虚構のアイランド【まとめ】
本編8・エイスリーブ(2)
2024/07/23 12:32アイランド本編
♪♪♪
B棟からA棟へ向かうには手間はかかったが、時間はかからなかった。
通行証をなんとかしなければ…と考えていたが、結局『借りる』方向で進めていった。
案外、B棟の隊員達は多かった。
背後に銃を突きつけて先行させる手段を取ると、余計にバレそうになるから。
偶然、『B-18』付近のロッカールームの中に、通行証の入った[ノータブル]の制服が仕舞われていた。
2人いるとされていたこの部屋は、すぐに出たのか、誰もいなかった。
誰かの予備だろうか?
でも、丁度よかった。
いそいそとそれに着用して、[ノータブル]の隊員達の中に紛れ込んだ。
通信機器は耳元に装着してあるもので十分。
通行証以外の証明は難しいが、そこは意地でも乗り切るしかなかった。
[ノータブル]でも[サウザンズ]でも共通するのが、『番号の小さい順番にA棟とB棟とを繋ぐゲートに近い』との事。
名前こそ似つかなくても、基地内部の仕組みは両者ともに変わらなかった。
ネロの案内を詳しく聞いていれば、道に迷わない。
手を汚さずにA棟へ行く事ができ、輝の部屋まで気づかれずに進めた。
逆に無防備なのが不安になるくらいである。
ネロの案内により、輝はA棟の2階の個室のベッドの上で座っていた。
姿勢は大分崩している。
どちらかと言えば、片手がついている方を横に傾ければ、寝転がる姿勢になりかねないだろう。
個室ではあるが、室内は新品同様、綺麗な内装だった。
私はドアを閉めるのと、監視カメラを避ける対策を同時に行なった。
ロッカールームで着用した軍帽とベールを脱いで、輝に自分の顔を見せた。
「貴方が、一ノ宮輝さん、ですね?」
「初めまして。貴方を、ここから連れ出します。」
連れ出す予定の当の本人は、大層驚いていた。
至極当然である。
私は彼に予告の伝達などを発信していない。
何の連絡も無しに、ネロと協力してここまでやって来たのである。
ギョッとして、後退するのも仕方がない。
驚いている暇はない。
即座に輝を連れて脱出しなければ、[ノータブル]の奴らに嗅ぎつかれてしまう。
脱出経路も、確保しなければならない。
ネロとはまだ、連絡をつけられる状態にしている。
だが、輝の手を取るのは、困難だった。
あまりの驚愕で固まっていた彼ではあるが、ようやく口を開いた。
「一体、どうしてここに…?」
「あなたを外の世界へ連れ戻そうと、やって来ました。」
「何も頼んで、いないのですが…?」
まさにその通りで、私達が自発的に動いているだけだ。
輝が拒んでも普通の対応だから、おかしくはない。
奇妙な行動を取っているのは私達だ。
しかし、ここで退くわけにはいかない。
こちらにも事情はあるんだ。
私個人としては、何もない。
アイドルグループ[5秒前]のメンバーとして復帰してほしい希望はあるが、総合的に考えてみれば軍属の方が社会の貢献度合いが高いだろう。
それだけならば、私は簡単に諦めた。
私をここまで動かしてくれたのは、ネロのおかげだ。
子供っぽいけど、いつも元気に振る舞っていたパイロット部隊の最年少。
ここしばらくは…活発な姿を見ていない。
得体の知れない何かに怯えていた。
身震いを起こす時もあった。
今までのやんちゃな少年の彼がどこへいったのか、わからなくなる程に。
このままではいけない。
ネロの意欲が喪失してしまえば、彼の身が危なくなるだろう。
ネロの失意は、【ペンタグラム】全体の戦略低下へと繋がる。
彼が不安を胸に秘めたままでは、虚像獣の討伐に支障をきたすだろう。
