虚構のアイランド【まとめ】
本編2・セカンドコンタクト(2)
2024/07/11 11:44アイランド本編
♫♫♫
[セントラル・ゾーン]の中展示場内の熱気は熾烈を極めた。
アイドル人気の効果が凄かったから。
朋美から渡された小さなパンフレットを読むと、コンサートの演目はほとんど歌と踊りで埋め尽くされていた。
歌と踊りだけで、大衆の勢いが活発なコンサートは初めてだった。
私の隣にいる朋美は、仕事時と違って非常に大きな声援でコンサートを盛り上げていた。
連れてこられた私はというと…演目中はずっとぎこちない動きでいた。
朋美からペンライトを2本借りているのだけど、周りの聴衆の動きに流されるだけだった。
アイドルメンバーの個々の名前を呼ぶのにも、釣られて叫んでしまった。
熱狂的なファンではないのに。
終始挙動不審な行動を起こしていたと自分でも理解している。
熱狂的なファンからしたら、私の態度に文句をつけるだろう。
朋美は何も言わなかったが。
むしろ優しい眼差しで見守っていた。
パイロット業務で怒声を浴びる事に慣れていた私は、逆にいたたまれなくなってしまった。
コンサートの演目は終了した。
でも、私達は中展示場を出なかった。
[5秒前]のファン達にとって、お楽しみ企画があったからだ。
その名も交流会。
アイドルとファン達が間近で対面するイベントである。
私も朋美に連れられて、交流会の列に並んだ。
交流会は中展示場内の別のホールで開かれた。
コンサートを開催した会場に比べて、面積は狭かった。
それでも多くのファンが押し寄せていて、ホール内はすし詰め状態だった。
応援と感謝の挨拶を交わすレベルで済むので、順番はすぐに回ってきた。
朋美の後ろに並んだ私だが、交流会でのトラブルの為の対処はなされていた。
主だったのは、アイドル達の前に設置された、分厚くて巨大なアクリル板だ。
アイドル達の顔の部分の高さに、丸い穴の集まりが円を形成する様に開けられている。
おそらく、今やほとんどの一般人が知っている虚像獣への対策だろう。
虚像獣には人間の精神を蝕む作用があると言った。
精神を病むと、人々は暴力的になりやすくなると。
だから、ファンによる危害を抑える為に、一定の仕切りを設けているんだと。
戦闘とは無関係な人達まで、虚像獣の対策を迫られている事実。
…早く、忌まわしき怪物が消え去る日が訪れてほしいものだ。
いよいよ私の順番が回ってきた。
ずっと音楽をオーディオプレーヤーを通して聴いてきた私にとって、アイドルどころか音楽アーティストとの対面は初めてだった。
余計に緊張していて、正直恥ずかしかった。
隣の女の子は素晴らしい。
アイドルを前にしても、ハキハキと挨拶ができるのだから。
[5秒前]のグループの人数は5人であるが、最も右側に立っている『一ノ宮輝』という若い男性と私は対面している。
通気孔代わりの小さな穴の集まり以外はアクリル板で覆われていて、握手すらできない。
任務中でも日常生活でも冷静に対処できる術を持っている私は、老若男女問わず必要があれば話をするし、できる。
だけど、今のコンサートの交流会では…私は一言も話せなかった。
声に出せたのが、『う』の1文字の連発だけ。
何をどう言えばいいかわからなかった。
斜め後ろで朋美が待っていてくれたけど、彼女のフォローもまともに聞けなかった。
そんな中、私に助け舟を出してくれた人がいた。
目の前の、笑顔を向けてくれる男性だった。
「君…その胸のブローチは…。」
「え!?こ、これ…?」
「懐かしの2人組女性グループの[Salty Sugar]のグッズなんだね?」
「…あ、そう、ですが…。」
彼は20歳の私よりも若い男の子だ。
私も周りより大人っぽく見えるとはよく言われるが。
おそらく…年齢も10代だろう。
10代で[Salty Sugar]を知っている者は、余程の物知りしかいなかった。
彼女達は私が10歳になる前に、既に引退していた。
その後どんな人生を歩んでいるのか…メディアも報じないので誰も知らないのである。
