虚構のアイランド【まとめ】
本編1・ファーストミッション(1)
2024/04/18 12:32アイランド本編
いつからか、空模様は灰色1色になっていた。
雨でも降りそうなどんよりとした外の様子。
だが降水量は平年並みにしか、降っていなかった。
5階建ての労働者用のマンションの最上階。
私は窓を開けて、外の空気を吸っていた。
下はのらりくらりの爺さん達が、昼間なのにお酒を飲んだりしていた。
たばこも加減を知らないのか、何本も吸う姿もよく見かける。
決して、空気なんて良い、と呼べる代物ではなかった。
だがマンションの利用が寝泊まり目的の私には、この空気でも十分だった。
大きく開かれた窓の側で、外の様子を眺めていると、ピピピ…とアラームが鳴った。
アラームの元は、私の短パンのポケットに忍ばせていた正方形の小型端末機だった。
端末機の正面は液晶パネルになっており、真ん中の赤い丸をタッチすると、画面が切り替わった。
いかにも事務員の格好をした女性が出てきた。
私は彼女をよく熟知していた。
「朋美、どうしたの?」
『いつもの仕事だよ。出撃準備して。』
「わかった。すぐ飛ぶわ。」
私は朋美からの通信を切って、端末機を操作した。
《Teleport》というボタンを表示させたら、それをタッチして5階の部屋から自分の姿を消した。
これはいわゆる『転送』の仕組みである。
私はマンションの一室から…とある基地の格納庫へと移動したのだ。
マンションの一室のように静寂な雰囲気ではなく、格納庫内は皆が慌しい様子であった。
走り回っているのは、ほとんどがメカニックの者だ。
メカニック達は全部で5機存在する飛行マシンの最終調整に取り掛かっていた。
これには理由がある。私が操縦するからだ。
ジェット機は機体にラインが入っており、色分けされていた。
私は濃いめのオレンジ色のラインが入ったジェット機に乗り込んだ。
専用スーツは転送時に着替えを済ませている。
上下に開閉するコックピットの扉は開かれたまま。
メカニックの1人から、ヘルメットを受け取った。
私はヘルメットを被り、宣言してから扉を閉めた。
メカニック達は一斉にジェット機から離れた。
格納庫の両端にメカニック達の避難エリアが敷かれており、そこに彼らは逃げた。
「乗り遅れている人はいますか!」
メカニックの1人が大声で言った。
OKだ!OKです!
他のジェット機のパイロットからのサインだ。
私は自機の正面モニターの映像から確認した。
もちろん、私もOKのサインを出した。
『発進の許可をお願いします!』
同じメカニックがヘッドマイクで申請した。
発進許可の信号は、ジェット機内でも確認できた。
四角いランプが青く点灯した時だ。
『秒読み開始します!30秒前!』
カウントダウンが始まった。
スーツ前のベルトに固定されて、もう後戻りはできない。
『5秒前……3、2、1…発進!』
ビュン!と突風が吹く音がした、ように聞こえた。
実際、風速のメーターでは緩やかに吹いている状態だったから。
パイロットの私達が感じたのは、背中に伝わる振動であった。
それは私達を、ジェット機を前へ一気に進んでいる証拠だった。
ジェット機は1秒に満たない速さで基地内の建物を出ると、機体の角度を変えて、上空へ直進した。
5機全てが無事、事故もなく飛んでいた。
『おいお前ら、ついてきてるか?』
中年に差し掛かったオヤジの声が聞こえた。
彼の名は、ボーデン・ブラン。
私達パイロット部隊の隊長格で、もう40歳だ。
ちなみに私は、昨年20歳になったばかりである。
『もう慣れましたよ。ブランさんも息あがってませんか?』
『馬鹿言え、俺はまだまだ現役だ。』
ブランさんに返した男は、青色のラインのジェット機を操縦している。
彼の名はラウト・ビルムーダ。
28歳の、金髪の男だ。
ラウトさんは明るめの性格で、上下関係の差なく誰とでも気軽に話しかける。
反面、特徴を掴みづらいキャラでもあった。
ラウトさんの気さくな会話を中断する声があがった。
