ヨークシン編
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「起きろ」
強めに肩を揺さぶられパチリと目を開ける。やっと疲れが取れた。膝が痺れたというクロロを無視して、身体を起こし軽く伸びをする。ステンドグラスから差し込む光からして朝だが、ウボォーギンだけがいない。救出組が戻ってきてるという事は、既に奪還は成功しているはずなのだが。
「鎖野郎を倒しに行くって」
「そう」
シャルナークはどこか顔色が優れないようだ。どうも昨日の深夜に出て行ったのに、未だに戻っていないそうだ。 既に時間帯は朝の10時を回っているにも関わらず、戻ってきてない事実に少しだけ胸騒ぎがする。ウボォーギンは竹を割ったような性格だから、敵を嬲り殺すなんてまどろっこしい手段は取らない。愉しめる相手には敬意を表し、楽に殺させてやるのが彼の戦い方だ。その上彼は盗賊だというのに、やたら時間にうるさいから遅れるなんてまずない。
他のメンバーも同様なのか、どこか悲痛な面持ちを隠さないままひたすら待った。
陽が沈み、蝋燭のぼんやりとした明かりだけが頼りの時間帯。 クロロは夜明けまでにウボォーギンが戻らなければ、作戦変更だと厳かに言った。
太陽が差し込む時間帯になっても。とうとうウボォーギンは一度も姿を現さなかった。いらないと断っているのに、毎回仕事が終わったとご連絡するはずの彼が。
携帯を開く。キルアからの着信はあれど、彼からのメールは一通も来てなかった。
どうして来ないのか。理由はたった一つだけ。
クロロは厳かな声でメンバーに命令を下した。
「アイとシャルナークはここに残りそれ以外は各自二手に別れて鎖野郎を探せ…お前は待機だと言ったはずだ」
「私の能力は捕縛向きだ。鎖野郎がどんな使い手だろうが動きを封じられる」
「お前に追跡は命じてない。部屋から動くな」
「私に命令するなっ!」
腹の奥底から込み上げるドロドロした不快感を拭い去るように力一杯叫ぶ。
ウボォーギンは死んだ。
そんなのどうだって良い、彼の生死なんぞ私には関係ない。
関係ない、はずだ、
それなのにどうして心臓が引き裂かれてしまうほど痛む?
「二度は言わない。待機しろアイ、団長命令だ」
他人に従うなんてまっぴらごめんだけど、今の私はゾルディック家の名前じゃない。身体の奥底からマグマのような激情が込み上げる。このままぶちまけてしまいたい衝動に駆られるけど。
今の私はゾルディックのアイじゃなくて幻影旅団のアイだから、団長に従う以外の道なんぞない。
「わかった」
『アイ!幻影旅団に入ろうぜ!』
「アイ」
一瞬ウボォーギンに名前を呼ばれた気がして弾かれたように顔を挙げる。でも彼の姿はなく、代わりにシャルナークとクロロが目の前に立っていた。ああ、そうかウボォーギンは、死んだんだった。辺りには他のメンバーの姿が見えない事から、いつの間にか外に出て行ったのだろう。どれくらい時間が立っていたのか見当もつかなかった。
「何の用?」
「中止となったオークションを再開させる。それを実効するには障害を乗り越えなければならない。それに手伝え」
「…下らない競売を再開させる為に、お前は私に待機を命じたの?」
理解不能な命令に溜め込んでいた怒りが爆発し、クロロの首を掴み宙に浮かせる。鎖野郎を殺すのが先なのに競売なぞに構っている暇はない!!
