虚構のアイランド【まとめ】
本編1・ファーストミッション(2)
2024/04/19 12:33アイランド本編
地球に大規模な豪雨災害が訪れてから、各大陸や島々が水没の被害に見舞われた。
その数は4分の1にまで減少する程だ。
災害が鎮静化したと観測がなされてから、各国の首領陣は新たな島の埋め立てを決行した。
[スロープ・アイランド]も埋め立て地の企画が提案された1つであった。
元々、大規模な豪雨災害に見舞われて水没する前は、日本国の第二の都市・大阪が存在していた。
[スロープ]の由来は日本語訳で『坂』を意味していて、『坂』と『阪』で掛け合わせたのがきっかけだ。
[ノース・エリア]と[サウス・エリア]と北南で分かれて、人々は暮らしている。
[スロープ・アイランド]の住民は基本的に、どちらかのエリアでしか住居を構える事ができない。
稀に両エリアで拠点がある人も存在するが、一部の資産家しかいない。
多くの住民がどちらかのエリアのみで生涯を終える者達ばかりであった。
[ノース・エリア]の人間は[ノース・エリア]の人間と。
[サウス・エリア]の人間は[サウス・エリア]の人間としか、触れ合う機会を与えられなかった。
ところが[スロープ・アイランド]には、両サイドの人間達が交流できる地域が存在した。
その場所の名前は[セントラル・ゾーン]。
[スロープ・アイランド]の中部に位置する、半径5キロ程の小規模スペース。
その地域には、居住区は存在しない。
商業施設の店舗やビル、展示場が9割を占めている地域である。
一番規模の大きい展示場である[大展示場]では現在、男性アイドルグループのコンサートが開催されていた。
グループ名は[5秒前(5second ago)]。
一ノ宮輝(いちのみやあきら)・二島樹(ふたしまいつき)・三田翔(さんだしょう)・四天還(してんかえる)・五谷潮(ごたにうしお)の5人で構成されている。
[大展示場]内では、グループと多くのファンで賑わっていた。
コンサートは昼前から夕方にかけての数時間。
何の問題もなく、実演は終了した。
ファン達が会場を去るまでの交流会まで終えて、全てが終わったのが午後8時頃になった。
[5秒前]のメンバーはまだ、[大展示場]の控え室に留まっていた。
彼らのマネージャー等、サポートスタッフ達が後始末に追われているからである。
「あー、早く帰りてぇんだけど。もう人払いしただろ?」
控え室のイスにもたれかかった三田翔が言った。
「一部の怖いファンがどこかで身を潜めているかもしれないしね。こればかりはどうしようもないよ。」
同じくイスに座っているものの、翔ほどだらしなく無い二島樹が言った。
彼もペットボトルのお茶を少しずつ飲むだけで、他に何もしていなかった。
ピコン、と電子音が鳴った。
四天還の携帯からだった。
彼は現在ネットのニュースを閲覧していたので、通知のサインにすぐ気づいた。
「今[サウス・エリア]で虚像獣を倒したとニュースが流れてきたよ。」
「マジか。[ノース・エリア]のニュースを調べてたけど、特に変な記事はなかったぞ。」
還の隣で携帯を触っていた五谷潮が言った。
「[サウス・エリア]は事件多いよなぁ…。」
「すまん…。」
「お前のせいじゃねぇって。」
実は[サウス・エリア]の出身だった還。
反対の地域出身のメンバーに対して軽く謝罪をした。
なぜ1アイドルグループが最新ニュースの情報を気にするのか。
次の彼らの発言から理由が判明する。
「演目中さ、ファンの女の子達の目が怖かったんだよなぁ…。」
「俺も感じた。あれは異常だったよ。」
「観客席の通路を通って歌う演目の時はきつかったぜ。身体を触られないか心配だったし。」
「そうそう。何で変更しないんだよって。」
虚像獣の影響は、発生した[サウス・エリア]の北に位置する[セントラル・ゾーン]にも及ぶ。
[セントラル・ゾーン]は居住区がない代わりに、[ノース][サウス]の区別無しに入場できる。
[サウス・エリア]で虚像獣が出現すると、雲の下で暮らす人々の心が病んでいく。