緑のラインのジェット機を操縦する、アージン・ビジョウだ。
『ラウト、その辺でやめておけ。』
『はいはい。大事な仕事に取り掛かってんもんな。』
アージンさんはラウトさんと年齢が変わらない。
見た目がラウトさんと真逆で、焦茶の髪色にやや黒い肌色が特徴的な男性だ。
これで静かに仕事をこなせるかと思いきや。
ラウトさん同様、いやそれ以上にうるさい人物がいた。
パイロット部隊で唯一、私より年下の男の子が加わっていた。
『もう!いいとこでゲームクリアできるとこだったのによ!虚像獣、空気読めよ!』
黄色のラインのジェット機を操縦する、ネロ・アマリーノ。
年齢は…18歳になったばかりだった。
軍隊の新米兵を想像すれば、彼ぐらいの若い子がいてもおかしくはない。
だが年齢とは裏腹に、彼は戦闘の経験が豊富だった。
その証拠に、猛スピードで駆け巡る自分のジェット機を平然と動かしている。
速度による負荷で重症に陥った人間も多くいるジェット機だから尚更だ。
ジェット機が5つ存在するのには、ワケがあった。
上空の分厚い雲を突き進んだ先に、答えがある。
分厚い雲を通り抜けた先には、太陽の光と青空が広がった。
全地球が巨大な雲に覆われて以来、地上でずっと暮らしていると、拝めない光景だった。
『よし、合体するぞ。』
隊長格のボーデンさんがパイロット全員に伝えた。
『OK!』
私を含め、パイロット部隊の全員が肯定の返事をした。
『よし。こちら【ペンタグラム】パイロット部隊、合体体制に移る。』
『こちら[サウザンズ]本部司令室。了解しました。実行に移ってください。』
ボーデンさんと[サウザンズ]基地の司令室との回線は、私達にも丸聞こえだった。
だから、5機のジェット機から合体ロボ【ペンタグラム】への変身も円滑に進められる。
今までも合体に成功し、敵・虚像獣との対決にも打ち勝っていった。
今回も、うまくいく。
『イマジネーション・ビルド!』
ボーデンさんの掛け声により、真ん中の茶色のジェット機以外が左右に散開した。
茶色のジェット機は上空へ上がり、変形を開始する。
左右に展開した他のジェット機も同じく変形を始めた。
両端の青・緑色のジェット機は二足歩行型のロボットの脚へと変形した。
ギミックはアニメを観ている人には想像がつきやすいかもしれない。
ジェット機の中心部にはわずかな溝が存在しており、前へ折り畳むようになっている。
ジェット機背部の内部の機械が表に出され、ロボの身体の一部へと形成される。
『ライト・レッグ(右脚)、スタンバイOK!』
アージンさんの掛け声だ。
『レフト・レッグ(左脚)、スタンバイOK!』
こっちも順調だ、とラウトさんは言葉を足していた。
合体移行中で姿を目視できないが大丈夫。
モニター画面に《success》の文字が並んでいるから。
脚が形成されたら、次は腕だ。
腕は私の乗る濃いオレンジのラインのジェット機と、ネロの乗る黄色のラインのジェット機を変形させてできる。
要領は脚への変形と全く同じ。
ジェット機内の内部構造が異なるだけだ。
『ライト・アーム(右腕)、スタンバイOK!』
私の声である。
【ペンタグラム】のパイロット部隊に配属されてからずっと、濃いオレンジ色のラインのジェット機とロボの右腕担当は変わらない。
『レフト・アーム(左腕)、スタンバイOKだぜ!』
ネロはラウトさんみたいに余計な事は言わないが、語尾をつけてしまうクセが目につく。
《success》の表示が2つから4つへと増えた。
【ペンタグラム】の巨大ロボへの合体には、ジェット機5つが必須である。
《success》の表示が、あと1つ必要になる。
腕と脚が揃ったのならば、残りはそれらを繋ぐ胴体しかない。
【ペンタグラム】の胴体を担うのが、パイロット部隊の隊長格であるボーデンさんだ。
茶色のラインのジェット機の先端部分の裏側は、【ペンタグラム】の顔が埋め込まれていた。
ボーデンさんのいるコックピットを頭部に固定し、ジェット機後方部分を胴体へ変形させる。