息が詰まって苦しいだろうに、クロロは助けようとしているシャルナークに待てと命じた。
「ウボォーギンはオークションを楽しみにしていた。彼が死んだ今残されたオレ達に出来るのは、彼の意思を汲み取り宝を盗む。違うか?」
『世界中のマフィアを敵に回せるんだろ?嬉しくてたまらねえ!さあ団長!命じてくれ!!今すぐに!!』
「…障害って何」
手を離しクロロを自由にしてやる。別に説得されたから命令に従う訳じゃない。ただ、ただ、今は不可解な感情を誰かにぶつけたくて堪らない。ぐちゃぐちゃとした怒りの中に、ほんの少しの喪失感が合わさって実に気持ち悪い。その方法があるなら誰であれ相手したやると判断しただけだ。
「やる気になってくれて何よりだ。まず作戦を組む前に状況を整理しよう。シャルナーク、まず陰獣を全滅させた事で不利益を被るのは誰だ?」
「至極簡単な質問ですね、答えは十老頭です。理由は単純明快、直属の部隊がやられた事で彼らは動揺を隠せないでしょう。心情を察するに『幻影旅団は予想以上に強いぞ。彼等を倒せる、否。殺せる戦力が必要だ』……アイならもう分かったよね」
「なるほど、父さんに依頼するのか」
「そう。依頼されれば誰であろうと殺す伝説の暗殺一家。特にお前の親父さんは昔団員を一人殺した実績があるからな。奴らは縋る思いでゾルディック家に依頼するだろう」
数年前、幻影旅団を殺す依頼を受けた父さんが旅団と争った事がある。その抗争で団員一名が死んだ。それがきっかけで私は幻影旅団に本格的に関わるようになった。過去の話は置いとき話の内容から察するに、父さんと顔を合わせると判断して間違いなさそうだ。味方としては心強いが敵となるとこの上なく厄介な相手だ。
でも今はどうでもいい。誰が相手だって構わない。
「十老頭を奇襲するってわけか。うちは必ず取引相手と顔を合わせて交渉するから、その前に叩くつもり?」
「いや、それだとリスクが大きすぎる。万が一依頼を受けたタイミングで、鉢合わせしたら元もこうもない」
「じゃあどうするの」
「そう焦るな、既に手は打ってある。予めイルミ個人に十老頭の始末を依頼しておいた。イルミが奴らを始末する間、オレとお前で差し向けられたゾルディックの連中を相手すればいい」
「随分簡単に言ってくれる。面倒な案件気周りないけど仕方ない。今回だけは手を貸してあげる」
「アイ…ありがとう」
一切お礼を言われる筋合いはないんだけど。鼻を啜ったシャルナークはゆっくりと首を顔を上げた。真剣な眼差しで小脇に抱えていたパソコンを開いてカタカタと打ち込み始める。やがて検索を終えたのかシャルナークがパソコンの画面を見せにきた。
「ノストラードファミリー。アジトの隠れ家の写真から追跡したけどそこの構成員の誰かがウボォーギンと戦った。ついでにボスのネオンは百発百中当たる事で有名な占い師」
「占いってことは特質系だろうね。これ盗むの?」
「無論。地下競売の宝を移動するように指示した十老頭は恐らくその占いを当てにした可能性が高い。こいつの念で鎖野郎の居場所を探り当てるかもしれん」
にやりと悪どい笑みを浮かべるクロロに、私は無表情で返した。念を奪うつまりなのだろう。ご愁傷様だ、ネオンとやら。
ネオンと接触する準備として、クロロと共にアジトを出る。シャルナークは団員達に今後の同行を伝えるとの事で、シャルナークはアジトに待機するらしい。ネカフェで情報を探る前に一旦スーツ屋に寄る。マフィアのボスに接触するには、フォーマルな格好をしなくちゃ話にならない。選んだスーツに着替え終わり、試着室にいるクロロを待つこと数分。扉がゆっくり開かれた。前髪を下ろした事で優男にチェンジした姿はかなり目立つ。周りの視線を釘付けとしているのに慣れきっているのもまた魅力があるのだろう。やっぱりオールバック時とは全然雰囲気が違うや。ネクタイを締める私にクロロは興味深そうに覗き込んできた。
