虚構のアイランド【まとめ】
本編6・シックスターゲット(2)
2024/07/22 19:42アイランド本編
♪♪♪
『え!?嘘だろ…?』
『今回は、より頑丈なタイプだったか。』
ラウトさんが驚愕し、ボーデンさんが残念がった。
2人とも、虚像獣の種類が意外に豊富なのは知っている。
反応がそれぞれ違うのには、ラウトさん自身が今回の討伐に自信があったからだ。
気持ちはよくわかる。
命中はしているし、火力もあったので炎だって上がった。
貫通でも焼失でも、虚像獣は消えるのだから。
戦闘の数の経験は多いが、自信満々で一撃必中と決め込んだ者にとっては…今の失敗は痛い。
私もそうだ。
小手調べに利用される方が多いから、落ち込む回数は減ったけど。
望んでいた本命を外された時のショックは大きい。
あとは、気持ちの切り替えの問題である。
幸い、ラウトさんは激しく落胆しないタイプだった。
不服そうな顔はするが、仕方ないかと割り切っていた。
次の対策をして、虚像獣を完全に消滅させなければ。
ラウトさんの次に誰が担当するのかをボーデンさんが下す前に、異変に気づいた人がいた。
アージンさんだった。
彼が先に、ボーデンさんに報告した。
『ボーデンさん、報告よろしいでしょうか?』
『構わんよ。気づいた事があれば何でも言ってくれ。』
ボーデンさんのこのセリフは、過去に類似の言葉で何度も言ってくれる。
『その、非常に厄介な事態に進展する可能性がありますが…。』
『もったいぶらねぇで言えよ…。』
ラウトさんが促した。
その口ぶりは、やっぱりふて腐っているように見えた。
業務優先のアージンさんは、失敗した人間の不服な様子を無視した。
『虚像獣の位置を、確認できますか?』
『できるぞ?』
『その位置ですが…。』
『ああっ!?』
ネロが大声を出した。
鼓膜が破れそうになる程大きかったので、瞬間だけ目を瞑った。
「どうしたの、ネロ。」
『俺、座標データをずっと見てたんだよ!』
『変なモンでも発見したのか?』
ラウトさんは拗ね気味なのか、年少パイロットを揶揄った。
『虚像獣以外いねぇよ!じゃなくて…。』
『些細な事でも構わん。気づいた点があれば報告してほしい。』
ボーデンさんはネロに対してもブレなかった。
リーダー格のボーデンさんに言われたら、ネロも正直に答えるしかなかった。
『今回の虚像獣なんだけど、かなり北にいるんだよ…。[キング・ステーション]の上よりも…。』
「メインターミナルよりも北寄り?」
私がネロの報告に疑問符を浮かべていると、アージンさんがより正確な数値を告げていた。
『ネロが感じた通りです。南北エリアの境界線を軸とすると、南北を示すY座標はマイナス100です。』
『てことは、まさか…!』
拗ねていたラウトさんが、気を取り直した。
座標データの単位は、メートルでの換算になる。
これは[スロープ・アイランド]の元となった地形のある国を基準としている。
元々この地上は、日本国の都市、大阪だった。
災害級の大雨で世界の各地が沈んでしまってからは、昔の国の概念が薄くなっていった。
みんなが降りかかってくる困難から身を守るのに精一杯で、他の事なんて考えられなかったから。
雨は止んだ。
だけど、雲が動く気配はなかった。
雲の流れがピタッと止まった時から、この地上に青空と太陽を拝めなくなった。
虚像獣の討伐ミッションでしか、晴れの景色を眺める機会がなかった。
天気の晴れ模様自体、貴重な光景となってしまったのだ。
滅多にお目に掛かれなくなった快晴の青空で、穢れた虚像獣がのうのうと過ごしている。
モニターの映像から目視できる奴は、恐竜と似た翼をパタパタと動かしていた。
そいつが、境界線からマイナス100の座標にいる。
つまり、100メートル南の位置に止まっている。
私達の懸念は、現実に起きた。
境界線より100メートル南ということは、100メートル北へ進むと境界線に辿り着いて…。
「[ノース・エリア]に侵入されてしまう!」
私はつい言葉を口にしていた。
同時に生き延びている虚像獣が私達を察したのか、翼をパタパタとさせながら、移動を開始した。