『ヘッドボディ、スタンバイOK!コネクト・スタート!』
ボーデンさんの掛け声は、絶対に忘れてはいけない。
もちろん、他のみんなの掛け声もだ。
彼の掛け声は、【ペンタグラム】の基本操作にまつわる情報ばかりだから。
身体の一部にそれぞれ変形したジェット機達は、ロボの身体になるように自動で配置される。
胴体を中心に置いて、左右に腕と脚を並べた。
接続部分から、電撃のような光が出現する。
合体する前にきちんと接続できるかの事前チェックを、光の色と反りで判断するんだ。
《correct》とジェット機側が判断すると、自動的に固定される。
そして、ゆっくりと四肢が胴体へと装着される。
エアスプレー加工のように全身に白を纏い、すぐに解放する。
すると…基本の白に茶色のラインの入った巨大人型ロボ【ペンタグラム】が登場した。
【ペンタグラム】は空中飛行が可能な為、合体後も浮遊した状態を維持できる。
たとえ、雲の上の…青空と太陽しかない空間内でも。
合体の成功は[サウザンズ]本部の司令室でも確認できた。
『こちら司令室。【ペンタグラム】の合体完了を確認しました。
虚像獣の展開に移ります。了解のサインをお願いします。』
[サウザンズ]司令室のオペレーターは変わらず丁寧口調だった。
正規軍の派遣員で、教育を受けているからである。
『こちら【ペンタグラム】。機体の異常は無し。パイロットの異常も無し。
いつでも展開に移してくれ。』
『確認しました。データの展開処理に移行します。』
オペレーターが言い終わると、【ペンタグラム】の正面から四角形のタイルがランダムに出現した。
付箋のように敷き詰められたタイルは半透明な状態で、枚数が増えるたびに細かい造形を行うようになる。
角ばった線は滑らかな曲線へと変化し、怪獣のシルエットを形造った。
きめ細やかな造形を終わらせると、タイルは風船のようにパン!と破れた。
虚像獣の登場である。
怪獣のシルエットと言ったが、見た目は太古の恐竜に近い姿をしている。
雲の上なので、当然虚像獣も浮いている。
プテラノドンに近い翼を生やしているのだから、飛行には苦労しない。
この恐竜じみた獣こそが、私達人類の敵である。
『虚像』の名前の通り、コンピュータ等の電子機器がないと人間の目では視認できない。
目に見えない恐怖、というのは実際に存在する。
この世界に《晴れ模様》が見れなくなった今、私達の心は蝕まれていった。
毎日がどんよりとした空模様の下、憂鬱な生活を送っている私達。
穏やかな気持ちになる日々は続かない。
ストレスという4文字が、人間の精神の異常をもたらす。
ストレスが増加するにつれ、人間は不安や焦燥に駆られてしまう。
その発展形が怒りや暴力に変わっていき、日々ニュース沙汰になる事が多い。
暴走の激化の背景に、禍々しい虚像獣が潜んでいる。
数年前にとある解析学者が立証してから、皆がその噂を信じるようになった。
着任したての当時の私は、半信半疑で聞いていた。
同じパイロット部隊の人達も同じような仕草を出していた。
虚像獣を1体倒してから、変化は訪れた。
戦闘後、[サウザンズ]の司令室に案内された私達パイロット部隊は、例の解析学者の説明の元、市街地の様子を観察していた。
晴れ間も望めない雲の下で、皆笑い合っていた。
喧嘩の取っ組み合いをしていた者達の手足は見せず、困惑はしていたものの、互いに笑みを交わす姿があった。
口論で険しい表情をしていた女性達も、謝罪の素振りをみせて、最後に穏やかに笑っていた。
虚像獣を倒しただけで、これだけの効果があったのを見せつけられた。
だから、私達がやっている行動は、間違っていないんだ。
一部の批判者が続出した時、[サウザンズ]には多くの反感ももらった。
けど、解析学者に集った人達が戦闘前後の市街地の様子の映像を公開してから、彼らの口は閉じられた。
今回も目の前、モニター画面に映し出された虚像獣を倒す。
ストレス過剰で苦しむ人達を、平穏な拠り所へ解放する為に。