パイロット部隊の仲間でしか、私はネロの事を知らない。
でも、仲間ならば心配ぐらいはしてもいいだろう。
ネロに再び、元気が戻るのなら…私は力を貸してあげたい。
ネロと輝に何の因果関係があるのか、よくわからない。
輝が[ノータブル]に居続ける限り、ネロの精神がすり減っていたのは事実だ。
ネロの元気を取り戻せる方法。
現時点では、輝を[ノータブル]との繋がりから引き剥がすしかない。
輝1人のみでいいのならば、こそこそ忍んで基地の外へ連れ出すのが1番だ。
手を引っ張る前に、彼を説得するのが先だ。
あまり深くは打ち明けられないが、目的だけは告げた。
「貴方に合わせたい人物がいまして。」
「僕に?その人物は一体…。」
「今はお答えできません。ですが面会を希望されているのは事実です。急ぎましょう。」
「そんな…急に無茶を言われても、僕はここを出られないんです。」
「出られないのは承知の上です。それでも、経路を確保して貴方を連れ出します。」
「だったら放っておいてくれますか?これ以上深く関わると僕ではなく君が…。」
どうやら一筋縄ではいかないようだ。
私の今の行動が、輝にはとても奇妙に見えるのだろう。
輝の反応は至って正常なのだ。
誰しもが、呼んでもいないのに突然やってきたら、迷惑がられるのは当たり前。
個室に閉じこもっている者が拒絶対応しても変ではない。
どんなに奇妙な行動を取っているとしても、私はここで引き下がれない。
輝がこちらを受け入れてくれるよう、私はある仕草をした。
『気をつけ』の真っ直ぐに立った姿勢を取る。
前に斜め60度くらいで、お辞儀をした。
土下座は大袈裟すぎるから、ビジネスマナー程度の謝罪を。
私は彼に対して、失礼を働いていた。
[5秒前]のコンサートの交流会。
[Salty Sugar]が大好きなファン同士だと気づいて、勝手に盛り上がってしまった。
「先日は、誠に申し訳ございませんでした。」
「先日?」
「実は私、[セントラル・ゾーン]の展示場内のコンサートに訪れた者でして…。」
「ああ…、[5秒前]のですよね?」
目の前の対象者は、自身が所属していたグループを覚えていた。
[5秒前]はファンの多いビックなアイドルグループである。
交流会で距離を近づけるイベントがあるといっても、ファンの顔をいちいち覚えていないだろう。
なので、私は思い出させるよう、色々とヒントを出した。
「私は、白いワンピースを身につけていました。」
「ああ…清楚な格好をする女性ファンも結構いますよ?」
「[Salty Sugar]を、覚えていますか?」
「…え?」
輝が過剰に反応した瞬間だった。
ひどく驚いた表情を、私に示していた。
「もしかして君は、僕が最後に出場したコンサートの交流会の…」
「最後にはしません。貴方の復活を望むファンはたくさんいます。
どうか、私に協力して頂きたい。」
私はずっと、頭を下げた状態を維持していた。
輝を連れ出したい気持ちを強くして。
私と、ネロの想いが、彼に届くようにと願っていた。
これ以外の策を、私は思いつかなかった。
断られてしまえば、後はない。
予想通り、輝は未だに困惑していた。
彼は自分の心情を、正直に伝えた。
「申し訳ございません。自分は末端の隊員の身です。
勝手な行動は慎めと言われております。貴女の手を取れません。」
「そうですか…。わかりました。私はここで引き下がります。」
輝が拒んだ以上、私にできる事は何もない。
潔く、自分は逃げよう。
無線で繋がっているネロに、まずは報告だ。
私は左耳に手を当てる仕草をして、言葉を発した。
「ごめんね。今回は引き返すわ。
次回は次回で考えましょ?