「アイは男装をしていくのか」
「うん。父さん相手なら変装しても意味ないし、髪も目立つから後で戻す。最低限サングラスつけてれば良いかな…なにより」
「なにより?」
「今は素顔がいい」
スーツ屋を出て近くのネカフェに寄りノストラード・ネオンについて調べる。マフィアンコミュニティの情報は一般的なwebサイトには流通してないが、ハンターライセンスの力を借りれば簡単にダークサイトの情報は拾える。ハンターライセンス取っといてよかったと思うよ。パソコンを弄って数分でネオンの顔写真が拾えたので、早速写真をコピー機で印刷する。容姿はどこにでもいる普通の女の子だ。彼女が念能力者とは。世間は広いんもんだ。ハンターサイトにネオン・ノストラードの目撃情報した者には100万ジェニーと書き込みをする。後は食いつくのを待つだけ。伸びをしているとポンと肩が叩かれた。
「イルミは問題なく依頼を受けてくれたぞ。だが同時に伝言を頼まれた。アイを見つけ次第速攻で連絡しろ、と。お姉さんどうする?」
「却下一択」
揶揄いを一蹴してお尋ね者サイトのトップページを眺めるふりをする。変装が得意なイルミは人体の骨格を全て把握している。身体を弄っていない、まして化粧だけしかしてない私の顔なんぞ変装にも満たないだろう。手配書が配布された時点で、私が旅団と行動を共にしているとイルミはとっくのとうに分かっているし絶対父さんにちくっている。
つまり父さんと鉢合わせ=問答無用でお説教コース&監禁と考えて差し支えないだろう。
化粧すれば良かったと若干後悔するが、素顔で戦うと決めたのだ。仕方ないと切り替えて行くしかない。
髪を染めたのを元に戻したりしていたせいか早くも数時間が経ち。空港に彼女がいたが見失ったとの書き込みで急いでクロロと共に外に出る。幸いにも空港周辺に検問が潜れず苦労している彼女を発見できた。やれやれ世話が焼けるお嬢様だこと。爽やかお兄さんを演じているクロロがネオンに向かっている最中、適当な車を調達する。持ってきたよとメールを打ち、ついでに参加証をマフィアから失敬する。
車の外で待つこと数分、実に胡散臭い笑みを貼り付けたクロロがネオンを連れてやって来た。
ネオンは人見知りしないタイプなのか、見知らぬ他人の私にはじめましてと笑顔で握手を求めて来た。ノストラードファミリーのトップがこんなに警戒心が緩いとは。さぞかし周囲の人は苦労しただろう。
「アイ。車の運転を頼む」
「免許持ってないけど」
「……」
辛辣そうな顔を向けてきたクロロを無視して、運転席の扉を開け早く座れと促す。ネオンがシートベルトを止めたのをバックミラーで確認したクロロはエンジンをかけた。無事に検問も通ったし、ネオンが逃亡できないよう私が彼女の隣にいる。これなら誘拐はほぼほぼ完了だろう。後はオークション会場に着くまでの時間を潰せば良いだけ。さてゆっくり眠るとしますか。
「ねえ。貴方はオークションで欲しいものなに?」
「えーっと…甘いお菓子とか?」
「千年熟成されたキャンフレックスチーズのこと?私前にそれ食べた事あるけどあれすっごい不味いんだよ」
「へ、へぇ〜」
「骨董品とかは興味ない?私はコルコ王女の全身ミイラが欲しくて…」
どうしよう全然寝れない。初対面での態度で薄々気付いてたけど、このネオンっていうお嬢さん他人の気持ち考えずに迫るタイプだ。話すのが楽しい性分なのかひっきりなしに話題降ってくる。明らかにダルいオーラ出したり適当な相槌を打っているのに、少しもめげない精神はどうなっているの?目的地に着くまで一眠りしたかったけど、この様子じゃ希望のきの字すら浮かんでこない。
