杏の花が咲く
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高校の入学式前日、両親に呼び出された。やけに真剣な顔をしているのに少しだけ不信感を抱きながら、両親の目の前に座る。
実はね、と口火を切った母からでた言葉は私の動きを止めるには十分だった。
ーーー養子をとることにしたの、と。
両親の話をまとめるとこうだ。母親の遠い親戚に高校生の息子がいる女性がいた。その人はシングルマザー、女手一つでその息子を育てていたらしいが、先日無理がたたって病気で亡くなってしまった。そのときその女性が母に、息子を高校卒業まででいいから面倒をみてほしい、と頼みそれを母は本当に実行した。嘘のような話だ。
「お母さんそんなこと聞いたら断れなくって。その子も高校2年生だし、高校卒業させてあげたくて。」
父とはもう話をしていたが高校受験を控えた私にいうタイミングを逃し、延びに延びて今日になった、と。なるほど、最近私の隣の部屋を片付けていたのはそういうことだったのか。ようやくあの物置小屋となっていた部屋を片付ける気になったとばかり思っていた。
「それで、その人はいつくるの?」
「今日だけど」
え、という声とインターフォンが同時に鳴る。今日、今日…?母が来たかしら~といって席をたった。思わず父を見たが、目が諦めろと物語っていた。
リビングのドアを母が開け、その後ろに男の人がいた。
第一印象は、ただただ怖かった。母よりも頭ひとつ分ほどある身長に隠れていない片方の切れ長の目がジロリと此方をみる。腰ほどまでにのびた長髪にライダージャケットを着ている姿はすごく様になっているが深夜の路地裏にいそうな雰囲気だった。
メイス君よ、と母が紹介すると、彼が軽く頭を下げた。母が簡潔に私たちの紹介をして部屋へと案内する。二人分の足音が階段を上がっていき消えたあとほっと息を吐いた。どんな人かと思っていたがまさか、あんな怖い人だったなんて。まあ、最長でも2年間の辛抱だから。
降りてきた母の「そうそう、あんたメイス君と同じ高校だからね」という爆弾発言に大声をあげそうになって口をおさえた。
どうしよう、とトークアプリを開いて5文字をうつ。すぐさま既読がついてピコ、と音が鳴る。どうしたの?という文字に先ほどの出来事を途中まで打って、手を止める。
これってけっこうデリケートな問題だよね?相談したいからといって話してしまうのはダメなんじゃ…?
打った文字をすぐに消して明日の入学式が不安だという文字に変える。ピコピコと続け様に音が鳴って同意と励ましの言葉にあわせてスタンプが現れた。ベッドに倒れこみながらそれに返して枕に顔を押し付ける。
同じ高校の先輩になる人が義兄になるってどんな漫画みたいな状況なんだ。関わらなければ良いのかもしれないけれど、同じ家にいるのにそんなことってできるか。そもそも母がそんなことを許すわけがない。
バタバタとベッドの上で暴れる。どうしよう、と考えても状況は変わらない。普通に接するしかない。もしかするとすごく真面目な人なのかも知れない。接してみないとわからないことってあると思うし。
コンビニでアイスでも買って、献上すれば少しは仲良くなれるかもしれない。そう意気込み家を出る。昨日までなかったバイクが停まっているのをみた私はさっきまでの意気込みを取り消し、Uターンしまた自分の部屋に戻った。やっぱり、怖い。
メイスさんは夕食時に籠っていた部屋からようやくでたが、喋ることはなかった。さっさとご飯を食べ終えると食器を台所まで持っていって部屋へと戻っていった。メイスさんにとってはほとんど知らない人の家だからしょうがないのだろうけど、なんとか打ち解けられればいいのに。その考えはメイスさんの眼光をみるたび萎んでいってしまう。
結局一言も話せないまま、入学式になった。新入生しか出席しないからメイスさんと会わず、朝も部屋から出ている様子はなかった。