キィィ、と鳴き声をあげて。
気まぐれの虚像獣だが、今は【ペンタグラム】に背を向けて飛んでいる。
危ない状況に陥っている時に限って、私達の思考を読んでいるみたいで。
虚像獣の相手は、本当に油断できない。
『【ペンタグラム】とは3キロは離れていたな?』
『正確には、2、300メートルは加算されてます!』
『急がねえと、入っちまうぞ…!』
『我々が責任持って仕留める規則に変わったが…だからと言って流れてもいいわけではない!燃華!』
ボーデンさんが私を呼んだ。
リーダー格の指名に、私は応じた。
「何ですか!?」
『《剣》だ!火力を最大限に引き上げて、背後から炎をぶつけるんだ。
奴を燃やしている隙に接近する。』
「わかりました!」
スナイパー用の《銃》が、細かい粒子の光に変わって消えた。
光の粒子を放出して、《剣》を形成した。
右手で受け取った《剣》を、両手で握り返す。
《剣》の刃先を空の彼方に向け、正面に構える。
すると、刃部分全体が爆発するように点火した。
剣先を包んだ炎は燃え盛り、【ペンタグラム】の装甲も溶けるのではないかとやきもきさせた。
でも、今はそれどころじゃない。
虚像獣が[ノース・エリア]に逃げていく。
[ノース・エリア]は感覚的によそ者の土地だけど、同じ[スロープ・アイランド]内の区域なのには変わらない。
精神を病む人々を、これ以上増やしてはならない。
爆発的な炎が、遠くの虚像獣に届くよう祈って。
【ペンタグラム】は《剣》を振り下ろした!
炎は活力あふれる龍の如く、うねりを上げて豪速で走っていった。
一直線に進むだけなら、逃げ足のスピードによっては虚像獣に回避される。
だが、【ペンタグラム】の《剣》から放たれた炎は、曲線も描けるのだ。
直線コースから外れてしまう場合は、一気に曲がり角をつけてまで、虚像獣を狙いに行く。
これが、アージンさんの《槍》とは違う性能である。
《槍》の威力は高いが、軌道修正は極めて困難なのだ。
《剣》は《槍》より威力は低いが、軌道修正が可能だったりと柔軟性が高い。
ボーデンさんがアージンさんではなく私を選んだのに、納得がいく。
炎の龍の速度は進むにつれて、どんどん上昇していった。
3キロも離れている虚像獣相手に、1分もかからずに浴びせられるだろう。
虚像獣が炎の渦に飲まれて焼失して、終わってほしい。
そうすれば、出現地じゃない[ノース・エリア]の人間に迷惑がかからないから。
座標データ上の進行では、炎の動きも捉えられる。
もうすぐ虚像獣とぶつかるギリギリの位置まで攻めていた。
だが、裏切りも唐突に訪れた。
虚像獣は気まぐれな怪物だが、馬鹿ではない。
危険の感知ぐらいはできる個体も存在する。
虚像獣は[ノース・エリア]に突入しようと言わんばかりに、スイっとジャンプして炎を避けた。
目標を見失った猛火は、やがてその威力を弱めていった。
酸素も薄いので、延焼を助長しづらかったようだ。
『な、なんでだよ!?』
ネロが大声で嘆いた。
『避けられる可能性はあった、致し方ないだろう。』
『でも、《剣》の炎って曲げられるだろ!?』
『その結果がコレだぞ…。』
アージンさんとネロで話のやり取りをしていた。
『悠長に言ってる場合じゃないぞ!これは追いかけるしかあるまい!』
ボーデンさんがやり取りしていた2人を叱った。
そうだ。気まぐれな怪物を倒さない限りは、まだ任務は終わらない。
ラウトさんの《銃》と、私の《剣》。
中〜遠距離攻撃が効かない相手には、近接して当たっていくしかない。
ボーデンさんは指示を出した。
『アージン!ここは《槍》で飛ぶしかない!』
『そのようですね!』
アージンさんは次の出番は自分だと予想していた。
《剣》を右手から離して消滅させ、【ペンタグラム】の全長と同格の長さを持つ《槍》を出した。
【ペンタグラム】は《槍》を両手に持ち、その場で力強いジャンプを行おうとした時。
パイロット部隊の年少者が、焦り出そうとする一言を放った。
『ヤバいぜ!虚像獣が[ノース・エリア]まであと50切った!』