[Salty Sugar]の2人は、人々の記憶から消えていった。
まさに伝説のグループなのである。
彼女達のグッズの一種であるブローチを、目の前の若い男性・一ノ宮輝はご存知だったのである。
私は驚きを隠せなかった。
彼が彼女達を知っていると聞いて、テンションが上がってしまった。
「そうです!大好きなんですよ!」
「僕もです。音源でしか聴いた経験しかないんですが…。」
「大丈夫です!私もライブの経験はないので…。」
「同じですね!よかった…。共通の嗜好の人がいてくれて。」
自分のテンションが上がる度に、私は周りが見えなくなっていた。
側にいた朋美は後ろで、私のワンピースを軽く引っ張っていたようで。
ワンピースの生地と肌の触れ合いがおかしな事にも気づかなかった。
私の後ろにも、交流会の挨拶待ちのファンが沢山いた。
後から振り返ってみれば、自分はなんて迷惑な行動を起こしたんだろう…と後悔するパターンである。
私の加速する熱は、朋美がいてくれたから冷めるようになった。
彼女は私の背中に、強い平手打ちを1発かました。
オペレーターとはいっても、朋美は元々正規軍で訓練も受けてきている。
当然、背中の痛みは感じていた。
「朋美…?」
「いい加減にしなよ燃華!後ろがもたついているんだよ!」
もの凄い剣幕で、朋美は怒っていた。
これには私はやってしまった!と思い込み、即座に輝君や並んだファンの皆さんに頭を下げた。
すいませんすいませんと、ひたすら繰り返していた。
私の順番で輝君の交流会が滞っている最中に、事件が起きた。
左側の別メンバーの交流スペースで、暴れ出したファンが出てきたのだ。
アクリル板には剥がれにくいシールが貼られており、そこには番号と名前が記載されていた。
名前はもちろん、メンバーの本名だ。
騒ぎが起きているのは…『3』?の人の前だった。
なんと…交流会の最前列の女性ファンが、悲鳴をあげながらアクリル板に乗り出しているのではないか!
緊急事態の時は、突発的な出来事が重なる。
朋美と私の携帯に、着信が入った。
2人同時に、携帯を耳に当てた。
内容は、目の前の騒ぎと関係する事件だった。
[サウザンズ]から急用を入れる用件は、1つしかない。
『[ノース・エリア]に虚像獣が出現しました![サウス]に流れ込むかもしれないので、すぐに戻って下さい!』
オペレーターの声はかなり荒げていた。
[ノース・エリア]。
私達が拠点とする[サウス・エリア]とは反対側の地域。
[セントラル・ゾーン]を北に出ると入れる地域である。
その地域の上空に、虚像獣が出現したのだ。
私達[サウザンズ]の活動範囲は[サウス・エリア]全域のみで、[ノース・エリア]はあまり関係がない。
ないというより、[ノース・エリア]の区域に私達は突入できないのである。
基本は、[ノース・エリア]内に拠点を構える基地が処置をとる。
肝心の虚像獣だが、実は気まぐれな特性を持っており、[ノース・エリア]内上空を漂っているわけではない。
[サウス・エリア]や[セントラル・ゾーン]、さらには[スロープ・アイランド]の外にまで飛ぶ可能性がある。
移動してきた虚像獣の対策だと、我々【ペンタグラム】のパイロット部隊が出撃し、[サウザンズ]が対処しなくてはいけない。
早急に、基地には戻らなくてはいけない。
携帯の端末機の操作のみで、基地への移動は完結するが。
周りの状況が、酷かった。
獣の本性を剥き出しにしているかの如く、アクリル板越しのアイドルに迫ろうとする女性ファン。
今は無事だが、いつ割れて突撃されてもおかしくない恐怖に怯えるアイドル達。
まずはこの騒動の場から脱却する方法を考えないといけない。
私と朋美で動きづらい空間でもたついていた時、鶴の一声があった。
それは私の応対をしていたアイドルの輝だった。
「君達はもしや、軍人さんかな?」
「え?どうしてそれを…。」
朋美が驚くのも当たり前だ。
目の前のアイドルに、私達の正体を曝け出したつもりがないからだ。
服装も、一般人と変わらないスタイルをしている。
「なんとなくだけど。今はそれどころじゃないでしょう?