「アイナとはクラス離れちゃったね」
「あー残念!せっかく同じ高校になったのに」
「そうだね…クラス違うけどお昼一緒に食べてくれる?」
「当たり前だよー!」
中学から仲良しのアイナは隣のクラスだった。私の中学からは受験者が少なかったから知っている人も少ないし、友達はアイナくらいしかいない。それだというのに幸先が悪い。クラス表を何度も確認したけれど、知っている名前は見当たらなかった。
自分の席を確認して座る。クラスメイトはどんな人がいるのだろうかと周囲を見渡すと、窓側前方に座っている男子に目が吸い寄せられた。プラチナブロンドに見える髪の毛をボブカットにしているその男子の回りにキラキラしたものがみえる気がする。ちらっと見える横顔は彫刻のような均衡のとれた造形美だった。他の人たちも同じようで、そこだけぽっかりと人がいなくなって遠巻きにその男子を眺めていた。
先生が教室に入ってくると散らばっていた生徒が席へ座った。出欠確認のために一人一人名前を読んでいき自分の番になって控えめに返事をする。静かな教室では控えめでも私の声は先生に届き、他の生徒も流れ作業のように名前が呼ばれていった。
あのキラキラした男子はなんという名前なんだろう。彼が返事をするのをそっと伺う。
「リオ・フォーティア」先生の口からその名前が発せられてすぐにその男子が教室中に聞こえる声で返事をした。リオ・フォーティア。型にはまらないものがピッタリと型のなかに収められたような感覚だ。先ほどまで知らなかったフォーティア君の名前を彼ピッタリな名前だとぼんやり思った。
堅苦しい式やオリエンテーションが終わったのはお昼になる少し前だった。アイナはお姉さんと一緒にお昼をとるらしく、学校で別れた。忙しそうにしているといっていたお姉さんとの食事に水を差す訳にはいかない。両親は私がアイナと帰ると思っていたようで、先に帰ってしまっていた。
仕方なく一人で帰路につく。そこそこ混んでいるバスに乗り込んで最寄りのバス停で降りる。バス停から家まで少し距離があった。教科書の入った鞄の重さを軽減させようと少しだけ傾き歩く姿ははたからみれば変人だと思われてもおかしくない。自然と歩くスピードは早くなっていた。
家とバス停の間にあるコンビニに見覚えのあるバイクが停まっていた。私もよくいくコンビニだった。そのバイク以外にも別のバイクが数台停まっている。
あ、と気がついたのはバイクの主がコンビニからでてきてからだった。見覚えのあるバイクは昨日自宅でみたもので、コンビニから出てきたのはメイスさんだった。正確にいえばメイスさん以外の人もいたけれど。
メイスさんたちはバイクの元へ戻り、どこかへいくことなく話をしている。人を待ってるような雰囲気だ。
幸いにも私には気づいていない。メイスさんは家にいるときのように難しい顔をしておらず、たまに笑顔さえ見せていた。
エンジン音がして一台のバイクがコンビニの駐車場へと入ってくる。そのバイクに気づいたメイスさんたちが自分のバイクへと戻っていく。あの人を待っていたらしい。バイクが停まって、ヘルメットを外した。フォーティア君がバイクに跨がっている。嘘、という呟きは誰かに聞こえることなく流れていく。フォーティア君とメイスさんたちは少し会話した後、フォーティア君を先頭に走り去っていった。
メイスさんがフォーティア君と知り合いだった。暫く頭が働かずに立ち尽くしていた。どういう繋がりでなんだろう。すごく気になる。のに、私にはどちらにも話しかける勇気はなく、誰にもいうことができなかった。メイスさんは夜、少し暗くなってから帰って来たが会話はない。閉じられた隣の部屋のドアをじっと見てもドアが喋ってくるわけでもなし、ましてやメイスさんが教えてくれるわけでもない。