《槍》を構えて飛び上がる寸前で、【ペンタグラム】の身体のバランスが崩れた。
『んなもんわかってんだよ!』
『やめろラウト!今は静かにしてくれ!』
同年代同士の2人も、相当怒鳴っていた。
私は冷静になるよう傍観に徹していた。
今の攻撃はアージンさん主導だ。
残りの4人はいわばサポート役だ。
《槍》の激突への攻撃時に狙われた時の対処を、サポート役は考えないといけない。
一旦バランスを崩したが、【ペンタグラム】はすぐに体勢を戻して…ジャンプを開始した。
《槍》を使用したジャンプ時の【ペンタグラム】は、超音速のエレベーターと似た感覚が伝わってくる。
特に今はガチガチの緊迫した状況。
私と、パイロット部隊の仲間の4人も、振動で身体が揺れていた。
大気圏内スレスレぐらいまで上昇し、《槍》の矛先を下に向けて一気に下降する。
しぶとく北を目指す虚像獣に突き刺す為に、勢いをつけて。
ジャンプの頂点に到達してすぐに、虚像獣に体当たりしようと急降下する。
また、ネロが座標データの数値を読んで、叫んだ。
『あと25切った!』
『まだだ、まだ間に合う!』
ボーデンさんがチャンスはあると激励した。
《槍》の威力は加速の度合いでも変化する。
大きいほど、深く傷をつけやすくなる。
たとえ、虚像獣がギリギリ[ノース・エリア]に足を踏み入れても、貫いてダウンしてしまえばそれでいい。
急降下という次のステップに踏み込もうとした時だった。
ネロに注意したラウトさんが、声を荒げたのである。
『虚像獣の光点が、点滅しかかってるぞ!?』
え?と思いながら、アージンさん以外は座標データを確認した。
点滅の回転率が高かった。
かなりの速さで光点がチカチカしてきている。
もしや、と大方の予想を立てていると、座標データの光点は…消滅した。
【ペンタグラム】はまた、バランスを崩した。
『誰だ!緊急ブレーキをかけたのは!』
『落ち着けアージン!敵が消滅した!』
『消滅…ですか?』
年上のボーデンさんに対しては、敬語に変えるアージンさんだった。
アージンさんの指摘通り、緊急ブレーキをかけていた。
放置しておくと、そのまま雲を突き抜けて地上に落下する恐れがあるからだ。
2次被害は、私達の行動でも注意しなければならない点がたくさんある。
その影響で損害賠償の請求もされる懸念もあるからだ。
私達の手で防げるのならば、実行せざるを得ない。
【ペンタグラム】の身体のバランスは、元に戻った。
現状の把握に努めるために、虚像獣の消滅地点まで降りていった。
地点の正確な数値は、座標データが記録している。
数値の誤差が出ない限りは、信用して辿り着いても問題はない。
《槍》は握られたまま、普通の速度で雲上スレスレまで降りてきた。
第3の敵が潜んでいる可能性も否定はできない。
司令室でも確認中らしい。
現状報告も兼ねて、虚像獣の存在した地点の周辺を調べた。
虚像獣の突如の消滅に気を取られすぎて、緑の光に気がつかなった。
座標データには緑の光が点灯されたままだ。
これはラウトさんの指摘だった。
照合しているかどうかも考慮して、もう一度周辺をチェックした。
緑の光点は、[ノース・エリア]との境界線より北に位置していた。
つまり、黄色い細身の人型ロボットは、[ノース・エリア]の範囲内でに立っていた。
棒立ち状態で浮遊していたロボット。
その機体の両手には、これまた黄色に塗装されていた銃らしき武器が握られていた。
微かにだけど、銃口と想定する先端から白い煙が出ていた。
虚像獣が消滅したのを考慮すると…誰が仕留めたのか予想がついた。
『まさか、こんな小さなロボットが…?』
『俺達の乗る巨大ロボでも、倒せなかったんだぜ…?』
アージンさんとラウトさんの同年代コンビが驚いた。
距離自体は300メートル程離れてる為、実際のサイズは異なるかもしれない。
【ペンタグラム】は5機のジェット機で構成される巨大ロボットだ。
どうしても体型は、太くなりがちである。
奥に立つ黄色のロボの胴体は、細い。
火力が十分に蓄えられているとは思えない。
ロボ同士なら脅威の対象になり得ない機体が、あの虚像獣を倒したなら…!
