虚構のアイランド【まとめ】
本編4・フォースサドンリィ(1)
2024/07/21 08:12アイランド本編
此度の【ペンタグラム】の出撃無しで、虚像獣は消滅した。
[ノース・エリア]の管轄基地である[ノータブル]のパイロット部隊が、時間はかかったけど倒したからだ。
消化不良の気分だったが、今回も虚像獣が消滅してくれたから、私はそれでよしとしていた。
手柄を取りたがるネロや、結構口に出すラウトさんは不満を溢していたが。
降りる許可を貰った私達は、報告の為司令室に一度立ち寄った。
総指揮官はかなりの苛立ちを見せていたが、それ以外はスムーズに事が運んだ。
報告業務の後、解散宣言がなされた。
パイロット部隊は各々の向かう場所へ行く為、司令室を出た。
私も仮のマンションに帰った。
[サウザンズ]の基地から南へ100メートル程で帰れるので、格納庫で保管していた私物を受け取って帰宅した。
パイロットの身なので、体力には自信はある。
だが…今回は疲れがドッと出てきた。
朋美と一緒に行った、[5秒前]のコンサート。
消化不良の、出撃待機。
本日はこれだけでも、相当過酷なスケジュールだった。
私は帰宅してすぐに、布団を敷いて横になった。
荷物の後片付けも残っていたけど、回復してからにしようと決めていた。
そのまま眠りにつきたかったが、気になる情報があって、私は携帯の電源を入れた。
ニュースのサイトを調べた。
トップページには、[5秒前]の交流会が即中断したとのニュースが発表されていた。
現地に行っていたからわかる。
輝以外のメンバーに対してファンが過剰に乗り出してきたら…誰だって恐怖する。
ニュースの詳細には、グループのメンバーは別の場所に避難して、ファンとの距離を取ったと記載されていた。
輝達は無事でよかった。
心残りといえば、私個人の問題だろう。
交流会で、輝には多大な迷惑をかけてしまった。
[Salty Sugar]を知っている者がいて、大いに喜んだから。
彼らのおっかけではなく、共通の嗜好で自分勝手に盛り上がっていただけ。
自分だけ楽しい、と思い込んでしまった。
パイロットとして皆を守る仕事に立つ私が、守られる誰かを傷つけてしまった。
これは私の大きな失態だ。
猛省しなくてはならない。
しばらくは、私は責務以外の外出は出来ないだろう。
私は敷布団のシーツを握りしめて、うずくまっていた。
布団の側に放置した携帯の電子音が鳴った。
私は携帯を手に取った。
緊急事態の連絡の可能性もあるし、素早くキャッチしないといけない。
だけど今は元気がなく…通話ボタンを押すのに時間がかかった。
電話の発信者は『花岡 朋美』。
私の友達だ。
今回初めて行ったコンサートの件だろう。
彼女は交流会の場で私に対して怒っていた。
公の場でアレだから、2人きりだとこっ酷く叱られるだろうな…。
私はしょんぼりした。
電話に出ないのは申し訳ないので、私は覚悟してボタンを押した。
耳元にスピーカーを当てて、自分から口に出した。
「もしもし。」
『燃華?今時間大丈夫?』
やっぱり、コンサートでの迷惑行為に対する注意かな。
時間が必要って、説教も含まれているよね。
厳しい展開がやってくるだろうなぁ、と私は予想していた。
予想は、朋美の次の発言により、裏切られた。
『その声からすると、ぐったりしてるわね…。
仕方ないか。私も燃華を散々連れ回してしまったから、疲れが今出てきたんだろうなぁ。』
朋美の声には、優しさが溢れていた。
それは私への気遣いだろうか。
私はこれは謝らないとと焦り、すぐに言葉を発した。
「ごめん、ごめんね!私、とんでもない失態を犯しちゃって…!」
『初めての人は誰でもやっちゃう事よ?そこまで深刻だと思ってないわ。』
朋美は怒っていなかった。
平常時の穏やかな声のトーンだった。
『次に2度とやらないと、反省すればいいの。
燃華自身、音楽アーティストのコンサート自体が初めてだもんね。』
朋美の発言で、私はハッと気付かされた。
[Salty Sugar]は私のお気に入りアーティストデュオではあったが…私は自分の部屋で静かに音楽を聴くのみに徹していた。
ライブ等のイベントは、行けなかった。
成長期を迎えていた時には、引退していたし。
[5秒前]の今回のコンサートが、私とアーティスト達の初めての生の触れ合いだった。
だから浮かれてしまったんだ。
メンバーの1人に[Salty Sugar]の存在を知ってる人がいて、有頂天になったんだ。
その悪い影響が、周りのファン達をドン引きさせていた。
朋美にも叱られた。
『3』?の前で乗り出そうとした狂気のファンの引き金を引いたのも、私が原因かもしれない。
『燃華?』
朋美が私の名前を呼んだ。
朋美のおかげで、私は正気に戻った。
私は一度悩んでしまうと、それに囚われてしまいがちになる。
長時間も、クヨクヨ悩む癖が昔からあった。
だから、友達の朋美のポジティブさは、私を勇気づけた。
「あ、ごめん。」
『ああ、また抱え込んでるのね。もう、あなたの行動なんて軽いものよ?
