虚構のアイランド【まとめ】

本編8・エイスリーブ(1)

2024/07/23 12:28
アイランド本編
一ノ宮輝は現在、[ノータブル]のA棟の2階の個室のベッドの上に、座っていた。
窓が一切ない個室は、外の状況を把握できない。
彼は窮屈に過ごしていた。
どうしてこんなに退屈さを感じなければいけないのか。

答えは明白だった。
輝は[ノータブル]、それよりも範囲の広い[スロープ・アイランド]の基地内での規則を破ったからである。
[ノータブル]の総指揮官である扇浜筋道が会見で堂々と告げたルールがあった。

『虚像獣の始末は、出現した地点の管轄下にある基地のみで行う事。』
具体的に言うと、[ノース・エリア]内の虚像獣は[ノータブル]が、[サウス・エリア]内の虚像獣は[サウザンズ]が責任持って処理しなければならないのだ。
直近の虚像獣の出現地点は、[サウス・エリア]だった。
すなわち管轄下の基地である[サウザンズ]の人間のみで対処しなければならなかった。

現実に始末したのは、[サウザンズ]の戦闘機でも、【ペンタグラム】でもなかった。

境界線付近の[ノース・エリア]内に滞空していた黄色の人型ロボが、虚像銃にトドメを刺した。

機体の名前は、【ヴィラー・ルーズ】。
[ノータブル]で運用されている人型ロボである。
それは輝の専用機であった。
わざわざ彼はこれに乗り、虚像獣の出現地点まで駆けつけた。
腰につけていたハンドガンを両手に持ち、素早く1体の虚像獣を消滅させた。
任務に当たっていた【ペンタグラム】のパイロット部隊が、驚いたぐらいだ。
専用機で暴れた事実は、[ノータブル]内で拡散された。
もちろん、扇浜の耳にもこの情報は入ってきた。

だから[ノータブル]の総指揮官は、輝を閉じ込める決意をした。
輝の個室は、彼が自由に使える場所である。
だが、施錠のセキュリティは厳しめに設定されていた。

個室の主である輝本人が、内側から開錠ができなくなっている。

輝は1ヶ月前に、[ノータブル]のパイロット部隊としてやってきたばかりである。
彼が以前在籍していたのは、[5秒前]という男性アイドルグループだった。
もちろん、異業種への転向どころか、戦の経験も乏しかった。
戦闘の未経験者がどうして、ロボのパイロットとして選出されたのか?

事の始まりは、扇浜の誘いだった。
コンサート後の交流会でグループの仲間だった三田翔がファンに襲われかけた時。
[ノース・エリア]で虚像獣が出現した。
1時間程の、タイムロスだった。
扇浜の会見が開かれる前の出現なので、[サウス・エリア]まで跨がれば[サウザンズ]のパイロット部隊が応援に来るのも可能であった。
[ノース・エリア]の上空で滞っていた為、南からの追撃は叶わなかった。
最終的に[ノータブル]のパイロット部隊で処理は済ませた。
時間を無駄にして、地上の人々の精神を蝕ませる結果となった。

にも関わらず、扇浜が会見で告げた新たな規則で、聞いた者全てが混乱していた。

虚像獣がある領土の地点で出現した以上は、領土を管轄する基地のみで対処するという規則。
別の言い方では、他の領土を管轄する基地の人間は、虚像獣を始末する事ができない規則だ。

[ノース・エリア]で出現した虚像獣は[ノータブル]のみで、[サウス・エリア]で出現した虚像獣は[サウザンズ]のみで処理しなければならない。
輝はその規則を、破ったのだ。

扇浜は会見を開く前に、輝を口説いた。
『双子のガキの面倒を見てほしい。』と頼まれた。
子供の世話とパイロットとしての務めと…何の関わりがあるのか。
それは、該当の子供達もパイロットだからだ。
扇浜に頼まれた子供達は、輝よりも5歳年下の13歳である。
災害前の日本の学校を基準にすれば、中学1年生と同格の年齢だ。
血の繋がった親子でもない限り、あまり注意して見張る必要性はない。
それぐらいの年齢ならば、ある程度の意思表示を自分自身で表現できるからだ。