黄色のロボの中にもパイロットが操縦しているかもしれない。
それ前提で、ボーデンさんが話を始めた。
『ちょっと君、少しいいだろうか?』
口調が何だか、説教気味であった。
これはおそらく…つい最近に扇浜が会見で述べた規則についての小言の意が込められているのだろう。
私も、今のボーデンさんの発言で思い出した。
黄色のロボは、じっと立ったまま。
動作は確認されていない。
それどころか、【ペンタグラム】から通信回線を開くように送っているのにもかかわらず、相手側からの音声はない。
もしや…無人機だろうか?
その予想は私以外でも想像できた。
だが、無人機でも通信回線を開き、AIの音声で一定のやり取りぐらいはできる。
今は虚像獣の討伐がメインの時代。
信号反応で動く無人機は、縮小傾向にあった。
相手が口を開けるように、時間を取ったのだが…。
全くの反応がなかった。
ボーデンさんは無反応が気掛かりとなり、もう一度黄色のロボに問いかけた。
『君達は[ノータブル]の所属であろう?トップの会見を聞いていなかったのか?
撃破には感謝するが、君達は越権行為をしているのだぞ?』
応答するかわからないので、今度は忠告も交えていた。
やはり、脈はゼロだった。
逆に…黄色のロボは無言で踵を返した。
私達に背を向けて、一気に降下した。
屈む姿勢っぽいのは、斜め下の先に所属する基地があるのだろう。
[ノース・エリア]だから、[ノータブル]に戻ったのかもしれない。
黄色のロボは名称も含めて、謎に包まれたシルエットとして記憶に残った。
『何だよ?無愛想なのか?』
『決めつけはまだ早いぞ…。』
ラウトさんとアージンさんは、不思議に思っていた。
もちろん、ボーデンさんと私もだ。
唯一、ネロだけ何故か…身体を震わせていた。
『え!?嘘だろ…?』
『今回は、より頑丈なタイプだったか。』
ラウトさんが驚愕し、ボーデンさんが残念がった。
2人とも、虚像獣の種類が意外に豊富なのは知っている。
反応がそれぞれ違うのには、ラウトさん自身が今回の討伐に自信があったからだ。
気持ちはよくわかる。
命中はしているし、火力もあったので炎だって上がった。
貫通でも焼失でも、虚像獣は消えるのだから。
戦闘の数の経験は多いが、自信満々で一撃必中と決め込んだ者にとっては…今の失敗は痛い。
私もそうだ。
小手調べに利用される方が多いから、落ち込む回数は減ったけど。
望んでいた本命を外された時のショックは大きい。
あとは、気持ちの切り替えの問題である。
幸い、ラウトさんは激しく落胆しないタイプだった。
不服そうな顔はするが、仕方ないかと割り切っていた。
次の対策をして、虚像獣を完全に消滅させなければ。
ラウトさんの次に誰が担当するのかをボーデンさんが下す前に、異変に気づいた人がいた。
アージンさんだった。
彼が先に、ボーデンさんに報告した。
『ボーデンさん、報告よろしいでしょうか?』
『構わんよ。気づいた事があれば何でも言ってくれ。』
ボーデンさんのこのセリフは、過去に類似の言葉で何度も言ってくれる。
『その、非常に厄介な事態に進展する可能性がありますが…。』
『もったいぶらねぇで言えよ…。』
ラウトさんが促した。
その口ぶりは、やっぱりふて腐っているように見えた。
業務優先のアージンさんは、失敗した人間の不服な様子を無視した。
『虚像獣の位置を、確認できますか?』
『できるぞ?』
『その位置ですが…。』
『ああっ!?』
ネロが大声を出した。
鼓膜が破れそうになる程大きかったので、瞬間だけ目を瞑った。
「どうしたの、ネロ。」
『俺、座標データをずっと見てたんだよ!』
