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「もしかして銀ちゃんたちと攘夷戦争に参加したのって10年前?」
日の当たる窓辺で寝そべっていた乙玖が突然こちらを振り向き問いかけてくる。長い睫毛が影を落とした大きな目に真っ直ぐ刺された俺は少したじろぎながらも頷いた。
「やっぱり!その頃わたしは地球にいなかったんだけど噂で聞いたの思い出した。今の地球は天人が押しかけて大変なことになってるけど、侍ってやつらが意外としぶとく踏ん張ってるって。最近は若いのが僅かに残ってるだけだけど、そのなかに鬼のように強いのが数人いるって」
それってきっと晋助たちのことだったんだね、と跳ね上がって喜んでいるが、俺は、俺たちは遠い星に伝わるほどの何かをあの戦争で成し遂げてはいない。ただ戦って、ただ失っただけだった。大層な尾鰭がついたか、辰馬が大ボラを吹聴してまわったか、そうでなければ俺たちではない別の侍の話だろう。そう思ったのだが、乙玖がやたら目を輝かせているからわざわざ否定するのも馬鹿らしい。とはいえそれが俺たちだとしてなぜお前が喜ぶのかわからねぇと言うと、「少しでも繋がりができたのが、離れていても同じ時代を生きていたことが、わかって嬉しい」とはにかんで答えた。
「会ってみたかったな、10年前の晋助」
その言葉に思わず息をのむ。
「若い晋助って今よりずっと憎たらしそう」
「…てめーはその頃も今と変わらないんだろう」
そうなんだよねぇと困ったように笑うこの少女は見た目こそ16.7歳だが実際はその10倍近い年月を生きている。成長に人間の10倍の時間がかかる長命種の天人なのだ。俺の気が狂うほどに長かった10年も乙玖にとってはほんのわずかな時間でしかないのだろう。
「こーんなかわいい女の子に出会っちゃった10代思春期発情期の晋助くんはどうしてたんだろうね?」
にやにやと意地悪い顔で覗き込んでくる乙玖。俺は鼻で笑い軽くあしらう、フリをする。心底を悟られないように、何でもないように装う。
-ガキの俺なんざ手も足も出なかっただろうよ。
今でさえこんなにもどうしようもないのに。
「俺ァ絶対会いたくねェ」
今でさえ出会わなければよかったと思ってるのに。
「なんでそんなこと言うの!10年前のわたしだったら今もう晋助殺してたからね!」
「だからだろ」
ぺちぺちと叩いてくる細い手首を掴んで引き離した。離れまいとムキになる少女はその肉体以上にいっそう幼く見える。いざ実戦となればその長い人生のほとんどを戦火に身を置いていた乙玖には到底叶わないが、じゃれ合う程度では男女の体格差には逆らえない。俺のほうが力は上だ。腕にしがみついたままの乙玖を組み敷き、身動きが取れないよう床に縫いとめる。抵抗し足掻くものの為す術ない様に嗜虐心を擽られ、思わず喉を鳴らして笑う。
「同い年くらいの晋助が率いる兵に混ざって、背中合わせて一緒に戦うってのも悪くないと思うんだけど」
「あの時の鬼兵隊は全員死んだ。あんな地獄にてめーを連れては行けねー」
俺の言葉に乙玖は一瞬後込んだ。言いかけた何かを一度は飲み込んだが、だからだよ、と噛み締めるように縋るように言葉を続ける。
「今だってそうだよ。わたしに晋助を護らせてくれたら、もうちょっとは苦しまずに済むと思ってるのに」
好きな女に護られなけりゃいけないほど、そう思わせてしまうほど、俺はまだ弱い。嫌になるほどわかっている現実に目眩すら覚える。
奪われる苦しみを、失う恐ろしさを、二度と味わいたくないからすべてを壊すのに、俺はまた大切なものをこの手に抱こうとしている。
「お前を守る、なんて気の利いたことのひとつでも言ってやれりゃァよかったんだがな」
そんな気休め、嘘にしかならない。
「わたしを守ろうだなんて10年はやーい!」
俺の腕をすり抜けた乙玖は、先程の仕返しか、今度は馬乗りになり勝ち誇った顔で俺を見下ろす。抵抗する意思もないので両手を挙げる。その様子に満足したのか乙玖に隙ができた。それに付け入り、降伏を示していた2本の腕をを小さな背に回し乙玖を抱き締める。胸板に押し付けられた乙玖は身体を固くして顔を紅潮させていた。俺の指先が柔い肌に食い込んでいく。
わかってんだよ、そんなことは。大切なものを守れるようになるには時間が足りない。どれだけ急いでも追いつけないこともわかっている。何より俺に10年後なんてもんが来ないであろうことも。
腕の中にいるこいつが長く生きているだけの初心な女でよかった。こんなどうしようもねェ俺に絆されるような馬鹿なガキでよかった。出会えたのが今でよかった。少し荒業だが今こうして隣にいることができる。
「痛いよ晋助」
「少しだけ我慢しろ」
歩む道が重なる、ほんの少しの時間。
今だけでいい、俺がお前の隣にいることを許してほしい。