あなたが会いたがっていた彼には、出会ったわ。」
ネロの動揺の声は、想像通りだった。
『ええっ!?会ったんだったら連れていってくれよ!』
「やっぱり何の連絡も無しに連れ出すのは困難だったのよ…。[ノータブル]がガチガチのセキュリティだから…?」
私はちょっとした変化に気づいた。
私の肩に、手を置かれた。
自動ドアが閉じられている状況の中で、私の身体に触れられる人間は1人しかいない。
「輝さん…?」
「次回も、来る予定を立てているのですか?」
「…まだ、未定ですが。」
「という事は、貴方方にとっては、今がチャンスですね?」
この反応は…『期待』してもいいのだろうか。
私にはその熟語が頭によぎった。
ほんのちょっとだけ、彼の反応を待った。
何の言葉を話さずに、彼の顔をじっと見つめた。
輝が行動に出た。
「条件次第でなら、協力しますよ?」
なんと、彼の意思が変わったのだ。
但し、丸々肯定の意思表示ではない。
『条件』、と彼は付け加えていた。
私も機会を逃したくないので、『条件』の内容を知りたかった。
「条件、とは?」
「僕に会いたがっている人物を教えて下さい。」
「…え?」
私は内心、困り果ててしまった。
輝が出した『条件』に、問題があった。
ネロは私に、この潜入行動に関しての約束を結んでいた。
『自分の名前を伏せていてほしい。』と。
告げられた時は何で?と私は聞いた。
理由は答えてくれなかったが、かなり憂鬱な顔つきになっていた。
相当、深刻な事情があるんだ…。
ネロの意志を尊重して、この約束を交わした。
輝の前とは言っても、『条件』を突きつけられても…サラッと名前を打ち明けるわけにはいかない。
この活動は極めて困難だなあ…。
私の心は諦めムードに移行していた。
輝に背を向けて、瞬時に去ろうとした時だった。
『条件』を提示した本人は、さらに詳細を追加した。
「今教えて頂かなくとも構いません。なんなら、『直接会う』事に変更していただいても結構です。
自分を連れ出したいのでしたら、それだけは検討してもらえませんか?」
なんと、『条件』の緩和だった。
これならば…今のチャンスを逃すわけにはいかない。
「もちろん、貴方とその人物を対面させます。必ず。」
「そうですか。では、自分をここから出して下さい。」
今度は、輝の本心から脱出の協力を依頼してきた。
私は相当、彼の期待に応えなくてはならない。
喜んで、勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます!人物には早いうちに会わせますので!」
「いえいえ。今の優先順位は、脱出が先でしょう?」
感謝の気持ちでいっぱいだったが、まだ仕事は残っている。
輝とネロ、2人を対面させる前に、まずは[ノータブル]の基地から脱出をしなければならない。
自動ドアは、完全に施錠されていない。
私が専用のキーで解除したからだ。
しかし、輝を普通にA棟内の通路を歩かせるわけにはいかない。
通路には当然、隊員達が行き交っていた。
そこで噂話を耳にしたのだ。
『一ノ宮輝が規則を破り、自室に閉じ込められている。』と。
俗に言う監禁されている人間が外に出ていると知れ渡ったら、私達は素早く捕縛されるであろう。
それでは計画が水の泡になってしまう。
自動ドア以外の脱出経路を、早く探し出さなくては…。
私はふと、天井を見上げていた。
正方形の格子状の網を1つ、発見した。
輝の自室には、窓が一切なかった。
人間は肺呼吸が主であり、呼吸をするにはそれなりの澄んだ空気が必要だ。
酸素がないと、生きられないから。
「輝さん、あの…。」
「通気口の事ですか?自分も気にしてはいたんですよ。
脱出に望みをかけるのは、あそこしかないだろうと。」
どうやら彼にも、取るべき手段は限られていると察していたようだ。
だったら、話が早い。
通気口の構造にもよるが、道が繋がっているのならば、少しでも監視の目に気づかれずに脱出できる。
格子状の蓋は、天井にある。
取り外さない事には、何も始まらないから…。
天井にあるし、私と輝の背丈では届かない。
170センチあるとはいえ、私は女性なので、軍の所属の中でも背が低い。
輝に至っては、私より低めかもしれない。
目線の高さが大体同じくらいなのだ。
おそらく、誤差程度の違いしかないだろう。
どうしようか悩んでいると、輝が何かを持ち出していた。
両手で抱えて持ち運んでいるので、床に傷はつかなかった。
「無機質な部屋だけど、収納スペースには私物がたくさん詰め込まれていまして…。」
「脚立、ですか?」
「3段しかないですし、高さを期待できませんが…。」
「いいですよ。これでやってみましょう。」
私は承諾すると、脚立を通気口の真下よりほんの少しずらした位置に配置し、登った。
施錠口が通気口の縁周りに存在している。
ピッキング用の針をカチャカチャするだけで、通気口のロックは解除された。
ロックは1箇所だけであり、解除すると格子状の蓋がぶら下がるように開かれた。
これで、脱出への最初の1歩が踏み出せた。
B棟からA棟へ向かうには手間はかかったが、時間はかからなかった。
通行証をなんとかしなければ…と考えていたが、結局『借りる』方向で進めていった。
案外、B棟の隊員達は多かった。
背後に銃を突きつけて先行させる手段を取ると、余計にバレそうになるから。
偶然、『B-18』付近のロッカールームの中に、通行証の入った[ノータブル]の制服が仕舞われていた。
2人いるとされていたこの部屋は、すぐに出たのか、誰もいなかった。
誰かの予備だろうか?