結局、一人で考え込んでしまったせいでちゃんと寝ることができずに朝日が私の部屋に入ってきたのだった。
実はね、と口火を切った母からでた言葉は私の動きを止めるには十分だった。
ーーー養子をとることにしたの、と。
両親の話をまとめるとこうだ。母親の遠い親戚に高校生の息子がいる女性がいた。その人はシングルマザー、女手一つでその息子を育てていたらしいが、先日無理がたたって病気で亡くなってしまった。そのときその女性が母に、息子を高校卒業まででいいから面倒をみてほしい、と頼みそれを母は本当に実行した。嘘のような話だ。
「お母さんそんなこと聞いたら断れなくって。その子も高校2年生だし、高校卒業させてあげたくて。」
父とはもう話をしていたが高校受験を控えた私にいうタイミングを逃し、延びに延びて今日になった、と。なるほど、最近私の隣の部屋を片付けていたのはそういうことだったのか。ようやくあの物置小屋となっていた部屋を片付ける気になったとばかり思っていた。
「それで、その人はいつくるの?」
「今日だけど」
え、という声とインターフォンが同時に鳴る。今日、今日…?母が来たかしら~といって席をたった。思わず父を見たが、目が諦めろと物語っていた。
リビングのドアを母が開け、その後ろに男の人がいた。
第一印象は、ただただ怖かった。母よりも頭ひとつ分ほどある身長に隠れていない片方の切れ長の目がジロリと此方をみる。腰ほどまでにのびた長髪にライダージャケットを着ている姿はすごく様になっているが深夜の路地裏にいそうな雰囲気だった。
メイス君よ、と母が紹介すると、彼が軽く頭を下げた。母が簡潔に私たちの紹介をして部屋へと案内する。二人分の足音が階段を上がっていき消えたあとほっと息を吐いた。どんな人かと思っていたがまさか、あんな怖い人だったなんて。まあ、最長でも2年間の辛抱だから。
降りてきた母の「そうそう、あんたメイス君と同じ高校だからね」という爆弾発言に大声をあげそうになって口をおさえた。
どうしよう、とトークアプリを開いて5文字をうつ。すぐさま既読がついてピコ、と音が鳴る。どうしたの?という文字に先ほどの出来事を途中まで打って、手を止める。
これってけっこうデリケートな問題だよね?相談したいからといって話してしまうのはダメなんじゃ…?
打った文字をすぐに消して明日の入学式が不安だという文字に変える。ピコピコと続け様に音が鳴って同意と励ましの言葉にあわせてスタンプが現れた。ベッドに倒れこみながらそれに返して枕に顔を押し付ける。
同じ高校の先輩になる人が義兄になるってどんな漫画みたいな状況なんだ。関わらなければ良いのかもしれないけれど、同じ家にいるのにそんなことってできるか。そもそも母がそんなことを許すわけがない。
バタバタとベッドの上で暴れる。どうしよう、と考えても状況は変わらない。普通に接するしかない。もしかするとすごく真面目な人なのかも知れない。接してみないとわからないことってあると思うし。
コンビニでアイスでも買って、献上すれば少しは仲良くなれるかもしれない。そう意気込み家を出る。昨日までなかったバイクが停まっているのをみた私はさっきまでの意気込みを取り消し、Uターンしまた自分の部屋に戻った。やっぱり、怖い。
メイスさんは夕食時に籠っていた部屋からようやくでたが、喋ることはなかった。さっさとご飯を食べ終えると食器を台所まで持っていって部屋へと戻っていった。メイスさんにとってはほとんど知らない人の家だからしょうがないのだろうけど、なんとか打ち解けられればいいのに。その考えはメイスさんの眼光をみるたび萎んでいってしまう。
結局一言も話せないまま、入学式になった。新入生しか出席しないからメイスさんと会わず、朝も部屋から出ている様子はなかった。
「アイナとはクラス離れちゃったね」
「あー残念!せっかく同じ高校になったのに」
「そうだね…クラス違うけどお昼一緒に食べてくれる?」
