虚構のアイランド【まとめ】

本編9・ナインスシェアー(2)

2024/07/24 07:28
アイランド本編
♪♪♪
ネロの報告では、私達のいる地点はB棟の格納庫とはかなり離れていた。
ほぼ正反対の位置にいるとも言われた。

1階の通気口が棟同士繋がっているという情報のおかげで、私はホッとした。
個室なり普通の通路なりに降りなければならないとなると、気が滅入ってしまう。
輝を連れて行くのに、弱音なんて吐けないのだけど。

「あの…。」
後ろにつく輝が声をかけた。
今は脱出行動の真っ最中。
無駄なお喋りは禁物だ。
通気口下に人がいたら、声を聞かれるかもしれないから。

でも、私は彼に対して、注意しなかった。
輝の意思に背いて連れ出す事に、後ろめたさがあるのだろう。
最終的に彼は自ら協力するようになったが、再会時はとても困惑していた。

ネロと輝、2人の男の中で、私は板挟みになっていた。

私は輝の話しかけに、素直に応じた。

「どうかしましたか?何か異常でも…?」
話の内容を、現在進行形の脱出行動に関する方向へ逸らして。
なんか、酷い事をしているようだけど。
正直、他に何の話題を持ち出せばいいかわからなくて、つい仕事のノリで聞いてしまった。

輝は首を左右に振った。
異常発生の件ではないのが、明らかにされた。
彼は、他の話をしたかったようだ。
「流石に今は、全てを話して頂けませんよね?」
私は進行の手足を止めた。
些細な事なのに、動揺してしまった。

狭苦しい通気口内で、ギリギリの範疇で私は振り向いた。
頭部を後ろに向けただけ。

輝が鼻に手を当てている状態だった。
私が急に止まったので、彼の顔が私の尻にぶつかったのだろう。
装備品をつけているので、金具が当たって痛がったに違いない。

大したケガではないだろうけど、私は彼の心配をした。

「大丈夫ですか?」
「いえ…柔らかいものでしたので、お気になさらず。」
金具が直接当たらなくてよかった。
ホッとしている場合ではない。
ちょっとした出来事が起きただけで、話は中断しなかった。

輝は私の顔を伺っている。
金髪ショートのキラキラフェイスが、困った表情でこちらを覗きこむ。
彼の影響で1アイドルグループのファンになってしまった私には、とても眩しく輝いているように見えた。

脱出して、ネロと合わせないといけないのに…。
私は次の言葉が、紡げなかった。
カッコいい人を前にすると、緊張して一言が出せない。
冷静さを装っているが、内心はどうしよう…と焦っていた。

私が黙るので、輝から口を開いた。
「…すみません。自分の気にしすぎでした。」

「い、いえ…焦る気持ちは、わからなくないですよ?」
「ああ、ありがとうございます。最近ずっと個室に引きこもっていたせいか、どうも空気が読めなくて…。」

輝はフフッ、と笑っていた。
どこか寂しそうな空気を纏いながら。
「足手まといな自分には、向いていませんよね、この職業は。」
「え?私は一切何も…。」
「貴女が駆けつけたからではありません。元から悩んでいましたし。
…本当、何の役に立てたんでしょうか。」

彼は意味深な発言をした。
たった数回、しかも対面だと交流会の時のみの1度きりしか、私は輝の顔を見ていない。
対面でも映像でも、彼の立ち振る舞いはとても生き生きしていた。
1ファンとして聴いていた私達も、元気になれる。
明るい笑顔で常に、ファンを魅了させていた。

今の輝は、どこか気落ちしている。
顔は綺麗なフェイスそのままなのに、印象が暗く見える。
影に何かをまとっているのではないのかと、疑うくらいには。
あまり自分から打ち明けない性格なのだろうか、自分だけで秘密を抱え込んでいるような…。

秘密を共有できるのならば、したい。

ただし、私達にも、すぐには告げられない秘密を隠している。
『ネロが輝に会いたがっている』事実を、今は打ち明けられない。

輝の悩みを、一瞬で解決できないんだ。
根本的な種は、完全に取り除けない。
でも、このまま何もせずに終わらせたくなかった。

隠し事は曝け出せない。
だけど、別の言葉で慰めるくらいなら、できるかもしれない。
「…役に立ってますよ、十分。
少なくとも、私は救われています。」
「え?いや、貴女と自分はそこまで…。」
「『会いたがっている人物』は話せませんが、私が[Salty Sugar]の虜になったきっかけなら話せます。」
「それは、貴女の過去を…!」
「進みながら話しましょう。時間の猶予はありませんから。」

