてているのにみていないといったら確実に怪しまれる。
「この廊下を真っ直ぐ走って曲がっていきました」
そういうと男子生徒はありがとう、といって廊下を走り去っていく。嘘をついてしまった。走っていく男子生徒の背中が小さくなって見えなくなった頃、教室のドアがそっとあいて、ゲーラさんが顔を出した。うっすら汗をかいている。どれだけ追い回されていたんだろう。
「いやー助かったぜ!あんがとな!」
「はあ、どうも」
そういって笑っていたゲーラさんの顔が私をみた途端曇る。腕を組んでしばらく考えた後にぽん、と手を叩いた。
「メイスの義妹じゃねえか!何してんだこんなところで」
移動教室です、と答えようとしたときちょうど授業開始のチャイムが鳴った。あ、という顔をしたのは私だけでなくゲーラさんも同じだった。ただ、青ざめる私と違って、ゲーラさんは特に何も思っていない顔だった。
「メイスの義妹…あー…名前が…名前だったか?どうすんだ?授業始まっちまったけど」
今から行けばおそらく少しの遅刻ですむ。ただなんで遅れたのかとかそういう説明をするのが面倒だという気持ちがあった。ちょっとしたことでもやたらねちねちいってくることで有名な先生だった。それならばいっそのことサボってしまうのもいいんじゃないか。
「…サボろうかなって思ってます」
「アンタ、真面目かと思ってたけどそうでもねえんだな」
「サボるのは今日が始めてです」
からかわれている気がして少し強めに返してしまう。だけどゲーラさんは特に気にする様子もなく、私のなにも持っていない手首をつかんで歩きだす。困惑する私をみたゲーラさんが笑って話したいことがある、といった。きっとメイスさんのことだ。それしか私とゲーラさんに共通点はない。
ゲーラさんに連れてこられたのは屋上、ではなく、物置小屋のようなところだった。埃っぽい空気で地図や木材、椅子等々いろんなものがところ狭しとつめられていた。ゲーラさんは手慣れた様子で椅子に座り、呆然と立っている私に対して、どこか空いた椅子に座れと言う。目の前にあった椅子に座ると古くなっているのか嫌な音がした。
「あの、なんで追いかけられてたんですか?」
「あー…助っ人頼まれたんだけど面倒だから断って逃げたら追いかけてきただけだ」
「そうですか…」
助っ人を頼まれるってすごいことなんじゃないか。たしかこないだの陸上競技大会でもゲーラさんはMVPとかアンカーとかになっていたようだったし、運動が得意なのだろう。羨ましい限りだ。
ゲーラさんは右の足を左の膝の上において、近くにあった机に左肘をついて左手に顎をのせている。なんというか、似合っているけれど治安が良いとはお世辞でもいえない雰囲気だった。不良とかヤンキーとかそういう、独特の悪さがみえる。
「アンタ、メイスのことをどう思ってんだ?」
「どう…?」
どう思っているか、と言われれば難しい。優しい人で私にも気を遣ってくれる人だ。仲良くなりたい人、もっと話をしたい人…。これといっていい表現が浮かばない。しっくりくるものが思い付かない。
「どうっていわれましても…優しい人だなって…」
「優し…?そうか…?」
ゲーラさんの眉毛は中央によっていて、とても難しい顔をしていた。優しいか?とぶつぶついっているのが聞こえる。
「あんまりうまく言えないんです。仲良くなりたいとは思ってるんですけど…」
「仲良くなりゃいいじゃねえか」
「それができたら苦労しないんです!メイスさんのこともっと知りたいんですけど、深入りして嫌な気持ちにさせたくなくてなかなか聞けないし、緊張してなに話して良いかも分からないですし…」
「アンタ、メイスのことすげえ好きなんだな」
「そりゃ好……」
ゲーラさんには私にカマをかけようとかそういう気は全くなかった。ただ思ったことをいったのだろう。だけど私を固まらせるには十分な一言だった。