でも、丁度よかった。
いそいそとそれに着用して、[ノータブル]の隊員達の中に紛れ込んだ。
通信機器は耳元に装着してあるもので十分。
通行証以外の証明は難しいが、そこは意地でも乗り切るしかなかった。
[ノータブル]でも[サウザンズ]でも共通するのが、『番号の小さい順番にA棟とB棟とを繋ぐゲートに近い』との事。
名前こそ似つかなくても、基地内部の仕組みは両者ともに変わらなかった。
ネロの案内を詳しく聞いていれば、道に迷わない。
手を汚さずにA棟へ行く事ができ、輝の部屋まで気づかれずに進めた。
逆に無防備なのが不安になるくらいである。
ネロの案内により、輝はA棟の2階の個室のベッドの上で座っていた。
姿勢は大分崩している。
どちらかと言えば、片手がついている方を横に傾ければ、寝転がる姿勢になりかねないだろう。
個室ではあるが、室内は新品同様、綺麗な内装だった。
私はドアを閉めるのと、監視カメラを避ける対策を同時に行なった。
ロッカールームで着用した軍帽とベールを脱いで、輝に自分の顔を見せた。
「貴方が、一ノ宮輝さん、ですね?」
「初めまして。貴方を、ここから連れ出します。」
連れ出す予定の当の本人は、大層驚いていた。
至極当然である。
私は彼に予告の伝達などを発信していない。
何の連絡も無しに、ネロと協力してここまでやって来たのである。
ギョッとして、後退するのも仕方がない。
驚いている暇はない。
即座に輝を連れて脱出しなければ、[ノータブル]の奴らに嗅ぎつかれてしまう。
脱出経路も、確保しなければならない。
ネロとはまだ、連絡をつけられる状態にしている。
だが、輝の手を取るのは、困難だった。
あまりの驚愕で固まっていた彼ではあるが、ようやく口を開いた。
「一体、どうしてここに…?」
「あなたを外の世界へ連れ戻そうと、やって来ました。」
「何も頼んで、いないのですが…?」
まさにその通りで、私達が自発的に動いているだけだ。
輝が拒んでも普通の対応だから、おかしくはない。
奇妙な行動を取っているのは私達だ。
しかし、ここで退くわけにはいかない。
こちらにも事情はあるんだ。
私個人としては、何もない。
アイドルグループ[5秒前]のメンバーとして復帰してほしい希望はあるが、総合的に考えてみれば軍属の方が社会の貢献度合いが高いだろう。
それだけならば、私は簡単に諦めた。
私をここまで動かしてくれたのは、ネロのおかげだ。
子供っぽいけど、いつも元気に振る舞っていたパイロット部隊の最年少。
ここしばらくは…活発な姿を見ていない。
得体の知れない何かに怯えていた。
身震いを起こす時もあった。
今までのやんちゃな少年の彼がどこへいったのか、わからなくなる程に。
このままではいけない。
ネロの意欲が喪失してしまえば、彼の身が危なくなるだろう。
ネロの失意は、【ペンタグラム】全体の戦略低下へと繋がる。
彼が不安を胸に秘めたままでは、虚像獣の討伐に支障をきたすだろう。
パイロット部隊の仲間でしか、私はネロの事を知らない。
でも、仲間ならば心配ぐらいはしてもいいだろう。
ネロに再び、元気が戻るのなら…私は力を貸してあげたい。
ネロと輝に何の因果関係があるのか、よくわからない。
輝が[ノータブル]に居続ける限り、ネロの精神がすり減っていたのは事実だ。