お前を抱き締める力だけは持っているつもりだから。
独りに長し、愛するに短し
日の当たる窓辺で寝そべっていた乙玖が突然こちらを振り向き問いかけてくる。長い睫毛が影を落とした大きな目に真っ直ぐ刺された俺は少したじろぎながらも頷いた。
「やっぱり!その頃わたしは地球にいなかったんだけど噂で聞いたの思い出した。今の地球は天人が押しかけて大変なことになってるけど、侍ってやつらが意外としぶとく踏ん張ってるって。最近は若いのが僅かに残ってるだけだけど、そのなかに鬼のように強いのが数人いるって」
それってきっと晋助たちのことだったんだね、と跳ね上がって喜んでいるが、俺は、俺たちは遠い星に伝わるほどの何かをあの戦争で成し遂げてはいない。ただ戦って、ただ失っただけだった。大層な尾鰭がついたか、辰馬が大ボラを吹聴してまわったか、そうでなければ俺たちではない別の侍の話だろう。そう思ったのだが、乙玖がやたら目を輝かせているからわざわざ否定するのも馬鹿らしい。とはいえそれが俺たちだとしてなぜお前が喜ぶのかわからねぇと言うと、「少しでも繋がりができたのが、離れていても同じ時代を生きていたことが、わかって嬉しい」とはにかんで答えた。
「会ってみたかったな、10年前の晋助」
その言葉に思わず息をのむ。
「若い晋助って今よりずっと憎たらしそう」
「…てめーはその頃も今と変わらないんだろう」
そうなんだよねぇと困ったように笑うこの少女は見た目こそ16.7歳だが実際はその10倍近い年月を生きている。成長に人間の10倍の時間がかかる長命種の天人なのだ。俺の気が狂うほどに長かった10年も乙玖にとってはほんのわずかな時間でしかないのだろう。
「こーんなかわいい女の子に出会っちゃった10代思春期発情期の晋助くんはどうしてたんだろうね?」
にやにやと意地悪い顔で覗き込んでくる乙玖。俺は鼻で笑い軽くあしらう、フリをする。心底を悟られないように、何でもないように装う。
-ガキの俺なんざ手も足も出なかっただろうよ。
今でさえこんなにもどうしようもないのに。
「俺ァ絶対会いたくねェ」
今でさえ出会わなければよかったと思ってるのに。
「なんでそんなこと言うの!10年前のわたしだったら今もう晋助殺してたからね!」
「だからだろ」
ぺちぺちと叩いてくる細い手首を掴んで引き離した。離れまいとムキになる少女はその肉体以上にいっそう幼く見える。いざ実戦となればその長い人生のほとんどを戦火に身を置いていた乙玖には到底叶わないが、じゃれ合う程度では男女の体格差には逆らえない。俺のほうが力は上だ。腕にしがみついたままの乙玖を組み敷き、身動きが取れないよう床に縫いとめる。抵抗し足掻くものの為す術ない様に嗜虐心を擽られ、思わず喉を鳴らして笑う。
「同い年くらいの晋助が率いる兵に混ざって、背中合わせて一緒に戦うってのも悪くないと思うんだけど」
「あの時の鬼兵隊は全員死んだ。あんな地獄にてめーを連れては行けねー」
俺の言葉に乙玖は一瞬後込んだ。言いかけた何かを一度は飲み込んだが、だからだよ、と噛み締めるように縋るように言葉を続ける。
「今だってそうだよ。わたしに晋助を護らせてくれたら、もうちょっとは苦しまずに済むと思ってるのに」
好きな女に護られなけりゃいけないほど、そう思わせてしまうほど、俺はまだ弱い。嫌になるほどわかっている現実に目眩すら覚える。
奪われる苦しみを、失う恐ろしさを、二度と味わいたくないからすべてを壊すのに、俺はまた大切なものをこの手に抱こうとしている。
「お前を守る、なんて気の利いたことのひとつでも言ってやれりゃァよかったんだがな」
そんな気休め、嘘にしかならない。
「わたしを守ろうだなんて10年はやーい!」
俺の腕をすり抜けた乙玖は、先程の仕返しか、今度は馬乗りになり勝ち誇った顔で俺を見下ろす。抵抗する意思もないので両手を挙げる。その様子に満足したのか乙玖に隙ができた。それに付け入り、降伏を示していた2本の腕をを小さな背に回し乙玖を抱き締める。胸板に押し付けられた乙玖は身体を固くして顔を紅潮させていた。俺の指先が柔い肌に食い込んでいく。
わかってんだよ、そんなことは。大切なものを守れるようになるには時間が足りない。どれだけ急いでも追いつけないこともわかっている。何より俺に10年後なんてもんが来ないであろうことも。
腕の中にいるこいつが長く生きているだけの初心な女でよかった。こんなどうしようもねェ俺に絆されるような馬鹿なガキでよかった。出会えたのが今でよかった。少し荒業だが今こうして隣にいることができる。
「痛いよ晋助」
「少しだけ我慢しろ」
歩む道が重なる、ほんの少しの時間。
今だけでいい、俺がお前の隣にいることを許してほしい。
お前を抱き締める力だけは持っているつもりだから。
独りに長し、愛するに短し