おいクロロ、楽しそうに笑ってないで早く助けて。
地獄のドライブがようやく終わり、オークション会場であるセメタリービルにやっと到着した。車が駐車場に停止したので、ドアを叩き潰すくらいの勢いでドアを開ける。あ、ドアのロック解除してなかったけど拾い物だから壊れても問題ないでしょ。
「おい待て!!」
クロロの叫び声が背中に飛んでくるけど知らんぷり。ネオンのお守りは頼んだよ。一足先に会場に着いたが、入る前に”絶”をしてオーラを遮断する。息が詰まるようなオーラが入り口越しでも感じる。父さんは勿論だけど、この様子ならゼノ爺ちゃんもいる。下手にオーラを流しっぱにしているとすぐバレるから、隠密行動をしていかねば。
「あ?ここはお前みたいな下っ端グフォ!!」
「しい〜静かに」
危うくバレる所じゃないか。人差し指を口に当て話しかけてきた男の心臓を抉る。父さんほど上手じゃないけど一応私もゾルディックの血を引く女。最低限血を出させずとも殺せるのだ。
四階のホールにて落ち合おうとクロロにメールを入れ向かってくる人間を適当に殺していく。
途中でピロリンとメールが入り思わず笑ってしまう。
『セメタリービルで暴れるから来い。ついでに派手に殺れ』
クロロらしくない命令だ。ウボォーギンへの手向も含まれているのだろう。ホールの扉を開けると一足先にクロロがいた。窓際で指揮者のように優雅に手を動かしている。
眼下ではウボォーギンに捧げる殺戮 を団員達が奏でている。
窓辺に腰かければ隣にいるような、力強くて案外優しい声音が鼓膜に伝わる。
『お前強いな!!名前はなんていうんだ?』
『化粧もいいけどアイの素顔の方がオレは好きだぜ!』
そっか、もう君は死んじゃったんだ。勝手に知らない所でくたばってんじゃないよ。さよならも言えなかったじゃん。ばーか。
意識してないのに瞳から勝手に雫がぽろぽろと流れていき頬を伝っていく。止まれと叱咤しても腕を引っ掻いて痛みで誤魔化しているのに。身体が全然いう事を聞いてくれない。
どうしたんだろう。
「聞いてなかったな。あえて素顔で来た理由」
「……ウボォーギンがさ。好きだって。化粧しないそのまんまの私が」
「……雨が降ってきたな。ざあざあぶりで周りの音が聞こえないくらいだ」
「うん」
「雨音でアイの声も聞こえない」
「う、うあああああああああ!!」
クロロの優しさに我慢していた嗚咽を上げてしまう。堰を切ったかのように涙と声にならない叫びが溢れ出す。
そうか、そうか、私はウヴォーギンが死んで寂しかったのか。
こんな感情知らない、知りたくない嫌だ。
しんで、ほしくなかった。
「帰ったらホットマスクで目元を温めておけ。明日には腫れが引くだろうから」
「うん」
レクイエムの伴奏を終えたクロロから借りたハンカチで目元を拭う。途中でズキズキと頭が痛む部分を指で押していると、頭痛がするのは恐らく泣き過ぎが原因だとクロロが推理してくれた。大泣きした時の対処法教えてくれるのはありがたいけど、ちょっと恥ずかしい。
ごしごしと腕の裾で涙をぬぐい、パンっと平手で頬を叩き気合を込める。めそめそするのはここまで、今から戦闘が始まるんだ気を引き締めなくては。
「さてアイ、一曲戦闘 を付き合えるかな」
「仕方ない。少しだけなら、いいよ」
お互い無言のまま廊下を歩き、セメンタリービルで一番広い部屋に入室する。壇上にて目を瞑って待っていると、嫌というほど感じた鋭いオーラが身体に突き刺さる。
さあて気を引き締めていきますか。
警戒態勢を解かないまま、入室してきた二人を見下ろす。
「久しぶりだね」
「オレを覚えているのか」