早く戻ってください。この混乱は、僕達と運営スタッフで鎮静化させます。」
根拠については納得がいかなかったが、今は緊急事態。
お言葉に甘えて、私と朋美は端末機で基地にワープした。
[セントラル・ゾーン]の中展示場内の熱気は熾烈を極めた。
アイドル人気の効果が凄かったから。
朋美から渡された小さなパンフレットを読むと、コンサートの演目はほとんど歌と踊りで埋め尽くされていた。
歌と踊りだけで、大衆の勢いが活発なコンサートは初めてだった。
私の隣にいる朋美は、仕事時と違って非常に大きな声援でコンサートを盛り上げていた。
連れてこられた私はというと…演目中はずっとぎこちない動きでいた。
朋美からペンライトを2本借りているのだけど、周りの聴衆の動きに流されるだけだった。
アイドルメンバーの個々の名前を呼ぶのにも、釣られて叫んでしまった。
熱狂的なファンではないのに。
終始挙動不審な行動を起こしていたと自分でも理解している。
熱狂的なファンからしたら、私の態度に文句をつけるだろう。
朋美は何も言わなかったが。
むしろ優しい眼差しで見守っていた。
パイロット業務で怒声を浴びる事に慣れていた私は、逆にいたたまれなくなってしまった。
コンサートの演目は終了した。
でも、私達は中展示場を出なかった。
[5秒前]のファン達にとって、お楽しみ企画があったからだ。
その名も交流会。
アイドルとファン達が間近で対面するイベントである。
私も朋美に連れられて、交流会の列に並んだ。
交流会は中展示場内の別のホールで開かれた。
コンサートを開催した会場に比べて、面積は狭かった。
それでも多くのファンが押し寄せていて、ホール内はすし詰め状態だった。
応援と感謝の挨拶を交わすレベルで済むので、順番はすぐに回ってきた。
朋美の後ろに並んだ私だが、交流会でのトラブルの為の対処はなされていた。
主だったのは、アイドル達の前に設置された、分厚くて巨大なアクリル板だ。
アイドル達の顔の部分の高さに、丸い穴の集まりが円を形成する様に開けられている。
おそらく、今やほとんどの一般人が知っている虚像獣への対策だろう。
虚像獣には人間の精神を蝕む作用があると言った。
精神を病むと、人々は暴力的になりやすくなると。
だから、ファンによる危害を抑える為に、一定の仕切りを設けているんだと。
戦闘とは無関係な人達まで、虚像獣の対策を迫られている事実。
…早く、忌まわしき怪物が消え去る日が訪れてほしいものだ。
いよいよ私の順番が回ってきた。
ずっと音楽をオーディオプレーヤーを通して聴いてきた私にとって、アイドルどころか音楽アーティストとの対面は初めてだった。
余計に緊張していて、正直恥ずかしかった。
隣の女の子は素晴らしい。
アイドルを前にしても、ハキハキと挨拶ができるのだから。
[5秒前]のグループの人数は5人であるが、最も右側に立っている『一ノ宮輝』という若い男性と私は対面している。
通気孔代わりの小さな穴の集まり以外はアクリル板で覆われていて、握手すらできない。
任務中でも日常生活でも冷静に対処できる術を持っている私は、老若男女問わず必要があれば話をするし、できる。
だけど、今のコンサートの交流会では…私は一言も話せなかった。
声に出せたのが、『う』の1文字の連発だけ。
何をどう言えばいいかわからなかった。
斜め後ろで朋美が待っていてくれたけど、彼女のフォローもまともに聞けなかった。
そんな中、私に助け舟を出してくれた人がいた。
目の前の、笑顔を向けてくれる男性だった。
「君…その胸のブローチは…。」
「え!?こ、これ…?」
「懐かしの2人組女性グループの[Salty Sugar]のグッズなんだね?」
「…あ、そう、ですが…。」
彼は20歳の私よりも若い男の子だ。
私も周りより大人っぽく見えるとはよく言われるが。
おそらく…年齢も10代だろう。
10代で[Salty Sugar]を知っている者は、余程の物知りしかいなかった。
彼女達は私が10歳になる前に、既に引退していた。
その後どんな人生を歩んでいるのか…メディアも報じないので誰も知らないのである。
[Salty Sugar]の2人は、人々の記憶から消えていった。
まさに伝説のグループなのである。