男性も女性も、若者も老人も関係無しに。
[5秒前]の今回のコンサートは無事に終われた。
これはまだ良い方なのだ。
直近のコンサートで[ノース・エリア]に虚像獣が出現した時は大変だった。
[ノース・エリア]出身の女性ファンの一部が、演目で通路を通って歌う樹・翔・潮に乗り出そうとしてきたからだ。
後日、乗り出そうとしたファン達はきちんと謝罪をし、双方は和解の方向へ進んだ。
有名人となると、インターネットの拡散も凄まじく。
この行動の一部始終をネットで書き込んだ者のおかげで、ファンや一般人の間で賛否両論の嵐になった。
『虚像獣の発生なら影響が及んでも仕方ない』という同情の意見もあれば。
『ファンとして応援しているなら、理性を保つよう努力しろ』と非難する意見もあった。
この炎上により、今回のコンサートでファンと距離の近い演目は最後とし、次回からは舞台上の演目しかやらない決まりと変更した。
今回のコンサートで通路を通る演目があったのは、すでにスケジュールを組んでいて、変更が不可だったからの理由だ。
「変えられないってマネージャー言ってたけどよ、そこは気合いでなんとかしろよな。」
翔がぶつぶつと文句を垂れていた。
「周りのスタッフさんにも還元しないといけないからだろ?」
「でも通路を歩く必要あるのかよ?どこに経費が掛かってんだよ?」
樹と翔で話し合った。
潮が携帯から目を逸らして、顔を上げた。
「マネージャーに権限がないんだろ?事務所の社員だし。」
「すまない。今回は…。」
「いいって。お互い様だよ。」
[サウス・エリア]出身の還がメンバー達に謝罪したが、彼を責める者はいなかった。
「虚像獣の出現は偶発的だよ。これについては、僕達がどうこうできる問題じゃない。」
この発言が、カーテンの隙間から外を見守る一ノ宮輝の最初の発言になった。
[大展示場]の外を見守る輝に寂しさを感じた樹が、ペットボトルの新のお茶を上にあげて言った。
「輝?お茶飲んだ?」
「お茶残ってるから大丈夫さ。」
輝はスッと手にしているお茶を見せた。
樹もペットボトルのお茶を確認すると、テーブルの上に置いた。
「輝、お前がリーダー格ってのはわかってるけどよ、俺達年齢差あんまりねぇから、気軽に話してくれてもいいんだぜ?」
「グループ結成の時からの仲じゃん?」
翔と潮が気楽に行こうよアピールをしていた。
この対応は今が初めてではない。
スケジュール調整で楽屋等で待機している時、いつもメンバーが気を遣っている。
輝は基本、真面目な性格だった。
束の間の休息でさえも、乱れた行動を見せてはいけないと決め込んでいる程だ。
真面目で自分に厳しい彼の性格だが、メンバーを含む他人に押し付ける事はなく、優しく接していた。
結成以来その事も知っているので、メンバー達も輝にイラついたりしなかった。
むしろ、輝の体調を不安視する声が大きかった。
メンバーも、ファンもである。
輝のファンが比較的まともな行動を取っているのは、輝の姿勢も真摯だからだ。
輝に対して、ファンが暴走したという事件はなかった。
SNSの話題でも、『輝のファンは模範民』と称される程である。
当の本人としては、応援してくれるだけでもありがたいといつも言っている。
控え室のドアの開く音がした。
[5秒前]のマネージャーらしき男性が入ってきた。
「そろそろ出ますよ、出発準備をして下さいね!」
マネージャーは彼らよりも年上だったが、敬語を使っていた。
テーブルの周りに集っていた4人ははーい、と伸ばしながら立ち上がった。
輝も窓のカーテンから、スッと手を離した。
控え室のロッカーを開けて、中の荷物を取り出す。
輝も同じ行動をしていると、隣のロッカーから荷物を出していた樹が話した。
「悩み事だったら、遠慮せずぶちまけろよ?」
輝の肩をポンポンと叩いて。
荷物自体少量だった為、整理自体はスムーズに進んだ。
纏める鞄やリュックを背負って、控え室を出るのに時間はかからなかった。
部屋を出る頃には、室内にゴミは無くなっていた。