全てが止まっているような感覚だった。頭をお寺の鐘のように撞かれたような衝撃だった。そっか、仲良くなりたいと思ったのも、全部好きだったからなんだ。ずっとモヤモヤしてたのはメイスさんの優しさを知っていたのは私だけじゃなかったから嫉妬していたからだ。パズルのピースをはめていくように、今までの自分の行動が腑に落ちていく。
ゲーラさんは突然固まった私の目の前で手を振っていた。いきなり固まったら誰だってそうなるだろう。
「あ、すみません」
「いきなり固まったから焦ったぜ」
「あ、えっとそうですね、メイスさんのことは好きです」
それがまだ恋愛なのか親愛なのかは分からない。だけどはっきりといえるのは私がメイスさんのことを好きで、仲良くなりたいと思っていることだ。
「じゃああんまりメイスに心配かけんなよ。最近元気がねえってずっと心配してたんだぜ」
「え、それは…すみません」
「俺じゃなくてメイスに言えよな」
メイスさんと仲良くなりたいといっておきながら心配かけてどうする、私。今日まで合わせる顔がなかったのだからしょうがない。家に帰ったらちゃんとメイスさんと話をしよう。心配かけてしまったことを謝ろう。
モヤモヤした気持ちは完全に解消されたわけではないけれど、何なのかわかっただけでも随分楽になった。
「あ、あの、私がメイスさんのこと好きだって内緒にしてくれませんか?いろんな人に言われるのは恥ずかしいですの」
「ああ、いいけどよ…」
ゲーラさんは意味ねえんじゃねえか?と呟いた。私にはその意味がわからずに首を傾げる。意味がないとは一体……。
ゲーラさんとは授業が終わるチャイムがなるまで話をした。ゲーラさんとメイスさんは中学からの仲で、リオ君、ゲーラさん、メイスさんの3人が主体となってバイクチームを組んで、ツーリングをしているらしい。休日メイスさんが朝から夕方まで帰ってこない日があったけれど、ツーリングをしていた日だったのかもしれない。リオ君とはどこであったのか聞いてみたが、話をそらされてしまった。
教室に帰ると私が授業に出なかったことで心配かけてしまったらしく、友達に大丈夫かと聞かれた。最近はずっとぼんやりしていたから余計に。具合が悪かったというとすぐに納得してくれた。
家に帰ってもまだメイスさんはいなかった。部活だろうか。いつぞやの時のようにリビングでそわそわとメイスさんのバイクエンジン音を待つ。待っている間、つくりかけのぬいぐるみを縫っていたけれど集中していないこともあって、何度か指に針を指してしまった。
バイク音が聞こえて玄関があく。バイク音が聞こえてすぐに玄関へいったからメイスさんには私がずっと玄関で待っていたと思われたかもしれない。メイスさんがぽかんと私をみていた。
お帰りなさい、という挨拶も忘れて私は笑顔で腕を曲げて力こぶをつくる。
「メイスさん、私元気になりましたので!心配かけてすみませんでした!」
精一杯の元気ですアピールにメイスさんは目をぱちくりさせた。なんだろう、やったはいいけれどすごい恥ずかしくなってしまった。一瞬の間のあとふは、と息を吐き出す音と笑い声が聞こえる。
「そうか、そりゃよかった。本当に何もねえんだな?」
「はい!もう大丈夫です!」
今はまだ、恋だとかそういうのは考えないようにしよう。メイスさんともっと仲良くなって自然に話せるようになってから、考えても遅くないはずだ。今はまだこの距離感を壊したくなかった。
どうすればいいか、と考えていたら次が移動教室だったことをうっかり忘れていた。急いで準備して教室へと向かう。もう教室に人は少なく、大半が移動していた。
教室までの道のりを早足で移動する。次の授業の先生は遅れると面倒だし、個人的な悩みで忘れていたなんて口が滑っても言えない。授業開始までは後5分をきっていた。
バタバタと廊下を走る音が聞こえる。その音は後ろから聞こえ、どんどん音とともに近づいてきている。振り返ってみれば、曲がり角から走ってきているのはゲーラさんだった。誰かに追いかけられているのか、後ろをちらちらと確認している。