彼女達のグッズの一種であるブローチを、目の前の若い男性・一ノ宮輝はご存知だったのである。
私は驚きを隠せなかった。
彼が彼女達を知っていると聞いて、テンションが上がってしまった。
「そうです!大好きなんですよ!」
「僕もです。音源でしか聴いた経験しかないんですが…。」
「大丈夫です!私もライブの経験はないので…。」
「同じですね!よかった…。共通の嗜好の人がいてくれて。」
自分のテンションが上がる度に、私は周りが見えなくなっていた。
側にいた朋美は後ろで、私のワンピースを軽く引っ張っていたようで。
ワンピースの生地と肌の触れ合いがおかしな事にも気づかなかった。
私の後ろにも、交流会の挨拶待ちのファンが沢山いた。
後から振り返ってみれば、自分はなんて迷惑な行動を起こしたんだろう…と後悔するパターンである。
私の加速する熱は、朋美がいてくれたから冷めるようになった。
彼女は私の背中に、強い平手打ちを1発かました。
オペレーターとはいっても、朋美は元々正規軍で訓練も受けてきている。
当然、背中の痛みは感じていた。
「朋美…?」
「いい加減にしなよ燃華!後ろがもたついているんだよ!」
もの凄い剣幕で、朋美は怒っていた。
これには私はやってしまった!と思い込み、即座に輝君や並んだファンの皆さんに頭を下げた。
すいませんすいませんと、ひたすら繰り返していた。
私の順番で輝君の交流会が滞っている最中に、事件が起きた。
左側の別メンバーの交流スペースで、暴れ出したファンが出てきたのだ。
アクリル板には剥がれにくいシールが貼られており、そこには番号と名前が記載されていた。
名前はもちろん、メンバーの本名だ。
騒ぎが起きているのは…『3』?の人の前だった。
なんと…交流会の最前列の女性ファンが、悲鳴をあげながらアクリル板に乗り出しているのではないか!
緊急事態の時は、突発的な出来事が重なる。
朋美と私の携帯に、着信が入った。
2人同時に、携帯を耳に当てた。
内容は、目の前の騒ぎと関係する事件だった。
[サウザンズ]から急用を入れる用件は、1つしかない。
『[ノース・エリア]に虚像獣が出現しました![サウス]に流れ込むかもしれないので、すぐに戻って下さい!』
オペレーターの声はかなり荒げていた。
[ノース・エリア]。
私達が拠点とする[サウス・エリア]とは反対側の地域。
[セントラル・ゾーン]を北に出ると入れる地域である。
その地域の上空に、虚像獣が出現したのだ。
私達[サウザンズ]の活動範囲は[サウス・エリア]全域のみで、[ノース・エリア]はあまり関係がない。
ないというより、[ノース・エリア]の区域に私達は突入できないのである。
基本は、[ノース・エリア]内に拠点を構える基地が処置をとる。
肝心の虚像獣だが、実は気まぐれな特性を持っており、[ノース・エリア]内上空を漂っているわけではない。
[サウス・エリア]や[セントラル・ゾーン]、さらには[スロープ・アイランド]の外にまで飛ぶ可能性がある。
移動してきた虚像獣の対策だと、我々【ペンタグラム】のパイロット部隊が出撃し、[サウザンズ]が対処しなくてはいけない。
早急に、基地には戻らなくてはいけない。
携帯の端末機の操作のみで、基地への移動は完結するが。
周りの状況が、酷かった。
獣の本性を剥き出しにしているかの如く、アクリル板越しのアイドルに迫ろうとする女性ファン。
今は無事だが、いつ割れて突撃されてもおかしくない恐怖に怯えるアイドル達。
まずはこの騒動の場から脱却する方法を考えないといけない。
私と朋美で動きづらい空間でもたついていた時、鶴の一声があった。
それは私の応対をしていたアイドルの輝だった。
「君達はもしや、軍人さんかな?」
「え?どうしてそれを…。」
朋美が驚くのも当たり前だ。
目の前のアイドルに、私達の正体を曝け出したつもりがないからだ。
服装も、一般人と変わらないスタイルをしている。
「なんとなくだけど。今はそれどころじゃないでしょう?
早く戻ってください。この混乱は、僕達と運営スタッフで鎮静化させます。」
根拠については納得がいかなかったが、今は緊急事態。
お言葉に甘えて、私と朋美は端末機で基地にワープした。