「忘れるわけない。仲間の一人をやられているし貴方はアイの家族だし」
「…あの時に全滅させておけば良かったよ」
苦々しげに言葉を吐いた父さんと、ゼノ爺ちゃんはため息を吐いて。悠々とした足取りでこちらに向かってきた。
「アイ」
「分かってる。部屋丸ごと凍らすのは無し…でしょ」
家族、しかも父さんゼノ爺ちゃん相手なんぞ普段なら骨が折れるから逃亡一択だけど。
今は。全てを破壊し尽くしてしまいたい衝動に身を任せて彼等と戦おう。
強めに肩を揺さぶられパチリと目を開ける。やっと疲れが取れた。膝が痺れたというクロロを無視して、身体を起こし軽く伸びをする。ステンドグラスから差し込む光からして朝だが、ウボォーギンだけがいない。救出組が戻ってきてるという事は、既に奪還は成功しているはずなのだが。
「鎖野郎を倒しに行くって」
「そう」
シャルナークはどこか顔色が優れないようだ。どうも昨日の深夜に出て行ったのに、未だに戻っていないそうだ。 既に時間帯は朝の10時を回っているにも関わらず、戻ってきてない事実に少しだけ胸騒ぎがする。ウボォーギンは竹を割ったような性格だから、敵を嬲り殺すなんてまどろっこしい手段は取らない。愉しめる相手には敬意を表し、楽に殺させてやるのが彼の戦い方だ。その上彼は盗賊だというのに、やたら時間にうるさいから遅れるなんてまずない。
他のメンバーも同様なのか、どこか悲痛な面持ちを隠さないままひたすら待った。
陽が沈み、蝋燭のぼんやりとした明かりだけが頼りの時間帯。 クロロは夜明けまでにウボォーギンが戻らなければ、作戦変更だと厳かに言った。
太陽が差し込む時間帯になっても。とうとうウボォーギンは一度も姿を現さなかった。いらないと断っているのに、毎回仕事が終わったとご連絡するはずの彼が。
携帯を開く。キルアからの着信はあれど、彼からのメールは一通も来てなかった。
どうして来ないのか。理由はたった一つだけ。
クロロは厳かな声でメンバーに命令を下した。
「アイとシャルナークはここに残りそれ以外は各自二手に別れて鎖野郎を探せ…お前は待機だと言ったはずだ」
「私の能力は捕縛向きだ。鎖野郎がどんな使い手だろうが動きを封じられる」
「お前に追跡は命じてない。部屋から動くな」
「私に命令するなっ!」
腹の奥底から込み上げるドロドロした不快感を拭い去るように力一杯叫ぶ。
ウボォーギンは死んだ。
そんなのどうだって良い、彼の生死なんぞ私には関係ない。
関係ない、はずだ、
それなのにどうして心臓が引き裂かれてしまうほど痛む?
「二度は言わない。待機しろアイ、団長命令だ」
他人に従うなんてまっぴらごめんだけど、今の私はゾルディック家の名前じゃない。身体の奥底からマグマのような激情が込み上げる。このままぶちまけてしまいたい衝動に駆られるけど。
今の私はゾルディックのアイじゃなくて幻影旅団のアイだから、団長に従う以外の道なんぞない。
「わかった」
『アイ!幻影旅団に入ろうぜ!』
「アイ」
一瞬ウボォーギンに名前を呼ばれた気がして弾かれたように顔を挙げる。でも彼の姿はなく、代わりにシャルナークとクロロが目の前に立っていた。ああ、そうかウボォーギンは、死んだんだった。辺りには他のメンバーの姿が見えない事から、いつの間にか外に出て行ったのだろう。どれくらい時間が立っていたのか見当もつかなかった。
「何の用?」
「中止となったオークションを再開させる。それを実効するには障害を乗り越えなければならない。それに手伝え」
「…下らない競売を再開させる為に、お前は私に待機を命じたの?」
理解不能な命令に溜め込んでいた怒りが爆発し、クロロの首を掴み宙に浮かせる。鎖野郎を殺すのが先なのに競売なぞに構っている暇はない!!
