虚構のアイランド【まとめ】

本編6・シックスターゲット(1)

2024/07/22 19:36
アイランド本編
虚像獣の出現位置は、[サウス・エリア]だと判明した。
その直後、格納庫では最終調整を行い、ジェット機を全て飛ばした。

5機はボーデンさんのジェット機を中心に、平行に飛行していた。
『よおネロ!燃華と密会した気分はどうだったんだ?』
ラウトさんが揶揄うように言ってきた。

当然、ネロはムキになって言い返した。
『密会ってなんだよ!俺はちょっとした話をしただけだぜ!』
『そうかそうか。ま、その気になったら、応援はしてやるぜ?』
『むぅ!まだ早いっての!』

ラウトさんと話すネロは、どうしても喧嘩のようなじゃれ合いになってしまう。
日常的なので、私達仲間は軽く流しているが。
今は虚像獣の出現が判明して、討伐任務の遂行の専念が必要だ。
余計な私語は、慎まなければならなかった。

2人への注意を、アージンさんが行った。
『止めろラウト。今はそんな余裕はないぞ。』

『…そうだったなぁ。扇浜のおかげで、制度が変わったんだよな?』
『今は[サウス・エリア]でうろついている状態だが、虚像獣は気まぐれだ。
あっという間に[ノース・エリア]との境界線を越えてしまう危険性もある。』
アージンさんの言うとおりだ。

扇浜の会見後、お互いのエリアの出現した位置を元に、虚像獣を最後まで追い詰める制度に変更された。
[サウス・エリア]で出現した分は[サウザンズ]が、[ノース・エリア]で出現した分は[ノータブル]が責任もって処理する。
虚像獣の始末は迅速に行わないと、[スロープ・アイランド]全域に住む人々の精神が蝕まれる。
浸食された影響によって人々が暴力や破壊に訴えてはならない。

今まで以上に、気を引き締めなければ。
『まあ、俺達はただ、虚像獣の討伐のみに集中する事だ。
ちょっと厳しい制度が追加されたが、虚像獣を次々と倒していけば、今までの任務と変わらない。
あまり深く考え込むな。』
ボーデンさんの言葉だった。

リーダー格の言葉に、私達部隊の人間は受け入れた。

『よし、雲の上を突破したな?今から【ペンタグラム】に合体するぞ!』
『はい!(おう!)』
そろそろ、今回の任務が始まる。

【ペンタグラム】の合体作業の号令と順番は変わらない。
『イマジネーション・ビルド!』とボーデンさんが叫ぶと、5つのジェット機が一斉に合体作業に取り掛かる。
ラウト機とアージン機が脚部に、自分の専用機とネロ機が腕部に、ボーデン機が胴体部に変形した。
『スタンバイOK』の掛け声を各員が行った後、ボーデンさん主導で変形したジェット機の接続が始まる。
事前チェック後に胴体と四肢を合体し、自動的に全身をコーティングした。

【ペンタグラム】の、幾度目かの合体に成功した。
『こちら【ペンタグラム】。今回も異常なし。展開を頼む。』
ボーデンさんが[サウザンズ]の司令室に、虚像獣の展開を依頼した。
応対したオペレーターが了承し、実行を開始した。

四角形のタイルがランダムに敷き詰められた。
楕円形の球を形取った後に、風船みたいにパン!と割れた。

虚像獣のお出ましだ、と言いたいところだが。
今回は少し異変を感じた。
私達【ペンタグラム】のパイロット全員が、一目で気づいた。

距離の間隔の長さである。
虚像獣は【ペンタグラム】から…キロメートルで示せる程遠く離れていた。
虚像獣に傷を加えるには、接近しなければならないのだが。

【ペンタグラム】には、遠距離に最適な人物が搭乗していた。
《銃》を担当する、ラウト・ビルムーダさんだ。
ラウトさんは正規軍内に在籍していた時から、スナイパーとしての腕を買われていた。
敵が視認できない位置から遠距離で仕留める任務を繰り返し、各部隊内の生存率を高めていった。

虚像獣との戦闘は、雲の上。
身を潜める障害物などはない。

ところが、今回の虚像獣は【ペンタグラム】の正面方向に、全身を向けていない。
拡大すると、ギラついた視線も逸らしている状態だった。

私達に、【ペンタグラム】に気づいてないのかもしれない。
虚像獣は気まぐれなモンスターだ。
いつどの位置で、こちらに牙を剥いてくるかわからない。

虚像獣がそっぽ向いている今、すぐに片付けて、地上に平穏を取り戻したい。
『今回は手柄を取れるかもしれんぞ?ラウト。』
『スナイパーとしての腕がなりますねぇ。』

ヘヘッ、とラウトさんは軽く笑った。
普段からヘラヘラしている姿はよく見かけるけど、今ほど喜んでいるのは久しぶりだ。
障害物のない雲の上は、こっそり始末する狙撃者にはある意味不向きな戦場かもしれない。
遠距離攻撃自体は効用があるものの、熟練度の高い敵だと察知されやすいので、成功率が下がる事も。
隠れにくいので逆に狙われやすくなるのも根拠の1つになる。