『変なモンでも発見したのか?』
ラウトさんは拗ね気味なのか、年少パイロットを揶揄った。
『虚像獣以外いねぇよ!じゃなくて…。』
『些細な事でも構わん。気づいた点があれば報告してほしい。』
ボーデンさんはネロに対してもブレなかった。
リーダー格のボーデンさんに言われたら、ネロも正直に答えるしかなかった。
『今回の虚像獣なんだけど、かなり北にいるんだよ…。[キング・ステーション]の上よりも…。』
「メインターミナルよりも北寄り?」
私がネロの報告に疑問符を浮かべていると、アージンさんがより正確な数値を告げていた。
『ネロが感じた通りです。南北エリアの境界線を軸とすると、南北を示すY座標はマイナス100です。』
『てことは、まさか…!』
拗ねていたラウトさんが、気を取り直した。
座標データの単位は、メートルでの換算になる。
これは[スロープ・アイランド]の元となった地形のある国を基準としている。
元々この地上は、日本国の都市、大阪だった。
災害級の大雨で世界の各地が沈んでしまってからは、昔の国の概念が薄くなっていった。
みんなが降りかかってくる困難から身を守るのに精一杯で、他の事なんて考えられなかったから。
雨は止んだ。
だけど、雲が動く気配はなかった。
雲の流れがピタッと止まった時から、この地上に青空と太陽を拝めなくなった。
虚像獣の討伐ミッションでしか、晴れの景色を眺める機会がなかった。
天気の晴れ模様自体、貴重な光景となってしまったのだ。
滅多にお目に掛かれなくなった快晴の青空で、穢れた虚像獣がのうのうと過ごしている。
モニターの映像から目視できる奴は、恐竜と似た翼をパタパタと動かしていた。
そいつが、境界線からマイナス100の座標にいる。
つまり、100メートル南の位置に止まっている。
私達の懸念は、現実に起きた。
境界線より100メートル南ということは、100メートル北へ進むと境界線に辿り着いて…。
「[ノース・エリア]に侵入されてしまう!」
私はつい言葉を口にしていた。
同時に生き延びている虚像獣が私達を察したのか、翼をパタパタとさせながら、移動を開始した。
キィィ、と鳴き声をあげて。
気まぐれの虚像獣だが、今は【ペンタグラム】に背を向けて飛んでいる。
危ない状況に陥っている時に限って、私達の思考を読んでいるみたいで。
虚像獣の相手は、本当に油断できない。
『【ペンタグラム】とは3キロは離れていたな?』
『正確には、2、300メートルは加算されてます!』
『急がねえと、入っちまうぞ…!』
『我々が責任持って仕留める規則に変わったが…だからと言って流れてもいいわけではない!燃華!』
ボーデンさんが私を呼んだ。
リーダー格の指名に、私は応じた。
「何ですか!?」
『《剣》だ!火力を最大限に引き上げて、背後から炎をぶつけるんだ。
奴を燃やしている隙に接近する。』
「わかりました!」
スナイパー用の《銃》が、細かい粒子の光に変わって消えた。
光の粒子を放出して、《剣》を形成した。
右手で受け取った《剣》を、両手で握り返す。
《剣》の刃先を空の彼方に向け、正面に構える。
すると、刃部分全体が爆発するように点火した。
剣先を包んだ炎は燃え盛り、【ペンタグラム】の装甲も溶けるのではないかとやきもきさせた。
でも、今はそれどころじゃない。
虚像獣が[ノース・エリア]に逃げていく。
[ノース・エリア]は感覚的によそ者の土地だけど、同じ[スロープ・アイランド]内の区域なのには変わらない。
精神を病む人々を、これ以上増やしてはならない。
爆発的な炎が、遠くの虚像獣に届くよう祈って。
【ペンタグラム】は《剣》を振り下ろした!
