event
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……何これ」
四限目もとっくに終わった昼休み。高杉晋助の机に山積みになっているチョコレートを見て、つい先程登校してきた乙玖が呆然としている。
「朝から他のクラスの女子たちが置いてったっス。ほら今も」
「は?」
小さな包みを抱えて教室をの様子を伺っていた女子生徒たちが、乙玖に睨まれて慌てて走り去っていく。
二月十四日。
俗に言うバレンタインである。
一歩外へ出ればバレンタイン商戦のチラシが舞い、外へ出なくてもテレビを付ければチョコレートのCMが目に付く。冷えた冬の空気とは裏腹に、世間は多かれ少なかれ浮ついている。
それは銀魂高校も例外ではない。普段は問題児クラスと悪名高い3年Z組も、男子たちは持ち前の無駄にいい顔面が力を発揮して他クラス・他校の女子生徒のチョコレートを荒稼ぎしている。3Zの女性陣はというと、先生にポイント稼ぎの
「てか晋助様は?」
「一緒に来たけど、屋上で寝てるって。こんな寒いのにね」
高杉が学校に来ても教室に来ないのは別に珍しいことではない。高杉を訪ねてきた女の子たちも、直接渡しても受け取って貰えないからと、彼が絶対にいない朝早い時間にやってきた。受取人が来ないままチョコレートだけが積み上がっていく。
「午後の授業なんだっけ」
「えっと現国っスね、たぶん」
「銀八か、じゃあちょうどいいや。また子もサボってもいいよね?」
「別にいいっスけど……」
何すんの?とまた子が怪訝に思っていると、乙玖は掃除用具の中からゴミ袋を取り出して、高杉の机の上のチョコをぞんざいに掴み投げ入れた。
「えっ捨てんの?」
「さすがにしないよ、そんな酷いこと」
―いや、やりかねないっス。
思わず口に出そうになったのをまた子は慌てて飲み込んだ。無表情でチョコをゴミ袋にポイポイ放り込んでいく乙玖は、何を考えているのかわからなくて怖い。そんなこと言ったらこっちにどんな被害が及ぶかわかったもんじゃない。マブダチと言っていいほど仲が良くても乙玖は銀魂高校の、それも3Zの生徒で、高杉の彼女。つまり問題児の数え役満。ゴミ袋に詰め込んだチョコレートをそのまま焼却炉に持っていっても何ら不思議ではない。
捨てないならどうすんだろ、と思っているうちに高杉の机の上には何もなくなった。
「はい、これよろしく」
また子はサンタクロースのプレゼントみたくチョコレートで膨らんだゴミ袋を乙玖に託された。
「家庭科室に持ってって」
「家庭科室?」
「そ。わたしは野球部の部室行ってくるから」
「野球部!?なんでっスか!?」
話が見えなくて素っ頓狂な声を上げるまた子だが、乙玖は答えずに教室を出て行ってしまった。
途方に暮れたまた子は、とりあえず言われた通りに家庭科室にチョコレートを運んだ。
―どうすんスかね、これ。
ゴミ袋のなかのチョコレートは色とりどりのラッピングで、それなりに気合いの入った、所謂本命チョコに見える。銀魂高校一の不良と恐れられる高杉に、軽い気持ちでバレンタインを渡すことはできないだろう。乙玖という彼女がいるのも周知の事実だ。それでも伝えたかった想いが、このチョコレートたちだ。
そう思うと、また子も心臓を掴まれたように感じた。教室に置きっぱなしのまた子の鞄にも、まだ高杉に渡せていないチョコレートが入っている。高杉一派のみんなに、という体ではあるものの、高杉の分だけ一回り大きいものだ。
「また子ありがとー」
声がして振り返ると、金属バットを担いだ乙玖が家庭科室に入ってきた。
「いやまあ予想通りっスけど……何するんスか?」
「いいからいいから」
金属バットを調理台に立て掛けた乙玖は、ゴミ袋のなかのチョコレートを今度はひとつひとつ丁寧に開封していった。
「勝手に開けていいんスか……?晋助様宛のっスよね……」
「晋助のモノはわたしのモノ」
取り出されたチョコレートは、今度はジップロックの中に入れられていく。