【ペンタグラム】は虚像獣に向かって、前へ進んだ。
右手に武器を持って。
雨でも降りそうなどんよりとした外の様子。
だが降水量は平年並みにしか、降っていなかった。
5階建ての労働者用のマンションの最上階。
私は窓を開けて、外の空気を吸っていた。
下はのらりくらりの爺さん達が、昼間なのにお酒を飲んだりしていた。
たばこも加減を知らないのか、何本も吸う姿もよく見かける。
決して、空気なんて良い、と呼べる代物ではなかった。
だがマンションの利用が寝泊まり目的の私には、この空気でも十分だった。
大きく開かれた窓の側で、外の様子を眺めていると、ピピピ…とアラームが鳴った。
アラームの元は、私の短パンのポケットに忍ばせていた正方形の小型端末機だった。
端末機の正面は液晶パネルになっており、真ん中の赤い丸をタッチすると、画面が切り替わった。
いかにも事務員の格好をした女性が出てきた。
私は彼女をよく熟知していた。
「朋美、どうしたの?」
『いつもの仕事だよ。出撃準備して。』
「わかった。すぐ飛ぶわ。」
私は朋美からの通信を切って、端末機を操作した。
《Teleport》というボタンを表示させたら、それをタッチして5階の部屋から自分の姿を消した。
これはいわゆる『転送』の仕組みである。
私はマンションの一室から…とある基地の格納庫へと移動したのだ。
マンションの一室のように静寂な雰囲気ではなく、格納庫内は皆が慌しい様子であった。
走り回っているのは、ほとんどがメカニックの者だ。
メカニック達は全部で5機存在する飛行マシンの最終調整に取り掛かっていた。
これには理由がある。私が操縦するからだ。
ジェット機は機体にラインが入っており、色分けされていた。
私は濃いめのオレンジ色のラインが入ったジェット機に乗り込んだ。
専用スーツは転送時に着替えを済ませている。
上下に開閉するコックピットの扉は開かれたまま。
メカニックの1人から、ヘルメットを受け取った。
私はヘルメットを被り、宣言してから扉を閉めた。
メカニック達は一斉にジェット機から離れた。
格納庫の両端にメカニック達の避難エリアが敷かれており、そこに彼らは逃げた。
「乗り遅れている人はいますか!」
メカニックの1人が大声で言った。
OKだ!OKです!
他のジェット機のパイロットからのサインだ。
私は自機の正面モニターの映像から確認した。
もちろん、私もOKのサインを出した。
『発進の許可をお願いします!』
同じメカニックがヘッドマイクで申請した。
発進許可の信号は、ジェット機内でも確認できた。
四角いランプが青く点灯した時だ。
『秒読み開始します!30秒前!』
カウントダウンが始まった。
スーツ前のベルトに固定されて、もう後戻りはできない。
『5秒前……3、2、1…発進!』
ビュン!と突風が吹く音がした、ように聞こえた。
実際、風速のメーターでは緩やかに吹いている状態だったから。
パイロットの私達が感じたのは、背中に伝わる振動であった。
それは私達を、ジェット機を前へ一気に進んでいる証拠だった。
ジェット機は1秒に満たない速さで基地内の建物を出ると、機体の角度を変えて、上空へ直進した。
5機全てが無事、事故もなく飛んでいた。
『おいお前ら、ついてきてるか?』
中年に差し掛かったオヤジの声が聞こえた。
彼の名は、ボーデン・ブラン。
私達パイロット部隊の隊長格で、もう40歳だ。
ちなみに私は、昨年20歳になったばかりである。
『もう慣れましたよ。ブランさんも息あがってませんか?』
『馬鹿言え、俺はまだまだ現役だ。』
ブランさんに返した男は、青色のラインのジェット機を操縦している。
彼の名はラウト・ビルムーダ。
28歳の、金髪の男だ。
ラウトさんは明るめの性格で、上下関係の差なく誰とでも気軽に話しかける。
反面、特徴を掴みづらいキャラでもあった。
ラウトさんの気さくな会話を中断する声があがった。
緑のラインのジェット機を操縦する、アージン・ビジョウだ。