炎は活力あふれる龍の如く、うねりを上げて豪速で走っていった。
一直線に進むだけなら、逃げ足のスピードによっては虚像獣に回避される。
だが、【ペンタグラム】の《剣》から放たれた炎は、曲線も描けるのだ。
直線コースから外れてしまう場合は、一気に曲がり角をつけてまで、虚像獣を狙いに行く。
これが、アージンさんの《槍》とは違う性能である。
《槍》の威力は高いが、軌道修正は極めて困難なのだ。
《剣》は《槍》より威力は低いが、軌道修正が可能だったりと柔軟性が高い。
ボーデンさんがアージンさんではなく私を選んだのに、納得がいく。
炎の龍の速度は進むにつれて、どんどん上昇していった。
3キロも離れている虚像獣相手に、1分もかからずに浴びせられるだろう。
虚像獣が炎の渦に飲まれて焼失して、終わってほしい。
そうすれば、出現地じゃない[ノース・エリア]の人間に迷惑がかからないから。
座標データ上の進行では、炎の動きも捉えられる。
もうすぐ虚像獣とぶつかるギリギリの位置まで攻めていた。
だが、裏切りも唐突に訪れた。
虚像獣は気まぐれな怪物だが、馬鹿ではない。
危険の感知ぐらいはできる個体も存在する。
虚像獣は[ノース・エリア]に突入しようと言わんばかりに、スイっとジャンプして炎を避けた。
目標を見失った猛火は、やがてその威力を弱めていった。
酸素も薄いので、延焼を助長しづらかったようだ。
『な、なんでだよ!?』
ネロが大声で嘆いた。
『避けられる可能性はあった、致し方ないだろう。』
『でも、《剣》の炎って曲げられるだろ!?』
『その結果がコレだぞ…。』
アージンさんとネロで話のやり取りをしていた。
『悠長に言ってる場合じゃないぞ!これは追いかけるしかあるまい!』
ボーデンさんがやり取りしていた2人を叱った。
そうだ。気まぐれな怪物を倒さない限りは、まだ任務は終わらない。
ラウトさんの《銃》と、私の《剣》。
中〜遠距離攻撃が効かない相手には、近接して当たっていくしかない。
ボーデンさんは指示を出した。
『アージン!ここは《槍》で飛ぶしかない!』
『そのようですね!』
アージンさんは次の出番は自分だと予想していた。
《剣》を右手から離して消滅させ、【ペンタグラム】の全長と同格の長さを持つ《槍》を出した。
【ペンタグラム】は《槍》を両手に持ち、その場で力強いジャンプを行おうとした時。
パイロット部隊の年少者が、焦り出そうとする一言を放った。
『ヤバいぜ!虚像獣が[ノース・エリア]まであと50切った!』
《槍》を構えて飛び上がる寸前で、【ペンタグラム】の身体のバランスが崩れた。
『んなもんわかってんだよ!』
『やめろラウト!今は静かにしてくれ!』
同年代同士の2人も、相当怒鳴っていた。
私は冷静になるよう傍観に徹していた。
今の攻撃はアージンさん主導だ。
残りの4人はいわばサポート役だ。
《槍》の激突への攻撃時に狙われた時の対処を、サポート役は考えないといけない。
一旦バランスを崩したが、【ペンタグラム】はすぐに体勢を戻して…ジャンプを開始した。
《槍》を使用したジャンプ時の【ペンタグラム】は、超音速のエレベーターと似た感覚が伝わってくる。
特に今はガチガチの緊迫した状況。
私と、パイロット部隊の仲間の4人も、振動で身体が揺れていた。
大気圏内スレスレぐらいまで上昇し、《槍》の矛先を下に向けて一気に下降する。
しぶとく北を目指す虚像獣に突き刺す為に、勢いをつけて。
ジャンプの頂点に到達してすぐに、虚像獣に体当たりしようと急降下する。
また、ネロが座標データの数値を読んで、叫んだ。
『あと25切った!』
『まだだ、まだ間に合う!』
ボーデンさんがチャンスはあると激励した。
《槍》の威力は加速の度合いでも変化する。
大きいほど、深く傷をつけやすくなる。
たとえ、虚像獣がギリギリ[ノース・エリア]に足を踏み入れても、貫いてダウンしてしまえばそれでいい。
急降下という次のステップに踏み込もうとした時だった。
ネロに注意したラウトさんが、声を荒げたのである。
『虚像獣の光点が、点滅しかかってるぞ!?』
え?と思いながら、アージンさん以外は座標データを確認した。
点滅の回転率が高かった。
かなりの速さで光点がチカチカしてきている。
