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始業のチャイムが鳴り終わった少し後、ぺったぺったと便所サンダル特有の足音をさせて坂田銀八が3年Z組の教室に入ってくる。
「はい、きりーつ……も礼もしたところで俺に得は無いから今日は無しで」
きりーつの時点で素直に起立していた生徒たちは「理不尽アル!」「僕らは立ち損じゃねーか!」「死ね土方!」などと口々に文句を言いながらも渋々着席した。
「このくらいでギャーギャー言うなよ。学校は社会の理不尽さを身をもって知るところだからな。部長が右っつーから右向いてたのに社長が急に左って言い出すこともざらにあるからな。今のうちに受け入れろ、人生とはそういうもんだ」
悪びれる素振りもなくいつもの低いテンションで言い放つ銀八。
「ということで、先週予告した通り今日の現国はテストをします。卒業にも関わってくる大事なテストだからな。お前らはどうせ昨日からの一夜漬けなんだろうが途中で寝んなよ」
銀八の言う通り、勉強なんて二の次の3Zの生徒と言えども、みんな目の下に黒々とした隈を作っていつもよりピリついている。……窓際の空席の主を除いて。
「オイオイわざわざテスト予告してやったってのに来てねーバカは誰だ?高杉か?高杉だよな?高杉しかいねーよな?」
呆れて頭を抱える銀八。高杉が学校に来ないのはいつものことである。正確に言うと、学校には来ていても授業には来ることはほとんどない。特に銀八が担当する現国は。クラス一同を代表して、学級委員である桂が手を真っ直ぐ高く挙げて口を開く。
「先生!学生の本分である学業を疎かにするバカは放っておいて早くテストをはじめてください!今この一分一秒にも俺たちは丸暗記した教科書の文言を一文字ずつ忘れていっているんです!その声は、我が友、高杉ではないか?」
「山月記!?つーか現国の教科書は丸暗記しても作者の気持ちは書いてねーだろ!」
銀八の嘆きは続く。
「え、待って高杉あいつ卒業しないつもりなの?また来年もあいつの先生すんの?絶対嫌なんだけど俺」
「心配しねェでもてめーの前から消えてやっから安心しな」
ドアが大きな音を立てて雑に開けられた。シリアスなシーンでお馴染みのあのBGMを背負って登場したのは3年Z組屈指の問題児、高杉晋助。悪びれた様子もなく、悠々と教室に入ってくる。
「おーさすがに来たか……ってどうしたその制服!?」
教壇の前を横切って自分の席へ向かう高杉を銀八が制止した。彼の学ランは本来の丈よりも短く、ボタンも幾つか少ない。所謂〝短ラン〟。80年代に流行った不良ファッションだ。
「どうした急に?冷血硬派のキャラ設定考え直したのか?にしても今令和だぞ?」
「知らねーよ。今朝起きたらこうなってた」
銀八には目もくれず自分の席に向かう高杉。斜め前に座る桂の横を通るときには「あと俺はてめーの友じゃねえ」と吐き捨てた。
「なんだと貴様!俺とのめくるめく日々を忘れたというのか!」
高杉に掴みかかる桂。彼は高杉と幼なじみであり、今でこそ学級委員を務める真面目キャラであるが、実は中学時代は高杉と共に数々の問題を起こしてきた過去がある。
「お前らしょっぴかれてーのか!そんで高杉、その制服は校則違反だろ!」
風紀委員会副委員長である土方が止めに入る。制服を改造するのは当然校則で禁止だ。
「だから知らねーって」
驚きと戸惑いと早くテストはじまらないと覚えたこと全部忘れるという焦りで教室がざわめくなか、スッと真っ直ぐ高く挙げられた手にクラス中の注目が集まる。今度は桂ではない。
「わたしがやりました」
高らかに宣言したのは一際深い隈を目の下に作ってきたひとりの女子生徒。彼女が高杉と付き合っていることは周知の事実である。
「昨日晋助が寝てる間に改造しました。徹夜で頑張りました」
「寝てる間ってことはお泊まりだな!?不純異性交友だ!破廉恥だぞ!」高杉の胸ぐらを掴んだままだった桂が、顔を真っ赤にして高杉を揺さぶりながら叫ぶ。
揺さぶられながらも高杉は彼女を睨んだ。
「てめー俺の漫画勝手に読みやがったな」
「やっぱ男は短ランに限るね」
彼女は高杉の着こなしを見て満足気に親指を立てた。
「……徹夜で勉強したんじゃねーの?」
銀八の声は呆れを通り越して怒りと悲しみで声が震えている。