息が詰まって苦しいだろうに、クロロは助けようとしているシャルナークに待てと命じた。
「ウボォーギンはオークションを楽しみにしていた。彼が死んだ今残されたオレ達に出来るのは、彼の意思を汲み取り宝を盗む。違うか?」
『世界中のマフィアを敵に回せるんだろ?嬉しくてたまらねえ!さあ団長!命じてくれ!!今すぐに!!』
「…障害って何」
手を離しクロロを自由にしてやる。別に説得されたから命令に従う訳じゃない。ただ、ただ、今は不可解な感情を誰かにぶつけたくて堪らない。ぐちゃぐちゃとした怒りの中に、ほんの少しの喪失感が合わさって実に気持ち悪い。その方法があるなら誰であれ相手したやると判断しただけだ。
「やる気になってくれて何よりだ。まず作戦を組む前に状況を整理しよう。シャルナーク、まず陰獣を全滅させた事で不利益を被るのは誰だ?」
「至極簡単な質問ですね、答えは十老頭です。理由は単純明快、直属の部隊がやられた事で彼らは動揺を隠せないでしょう。心情を察するに『幻影旅団は予想以上に強いぞ。彼等を倒せる、否。殺せる戦力が必要だ』……アイならもう分かったよね」
「なるほど、父さんに依頼するのか」
「そう。依頼されれば誰であろうと殺す伝説の暗殺一家。特にお前の親父さんは昔団員を一人殺した実績があるからな。奴らは縋る思いでゾルディック家に依頼するだろう」
数年前、幻影旅団を殺す依頼を受けた父さんが旅団と争った事がある。その抗争で団員一名が死んだ。それがきっかけで私は幻影旅団に本格的に関わるようになった。過去の話は置いとき話の内容から察するに、父さんと顔を合わせると判断して間違いなさそうだ。味方としては心強いが敵となるとこの上なく厄介な相手だ。
でも今はどうでもいい。誰が相手だって構わない。
「十老頭を奇襲するってわけか。うちは必ず取引相手と顔を合わせて交渉するから、その前に叩くつもり?」
「いや、それだとリスクが大きすぎる。万が一依頼を受けたタイミングで、鉢合わせしたら元もこうもない」
「じゃあどうするの」
「そう焦るな、既に手は打ってある。予めイルミ個人に十老頭の始末を依頼しておいた。イルミが奴らを始末する間、オレとお前で差し向けられたゾルディックの連中を相手すればいい」
「随分簡単に言ってくれる。面倒な案件気周りないけど仕方ない。今回だけは手を貸してあげる」
「アイ…ありがとう」
一切お礼を言われる筋合いはないんだけど。鼻を啜ったシャルナークはゆっくりと首を顔を上げた。真剣な眼差しで小脇に抱えていたパソコンを開いてカタカタと打ち込み始める。やがて検索を終えたのかシャルナークがパソコンの画面を見せにきた。
「ノストラードファミリー。アジトの隠れ家の写真から追跡したけどそこの構成員の誰かがウボォーギンと戦った。ついでにボスのネオンは百発百中当たる事で有名な占い師」
「占いってことは特質系だろうね。これ盗むの?」
「無論。地下競売の宝を移動するように指示した十老頭は恐らくその占いを当てにした可能性が高い。こいつの念で鎖野郎の居場所を探り当てるかもしれん」
にやりと悪どい笑みを浮かべるクロロに、私は無表情で返した。念を奪うつまりなのだろう。ご愁傷様だ、ネオンとやら。
ネオンと接触する準備として、クロロと共にアジトを出る。シャルナークは団員達に今後の同行を伝えるとの事で、シャルナークはアジトに待機するらしい。ネカフェで情報を探る前に一旦スーツ屋に寄る。マフィアのボスに接触するには、フォーマルな格好をしなくちゃ話にならない。選んだスーツに着替え終わり、試着室にいるクロロを待つこと数分。扉がゆっくり開かれた。前髪を下ろした事で優男にチェンジした姿はかなり目立つ。周りの視線を釘付けとしているのに慣れきっているのもまた魅力があるのだろう。やっぱりオールバック時とは全然雰囲気が違うや。ネクタイを締める私にクロロは興味深そうに覗き込んできた。