もしや、と大方の予想を立てていると、座標データの光点は…消滅した。
【ペンタグラム】はまた、バランスを崩した。
『誰だ!緊急ブレーキをかけたのは!』
『落ち着けアージン!敵が消滅した!』
『消滅…ですか?』
年上のボーデンさんに対しては、敬語に変えるアージンさんだった。
アージンさんの指摘通り、緊急ブレーキをかけていた。
放置しておくと、そのまま雲を突き抜けて地上に落下する恐れがあるからだ。
2次被害は、私達の行動でも注意しなければならない点がたくさんある。
その影響で損害賠償の請求もされる懸念もあるからだ。
私達の手で防げるのならば、実行せざるを得ない。
【ペンタグラム】の身体のバランスは、元に戻った。
現状の把握に努めるために、虚像獣の消滅地点まで降りていった。
地点の正確な数値は、座標データが記録している。
数値の誤差が出ない限りは、信用して辿り着いても問題はない。
《槍》は握られたまま、普通の速度で雲上スレスレまで降りてきた。
第3の敵が潜んでいる可能性も否定はできない。
司令室でも確認中らしい。
現状報告も兼ねて、虚像獣の存在した地点の周辺を調べた。
虚像獣の突如の消滅に気を取られすぎて、緑の光に気がつかなった。
座標データには緑の光が点灯されたままだ。
これはラウトさんの指摘だった。
照合しているかどうかも考慮して、もう一度周辺をチェックした。
緑の光点は、[ノース・エリア]との境界線より北に位置していた。
つまり、黄色い細身の人型ロボットは、[ノース・エリア]の範囲内でに立っていた。
棒立ち状態で浮遊していたロボット。
その機体の両手には、これまた黄色に塗装されていた銃らしき武器が握られていた。
微かにだけど、銃口と想定する先端から白い煙が出ていた。
虚像獣が消滅したのを考慮すると…誰が仕留めたのか予想がついた。
『まさか、こんな小さなロボットが…?』
『俺達の乗る巨大ロボでも、倒せなかったんだぜ…?』
アージンさんとラウトさんの同年代コンビが驚いた。
距離自体は300メートル程離れてる為、実際のサイズは異なるかもしれない。
【ペンタグラム】は5機のジェット機で構成される巨大ロボットだ。
どうしても体型は、太くなりがちである。
奥に立つ黄色のロボの胴体は、細い。
火力が十分に蓄えられているとは思えない。
ロボ同士なら脅威の対象になり得ない機体が、あの虚像獣を倒したなら…!
黄色のロボの中にもパイロットが操縦しているかもしれない。
それ前提で、ボーデンさんが話を始めた。
『ちょっと君、少しいいだろうか?』
口調が何だか、説教気味であった。
これはおそらく…つい最近に扇浜が会見で述べた規則についての小言の意が込められているのだろう。
私も、今のボーデンさんの発言で思い出した。
黄色のロボは、じっと立ったまま。
動作は確認されていない。
それどころか、【ペンタグラム】から通信回線を開くように送っているのにもかかわらず、相手側からの音声はない。
もしや…無人機だろうか?
その予想は私以外でも想像できた。
だが、無人機でも通信回線を開き、AIの音声で一定のやり取りぐらいはできる。
今は虚像獣の討伐がメインの時代。
信号反応で動く無人機は、縮小傾向にあった。
相手が口を開けるように、時間を取ったのだが…。
全くの反応がなかった。
ボーデンさんは無反応が気掛かりとなり、もう一度黄色のロボに問いかけた。
『君達は[ノータブル]の所属であろう?トップの会見を聞いていなかったのか?
撃破には感謝するが、君達は越権行為をしているのだぞ?』
応答するかわからないので、今度は忠告も交えていた。
やはり、脈はゼロだった。
逆に…黄色のロボは無言で踵を返した。
私達に背を向けて、一気に降下した。
屈む姿勢っぽいのは、斜め下の先に所属する基地があるのだろう。
[ノース・エリア]だから、[ノータブル]に戻ったのかもしれない。
黄色のロボは名称も含めて、謎に包まれたシルエットとして記憶に残った。
『何だよ?無愛想なのか?』
『決めつけはまだ早いぞ…。』
ラウトさんとアージンさんは、不思議に思っていた。
もちろん、ボーデンさんと私もだ。
唯一、ネロだけ何故か…身体を震わせていた。