虚構のアイランド【まとめ】
短編2・ミュージックメモリー
2024/07/11 13:53アイランド短編
私は幼い頃に、両親が消えた。
もう2度と会えないと告げられて、孤児を引き取っている施設に預けられた。
[サウス・エリア]内の孤児の養成施設での扱いは、悪かった。
施設の先生達の言う事を素直に聞かないと、人間として対応してくれないのである。
私が悪い事をして、両親がいなくなったわけではないのに。
厳しい教育を受けた私は、強制的に正規軍へ入隊させられた。
ここでも過酷な試練が待ち受けている、と構えていた。
だが、施設の時と比べると、女性という性別意識もあるのか、対応は優しかった。
正規軍の中で軍人になるための訓練に励んでから、2年が経過した。
私が12歳になる頃だった。
♪♪♪
15歳以上にならないと、訓練兵から昇格できないのが、正規軍の掟であった。
訓練兵の身分は当然、正規軍の最下層の地位に位置していた。
だが、ゆくゆく正規の軍人として、戦場で活躍する期待の戦士とされていて。
ある程度の自由は認められていた。
ほぼ毎日の厳しい訓練から逃れられず。
正規軍の基地の外に出る事はできないが。
基地内は所属する軍人を退屈させない為に、酒場やゲームコーナーも用意されていた。
私は12歳で酒は飲めないし、女の子なのでゲームもあまり興味はない。
私は束の間の休息の時は、いつもカフェに立ち寄っていた。
カフェと言っても、コーヒーと紅茶ばかりの苦い目の飲料ばかり置いていない。
子供でも飲める甘いジュースもメニュー一覧に記載されていた。
私がカフェに来る時は、毎回ジュースを頼んでいた。
お茶に切り替わるようになったのは、正規軍に正式加入されてからだ。
厳しい環境下で喜怒哀楽を全面に出せない生活をしてきた私。
舌はやっぱり、お子様のままだった。
果汁100%のジュースを飲みながら、備え付けの本を読むのが、私の休暇の過ごし方だ。
カフェと謳いながら、書籍の量は多かった。
漫画や小説などの娯楽物のみならず、知識の本まで取り揃えていた。
養成施設にいた頃も勉学の時間はあったが、最低限の内容しか教わっていない私。
知識の本を読める事は、新しい世界を知る第1歩となるから、幸せだった。
この時もまた、カフェに足を運んで、本を読んで過ごそうとしていた。
私は、カフェのカウンターの側にある置物に、目を奪われた。
赤のボディの、上部に丸みがかかった、小さな冷蔵庫のような置物。
冷蔵庫とは違い、銀色の飾りがど真ん中と上部中心に盛られていた。
私は気になったのか、置物をマジマジと観察していた。
すると、カフェの店主が私に声をかけた。
「どうしたのかな?嬢ちゃん。ジュークボックスをじっと見て。」
「ジュークボックス?」
私は置物の名前が『ジュークボックス』だと初めて知った。
「音楽を流す、いわばアンプとかコンポみたいな機械だな。音源が中に入ってんだ。」
よいしょ、とカフェの店主がカウンター内のキッチンから動き出した。
店主は鼻の下あたりにちょび髭を生やしたおじさんである。
年齢柄、急に動く時に声を漏らすのだろう。
店主は私の隣に並ぶと、ジュークボックス前面の銀色の装飾を触った。
至近距離で眺めると、店主の触った装飾は、機械を作動させる為のボタンだった。
慣れた手つきでポチポチとボタンを数個押して、右側の、これまた銀色に染められたツマミを回した。
ツマミは音量だと、一目でわかった。
ジュークボックスから流れてくる音が大きくなったからである。
ピアノのみで奏でられた曲を、店主は流した。
キン、と鳴る高音と、ボーンと鳴る低音が心地良かった。
世界各国が災害級の豪雨で沈んでいき、小さな島がポツポツ出来上がってしまったこの地球で、木製のピアノの音が聴けるのに感動した。
「すごい、綺麗な音ですね。」
「これは大昔のジャズピアノさ。何でもかんでも機械で音色を似せようとする時代になったが、懐メロを感じたいセンチメンタルな時もある。
だから、このジュークボックスに過去の曲をため込んでるんだ。」
あ、待てよ?