『ラウト、その辺でやめておけ。』
『はいはい。大事な仕事に取り掛かってんもんな。』
アージンさんはラウトさんと年齢が変わらない。
見た目がラウトさんと真逆で、焦茶の髪色にやや黒い肌色が特徴的な男性だ。
これで静かに仕事をこなせるかと思いきや。
ラウトさん同様、いやそれ以上にうるさい人物がいた。
パイロット部隊で唯一、私より年下の男の子が加わっていた。
『もう!いいとこでゲームクリアできるとこだったのによ!虚像獣、空気読めよ!』
黄色のラインのジェット機を操縦する、ネロ・アマリーノ。
年齢は…18歳になったばかりだった。
軍隊の新米兵を想像すれば、彼ぐらいの若い子がいてもおかしくはない。
だが年齢とは裏腹に、彼は戦闘の経験が豊富だった。
その証拠に、猛スピードで駆け巡る自分のジェット機を平然と動かしている。
速度による負荷で重症に陥った人間も多くいるジェット機だから尚更だ。
ジェット機が5つ存在するのには、ワケがあった。
上空の分厚い雲を突き進んだ先に、答えがある。
分厚い雲を通り抜けた先には、太陽の光と青空が広がった。
全地球が巨大な雲に覆われて以来、地上でずっと暮らしていると、拝めない光景だった。
『よし、合体するぞ。』
隊長格のボーデンさんがパイロット全員に伝えた。
『OK!』
私を含め、パイロット部隊の全員が肯定の返事をした。
『よし。こちら【ペンタグラム】パイロット部隊、合体体制に移る。』
『こちら[サウザンズ]本部司令室。了解しました。実行に移ってください。』
ボーデンさんと[サウザンズ]基地の司令室との回線は、私達にも丸聞こえだった。
だから、5機のジェット機から合体ロボ【ペンタグラム】への変身も円滑に進められる。
今までも合体に成功し、敵・虚像獣との対決にも打ち勝っていった。
今回も、うまくいく。
『イマジネーション・ビルド!』
ボーデンさんの掛け声により、真ん中の茶色のジェット機以外が左右に散開した。
茶色のジェット機は上空へ上がり、変形を開始する。
左右に展開した他のジェット機も同じく変形を始めた。
両端の青・緑色のジェット機は二足歩行型のロボットの脚へと変形した。
ギミックはアニメを観ている人には想像がつきやすいかもしれない。
ジェット機の中心部にはわずかな溝が存在しており、前へ折り畳むようになっている。
ジェット機背部の内部の機械が表に出され、ロボの身体の一部へと形成される。
『ライト・レッグ(右脚)、スタンバイOK!』
アージンさんの掛け声だ。
『レフト・レッグ(左脚)、スタンバイOK!』
こっちも順調だ、とラウトさんは言葉を足していた。
合体移行中で姿を目視できないが大丈夫。
モニター画面に《success》の文字が並んでいるから。
脚が形成されたら、次は腕だ。
腕は私の乗る濃いオレンジのラインのジェット機と、ネロの乗る黄色のラインのジェット機を変形させてできる。
要領は脚への変形と全く同じ。
ジェット機内の内部構造が異なるだけだ。
『ライト・アーム(右腕)、スタンバイOK!』
私の声である。
【ペンタグラム】のパイロット部隊に配属されてからずっと、濃いオレンジ色のラインのジェット機とロボの右腕担当は変わらない。
『レフト・アーム(左腕)、スタンバイOKだぜ!』
ネロはラウトさんみたいに余計な事は言わないが、語尾をつけてしまうクセが目につく。
《success》の表示が2つから4つへと増えた。
【ペンタグラム】の巨大ロボへの合体には、ジェット機5つが必須である。
《success》の表示が、あと1つ必要になる。
腕と脚が揃ったのならば、残りはそれらを繋ぐ胴体しかない。
【ペンタグラム】の胴体を担うのが、パイロット部隊の隊長格であるボーデンさんだ。
茶色のラインのジェット機の先端部分の裏側は、【ペンタグラム】の顔が埋め込まれていた。
ボーデンさんのいるコックピットを頭部に固定し、ジェット機後方部分を胴体へ変形させる。
『ヘッドボディ、スタンバイOK!コネクト・スタート!』