ところが、扇浜は例の子供達に関しては、かなり気にかけている様子だった。
『トンチンカンな行動するからなあ。それで、基地の人間に被害加えたら、こっちが非難される。』

心配しすぎて手を焼いているのか。
もしくは子供の世話が面倒くさくなったのか。
扇浜の断定的な思考は、輝には読み取れなかった。

グループを脱退し、正式に[ノータブル]のパイロット部隊に所属が決まった。
基地内に居住を置くようになると、扇浜の依頼通り、双子の子供達の相手をした。
たった1ヶ月間、子供達と接していた時の輝の率直な感想は…『普通に素直』だった。
モヤモヤした違和感をわずかに感じていても、子供達と輝の関係自体は良好だった。
扇浜が危惧するような変人とは、思わなかった。
言われた通り、輝は任せられた子供達の面倒を見ていた。

虚像獣の出現は気まぐれだ。
穏やかなひと時を、潰しに来る。
[サウス・エリア]内の出現により、[ノータブル]のパイロット部隊の出動はなかった。

しかし、否が応でも情報が流れてくる。
まだ規則が発表された[ノータブル]に、無駄な情報の遮断技術は採用されていなかった。

子供達の面倒を見ていた輝は、彼らの表情に憂いを感じ取った。
今にも泣き出しそうな顔つきの双子の子供達。
輝は彼らに、困り事があるのか尋ねた。
子供達は…『怖い、怖いよ』と繰り返すばかりだった。
子供達が何に怯えているのか、正体はわからない。
全てを告げていないからである。

予測はついた。
面倒を見ている専用の個室にも、壁面モニターが設置されている。
虚像獣出現の、警報のニュースだ。
緊急時には、モニターの電源が入り、速報を流す。
過去に出現した虚像獣の画像データを中心上部に掲げ、赤く塗りつぶされた長方形の中に白く大きな文字が右から左へ流れていく。
画像と流し文字以外は黒い背景だ。
この映像だと、子供達や心臓の弱い人間なら怯えて泣き出しそうになるだろう。

虚像獣は上空、雲の上でしか出現できない。
人間に直接的な被害はない。

間接的には及ぶ。
虚像獣を始末する戦闘機やロボは、実際の戦争でも利用される正式な兵器である。
発案元の解析学者は特殊な加工を施したかったのだが間に合わず、最終的に実際の兵器の使用を認める結果になった。
武器や武装の威力は、建造物を破壊する脅威を備わっている。
流れ弾が地上に落下するだけでも、物理的被害は拡大する。
1番懸念される精神的被害もそうだ。
虚像獣がしぶとく生きている限り、地上の人々の精神が病んでいく。
感情をコントロールできない者が暴走し、二次的被害を広げてしまう。

倒せば終わり、ではない。
戦闘が長引くと、消滅後の後始末も大変になる。
せめて、自分が面倒を見ている子供達を守らなければ…。

輝は子供達に『大丈夫だよ』と、優しい声で囁いた。
彼は立ち上がり、用事に出るよと告げて、個室を出た。
輝はその足で、【ヴィラー・ルーズ】が収容された格納庫へ向かった。
『扇浜の命令』と伝えれば、作業員達は通してくれた。
出撃すると、真っ先に上空へ飛んでいった。

虚像獣の始末は、楽だった。
わざわざ[ノース・エリア]前の境界まで突進して来たのである。
あまりにも近すぎると危険だが、【ヴィラー・ルーズ】は両手に銃を手にしていた。
それを虚像獣に向けて発砲するのは、簡単だった。
タイミングと照準さえ合えば、1発で虚像獣を消滅させる事も可能だ。

実際に、虚像獣はマルチな思考はできない。
故に、【ペンタグラム】から逃れても、第2の敵の攻撃を避けられなかった。
新手の黄色いロボの攻撃は、虚像獣をあっさりと仕留めた。
中心部を貫通した虚像獣は、瞬く間に消滅した。