ネロの元気を取り戻せる方法。
現時点では、輝を[ノータブル]との繋がりから引き剥がすしかない。
輝1人のみでいいのならば、こそこそ忍んで基地の外へ連れ出すのが1番だ。
手を引っ張る前に、彼を説得するのが先だ。
あまり深くは打ち明けられないが、目的だけは告げた。
「貴方に合わせたい人物がいまして。」
「僕に?その人物は一体…。」
「今はお答えできません。ですが面会を希望されているのは事実です。急ぎましょう。」
「そんな…急に無茶を言われても、僕はここを出られないんです。」
「出られないのは承知の上です。それでも、経路を確保して貴方を連れ出します。」
「だったら放っておいてくれますか?これ以上深く関わると僕ではなく君が…。」
どうやら一筋縄ではいかないようだ。
私の今の行動が、輝にはとても奇妙に見えるのだろう。
輝の反応は至って正常なのだ。
誰しもが、呼んでもいないのに突然やってきたら、迷惑がられるのは当たり前。
個室に閉じこもっている者が拒絶対応しても変ではない。
どんなに奇妙な行動を取っているとしても、私はここで引き下がれない。
輝がこちらを受け入れてくれるよう、私はある仕草をした。
『気をつけ』の真っ直ぐに立った姿勢を取る。
前に斜め60度くらいで、お辞儀をした。
土下座は大袈裟すぎるから、ビジネスマナー程度の謝罪を。
私は彼に対して、失礼を働いていた。
[5秒前]のコンサートの交流会。
[Salty Sugar]が大好きなファン同士だと気づいて、勝手に盛り上がってしまった。
「先日は、誠に申し訳ございませんでした。」
「先日?」
「実は私、[セントラル・ゾーン]の展示場内のコンサートに訪れた者でして…。」
「ああ…、[5秒前]のですよね?」
目の前の対象者は、自身が所属していたグループを覚えていた。
[5秒前]はファンの多いビックなアイドルグループである。
交流会で距離を近づけるイベントがあるといっても、ファンの顔をいちいち覚えていないだろう。
なので、私は思い出させるよう、色々とヒントを出した。
「私は、白いワンピースを身につけていました。」
「ああ…清楚な格好をする女性ファンも結構いますよ?」
「[Salty Sugar]を、覚えていますか?」
「…え?」
輝が過剰に反応した瞬間だった。
ひどく驚いた表情を、私に示していた。
「もしかして君は、僕が最後に出場したコンサートの交流会の…」
「最後にはしません。貴方の復活を望むファンはたくさんいます。
どうか、私に協力して頂きたい。」
私はずっと、頭を下げた状態を維持していた。
輝を連れ出したい気持ちを強くして。
私と、ネロの想いが、彼に届くようにと願っていた。
これ以外の策を、私は思いつかなかった。
断られてしまえば、後はない。
予想通り、輝は未だに困惑していた。
彼は自分の心情を、正直に伝えた。
「申し訳ございません。自分は末端の隊員の身です。
勝手な行動は慎めと言われております。貴女の手を取れません。」
「そうですか…。わかりました。私はここで引き下がります。」
輝が拒んだ以上、私にできる事は何もない。
潔く、自分は逃げよう。
無線で繋がっているネロに、まずは報告だ。
私は左耳に手を当てる仕草をして、言葉を発した。
「ごめんね。今回は引き返すわ。
次回は次回で考えましょ?
