虚構のアイランド【まとめ】

本編7・セブンスデシション(1)

2024/07/23 08:11
アイランド本編
ネロの体調異変には、部隊全員が気づいていた。
黄色のロボが去ってから、【ペンタグラム】も[サウザンズ]に戻った。
ジェット機に分離して、格納庫に収容された。
ボーデンさんが帰還の際に伝えたおかげで、ネロを最初にジェット機から降ろして、医務室へ直行された。
司令室への報告は、残りの4人で行った。

田辺総指揮官は、うーんと頭を抱えていた。
それは【ペンタグラム】が今回の虚像獣に手こずったからではない。
扇浜が公の会見をする前に、総指揮官は司令室で今回の規則変更について扇浜から宣言されていた。
公の会見で、変更は正式に決定されたのに。

「決定早々これか…。もう違反しているのではないか。」
「俺は忠告しようとしたが、回線も開かずに戻っていったぞ。」
「指摘、ご苦労だった。[ノータブル]はならず者の集団なのだろうか…。」
「あちらも正規軍の管轄なんだ、それはないと思うがな…。」
総指揮官とボーデンさんで報告のやり取りをしていた。

黄色のロボと[ノータブル]についての謎は解決に時間がかかる為、今の報告業務時点では短く切り上げた。

私達が気掛かりなのは…。
「ネロが…体調不良を訴えたそうだが、前兆は見られたか?」
総指揮官が尋ねた。
これには、ボーデンさん以外も話のやり取りに参加していた。

「いや…ずっとピンピンしていたっすよ?ロボが現れる前は、なんですけど。」
ラウトさんが先に言った。
「突然ですね…。あの黄色のロボと関係があるのでしょうか?」
アージンさんの憶測だった。

「ネロは一応、[サウス・エリア]出身っすよね?アイツ、そんなに知り合いがいたんすか?」
「知り合い…でしょうか?」
ラウトさんの『知り合い』発言に反応した私は、自然と口を開いた。

私が悩んでいる様子を見たボーデンさんが、声を掛けてきた。

「何か、知っているのか?」
「そういや急にネロに連れていかれたよなぁ燃華。変な事吹き込まれたのか?」
ラウトさんがボーデンさんに続いて、私に聞いてきた。

私は、戸惑っていた。
ネロが私の腕を強引に引っ張っていく程だったから、彼にとっては内緒にしておきたいのだろう。
報告の場とはいえ、今ここで打ち明けてしまっていいのか、不安だった。

私が悩んでいると察したアージンさんは、総指揮官にこう言った。
「今は、我々が知るべき時ではないのかもしれません。総指揮官。」
「えっ!?」
私よりラウトさんが驚いていた。
彼とアージンさんは過去に同じ基地で活動していたのもあり、互いをよく知っている。
任務も報告もそつなくこなすアージンをよく見ているラウトさんにとっては、アージンさんが私を庇う方針には衝撃的なんだろう。

これにはボーデンさんや総指揮官も、首を傾げていた。
「なぜ、そのような事を言うのだ?」

より詰められるように言われたアージンさんだったが、彼はここでも平常心を忘れずにいた。

「下手にネロを詮索すると、かえって彼を傷つけてしまうおそれがあります。
それに…俺が話さずとも、指揮官はご存知ではないのですか?」
総指揮官が、答えを知っている…?

「いやいやお前、その答えを知りたいから、俺達は聞いているんだよ!」
ラウトさんがアージンさんへツッコミを入れた。
ラウトさんの言いたい事もわかる。
報告業務とは、秘密の共有も兼ねている。
私達パイロット部隊も、知るべき情報と知っては行けない秘密の2種類がある。
アージンさんはネロの件について、後者の意味合いでストップを請うたのだ。

請求された側の総指揮官は、バツの悪そうな表情を示した。
総指揮官という[サウザンズ]のトップの立場らしく、冷静さはすぐに取り戻した。

「流石に時期尚早ではあるな…。ネロの件に関しては、今は詮索を止めておこう。」
「いいのか?」
「いずれにせよ、来たるべき時が来る。」

それまではお預けだ、と総指揮官が述べた。
私は胸を撫で下ろした。
ネロに許可を得ていないのに、勝手に秘密を打ち明けにくかったから。

その数分後に、解散の指示が出された。
医務室に運ばれたネロだったが、面会謝絶の時間が終わったと、医師から告げられた。
つまり、お見舞いで顔を合わせる事ができる。

私達パイロット部隊は彼を励ます為に、ネロが休んでいる医務室へ向かった。


♫♫♫


医務室でのネロの状態は、回復していた。
ラウトさんが軽く揶揄ってもブーブー言い返せていた。
普通のネロに、戻ってきていた。
戦闘前と黄色のロボの接近時とは、対照的だった。
ボーデンさんが医師と相談している以外に、ネロの周りで変化はなかった。
かなり小声で話しているので、内容としてはシークレットな部分が含まれているのだろう。