店主が突然、首を傾げた。
「嬢ちゃんは音楽のトレンドに詳しい方かい?」
私に質問してきた。
私はいいえと言って、首を横に振った。
嘘をついたところで、アーティストの1人や2人が出てこないのなら、速攻でバレてしまう。
「そうか。だったら、嬢ちゃんがより共感できそうな女性デュオを紹介するよ?」
「女性デュオ?」
「女性2人組で活動していたアーティストさ。」
『デュオ』の意味は知っていた。
だけど、なぜ彼女達を選ぶのだろう?
私は疑問を感じたが、その答えはすぐに訪れた。
店主は再度ジュークボックスのボタンとつまみを操作した。
この作業をするだけで、曲がガラリと変わった。
ジャズピアノも魅力的ではあったが、今の曲のピアノの音色も、心地よかった。
それだけじゃない。
1本ずつ弾いて音を出しているギターと、優しく落ち着いた2人の女性の歌声も、綺麗なハーモニーを奏でていた。
「この人達は?」
「[Salty Sugar]っていう、最近まで活動していた女性デュオだよ?」
「活動していた?」
「今はもう、引退しちゃったみたいでね。電撃報道があってから表舞台から消しちゃったのさ。」
「それは…残念ですね。」
私はシュン、と落ち込んだ。
[Salty Sugar]というグループ名ですら初めて知ったのに。
おそらく、すでに私はこの女性デュオにすっかり虜になっていたのだろう。
1曲聴いただけで、もっと聴きたいと欲求を抱いたのも初めてだった。
「ん?もしかして、気に入っちゃったのかい?」
「え?でも…。」
「ライブとかは厳しいけど、音源だったら色々持ってるよ?
よかったら、君にあげよう。」
私は目が点になった。
カフェの店主とはこの日を含めて、僅か2日分ぐらいしか話した事がない。
2日分、といっても注文とか受け渡しとかの合図の繰り返しで、今みたいにこうやって語り合う機会は乏しかった。
ほとんど初対談の私に対して、最近のアーティストの曲の音源をくれるという。
なんて気前のいい店主なんだ。
私は心から感謝した。
「ありがとうございます!大事に聴きます!」
「返さなくてもいいからね。むしろ男連中はあんまり気に入らないみたいで、誰も聴いてくれなかったんだ。
喜んでもらえてなによりさ。」
私は店主からメディアプレイヤー一式を頂いた。
それから、私は20歳を迎える現在まで、メディアプレイヤーを大事に扱った。
♪♪♪
正規軍の基地から[サウザンズ]へ赴任するようになってからは、カフェの店主との連絡交換は控えめになった。
だけど、私の携帯電話に時折、店主はかけて来てくれる。
番号は機種の所持が認められてすぐに、店主に連絡して教えた。
店主は新天地でも頑張れよ、と応援してくれた。
[Salty Sugar]の楽曲の音源も、メールの添付で新規のデータを送ってくれたりしてくれた。
短い活動期間だったらしく、2年くらい前からは添付ありのメールは途絶えた。
カフェの店主は今でも、私が昔いた正規軍内での経営を続けている。
息子がいるみたいで、後を継がずのに大変だと愚痴をこぼしていた。
大層に不安がっていないので、息子さんは大丈夫だろうなぁ、と私は思った。
[サウス・エリア]の5階建のマンションで、今でも私は[Salty Sugar]の楽曲を聴いている。
のんびり休めてる時も、簡単な家事を済ませている時も。
ミュージックプレイヤーの電池を気にしながらも、私は肌身離さず聴いていた。
女性デュオの優しい歌声で、私は毎日を乗り越えていく。
これからも、ずっと。
♪短編おわり♪