私は通気口内での進行を再会した。
輝はポカンとした表情をしたまま、私の後についていった。

呆気にとられている輝の顔を見ずに、私は喋り出した。

「実は私は、幼い頃に両親を失いました。
養成施設に引き渡され、厳しい躾を受けました。
10歳の頃に、正規軍へ入隊させられました。」
「それは…想像を絶する過去ですね…。」
「入隊後は比較的穏やかでしたけど…今思うと、慣れさせる為の養成施設だったんじゃないかと…。」
「どちらにせよ、メディアに拡散されるとまずい内容ですけどね…。」
輝は共感を示してくれた。
「正規軍は15歳にならないと、訓練兵から昇格できません。
非常に優秀な人材でも、褒め称えられるだけです。
訓練はもちろん厳しかったのですが、ちゃんと休養も取れました。」
「休暇取得の問題も、ニュースで話題になりますからね。」
やはりアイドルグループに在籍経験のある輝は、メディアの傾向について、ある程度の認識があった。
報道系の番組あるあるだなぁ、と捉えていたのだろう。

実際、私も時折ニュース映像を目にする。
労働問題の議論をかわす様子も、観たことがある。

課題点や改善点を取り上げるだけで、何の解決にはなっていない。
言いたい放題なだけで、彼らは責任を取ろうなんて一切ない。

とにかく、現状を変えたいのならば、自分自身から動き出すしかない。
表舞台の議論者の意見は、あくまでも参考程度には留めておいて。

[ノータブル]の1隊員として所属している輝を連れ出す行為。
一部の人間からは、批判の声があがるだろう。
どうしても、自分自身の想いが譲れないのならば、ネガティヴな意見に惑わされてはいけない。
批評、批判は覚悟の上で、成功を収めるにはそれなりの思考や工夫を凝らなくてはならない。

『輝に会う』だけなら、面会のみで済むであろう。
ただ単に『会う』だけで終わり、それ以上の行動は起こせない。
1にわかファンの私だけならともかく、ネロの心までは晴れない。
一生、ウジウジ悲しい表情で悩んでいることだろう。

だから、連れ出す決心をした。

私と輝は、[5秒前]のファンとメンバーの関係である。
同時に、伝説の女性デュオ[Salty Sugar]を知っている数少ない若者でもある。

『ネロ』の名前は出さないけど、私の過去ぐらいなら、大したことはない。
貴重な女性兵士という特色以外、一般的な兵士となんら変わらない私なのだから。

「休養時の楽しみ、私は基地内のカフェにてジュースを飲みながら、読書をする事でした。
新しい知識を得るのに、興味があったのです。」
「真面目ですね…。」
「流石に未成年ですから、お酒は飲めませんでしたし。カフェには沢山の本がありましたので…。」
「なるほど。ですが、これと[Salty Sugar]と何の関係があるのですか?」

そう、輝が今尋ねてきたのが、私が語りだす本題なんだ。
今までの私の過去を振り返ると、どうも『アーティスト』どころか『音楽』との接点がなさすぎるんだ。
なので、もう少し私が打ち明けていかないと、彼も混乱するだろう。

「古い、ジュークボックスがあったんです。
最初は何も知らなくて、首を傾げながら観察をしていました。」
「オーナーに不審がられませんでした?」
「オーナー…店主には声をかけられましたよ。その時に『ジュークボックス』という名前を知りまして。」
「『ジュークボックス』をきっかけに、話が進んでいった感じ、でしょうか?」
そうです、と私は答えた。

輝は、会話のやり取りに慣れている。
アイドルグループの一員だった影響で、相当コミュニケーション力を磨いてきているんだ。
私が深く話さなくても、次の展開を予測できている。
まあ、真実を告げるのは私の役目に変わりないが。

「『ジュークボックス』で店主は、綺麗な音色を奏でる音楽を流してくれました。
その時に初めて、例の女性デュオを知ったのです。」
「[Salty Sugar]を、ですね?」
コクリ、と私は頷いた。
輝が言葉を発するまでは、誰もお喋りをしなかった。

「訓練兵時代となりますと、10代前半でしょうか?」
「12歳の頃でしたね。」
「自分は…まだ1ケタの頃に知りましたね。きっかけは…まあ、親戚の人からのプレゼントでした。」
「とても優しいご親戚の方だったんですね?」
「あまり記憶にないんですけど…。」
ごめんなさい、と輝は軽く謝った。
そんな…私から振った内容なのに…。

でも、話す前よりも自分の心のつっかかりは取れたかな、と思っている。
これだけでも、ひと安心だ。
ちょっとした小話は置いといて…。

ネロの案内だと、私達はB棟の格納庫近くの出入り口まで迫ってきたと、報告があった。
通気口内で辿るには限界があるから、突き当たりの所で降りて…出入り口を通ってジープに乗ろう。
突き当たり手前の格子状の蓋を開ける。

直前に人気がない事を確認してから、開かれた蓋を下にぶら下げた。
平らな床である為、着地の際にしゃがみながら地面に足をつければ、捻れる心配はない。
私も輝も鍛え抜かれた戦士だ。
着地の失敗でモタモタしない。
個室から出て、直近の出入り口から格納庫へ移った。

格納庫内のグレーの地面に足をつけて数歩駆け出した所で…銃声が鳴った。

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