シルバ目線

「シルバ」
「分かってる」

極限まで張り詰めた緊張感の中、先制攻撃を仕掛けたのはアイだった。アイが指を動かしただけで、天井からつららが豪雨のように降り注ぐ。予め仕込んでいたのだろう。奇襲も兼ねて一網打尽とする思考は悪くないが、まだまだと言ったところか。

「ちょっとは怯んでよ」

げんなりとするアイには悪いが、たかがつらら如きに構っていいる暇はない。全てのつららを叩き割るとオヤジが頷き、牙（ドラゴンランス）の矛先を幻影旅団の団長に向ける。通常なら次にオレがすべきなのはオヤジのフォローだ。

だが相手がアイならば話は別だ。

「投擲ばかりでは芸がないぞ」

目玉を潰す一歩手前で氷の刃を掴み砕く。親父と奴との戦闘に巻き込まれないようにしつつ、一歩一歩確実にアイとの距離を縮めていく。近付くなと言いたげに強大な氷解を飛ばすアイは顔を顰めていた。

「何かを待っているな？」
「違うけど」
「絶対零度（ソウルグレイシア）を使わずサシで勝負する気なら、オレは随分と舐められたものだな」

僅かに揺れ動く表情を見逃すほど甘くない。床を砕くほど足に力を込めたそれを一気に解き放つ。距離を縮めたからか珍しく目を丸くしたアイを観察する。娘の目元には泣き腫らしたような跡があった。

「いけない子だアイ、赤の他人に涙を流しちゃ」
「がはっ！」

咄嗟に〝硬〝でガードしたのは良い判断だが、オレの念を込めた拳がそれで相殺出来るわけがない。実際耐え切れなかったのか、衝撃を殺しきれずアイは壁に叩きつけられ床に倒れてしまう。手加減はしたつもりだが、確実に何本か骨は折れているだろう。完全に身動きを封じたい。だが一瞬の隙に氷で床で張られてしまう。お陰で距離を取らざるを得ない。

ふらつきながらもアイは立ち上がった。忌々しげに鼻血を拭う様は明らかに様子がおかしい。大方幻影旅団に唆されたのだろう。キルアによからぬ事を吹き込んだゴンのように。

「いけないアイ。お前はそっちに行くべきではない」

子供達の中で喜怒哀楽が一番薄い子は誰だと聞かれれば、屋敷中の人間がだアイの名前をあげるだろう。あのイルミですら身を焦がす激情があったのに、アイにはそれがなかった。心が死んでいるのではとキキョウは心配していたが違う。

アイは全てを諦めていたのだ。表には決して出さないが、アイが暗殺一家という特殊な環境を嫌っていたのは薄々感づいていた。幼き頃か鳥かごに閉じ込められた鳥だと理解していた優秀な子だ。逃げられぬ運命ならば揺れ動く感情など封じ込めた方が良いと考えたのだろう。

だが完全に”それ”を捨て去れたわけじゃなかった。

本当に感情を捨てたのならば。家出をしたあの時に幼いキルアを手に賭ければよかったのだ。そうすれば暗殺一家の歴史は途絶える。

だが、アイはそれをしなかった。

弟を殺すどころか時折見守り、しかも化け物のアルカにすら気遣ってやる慈悲の心。アルカに会う為に嫌いな家業を手伝う姿勢はなんと愚かしいだろう。暗殺者にとって不必要な慈悲の精神を持っているから、闇に生きるオレ達は彼女に心を惹かれるんだろう。だが情を向けていいが相手が違う。少なくともお前が涙を流すべき相手は家族あり何処ぞの馬の骨じゃない。

まして幻影旅団というお尋ね者なんぞもってのほかだ。

「少し目を離した隙に悪い子になったなアイ。気は乗らないが少し躾をしてあげよう」