あなたが会いたがっていた彼には、出会ったわ。」
ネロの動揺の声は、想像通りだった。
『ええっ!?会ったんだったら連れていってくれよ!』
「やっぱり何の連絡も無しに連れ出すのは困難だったのよ…。[ノータブル]がガチガチのセキュリティだから…?」
私はちょっとした変化に気づいた。
私の肩に、手を置かれた。
自動ドアが閉じられている状況の中で、私の身体に触れられる人間は1人しかいない。
「輝さん…?」
「次回も、来る予定を立てているのですか?」
「…まだ、未定ですが。」
「という事は、貴方方にとっては、今がチャンスですね?」
この反応は…『期待』してもいいのだろうか。
私にはその熟語が頭によぎった。
ほんのちょっとだけ、彼の反応を待った。
何の言葉を話さずに、彼の顔をじっと見つめた。
輝が行動に出た。
「条件次第でなら、協力しますよ?」
なんと、彼の意思が変わったのだ。
但し、丸々肯定の意思表示ではない。
『条件』、と彼は付け加えていた。
私も機会を逃したくないので、『条件』の内容を知りたかった。
「条件、とは?」
「僕に会いたがっている人物を教えて下さい。」
「…え?」
私は内心、困り果ててしまった。
輝が出した『条件』に、問題があった。
ネロは私に、この潜入行動に関しての約束を結んでいた。
『自分の名前を伏せていてほしい。』と。
告げられた時は何で?と私は聞いた。
理由は答えてくれなかったが、かなり憂鬱な顔つきになっていた。
相当、深刻な事情があるんだ…。
ネロの意志を尊重して、この約束を交わした。
輝の前とは言っても、『条件』を突きつけられても…サラッと名前を打ち明けるわけにはいかない。
この活動は極めて困難だなあ…。
私の心は諦めムードに移行していた。
輝に背を向けて、瞬時に去ろうとした時だった。
『条件』を提示した本人は、さらに詳細を追加した。
「今教えて頂かなくとも構いません。なんなら、『直接会う』事に変更していただいても結構です。
自分を連れ出したいのでしたら、それだけは検討してもらえませんか?」
なんと、『条件』の緩和だった。
これならば…今のチャンスを逃すわけにはいかない。
「もちろん、貴方とその人物を対面させます。必ず。」
「そうですか。では、自分をここから出して下さい。」
今度は、輝の本心から脱出の協力を依頼してきた。
私は相当、彼の期待に応えなくてはならない。
喜んで、勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます!人物には早いうちに会わせますので!」
「いえいえ。今の優先順位は、脱出が先でしょう?」
感謝の気持ちでいっぱいだったが、まだ仕事は残っている。
輝とネロ、2人を対面させる前に、まずは[ノータブル]の基地から脱出をしなければならない。
自動ドアは、完全に施錠されていない。
私が専用のキーで解除したからだ。
しかし、輝を普通にA棟内の通路を歩かせるわけにはいかない。
通路には当然、隊員達が行き交っていた。
そこで噂話を耳にしたのだ。
『一ノ宮輝が規則を破り、自室に閉じ込められている。』と。
俗に言う監禁されている人間が外に出ていると知れ渡ったら、私達は素早く捕縛されるであろう。
それでは計画が水の泡になってしまう。
自動ドア以外の脱出経路を、早く探し出さなくては…。
私はふと、天井を見上げていた。
正方形の格子状の網を1つ、発見した。
輝の自室には、窓が一切なかった。
人間は肺呼吸が主であり、呼吸をするにはそれなりの澄んだ空気が必要だ。
酸素がないと、生きられないから。
「輝さん、あの…。」
「通気口の事ですか?自分も気にしてはいたんですよ。
脱出に望みをかけるのは、あそこしかないだろうと。」
どうやら彼にも、取るべき手段は限られていると察していたようだ。
だったら、話が早い。
通気口の構造にもよるが、道が繋がっているのならば、少しでも監視の目に気づかれずに脱出できる。
格子状の蓋は、天井にある。
取り外さない事には、何も始まらないから…。
天井にあるし、私と輝の背丈では届かない。
170センチあるとはいえ、私は女性なので、軍の所属の中でも背が低い。
輝に至っては、私より低めかもしれない。
目線の高さが大体同じくらいなのだ。
おそらく、誤差程度の違いしかないだろう。
どうしようか悩んでいると、輝が何かを持ち出していた。
両手で抱えて持ち運んでいるので、床に傷はつかなかった。
「無機質な部屋だけど、収納スペースには私物がたくさん詰め込まれていまして…。」
「脚立、ですか?」
「3段しかないですし、高さを期待できませんが…。」
「いいですよ。これでやってみましょう。」
私は承諾すると、脚立を通気口の真下よりほんの少しずらした位置に配置し、登った。
施錠口が通気口の縁周りに存在している。
ピッキング用の針をカチャカチャするだけで、通気口のロックは解除された。
ロックは1箇所だけであり、解除すると格子状の蓋がぶら下がるように開かれた。
これで、脱出への最初の1歩が踏み出せた。