はらり、と包みから何かが落ちた。手紙のようだ。また子はそれを乙玖が拾うのを、破り捨てるのではないかと冷りとしながら見ていた。乙玖は一瞬躊躇ったけれども、中を見ることなく脇に置いた。
全てのチョコレートをジップロックに移し替えると、乙玖はそれを床に置き、隣にある金属バットを手に握った。
「ちょっと待つっス!」
また子の静止の声と同時、チョコレートに向けて、金属バットが勢いよく振り下ろされた。床が殴られチョコが割れる、鈍く乾いた音が響く。乙玖は躊躇うことなく、何度も何度も金属バットを振り下ろした。
「人のッ!彼氏にッ!ちょっかいッ!かけてんじゃねぇよ!」
やっぱり……とまた子は頭を抱えた。やっぱりずっと怒ってたんじゃないスか。自分の彼氏を狙ってる女がこんなにいていい気持ちするわけない。良心が痛まないでもないけど、こうなった乙玖を止めても無駄だろう。
乙玖が金属バットを振り下ろす度、ブラック、ミルク、ホワイト、トリュフ、ガナッシュ、ボンボン、色も形も様々なチョコが砕けていく。
「ごめんまた子手伝って!湯煎の準備してほしい」
「砕いて終わりじゃないんスか?」
「うん」
砕いたチョコレートを全てひとつのボウルに入れ、鍋のお湯に浮かべる。女の子の想いが詰まったチョコレートたちは、やがて跡形もなく溶けて混ざりあった。
「チョコ用の型なんてないよね。仕方ない、これでいっか」
家庭科室の棚を漁っていた乙玖は、大きめのケーキ型を取り出す。
ヘラを使って溶かしたチョコレートを流し込むと、余ることも足りないこともなくちょうど型に収まる量だった。
はい完成、と乙玖はそれを冷蔵庫に仕舞う。
「放課後には固まってるかな」
ちょうど五限が終わる時間だったので二人は教室に戻った。なぜか高杉がちゃんと授業に出ており、乙玖とまた子だけが銀八に怒られた。晋助様がいるならちゃんと授業出ればよかった、とまた子は乙玖に付き合ったことを少しだけ悔やんだ。
放課後のチャイムが鳴る。
六限も教室にいたものの、丸々寝ていた高杉を乙玖が叩き起す。
「……んだよ」
「いいから来て」
寝起きで不機嫌な高杉の手を引いて、乙玖は家庭科室へ向かう。また子も後を付いていった。付き合わされたからには、乙玖がどういうつもりなのか見届ける権利はある。
「はい、バレンタイン」
「はァ?」
冷蔵庫から取り出したそのままの、ケーキ型に入った茶色い塊としか言えないチョコレートを差し出されて高杉は訝しげな声を上げた。
「お前からは日付変わったときにもうもらったはずだぜ?」
「いいから」
高杉に押し付ける乙玖。高杉は渋々手を出し受け取った。
「重っ、何だこれは」
「そーよ、重いでしょ」
チョコレートを抱えた高杉に、乙玖が指を立てて言う。
「これはね、晋助を好きな子たちの想いにわたしの分も上乗せしたもの。この想いを全部切り捨てて、晋助はわたしと付き合ってるんだからね。この重さ、忘れないでね」
「……」
「ちゃんと全部食べて。忘れないで」
「……」
「直接晋助に渡す人のも全部受け取って全部食べて」
「……わかった」
また子は息を飲んだ。彼女が、乙玖がいるからもしかしたら受け取ってもらえないかもしれない、と思っていたのだ。
「晋助が愛されすぎてて彼女としては困っちゃうけど晋助が愛されてて嬉しいという複雑な気持ちの落とし所がこれなの。これもわたしからのバレンタインと思ってね」
お前からなら受け取らねーわけにはいかねぇか、と高杉は困ったように呟いた。
「わたし万斉たちにもチョコ持ってきたの、義理だけど。また子一緒に配りに行こ?晋助も来て」
乙玖がまた子と高杉の背中を押して家庭科室を出る。
この流れならば、また子も自然に高杉にチョコレートを渡せるはずだ。また子は乙玖をチラリと見る。
―晋助様の彼女が、この子でよかった。
口に出そうになったけれど、高杉への甘苦い気持ちと一緒に飲み込んだ。
heavy and bitter
1/9ページ