私は訝しんだが、関われないと思い込んで、病床のネロと向き合った。
ネロとは司令室で話題になりかけた彼の秘密には触れず、穏やかな会話で彼の心を落ち着かせた。
18になるのに子供っぽい男性の隊員は、揶揄うのが好きなラウトさんとちょっとしたケンカになる。
加熱しないように、アージンさんが2人を宥める役割を担った。
医務室へのお見舞いは2時間程度で切り上げた。
ネロは数日で医務室から基地内の自分の個室へ戻れた。

虚像獣の出現は意外にも、全然起きなかった。
ネロは順調に元気に過ごしていた。

多分、今までの時間は全部杞憂だった。
それでもう終わりかもしれない。

ところが、虚像獣の出現が減って、束の間の平和を過ごしていたから…気の緩みが出てしまっていた。
根本的な解決には至っていない。
改めてそう思えたのは、ネロに呼び出しをくらってからだった。

ネロは私に、自分の部屋に来てくれと頼んだ。
パイロット部隊での集会が終わってすぐに。
私も他に用事はなかったので、演習の後にネロの部屋を訪れた。
時刻は《17:00》を過ぎていた。
基地内の食堂は開いているが、《19:00》でラストオーダーになる。
食事を済ませたいなら、今から食堂に向かえばいいのだが。

基地の外に住処を借りている私とは違い、ネロには特段の事情のため基地内で生活を送っている。
食堂のご飯が食べられなければ、十分に腹が満たせないだろう。
パイロットは身体が資本だ。
栄養が行き届かないと、もしもの時に彼は倒れてしまう。

「ネロ?ご飯はどうするの?」
心配だった私は彼に聞いた。
もしネロが頷いたなら、食堂で一緒に食べようと誘うつもりだった。

だが、彼は首を縦に振りそうに見えない。
個室に入った時から、彼の表情は曇りがちだった。
言葉も表情に合わせて紡いでいた。
「別に、後でもいいよ。」
「ネロは基地内で過ごしているんでしょ?食堂行けなかったらごはん抜きになるわよ?」
「1日ぐらい、抜いてもいいや。」
完全に拒食の反応を示した。

これは、別の策を取らないといけない。
「じゃあ…私、適当に栄養補給できる食べ物を持ってきてあげるから、それを食べてくれる?」
私はこう提案した。
もちろん、選ぶ以上はネロが好みそうな食べ物にするつもりだが。
どんな事があっても、食事を欠かしてはいけない。
「それでいいよ。俺、燃華が買ってくる食べ物好きだし。」
「好き嫌いがないのは、本当に助かるんだけどね。」
まあ、全く食べないよりは、マシである。

彼の内に秘めたモヤモヤを解消するのが、先決である。

解決してネロに元気が戻ればいいと願って。

「まだ、彼の事で引っかかるの?」
私は聞いた。
ネロが現在悩んでいる問題といえば、《一ノ宮輝》関連しかないと思って。
実際、私の答えは正解だった。

「そう、なんだけどよ…。燃華。」
「いいよ。私、パイロット部隊や総指揮官には黙っているから。」
あの報告業務は、アージンさんが遮ったおかげもあるが。
ネロが他人に触れられたくない秘密を、私は隠そうと努力した。
虚像獣の出現がない限りは、ネロの心身が不安定になる確率は低い。

虚像獣よりも、直近の戦闘で出現した黄色のロボの影響が大きいが。
私を信じて、ネロは心の内を打ち明けた。

「燃華はさ、[ノース・エリア]の黄色のロボットに誰が乗っているか、わかるか?」
「わからないかな。そもそも回線に応じてくれなかった時点で、声も聞きとれなかったし。」
嘘はついていない。

リーダー格のボーデンさんが2度応答を促しても、何のアクションを取らずに戻っていくぐらいなのだ。
外見の特徴以外のデータは、入手できなかった。

「やっぱり、俺だけなのかな…。」
ネロだけ?まさか…。
私は以前の出撃前の会話を思い出した。

彼は扇浜の会見で、側に立っていた人物を過度に心配していた。

その人物の名前が、《一ノ宮輝》。
男性アイドルグループ[5秒前]のメンバーだった人物だ。
輝は脱退して、[ノース・エリア]内の基地である[ノータブル]に所属していた。

ネロは会見後に不安に苛まれて、黄色のロボの出現で気分を悪くした。
彼は、黄色のロボのパイロットを特定しているのだろうけど…。
ネロから滲み出る不穏な空気は、既に伝わってきていた。
パイロットの名前を、私は口にした。

