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「……なんだそれ」
「外歩いてたらもらった。ちょっと前からやたらと渡されるんだよね」
晋助がわたしを見て驚いたような呆れたような顔をしている。両手いっぱいにお菓子を抱えてるんだ。まあ当然の反応か。
「チョコ系ばっかりだなぁ。しょっぱいのもあればよかったのに」
「お前それどーすんだ」
「ひとりでこんなに食べないしみんなに分けてあげよっかな」
「あ?」
そんなに睨まなくても晋助にもあげるって。そう思ってひとつ押し付ける。
ちょっと廊下を歩くと若い鬼兵隊員たちを見つけた。作業の邪魔になるかなと思いつつも、わたしも両手が塞がってるのを早くなんとかしたい。チョコあげるね、とひとつひとつ手渡していく。
「ちょっと待ったーーーーー!!!!!」
突然また子が走ってきたと思ったら、わたしの首根っこ掴んで空き部屋に引きずり込んだ。
「お馬鹿!」
また子もチョコいる?と聞くのに被せて怒鳴りつけられた。
「アンタそのチョコが何なのかわかってるんスか?」
「優しい女の子たちが分けてくれたお菓子……」
「この大馬鹿!」
また子が言うには今日2月14日にはバレンタインという文化があって、女の子が好きな人にチョコを贈る日らしい。
「えっと、つまりわたしは女の子たちの好意を無下に扱ってしまったということ…!?」
「そうだけど大事なのはそこじゃないっス」
いや大事だって。かわいい女の子がわたしのために用意してくれたものを野郎どもにあげてしまった。人生最大のミスかもしれない。今から言えば返してもらえるかな。
今すぐに走って戻りたくてソワソワする。わたしの腕を掴んだまま離さないまた子が「自分が女の子にモテてることには疑問抱かないんスね……」と呟いたが聞かなかったことにする。
「いいっスか、今乙玖がやったことを整理するっス。①晋助様にものすごく適当にチョコをあげた②晋助様と同列に他の男にもチョコをあげた」
「うーむ、なるほど……じゃあチョコ受け取った人たちが赤くなったり青くなったりしてたのは?」
「ワンチャン乙玖が自分に好意を抱いてるかもという期待と晋助様にぶっ殺されるかもという恐怖っスね」
そんなばかな、と思ったが元々怖い顔してるのにいつもに増して鬼のような形相の晋助が荒々しい足音を立てて歩き去るのが見えた。
「あそこまで不機嫌になられると鬼兵隊の仕事に支障がでるっス。わたしたちじゃどーにもできないんでどうにかしてもらっていいっスか?」
「どうにかって何をすれば……」
「晋助様に愛情いーーーーっぱいの手作りチョコをあげればいいんス」
そんなんどうやって作るんだ。そもそもわたし晋助に愛情なんてあるの?……あるか、さすがにそれはちょっとぐらい。
なけなしの愛情を絞り出す気持ちで台所に立つ。ご丁寧にチョコレート手作りキットが用意されている。それもとても簡単な…対象年齢五歳以上のもの。
「アンタ料理とかできなさそうだからマジで余計なことしないでレシピ通りに溶かして固めるだけにするっスよ」
「それすらも不安なくらい料理したことないよ?」
「失敗したら乙玖をラッピングして『わたしを食べて♡』って言わせるだけっス」
それに比べたらチョコ作るなんて簡単ですね!!!
なるようになれとやけくそで取り掛かりはじめた。
慣れない作業と格闘すること数時間。なんとかそれっぽい何かが出来上がったらしい。
味見すると食べられなくもないが別に大して美味しくもない甘いだけの塊。愛情よりもこれを晋助に食べさせるのか、という不安がいっぱいの味がする。
晋助がさっき帰ってきたのは鬼兵隊員が慌ただしくしていたから知ってる。まだ機嫌が悪いのも足音でわかってる。
女は度胸、早く行けとまた子に追い立てられるようにして晋助の部屋へ向かう。ノックしても返事ぁないから恐る恐る戸を開ける。晋助は机に向かって何かの本と睨み合っていた。
「あのー……」
「なんだ」
「これ晋助にチョコ作ったんだけど……」
「そうか。で?」
「で???」
素っ頓狂な声が出てしまった。で?じゃないよ言われるままにやってるんだ、こっちが聞きたい。
「それだけか?」
「それだけだよ」
「わかった、帰れ」
帰れじゃねーよ
このままここにいたら言い合いの末に拳が出そうだ。さっさと離れようと踵を返したとき、ノックもなしに扉が開く。
「邪魔するでござるよ」
頼まれてた書類を持ってきた、と万斉が入ってきた。
ちょうどいいタイミング、入れ替わりでわたしは出ていこう。
万斉の横をするりと抜けようとした、が、できなかった。なぜか万斉の腕がわたしをホールドしている。
「晋助、乙玖がさっき『わたしを食べて♡』って言ってたでござるよ」
ヒェッ
変な音がしたのは驚いたわたしの声だろう。
「言ってない!!!絶対そんなこと言ってないよ!!!!」
「ほぉ、そいつは話が変わってくるなァ」
「『わたしにチョコレートをトッピングしてね♡』って言ってたでござる」
「オイオイオイオイ何を言っているんだい万斉くん嘘を言うのはよくないぜ」
「正確には違うが大体そんなニュアンスでござる」
「ふざけんなッ」
横腹をドスドス殴るが万斉は止まらない。しまいには私の首根っこ掴んで晋助に向かってぶん投げる。今日はよく首根っこを掴まれる日だ。チョコはロクに受け取ってくれなかったのに今度はしっかり抱え込まれた。
「ありがとな万斉」
「やだ、ねえバカ離して」
「良いバレンタインを過ごすでござるよ」
据え膳に乗せられて晋助に差し出されたわたしは涙ながらに助けを求めるが、無情にも戸は閉められた。
迫り来る晋助から逃れるのに必死で、もうわたしには部屋の外の会話は聞こえなかった。
「うまくいったっスね万斉先輩。チョコを乙玖ごと晋助様にあげるとはいいアイデアっス」
「これが我々鬼兵隊から晋助へ、愛を込めて贈るバレンタインでござる」
「晋助様のことを好きなのは乙玖だけじゃないっスよ」
誰の為のチョコレート