「アイは男装をしていくのか」
「うん。父さん相手なら変装しても意味ないし、髪も目立つから後で戻す。最低限サングラスつけてれば良いかな…なにより」
「なにより?」
「今は素顔がいい」
スーツ屋を出て近くのネカフェに寄りノストラード・ネオンについて調べる。マフィアンコミュニティの情報は一般的なwebサイトには流通してないが、ハンターライセンスの力を借りれば簡単にダークサイトの情報は拾える。ハンターライセンス取っといてよかったと思うよ。パソコンを弄って数分でネオンの顔写真が拾えたので、早速写真をコピー機で印刷する。容姿はどこにでもいる普通の女の子だ。彼女が念能力者とは。世間は広いんもんだ。ハンターサイトにネオン・ノストラードの目撃情報した者には100万ジェニーと書き込みをする。後は食いつくのを待つだけ。伸びをしているとポンと肩が叩かれた。
「イルミは問題なく依頼を受けてくれたぞ。だが同時に伝言を頼まれた。アイを見つけ次第速攻で連絡しろ、と。お姉さんどうする?」
「却下一択」
揶揄いを一蹴してお尋ね者サイトのトップページを眺めるふりをする。変装が得意なイルミは人体の骨格を全て把握している。身体を弄っていない、まして化粧だけしかしてない私の顔なんぞ変装にも満たないだろう。手配書が配布された時点で、私が旅団と行動を共にしているとイルミはとっくのとうに分かっているし絶対父さんにちくっている。
つまり父さんと鉢合わせ=問答無用でお説教コース&監禁と考えて差し支えないだろう。
化粧すれば良かったと若干後悔するが、素顔で戦うと決めたのだ。仕方ないと切り替えて行くしかない。
髪を染めたのを元に戻したりしていたせいか早くも数時間が経ち。空港に彼女がいたが見失ったとの書き込みで急いでクロロと共に外に出る。幸いにも空港周辺に検問が潜れず苦労している彼女を発見できた。やれやれ世話が焼けるお嬢様だこと。爽やかお兄さんを演じているクロロがネオンに向かっている最中、適当な車を調達する。持ってきたよとメールを打ち、ついでに参加証をマフィアから失敬する。
車の外で待つこと数分、実に胡散臭い笑みを貼り付けたクロロがネオンを連れてやって来た。
ネオンは人見知りしないタイプなのか、見知らぬ他人の私にはじめましてと笑顔で握手を求めて来た。ノストラードファミリーのトップがこんなに警戒心が緩いとは。さぞかし周囲の人は苦労しただろう。
「アイ。車の運転を頼む」
「免許持ってないけど」
「……」
辛辣そうな顔を向けてきたクロロを無視して、運転席の扉を開け早く座れと促す。ネオンがシートベルトを止めたのをバックミラーで確認したクロロはエンジンをかけた。無事に検問も通ったし、ネオンが逃亡できないよう私が彼女の隣にいる。これなら誘拐はほぼほぼ完了だろう。後はオークション会場に着くまでの時間を潰せば良いだけ。さてゆっくり眠るとしますか。
「ねえ。貴方はオークションで欲しいものなに?」
「えーっと…甘いお菓子とか?」
「千年熟成されたキャンフレックスチーズのこと?私前にそれ食べた事あるけどあれすっごい不味いんだよ」
「へ、へぇ〜」
「骨董品とかは興味ない?私はコルコ王女の全身ミイラが欲しくて…」
どうしよう全然寝れない。初対面での態度で薄々気付いてたけど、このネオンっていうお嬢さん他人の気持ち考えずに迫るタイプだ。話すのが楽しい性分なのかひっきりなしに話題降ってくる。明らかにダルいオーラ出したり適当な相槌を打っているのに、少しもめげない精神はどうなっているの?目的地に着くまで一眠りしたかったけど、この様子じゃ希望のきの字すら浮かんでこない。
おいクロロ、楽しそうに笑ってないで早く助けて。
地獄のドライブがようやく終わり、オークション会場であるセメタリービルにやっと到着した。車が駐車場に停止したので、ドアを叩き潰すくらいの勢いでドアを開ける。あ、ドアのロック解除してなかったけど拾い物だから壊れても問題ないでしょ。