ボーデンさんの掛け声は、絶対に忘れてはいけない。
もちろん、他のみんなの掛け声もだ。
彼の掛け声は、【ペンタグラム】の基本操作にまつわる情報ばかりだから。
身体の一部にそれぞれ変形したジェット機達は、ロボの身体になるように自動で配置される。
胴体を中心に置いて、左右に腕と脚を並べた。
接続部分から、電撃のような光が出現する。
合体する前にきちんと接続できるかの事前チェックを、光の色と反りで判断するんだ。
《correct》とジェット機側が判断すると、自動的に固定される。
そして、ゆっくりと四肢が胴体へと装着される。
エアスプレー加工のように全身に白を纏い、すぐに解放する。
すると…基本の白に茶色のラインの入った巨大人型ロボ【ペンタグラム】が登場した。
【ペンタグラム】は空中飛行が可能な為、合体後も浮遊した状態を維持できる。
たとえ、雲の上の…青空と太陽しかない空間内でも。
合体の成功は[サウザンズ]本部の司令室でも確認できた。
『こちら司令室。【ペンタグラム】の合体完了を確認しました。
虚像獣の展開に移ります。了解のサインをお願いします。』
[サウザンズ]司令室のオペレーターは変わらず丁寧口調だった。
正規軍の派遣員で、教育を受けているからである。
『こちら【ペンタグラム】。機体の異常は無し。パイロットの異常も無し。
いつでも展開に移してくれ。』
『確認しました。データの展開処理に移行します。』
オペレーターが言い終わると、【ペンタグラム】の正面から四角形のタイルがランダムに出現した。
付箋のように敷き詰められたタイルは半透明な状態で、枚数が増えるたびに細かい造形を行うようになる。
角ばった線は滑らかな曲線へと変化し、怪獣のシルエットを形造った。
きめ細やかな造形を終わらせると、タイルは風船のようにパン!と破れた。
虚像獣の登場である。
怪獣のシルエットと言ったが、見た目は太古の恐竜に近い姿をしている。
雲の上なので、当然虚像獣も浮いている。
プテラノドンに近い翼を生やしているのだから、飛行には苦労しない。
この恐竜じみた獣こそが、私達人類の敵である。
『虚像』の名前の通り、コンピュータ等の電子機器がないと人間の目では視認できない。
目に見えない恐怖、というのは実際に存在する。
この世界に《晴れ模様》が見れなくなった今、私達の心は蝕まれていった。
毎日がどんよりとした空模様の下、憂鬱な生活を送っている私達。
穏やかな気持ちになる日々は続かない。
ストレスという4文字が、人間の精神の異常をもたらす。
ストレスが増加するにつれ、人間は不安や焦燥に駆られてしまう。
その発展形が怒りや暴力に変わっていき、日々ニュース沙汰になる事が多い。
暴走の激化の背景に、禍々しい虚像獣が潜んでいる。
数年前にとある解析学者が立証してから、皆がその噂を信じるようになった。
着任したての当時の私は、半信半疑で聞いていた。
同じパイロット部隊の人達も同じような仕草を出していた。
虚像獣を1体倒してから、変化は訪れた。
戦闘後、[サウザンズ]の司令室に案内された私達パイロット部隊は、例の解析学者の説明の元、市街地の様子を観察していた。
晴れ間も望めない雲の下で、皆笑い合っていた。
喧嘩の取っ組み合いをしていた者達の手足は見せず、困惑はしていたものの、互いに笑みを交わす姿があった。
口論で険しい表情をしていた女性達も、謝罪の素振りをみせて、最後に穏やかに笑っていた。
虚像獣を倒しただけで、これだけの効果があったのを見せつけられた。
だから、私達がやっている行動は、間違っていないんだ。
一部の批判者が続出した時、[サウザンズ]には多くの反感ももらった。
けど、解析学者に集った人達が戦闘前後の市街地の様子の映像を公開してから、彼らの口は閉じられた。
今回も目の前、モニター画面に映し出された虚像獣を倒す。
ストレス過剰で苦しむ人達を、平穏な拠り所へ解放する為に。
【ペンタグラム】は虚像獣に向かって、前へ進んだ。
右手に武器を持って。