【ペンタグラム】が降りて来た。
《槍》の武器を手にしていた。
【ペンタグラム】は[サウザンズ]のパイロット部隊全員が搭乗する巨大ロボである。
部隊のリーダー格であるボーデン・ブランが輝に開通を求めていた。
輝は応答せず、【ヴィラー・ルーズ】を地上へと降下させた。

彼の行動は速攻で扇浜にバレた。
輝からすれば…見抜かれると最初からわかってはいた。
しかし、南の地方は無関係と言っても、見過ごす事はできなかった。

なにより、輝には気になる青年がいた。
南の地方を管轄する基地の、パイロット部隊の1人に対してだ。
降下時、輝は心臓に痛みを感じていた。
【ヴィラー・ルーズ】のコックピットの中で、後ろに目を逸らしていた。
(やはり、君は活動しているんだ…。)

窓も一切ないので、外の空気すらも吸う事ができない。
基準に引っかかる設計になっていると思われがちだが、[ノータブル]も元は正規軍から派生された基地である。
軍隊は行政が間接的に関わっている。
行政の息がかかっているならば、よそ者の手出しはできない。
基準を掲げたとしても、役には立たなかった。

自ら犯した罪であると自覚しても、毎日24時間、ずっと自分の個室で我慢していると息が詰まる。
退屈しのぎの動画コンテンツ等は提供されていても、そればかりでは飽きが来る。

パイロットの身である為、個室内で完結する筋トレやストレッチは欠かさないようにしている。
それを持続しても、せいぜい3時間が限度である。
鍛錬を好む者でも、長続きは難しい。
合間に休憩も必須だ。
個室から出られない状況の今は、退屈で仕方なかった。
身体のみでできるトレーニングと運ばれてくる食事以外は、ベッドで横になって体を休めるのに専念した。

虚無感が漂う気分だった。
解放の時期を輝も知りたかったのだが、扇浜は教えてくれなかった。
立場上上官である事も考慮して、聞き出すのも躊躇った。

黙って、狭い空間から出られる日を待つしか、輝にはなかった。
個室外の様子を目では確認できない。
耳では…足音や話し声は聞こえた。
ツカツカと革靴で歩く音、タッタッタッと走る音、他愛ない会話で盛り上がる時の笑い声…。
自分に対する悪口なんかも聞こえてきそうだったが、あえて聞かないフリをした。

間に受けて神経をすり減らさないのが身体にいいと考えていたからだ。
少しでも早く、出られる事を祈っていた。

それは、いよいよ叶うのかもしれない。
照明を消した個室内に突如、光が差し込まれたから。
外側からしか開かなかった個室が、ようやく開放に至った。
自動ドア形式で横にスライドしただけではあるが、輝が驚くには十分だった。

自分を迎えにきたのは、誰なのか?
確率が高そうなのは扇浜だろう。
しかし、扇浜は一応軍人であり、体格も輝よりやや大きい。
目線を見上げる必要のない相手が、扇浜である筈がなかった。

だとすれば…総指揮官の使役した兵士だろうか?
あらゆる可能性を予想しているうちに、個室のドアが閉められた。
軍帽とベールを被ったままの謎の人間は、胸元のポケットから紙切れを取り出した。
閉められる直前にその者は紙切れを上に振り飛ばした。

紙切れはパカっと広げられていた。
それはドア側の壁の左上に位置する監視カメラのレンズを、すっぽりと被せていた。

この行為は、スパイが監視の目を逃れる為の対策である。
迎えに来たのは…?
謎はすぐに解かれた。
向こうから軍帽とベールを、わざわざ取り外してくれたのだ。

現れたのは、長い茶髪を頭上で丸めて固めた女性だった。
「貴方が、一ノ宮輝さん、ですね?」
女性は目をばっちり開いたまま、輝をずっと見つめていた。
「初めまして。貴方を、ここから連れ出します。」
女性はキッパリと告げた。

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