虚構のアイランド【まとめ】
短編3・ザ・グレイテストスナイパー(1)
2024/07/12 07:34アイランド短編
仕事をしていると、『出張』とか『転勤』等の言葉で、自分の住居を転々とする機会に遭遇する。
これは正規軍でも例外ではない。
『転属』の言葉で、各々の隊員達は古い部隊に別れを告げ、新たな部隊へと移動する。
国境を越えようが越えまいが関係なしだ。
そもそも、豪雨の大災害をきっかけに、地球の『国』の概念が失われた。
陸地の4分の3が豪雨で傘増しした海の中へと沈んでいったのだ。
雨は次第に止んではいったが…雲は晴れず。
残り4分の1のちっぽけな島々ばかり、地球上の各地に残された。
全員が雨の脅威に晒されては、各国の歪み合いなどやってられない。
生き残りの権力者達が、各地の埋め立て地の開発の推進を宣言した。
それ以降、埋め立て地の開発計画は着々と進んだ。
ゴミを焼却してできた灰を固めて、人工の地面を造り上げた。
やがて月日を重ねていき、地球上の陸地は豪雨災害以前の3分の1くらいまで回復した。
正規軍は世界共通の大規模な軍事機関である。
気候の寒暖差とか、生態分布とかお構いなく、全隊員は現地に飛んでいく。
南米地域の部隊所属だった俺も、『転属』の命令が出た。
♪♪♪
俺、アージン・ビジョウは、生まれも育ちも南米地域の身だった。
肌の色がやや黒っぽいので、欧州の出身ではないとは、皆から勘づかれていた。
地元の人間が地元の正規軍の基地に身を置くのは、誰もが納得していた。
幼い頃に両親が他界し、孤児の為の施設で育った俺は、受け入れポストとして構えていた正規軍に入隊した。
15歳になるまで訓練兵として過ごし、昇格後に正規の軍人として派遣される。
幸い、俺は昇格後の赴任先が故郷の南米地域だから、同郷の者達を守れる使命を与えられて、内心喜んだのだが。
『転属』の命令は、唐突だった。
そこには時間の猶予などなかった。
俺は自分の荷物をまとめて、南米地域の基地とおさらばする準備を整えた。
佐官級の上官等、基地内に所属していた人の数名が、送別時に手を振ってくださった。
情に厚い人物もいて、「何もできなくてすまん!」と度々謝っていた。
正規軍の規則だから、そこまで深く悩んでいなかった。
新しい赴任先は、驚くほど遠くはなかった。
北米地域の基地。
かつてはアメリカとカナダが存在した広大な大陸だったが、豪雨で半分以上が失われた。
どちらかと言えば、カナダの領土の方が多く残っていたらしいが…。
国の力の差などは…末端の兵士は関わらないのが良さそうだ。
基地と言っても、中での設備は特に変わらない。
気候に変動はあるので、それに適応した環境形成はなされていた。
北米地域では逆に、歓迎会を開催して頂いた。
特に目立った希望などは出してはいなかった。
俺が以前の基地で大したおもてなしをされていないのを知った新基地の上官が、せっかくだと思って咄嗟の企画を打ち立てたらしい。
挨拶などのプログラムとか特になく、ただ食べたり飲んだりするだけの楽しいイベントだった。
そこに、歓迎会の会場へ突撃してくる男がいた。
彼は盛大に足音を鳴らして、木目調の美しいドアを思いっきり全開にした。
喜びの空気が一瞬で冷めてしまうかもしれない。
俺は残念だ…と哀れんでいたのだが。
「ラウト!遅かったじゃないか!」
「お前がいなきゃ、盛り上がらねぇだろう!」
士官級の中年兵士達が、若い金髪の男性に笑顔で声をかけた。
手にしていたジョッキに注がれたビールが今にも溢れそうになっていた。
ちなみに正規軍では、酒類はノンアルコールで提供されている。
このビールを飲んでも、酔わない。
「そうなんすよ!今回の任務に時間がかかったんすよ…!」
「はーん?誰かしくじったのか?お前とか。」
「誰もミスしてないっす!拠点が遠かっただけだって!」
そうかそうか、ガハハ!と大笑いをした中年士官は金髪の男の背中をバシバシ叩いた。
「おーいラウトー!お前の好物のフィッシュが残ってるぞー!」
「マジっすか!ラッキー!」
フィッシュとは、別名『白身魚のフライ』である。
どうやら金髪の男は、これが好物らしい。
好物を取りに行こうと歩いた金髪の男。
ようやく彼が、俺の存在に気がついた。
「あれ?見慣れない顔がいるっすね…?」
「お前、今夜歓迎会やるって伝えただろ?」
「だから急いで飛んできたんすよ?で、主役は…。」
この男も歓迎会の告知を聞いていたようだ。
歓迎される人物を探すのに、部屋の一帯をキョロキョロと見回っていた。
教えなかったのだろうか?