《銃》を担当するラウトさんの出番は、なかなか回らなかった。
今回嬉々とした表情を見せるのは、そのせいだろう。

『ヘマをするなよ、ラウト。』
『相変わらず心配性だな、アージンは。』
アージンさんはラウトさんと正規軍時代からの同期なので、彼の腕をよく知っている。
心配性とかわされたけど、気を緩めないアージンさんなりの気遣いだろう。
ラウトさんも、へいへいとあしらいながらも、同期の気遣いに感謝していた。

【ペンタグラム】は《銃》の武器を出す。
左の手のひらを、指まで全開にして、そこから光を放出した。
細長い狙撃用の《銃》の形が成型されていく。
シンプルなスナイパー専用の《銃》が出現した時、左手がそれを掴む。
《銃》を縦から横に向きを変えて、銃口を遠くの虚像獣に定める。
【ペンタグラム】はしゃがみ込み、左膝だけを立てた。
左脚…《レフト・レッグ》はラウトさんのジェット機が変形した部位である。

ラウトさんの軸足が右なので、最初のうちはやりにくいと不満をこぼしていたのは、いい思い出だった。
【ペンタグラム】は虚像獣よりも強くなるよう、幾度の改良がなされている。
利き足じゃない左脚からの照準合わせから発砲までをできるように、接続経路をラウトさん用に組み換えていた。
具体的には、ラウトさんのジェット機のコックピット内には、多数の銃のコントローラーが搭載されている。
ラウトさんの右手の操作が【ペンタグラム】の左手、逆もまたしかりで。
説明がややこしくなるが、要するにラウトさんが使いやすいように設定を変えたのだ。

最初から【ペンタグラム】の合体時の配置を変更すればよかったのでは?
という意見も散見したが、左利きの人間がパイロット部隊にはおらず。
障害物のない雲の上での虚像獣の戦闘では、遠距離攻撃の《銃》はあまり使用されない。
故にラウトさんの出番も少ない。
虚像獣の出現位置は、エリア内という特定情報を除けば様々で、稀に至近距離で登場する時もある。
距離によって、武器の利用方法も変わってくるのだ。

さて、話は逸れてしまったが。
いよいよ【ペンタグラム】の射撃が始まるところだ。

モニターでラウトさんを確認すると、彼は右目に高性能なスコープを着用していた。
彼のやりやすいように、スナイパー用の横長い銃を構える体勢をとり、照準を定めるのに集中している。
この一連の作業はラウトさんしか行えないので、私達はただ黙って見守るしかない。
《銃》を使用すると決まった時から、緊張は走っていた。
《銃》の発砲には、カウントが入る。
私や他の隊員が任せられている武器とは違い、所持してそのまま敵にぶつける、とはいかない。
《銃》は火力を高めに設定する代わりに、【ペンタグラム】の電力を大量に消費する。
1発外すと、約3割の電力を無駄に失った計算になる。
照準合わせも、タイミングも必要なのだ。

ラウトさんの攻撃時の行動に、私達は口出しをしてはいけない。

『カウント、入る!5、4、3、2、1…。』

行け。
『発射』のサインが、銃声にかき消される程に小さかった。
これがラウトさんのやり方だった。
《銃》の威力は高い。
【ペンタグラム】の機体全体が微かに揺れた。
銃口付近から、やや灰色の煙も漂った。

ボゥっとしている暇はない。
ラウトさん以外の隊員達は、虚像獣の存在を気にしていた。
銃口を向けられた1体の虚像獣の周りには、爆発が起きていた。
ピントがズレているのならば、虚像獣の姿が遠目で見ても残っている筈。

しかし、爆発による炎があがっている以外、雲の上にはただの透き通った空と分厚い雲しかない。
この透明感あふれる淡い青空を、戦闘以外でも拝みたいと願っている暇はない。
映像で確認できなければ、地図の座標データとの照合をするしかない。
細長い《銃》の弾丸を直撃しただろう虚像獣は、爆発にも巻き込まれている。

私は黙って、座標データの解析に務めた。
もちろん、ボーデンさんから隊員達へ指示も出ていた。

担当者のラウトさんは、やりきったような清々しい表情をしていた。
まだ終わっていないが、当たった事に喜んでいるのだろう。
他の正規軍の人間から聞いた話だと、凄腕のスナイパーでも失敗発生率は低くない。
戦場においては、様々な不可抗力があるからだ。
この場合は、虚像獣の気まぐれで察知されて、避けられる可能性がある事だ。
虚像獣を包み込んだとされる爆発の炎が、徐々に静まっていく。
灰色の煙も、晴れていく。

存在の有無の判断が出来るようになる時が来た。
私達は、存在が焼失した事を願った。
ところが、望みは叶わなかった。
虚像獣には、たまに鋼鉄の守りを持ったタイプもいる。

今回は、それに当たった。
命中した筈の虚像獣は、未だにピンピンとしていた。

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