「俺はいないっていってくれ!」
私の後ろにあったドアから空き教室へ滑り込んだゲーラさんがそういった。廊下には私しかいないから私へ言ったのだろう。その後すぐ男子生徒が複数人、息も絶え絶えになりながら走ってきている。ゲーラさんの名前をだしているからこの人たちが追いかけていたと推測できた。
「あ、ねえ君!さっき赤い髪の男みなかった?」
私は少し迷って、首を縦に振った。さすがにあんな足音をたてているのにみていないといったら確実に怪しまれる。
「この廊下を真っ直ぐ走って曲がっていきました」
そういうと男子生徒はありがとう、といって廊下を走り去っていく。嘘をついてしまった。走っていく男子生徒の背中が小さくなって見えなくなった頃、教室のドアがそっとあいて、ゲーラさんが顔を出した。うっすら汗をかいている。どれだけ追い回されていたんだろう。
「いやー助かったぜ!あんがとな!」
「はあ、どうも」
そういって笑っていたゲーラさんの顔が私をみた途端曇る。腕を組んでしばらく考えた後にぽん、と手を叩いた。
「メイスの義妹じゃねえか!何してんだこんなところで」
移動教室です、と答えようとしたときちょうど授業開始のチャイムが鳴った。あ、という顔をしたのは私だけでなくゲーラさんも同じだった。ただ、青ざめる私と違って、ゲーラさんは特に何も思っていない顔だった。
「メイスの義妹…あー…名前が…名前だったか?どうすんだ?授業始まっちまったけど」
今から行けばおそらく少しの遅刻ですむ。ただなんで遅れたのかとかそういう説明をするのが面倒だという気持ちがあった。ちょっとしたことでもやたらねちねちいってくることで有名な先生だった。それならばいっそのことサボってしまうのもいいんじゃないか。
「…サボろうかなって思ってます」
「アンタ、真面目かと思ってたけどそうでもねえんだな」
「サボるのは今日が始めてです」
からかわれている気がして少し強めに返してしまう。だけどゲーラさんは特に気にする様子もなく、私のなにも持っていない手首をつかんで歩きだす。困惑する私をみたゲーラさんが笑って話したいことがある、といった。きっとメイスさんのことだ。それしか私とゲーラさんに共通点はない。
ゲーラさんに連れてこられたのは屋上、ではなく、物置小屋のようなところだった。埃っぽい空気で地図や木材、椅子等々いろんなものがところ狭しとつめられていた。ゲーラさんは手慣れた様子で椅子に座り、呆然と立っている私に対して、どこか空いた椅子に座れと言う。目の前にあった椅子に座ると古くなっているのか嫌な音がした。
「あの、なんで追いかけられてたんですか?」
「あー…助っ人頼まれたんだけど面倒だから断って逃げたら追いかけてきただけだ」
「そうですか…」
助っ人を頼まれるってすごいことなんじゃないか。たしかこないだの陸上競技大会でもゲーラさんはMVPとかアンカーとかになっていたようだったし、運動が得意なのだろう。羨ましい限りだ。
ゲーラさんは右の足を左の膝の上において、近くにあった机に左肘をついて左手に顎をのせている。なんというか、似合っているけれど治安が良いとはお世辞でもいえない雰囲気だった。不良とかヤンキーとかそういう、独特の悪さがみえる。
「アンタ、メイスのことをどう思ってんだ?」
「どう…?」
どう思っているか、と言われれば難しい。優しい人で私にも気を遣ってくれる人だ。仲良くなりたい人、もっと話をしたい人…。これといっていい表現が浮かばない。しっくりくるものが思い付かない。
「どうっていわれましても…優しい人だなって…」
「優し…?そうか…?」
ゲーラさんの眉毛は中央によっていて、とても難しい顔をしていた。優しいか?とぶつぶついっているのが聞こえる。
「あんまりうまく言えないんです。仲良くなりたいとは思ってるんですけど…」