「輝が、パイロットだと思うの?」

私がそう言うと、彼は首を縦に振った。
黄色のロボが終始無言だったのは、[ノータブル]側のロボとして決まりを破ったから…だけじゃなくて…。

「俺達に、知らされたくなかったんだろうな…。アイツ。」
そりゃそうだろう。
輝には元アイドルだった経歴も相まって、潔白なイメージを持つ者も多い。
盲目的なファンもいるのだから。

そんな彼が、約束を破る真似を…。
まして、[ノータブル]の総指揮官が言い放ったのに。
しかし、規則は破ったとしても、彼が虚像獣を仕留めたのなら…。

あの時、虚像獣はあと25メートルで境界線を越えようとしていた。
それでも私達【ペンタグラム】で倒さなければならないが、[ノース・エリア]内へ被害が及ぶ。
それは避けたいので、アージンさんの《槍》で最後にしようと決めていた。

規則に反しても、虚像獣を仕留めてくれたのは幸運だった。
[ノータブル]の心情は知らないが、私達は感謝している。

何も悪い事はしていないんだ、一ノ宮輝は。

「…なあ。燃華。」
ネロが私に声を掛けた。
この時の彼の声が、震えているように聞こえた。
何かに、怯えている。
出撃前での2人きりで話した内容は、まだ解決していない。
総指揮官達に内密にしている以上、私はネロの悩みを聞かなくては。

「何?」
「アイツさ、あのまま[ノータブル]にいて大丈夫なのかなぁ…?」
ネロはかなり、[ノータブル]に所属した輝に対して、懸念を抱いていた。
よほど深刻に考えている。
年齢のわりに幼さが残る彼が、1人の人間の今後について、真剣に苦慮している。
彼の態度に、私は感心していた。
しかしながら、いくらネロが悶々と考えていても、輝は[ノータブル]を出るつもりはないだろう。
そもそも、私ですら[5秒前]のファンの交流会で初めて出会ったんだ。
1度も会った事のないネロの思考が、輝に届かない。

外野の私達ができるのはせめて、無事を祈るしかない。
虚像獣と戦って落ちない事や、扇浜達にいじめを受けていない事を、願うしかない。

此度の会話でも、ネロにそう言い聞かせようとしたいんだけど。
以前の虚像獣の戦闘で、黄色のロボが出現してからのネロの状態が急変した真実がある。
あの時は青ざめた程度で軽く済んだ。
ところがもし、息切れを発作してしまうレベルまでいってしまえば…。
【ペンタグラム】に乗れないどころでは済まされないだろう。
他の手立てを考慮してみなければ…。

まずはネロに、彼自身の希望を聞き出そう。
彼がどうして欲しいのかがわからないと、先に進めない。

「ネロ。あなたは輝にどうして欲しいの?」
「どうして欲しいか、って?」
「そこまでくよくよ悩んでるし、どうしても解決してほしい問題があるんでしょ?
なら、何かしらのアクションを起こすべきよ。」
私はこれでも、当たり障りのないようには言った。
ネロの表情は、暗いままだった。

私に促されて初めて、自分の欲求を暴露した。

「俺さ。アイツには[ノータブル]から、軍から離れてほしいんだ。
もう1回、アイドルとして笑顔を振りまいてほしいんだよ。
虚像獣相手でも、戦闘には参加してほしくない。」
予想通り、かなり難しい頼み事である。

正直、伝言自体は容易いだろう。
[ノータブル]でも外部の人間との面会が許されている時間帯があるし、輝に会って話せばいい。

問題は、輝が快く了承するかだ。
扇浜の会見時では、輝は目立つ位置で画面に映っていた。
あの時はネロに指摘されてから気がついたが、顔立ちはアイドル活動している時と同じだった。
ただ、笑顔は見せず、真面目な面持ちを示していた。
あの総指揮官の近くで立っているのならば、重要なポジションに就いたと推定される。
一般企業でいう管理職の立場に穴が空くと、企業内部は混乱してしまう。
[ノータブル]の混乱を見捨てるのを、輝は実行できるのだろうか?

もしくは、輝には何かしらの秘密を握っているのかもしれない。
誰にも公表できない真実を、扇浜のみが知っている。
表向きには使命感というお手本みたいな思想を述べていて、裏では取引でもしているのだろう。
巧妙に糸を引いているのなら、正攻法で[ノータブル]の離反を促すのは難しい。

これは、念入りに作戦を練らないと、失敗に終わる。
ならば、解決手段は…。
妙案を思いついた時、私は自然と口を開いていた。
まずは、彼からの了承が必要だ。

「ネロ?私の話を、ちゃんと聞いてくれる?」
「燃華の…?」

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