あなたはアクリル板にまで手を掛けなかったじゃない。あの位の興奮なら誰でもあるわ。』
昔なじみの朋美は、私が悩み込んでいるのに気づいていた。
悩むことを止める為に、彼女はまた私を誘って来た。
『[5秒前]のコンサート、1ヶ月後に[サウスエリア]内で開催されるけど、行く?』
「え?いいの?」
私は友達の切り替えの早さに驚いた。
あれだけ酷い事をしでかした私を、またコンサートに誘ってくれるなんて…。
『燃華は輝君に興味持ったんじゃない?なら、もっと彼を応援してあげようよ。
なんならCDも貸してあげる。』
朋美の対応が素晴らしかった。
私が応援できるように、彼らについての知識を伝授しようとしてくれている。
あれだけ迷惑かけたのに。
本当に申し訳なく思ってしまう。
だから、私は友達の好意を素直に受け入れた。
「ありがとう。次のコンサートに行くよ。楽曲も聴いてみたい。」
『そうこなくちゃ!コンサート映像のBlu-rayもあるから、それも貸してあげる。
なんなら、一緒に観ようか?』
朋美は更に大盤振る舞いをしてくれた。
ここまでしてくれるなら、好意を無駄にしてはいけない。
「観てみたい!朋美の都合に合わせてくれたらいいから、その時に観せてほしいなぁ?」
『よし、わかった!じゃあ仕事の効率上げて、頑張って時間を作るわね!』
朋美にやる気が出てきたようだ。
励まされてるのは私の筈だけど、彼女の喜びの声を聞くと、私も嬉しくなる。
友達を持ってよかった、と心から思った。
[サウスエリア]内で開かれるコンサート。
再び輝の勇姿をお目にかかれる日を、待ち望んでいた。
その希望は…コンサート開催まであと10日に迫った頃に、打ち砕かれてしまった。
偶然、携帯のニュースサイトに接続した時である。
私は部屋内のPCでニュース番組を閲覧するので、サイトを見るのは退屈しのぎの時のみだ。
『速報』のポップアップは、関心の薄い人間でも興味を惹きつけてくる。
トップページの最上部に、赤い文字で1行に簡潔に纏められていた。
『速報:一ノ宮輝、グループ脱退』
私は、後頭部を強く叩かれたような衝撃を受けた。
ショックを受けると、何の言葉も話せなくなる。
知らせを聞いた私の状態は、そんな感じになっていた。
この時も、朋美からの連絡があった。
携帯の通話ボタンを押す手は、少し震えていた。
『燃華!ニュース見た?』
「朋美…、私、私…。」
『落ち着いて?気持ちはわかるから。私もすごい急だな…と戸惑ったし。』
「う、うう…!」
『燃華!待って、今時間空いてるから!』
朋美が電話を切った。
朋美は転送機能を使わずにやってきた。
それで10分くらいは時間を要する事になった。
でも、来てくれただけで嬉しかった。
朋美は階段を駆け上がり、合鍵でドアを開けた。
燃華!と私の名前を強く呼んだ親友。
即座に私は、彼女に抱きついた。
朋美の腕に包まれて、私は泣いた。
「朋美、これって、私が酷い事したから?だって、彼の迷惑を考えずに1人で盛り上がっていたよね?」
泣き崩れている私に対して、朋美は私の頭を優しく撫でた。
「ううん。違うと思うよ?彼らはプロだもの。燃華の失態程度で活動を止めたりしないわ。」
彼女の手は、心地良かった。
「よしよし。気分が落ち着くまで、私がついてるからね。」
朋美の言葉に私は甘えた。
声に出して泣く行為自体は、朋美が来てくれたおかげで段々と静まっていった。
今まで泣いていたおかげで、私の顔は真っ赤に染められていた。
悲哀を表しているようで、外に出れるような状態じゃない。
虚像獣が出現しなくて、この時は本当に良かったと思っている。
大人しくなったけど、私は未だに朋美の腕から離れなかった。
慰めてくれる彼女に、私は聞いた。
「朋美。私、これからどうすればいいのかな…?何をすれば、輝君は喜んでくれるのかな?」
ファン歴の長い朋美が下した答えは。
「今度のコンサート、輝君は抜けてしまう。
だけど、他のメンバーは残ってるし、精一杯応援してあげて。
輝君も、その方が喜んでくれると思うよ?」
彼女の答えに、私は共感を持った。
「そうだね。無駄にしてはいけないんだ。
今度のコンサート、輝君も参加していると思って観に行かないと。」
「そうよ?その心意気よ。輝君も準備していたんだから、彼の努力を否定する真似はよくないわ。」
朋美が同調してくれた。
悲しみは大分落ち着いて、私は朋美の胸元から離れる事ができた。
朋美を部屋の中へ招いて、2、3時間はゆっくりと寛いだ。
朋美の帰宅前に、私達はたまに足を運ぶ定食屋に立ち寄った。
このお店は料金が高めなのもあり、客層の質は悪くなかった。
定食ならばお酒無しでも食べられるから、メニュー1品ずつ2人で食べた。
定食屋を出ると、私は朋美と別れた。