「仲良くなりゃいいじゃねえか」
「それができたら苦労しないんです!メイスさんのこともっと知りたいんですけど、深入りして嫌な気持ちにさせたくなくてなかなか聞けないし、緊張してなに話して良いかも分からないですし…」
「アンタ、メイスのことすげえ好きなんだな」
「そりゃ好……」
ゲーラさんには私にカマをかけようとかそういう気は全くなかった。ただ思ったことをいったのだろう。だけど私を固まらせるには十分な一言だった。
全てが止まっているような感覚だった。頭をお寺の鐘のように撞かれたような衝撃だった。そっか、仲良くなりたいと思ったのも、全部好きだったからなんだ。ずっとモヤモヤしてたのはメイスさんの優しさを知っていたのは私だけじゃなかったから嫉妬していたからだ。パズルのピースをはめていくように、今までの自分の行動が腑に落ちていく。
ゲーラさんは突然固まった私の目の前で手を振っていた。いきなり固まったら誰だってそうなるだろう。
「あ、すみません」
「いきなり固まったから焦ったぜ」
「あ、えっとそうですね、メイスさんのことは好きです」
それがまだ恋愛なのか親愛なのかは分からない。だけどはっきりといえるのは私がメイスさんのことを好きで、仲良くなりたいと思っていることだ。
「じゃああんまりメイスに心配かけんなよ。最近元気がねえってずっと心配してたんだぜ」
「え、それは…すみません」
「俺じゃなくてメイスに言えよな」
メイスさんと仲良くなりたいといっておきながら心配かけてどうする、私。今日まで合わせる顔がなかったのだからしょうがない。家に帰ったらちゃんとメイスさんと話をしよう。心配かけてしまったことを謝ろう。
モヤモヤした気持ちは完全に解消されたわけではないけれど、何なのかわかっただけでも随分楽になった。
「あ、あの、私がメイスさんのこと好きだって内緒にしてくれませんか?いろんな人に言われるのは恥ずかしいですの」
「ああ、いいけどよ…」
ゲーラさんは意味ねえんじゃねえか?と呟いた。私にはその意味がわからずに首を傾げる。意味がないとは一体……。
ゲーラさんとは授業が終わるチャイムがなるまで話をした。ゲーラさんとメイスさんは中学からの仲で、リオ君、ゲーラさん、メイスさんの3人が主体となってバイクチームを組んで、ツーリングをしているらしい。休日メイスさんが朝から夕方まで帰ってこない日があったけれど、ツーリングをしていた日だったのかもしれない。リオ君とはどこであったのか聞いてみたが、話をそらされてしまった。
教室に帰ると私が授業に出なかったことで心配かけてしまったらしく、友達に大丈夫かと聞かれた。最近はずっとぼんやりしていたから余計に。具合が悪かったというとすぐに納得してくれた。
家に帰ってもまだメイスさんはいなかった。部活だろうか。いつぞやの時のようにリビングでそわそわとメイスさんのバイクエンジン音を待つ。待っている間、つくりかけのぬいぐるみを縫っていたけれど集中していないこともあって、何度か指に針を指してしまった。
バイク音が聞こえて玄関があく。バイク音が聞こえてすぐに玄関へいったからメイスさんには私がずっと玄関で待っていたと思われたかもしれない。メイスさんがぽかんと私をみていた。
お帰りなさい、という挨拶も忘れて私は笑顔で腕を曲げて力こぶをつくる。
「メイスさん、私元気になりましたので!心配かけてすみませんでした!」
精一杯の元気ですアピールにメイスさんは目をぱちくりさせた。なんだろう、やったはいいけれどすごい恥ずかしくなってしまった。一瞬の間のあとふは、と息を吐き出す音と笑い声が聞こえる。
「そうか、そりゃよかった。本当に何もねえんだな?」
「はい!もう大丈夫です!」
今はまだ、恋だとかそういうのは考えないようにしよう。メイスさんともっと仲良くなって自然に話せるようになってから、考えても遅くないはずだ。今はまだこの距離感を壊したくなかった。