それとも開催までの準備が短かったのか…。
金髪の男への伝達が欠けていた。
俺はスッと手をあげた。
1人の中年士官が俺の手に気づいた。
「ラウト、コイツだ。今手をあげた奴。」
「どれどれ…お?」
「…どうも、初めまして。アージン・ビジョウです。」
「俺と同世代か!」
金髪の男は俺の顔を見るなり、テンションをあげた。
「おいくつ、ですか?」
「俺か?22だぜ。」
「俺もそうです。」
「マジかー!オッさんばかりで寂しかったんだよなぁ!」
「お?ラウト、一丁前に言うじゃねぇか!」
この、この、と他の中年士官が金髪の男に軽いプロレス技をかけていた。
かなりの笑顔を見せていた。
正規軍の各地の基地に、若者の入隊はまだまだ少なかった。
身寄りのない施設の子供達から拾い上げるパターンがあるので、引継への影響は少ないが、上層部は若者層からの拒絶反応に困っていた。
待遇を増やしたり、徹底した訓練場を設けたりしても、若者達は来なかった。
金髪の男・ラウトが俺の加入に喜ぶのも無理はない。
プロレス技からラウトは解放された。
座ってノンアルコール飲料や料理を嗜む俺に、色々聞いてきた。
「どこ出身なんだよ?」
「南米です。」
「ああー。あっちも紛争やっててごちゃごちゃしてるもんなぁ。意味ないってのに。」
「北米は…。」
「この一帯は平和な方さ。でも、駆り出されたりするんだぜ?腕のいいやつからな。」
『駆り出される』の一言で、この北米基地は必要となれば遠征も行うという情報を知った。
遠征はどこの基地でもあるが、ラウトが言うには、北米基地は遠征の確率が高いのである。
駐在する隊員のほとんどが中年士官という構成も、それがあるのかもしれない。
上層部の指示には、必ず従わなければならない。
遠征を命じられれば、現地に赴かないといけないのだ。
隣の席で好物の用意がなされたラウトも、遠くの現地から戻ってきたばかり。
ドアを強く開いた時点では激しい呼吸を繰り返していたが、今はすっかり治まっていた。
笑いながら、好物の『フィッシュ』を口に放り込む。
「でも相当大変だったら、基地に駐在した方がよかったんじゃねぇの?」
「それは、疑問に思いましたが…。」
「兵士の俺達は上の命令に従う身だから、理由を聞いても無駄だろうな。」
「そうですね。」
転属されて早々、隣の若い兵士が誰しもが悩みそうな疑問を口にした。
若いので中年士官と比べて、俺も彼も階級は低いのに。
南米地域は元来貧困層も多く含まれていたためか…武力によって抵抗する民間人もたくさんいた。
豪雨災害で『国』の概念が失われた後も、その構造は変わらなかった。
貧困層はまともな教育を施されていない人間が多く、創造や工夫を凝らすための教養や知識が欠けている。
単純な思考しか出来ず、その行動が他の者達を悩ます種と化した時もあった。
民間人同士の紛争の中間役として鎮火させるのが、正規軍の南米基地の役目であった。
ただでさえ過酷な状況の最中に、上層部から俺に『転属』が言い渡されたのだ。
隣の男・ラウトは、何か良からぬ事を感じ取ったのかもしれない。
能力不足で左遷されたとか、悪い事を考えているのだろう。
なんて失礼だろう、と敏感な人には捉えられそうではある。
俺は別に、この結果が左遷扱いだろうと気にはしない。
上層部がバランス良く考慮した結果として、素直に受け取ればいいだけなんだ。
「あ…。今の気にしたか?」
「え?あ、いえそんな…。」
「こんな楽しいパーティで、突然浮かない顔し出したからよぉ…。」
浮かない顔?
俺が急に、落ち込んだとでも…?
出会って1時間程で、隣の若者に悟られたのか。
「俺は同世代が来てくれただけで嬉しいからよ、あまり深く考えんなよ?」
「あ、ありがとう、ございます。」
「無理に敬語で言わなくてもいいぜ?同世代だから気楽に行こうぜ?アージン君。」
「そ、そうだな。俺達の人生は長いかもしれないんだ。詰め込みすぎるのは良くないな。」
「だろ?ま、ノンアルだから酔えねえけど、飲んじゃえよ。気持ちもスッとするぜ。」
「ああ。」
彼の気遣いで、俺は気軽に話すのを許してもらえた。
まだ『転属』の詳細は不明だが、今は忘れて歓迎会を楽しもう。
「あ、そうそう。俺、名前言ってないな?」
「確か…ラウト…。」
「ラウト・ビルムーダって言うんだ、よろしくな!」
♫♫♫
北米基地に『転属』されてから、ラウトの言う通り、俺は遠征に駆り出された。
1年間の記録の中で、3回は北米から出動した。
しかし、遠征は遠征でも戦争・紛争根絶の為の武力行使の理由で駆り出されるのではない。
支援活動や、建設作業という命に関わる確率が低い任務にも、俺達は携わっていた。
俺が北米基地に来て初の遠征は支援活動。
豪雨災害によって沈んでしまった学校があったのだが、水が干からびてくると、建物の上半分が姿を現したのである。
校舎の屋根から、現地の隊員達と協力しあって解体作業を行った。
雨には酸が含まれている。
建物が腐り、老朽化を早める。
新たな学校として建て直しの計画が練られているらしく、雨水に浸された古い校舎の骨組みをバラしていった。
やや離れた陸地で、解体作業の現場を子供達が眺めていた。
彼らの瞳は、哀しげだった。
次の遠征は建設作業だ。
訓練で鍛え抜かれた俺達正規軍の隊員は、建設現場の人材にうってつけだった。
世界的な豪雨災害の被害はとてつもなく大きい。
犠牲者も出ているから、各地で慢性的な人手不足と化していた。
個人の住宅レベルならともかく、道路などの公共施設の設立には、多くの人材が必要だった。
機械?専用のものは使用されてはいるが…整えられていない地域も存在していて…。
発展途上とされた地域によく、人手を駆り出されていた。
こちらは民間人の立ち入りは、禁止されていた。
黙々と作業が捗り、車両がスイスイ走れる道路が完成した。
始めの2度経験した遠征の任務は、戦とは無縁の復興事業であった。
遠征の伝令は、ひっきりなしの状態であった。
3度目。
いよいよ今回から、俺は戦場へ赴く事になる。