「当たり前だよー!」
中学から仲良しのアイナは隣のクラスだった。私の中学からは受験者が少なかったから知っている人も少ないし、友達はアイナくらいしかいない。それだというのに幸先が悪い。クラス表を何度も確認したけれど、知っている名前は見当たらなかった。
自分の席を確認して座る。クラスメイトはどんな人がいるのだろうかと周囲を見渡すと、窓側前方に座っている男子に目が吸い寄せられた。プラチナブロンドに見える髪の毛をボブカットにしているその男子の回りにキラキラしたものがみえる気がする。ちらっと見える横顔は彫刻のような均衡のとれた造形美だった。他の人たちも同じようで、そこだけぽっかりと人がいなくなって遠巻きにその男子を眺めていた。
先生が教室に入ってくると散らばっていた生徒が席へ座った。出欠確認のために一人一人名前を読んでいき自分の番になって控えめに返事をする。静かな教室では控えめでも私の声は先生に届き、他の生徒も流れ作業のように名前が呼ばれていった。
あのキラキラした男子はなんという名前なんだろう。彼が返事をするのをそっと伺う。
「リオ・フォーティア」先生の口からその名前が発せられてすぐにその男子が教室中に聞こえる声で返事をした。リオ・フォーティア。型にはまらないものがピッタリと型のなかに収められたような感覚だ。先ほどまで知らなかったフォーティア君の名前を彼ピッタリな名前だとぼんやり思った。
堅苦しい式やオリエンテーションが終わったのはお昼になる少し前だった。アイナはお姉さんと一緒にお昼をとるらしく、学校で別れた。忙しそうにしているといっていたお姉さんとの食事に水を差す訳にはいかない。両親は私がアイナと帰ると思っていたようで、先に帰ってしまっていた。
仕方なく一人で帰路につく。そこそこ混んでいるバスに乗り込んで最寄りのバス停で降りる。バス停から家まで少し距離があった。教科書の入った鞄の重さを軽減させようと少しだけ傾き歩く姿ははたからみれば変人だと思われてもおかしくない。自然と歩くスピードは早くなっていた。
家とバス停の間にあるコンビニに見覚えのあるバイクが停まっていた。私もよくいくコンビニだった。そのバイク以外にも別のバイクが数台停まっている。
あ、と気がついたのはバイクの主がコンビニからでてきてからだった。見覚えのあるバイクは昨日自宅でみたもので、コンビニから出てきたのはメイスさんだった。正確にいえばメイスさん以外の人もいたけれど。
メイスさんたちはバイクの元へ戻り、どこかへいくことなく話をしている。人を待ってるような雰囲気だ。
幸いにも私には気づいていない。メイスさんは家にいるときのように難しい顔をしておらず、たまに笑顔さえ見せていた。
エンジン音がして一台のバイクがコンビニの駐車場へと入ってくる。そのバイクに気づいたメイスさんたちが自分のバイクへと戻っていく。あの人を待っていたらしい。バイクが停まって、ヘルメットを外した。フォーティア君がバイクに跨がっている。嘘、という呟きは誰かに聞こえることなく流れていく。フォーティア君とメイスさんたちは少し会話した後、フォーティア君を先頭に走り去っていった。
メイスさんがフォーティア君と知り合いだった。暫く頭が働かずに立ち尽くしていた。どういう繋がりでなんだろう。すごく気になる。のに、私にはどちらにも話しかける勇気はなく、誰にもいうことができなかった。メイスさんは夜、少し暗くなってから帰って来たが会話はない。閉じられた隣の部屋のドアをじっと見てもドアが喋ってくるわけでもなし、ましてやメイスさんが教えてくれるわけでもない。
結局、一人で考え込んでしまったせいでちゃんと寝ることができずに朝日が私の部屋に入ってきたのだった。
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