「長ランも悪くないけどさ〜丈長いのは特攻服があるから、制服は短ラン一択だよね。あ、ねえ晋助帰りバイク後ろ乗せて。暴走族みたいにスピード出して!髪もリーゼントみたいにしていい?」
彼女はハマったものにものすごく影響されやすい。そして面食いだ。高杉の家にある不良漫画に出てくるイケメンキャラは、短ランでリーゼントの高校生。ヒロインのピンチには特攻服を着てバイクで駆け付ける暴走族の頭でもある。
またかよ、とうんざりした高杉の舌打ちが響く。
「ふざけんな、歩いてるだけで喧嘩売られてめんどくせーったらありゃしねェ」
「晋助のことだから全部勝ったんでしょ?男に生まれたからには拳ひとつでテッペン獲りにいくべきよね!銀魂高校で頭張ってんのは晋助でいいよね?夜兎高校と天照院も潰してかぶき町制覇しよ!」
宿題プリントの裏に描かれた『鬼兵隊連合総長 高杉晋助』の文字の特攻服刺繍デザイン案を高杉に見せる。言うまでもないが宿題の解答欄は空白である。
「俺をどうこうする前にてめーのことをどうにかしろ」
「大丈夫!わたしの特服も一緒に作るから!」
「そういうことじゃねーよ」
素行や平常点が悪いのは高杉だが、成績は彼女の方が悪く既に卒業が危ぶまれている。高杉はそんな彼女のことを案じて、昨日もテストに向けて勉強を教えるために自宅へ呼んだ。もちろんそんなのは表向きの口実に過ぎないが。
高杉の心配をよそに、彼女は短ランの会心の出来にうっとりとしている。
「思った通り短ラン似合うね、晋助すごくかっこいー」
「あーわかったわかった。お前が満足するまで付き合うぜ」
冷血硬派と恐れられる高杉も彼女の前ではただのチョロい男子高校生。にこにこ顔でまっすぐ褒められて、あっさり全てを受け入れた。
高杉が受け入れても黙っていないのはクラスメイトたちである。
「頭が高杉ってのはちょっと聞き捨てならないですぜ」
「俺ら風紀委員倒してからいきな」
「単車転がすなら拙者も付き合うでござるよ」
「それはつまり攘夷活動ということだな!かぶき町と言わずに俺と共にこの国を変えようではないか!全国制覇を目指すぞ!」
「トップが男じゃなきゃいけないなんて誰が決めたのかしら?女が守られてるだけの時代はもう終わったのよ」
「彼女だからって晋助様の親衛隊長は譲れないッスよ!」
「夜兎高殴り込み行くならわたしも連れてくアル!バカ兄貴とタイマンするのは妹のわたしネ」
血の気が多い生徒が八割を超える3年Z組だ。高杉を総長に祭り上げた鬼兵隊連合と総長近藤勲率いる真選組連合の二大勢力を中心に、手始めに銀魂高校をこのクラスによって掌握する計画が着々と立てられていく。
鬼兵隊と真選組は自分たちの総長の下についているが、それ以外の面々は己がトップであるべきと言い張り譲らない。
善事も悪事もやるなら大将がモットーの神楽。「ここは学級委員である俺が指揮を執るべきだろう」と主張する桂。へそ出しロンスカのスケバンセーラー服を持ってくる東城に鉄槌を下している柳生家当主の九兵衛。実力派はもちろんのこと、このクラスにはかつて暴走族に所属していたタカチンや、彼氏が半グレだったハム子もいる。心の優しさと反比例して見た目が最恐の屁怒絽くんをラスボスにすべきという声もあがった。
もう誰もテストのことなんて覚えていない。元凶である彼女は「晋助がトップがいい!晋助がトップじゃなきゃ嫌だ!」と喚きながら他のトップ候補たちと取っ組み合いを繰り広げている。
高杉はというと自分の机に腰をかけ、遠巻きに騒ぎを楽しそうに眺めている。3Zの良心、新八は恐る恐る高杉に声をかけた。
「あの、高杉さん……あの騒ぎを止めたり参加したりしなくていいんですか。もっと自己主張しないとどんどん出番もセリフも少なくなっちゃいますよ。なんというか、その、これ一応高杉夢小説なんですけど……」
「構やしねェよ。俺の出番が多かろうと少なかろうと、あいつは俺のモンってことには変わりゃしねーんだ。
「ちょっ、アンタ今小僧になんてルビ振ったア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?高杉さんとはいえ言っていい事と悪い事がありますよ!」
3Zの良心、もとい童貞の新八が血走った目をひん剥いて高杉にツッコむ。
銀八はもう全てを諦めた。
「お前ら全員、一生卒業できねーよ」
俺たちの明日はどっちだ