「おい待て!!」
クロロの叫び声が背中に飛んでくるけど知らんぷり。ネオンのお守りは頼んだよ。一足先に会場に着いたが、入る前に”絶”をしてオーラを遮断する。息が詰まるようなオーラが入り口越しでも感じる。父さんは勿論だけど、この様子ならゼノ爺ちゃんもいる。下手にオーラを流しっぱにしているとすぐバレるから、隠密行動をしていかねば。
「あ?ここはお前みたいな下っ端グフォ!!」
「しい〜静かに」
危うくバレる所じゃないか。人差し指を口に当て話しかけてきた男の心臓を抉る。父さんほど上手じゃないけど一応私もゾルディックの血を引く女。最低限血を出させずとも殺せるのだ。
四階のホールにて落ち合おうとクロロにメールを入れ向かってくる人間を適当に殺していく。
途中でピロリンとメールが入り思わず笑ってしまう。
『セメタリービルで暴れるから来い。ついでに派手に殺れ』
クロロらしくない命令だ。ウボォーギンへの手向も含まれているのだろう。ホールの扉を開けると一足先にクロロがいた。窓際で指揮者のように優雅に手を動かしている。
眼下ではウボォーギンに捧げる
窓辺に腰かければ隣にいるような、力強くて案外優しい声音が鼓膜に伝わる。
『お前強いな!!名前はなんていうんだ?』
『化粧もいいけどアイの素顔の方がオレは好きだぜ!』
そっか、もう君は死んじゃったんだ。勝手に知らない所でくたばってんじゃないよ。さよならも言えなかったじゃん。ばーか。
意識してないのに瞳から勝手に雫がぽろぽろと流れていき頬を伝っていく。止まれと叱咤しても腕を引っ掻いて痛みで誤魔化しているのに。身体が全然いう事を聞いてくれない。
どうしたんだろう。
「聞いてなかったな。あえて素顔で来た理由」
「……ウボォーギンがさ。好きだって。化粧しないそのまんまの私が」
「……雨が降ってきたな。ざあざあぶりで周りの音が聞こえないくらいだ」
「うん」
「雨音でアイの声も聞こえない」
「う、うあああああああああ!!」
クロロの優しさに我慢していた嗚咽を上げてしまう。堰を切ったかのように涙と声にならない叫びが溢れ出す。
そうか、そうか、私はウヴォーギンが死んで寂しかったのか。
こんな感情知らない、知りたくない嫌だ。
しんで、ほしくなかった。
「帰ったらホットマスクで目元を温めておけ。明日には腫れが引くだろうから」
「うん」
レクイエムの伴奏を終えたクロロから借りたハンカチで目元を拭う。途中でズキズキと頭が痛む部分を指で押していると、頭痛がするのは恐らく泣き過ぎが原因だとクロロが推理してくれた。大泣きした時の対処法教えてくれるのはありがたいけど、ちょっと恥ずかしい。
ごしごしと腕の裾で涙をぬぐい、パンっと平手で頬を叩き気合を込める。めそめそするのはここまで、今から戦闘が始まるんだ気を引き締めなくては。
「さてアイ、一曲
「仕方ない。少しだけなら、いいよ」
お互い無言のまま廊下を歩き、セメンタリービルで一番広い部屋に入室する。壇上にて目を瞑って待っていると、嫌というほど感じた鋭いオーラが身体に突き刺さる。
さあて気を引き締めていきますか。
警戒態勢を解かないまま、入室してきた二人を見下ろす。
「久しぶりだね」
「オレを覚えているのか」
「忘れるわけない。仲間の一人をやられているし貴方はアイの家族だし」
「…あの時に全滅させておけば良かったよ」
苦々しげに言葉を吐いた父さんと、ゼノ爺ちゃんはため息を吐いて。悠々とした足取りでこちらに向かってきた。
「アイ」
「分かってる。部屋丸ごと凍らすのは無し…でしょ」
家族、しかも父さんゼノ爺ちゃん相手なんぞ普段なら骨が折れるから逃亡一択だけど。
今は。全てを破壊し尽くしてしまいたい衝動に身を任せて彼等と戦おう。
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