去年以来だけど実家は何一つ変わっていない。
玄関までの道のりは相変わらず遠いし、家の中はひたすらだだっ広いし使用人の数は常に多い。
レオリオから聞いたけど普通の家庭には使用人がいないそうだ。
執事も雇わずに生活してる一般人って結構逞しいんだ。
そんな事を考えながらイルミと一緒に大広間に向かおうとすると、立ちはだかる巨大な壁。

げえっと顔を歪める私と違い、ツボネは普段通りのにこやかな笑みを浮かべている。
だがその眼光は依然としてナイフのように鋭い。

「お帰りなさいませアイ様。さてご家族とお会いしますのにそのようなお姿を晒す気ですか」

パーカーとジーパンの装いの一体どこが悪いのか。
キルアとか半ズボンだし、ミルキとかダイエットしてなきゃ贅肉が邪魔してシャツがはみ出てるはずだ。
でも老獪ツボネに面と向かって口答えしても多分負ける。
だから黙って首を横に振るんだけど。
まあ汚れているからお風呂入るのは丁度いいか。
風呂を沸かしておいてと言えば既に湧いておりますと返事が来る優秀っぷり。
流石、うちの執事は気が利く。

「かしこまりました。では浴場に向かいましょう」

羽ペンでも持つようにツボネは私を軽々とお姫様抱っこして颯爽と浴室まで運んでいく。
少し恥ずかしいが抵抗したにせよ逃げられなくはないけど。
今すっごい疲れているから余計な体力使いたくないし。
となると大人しくしてただただ終わるのを待つしかないのだ。
身体を洗われ湯船から上がると、ツボネは黒を基調とした高級そうな着物を私に着付けていく。

「帯締め過ぎじゃない？ご飯入りそうにないんだけど」
「それはアイ様が肥えたからでございます。一昨年測った時よりもウエストが2cm増えておりますので」
「あれ去年の記録は」
「ありません。アイ様は去年帰省されておりませんので」

言われてみれば去年帰ってないような気がする。
イルミもジェット機でその事にぶつくさ嫌味をぶつけていたような。
顔を見せてないからツボネは若干不機嫌になっているのか。

「いいえ違います。ゾルディック家の正当な血筋であるアイ様がだらけきった生活を送っている事実にただただ憤っております。お家にいた頃は体重は常に一定でしたのに。ああ、嘆かわしい」

わざとらしく泣き真似したツボネは実に強かだ。
同情を誘っているようだが私には無意味だぞ。
というか昔から疑問なんだけどツボネは秘密裏に内心を読む念でも取得でもしているのか。
いつも心の中をぴたりと言い当ててくるし。
二個くらい念能力持ってそうだもん。

あり得ない想像に思いを巡らせていたら、着付けを終えたらしいツボネが終了したと告げてきた。
私の後ろで帯を結んでいたツボネが正面に周り深々とお辞儀をしてきた。
急になに？

「冗談はさておき、改めてご挨拶申し上げます。アイ様お帰りなさいませ。ご家族様はもちろん私達執事一同心の底からアイ様のお帰りをお待ちしておりました。何か御用があれば遠慮なく不肖ツボネにお申し付けくださいませ」


「まあアイちゃん！！ママはとっても会いたかったわ！！あらその着物私がアイちゃん用に見繕ったのだけどとっても似合っているわ〜沢山着て欲しいお洋服があるから後でママの部屋に来てちょうだいね」

大広間にある食卓につけば母さんが飛び込んできたので仕方なく受け止めてやる。
貴族風のドレスに身を包み派手な帽子を被っている母さん。
昔と変わらずマシンガントークをかましてくる姿勢も変わらず。
変化した部分を強いていうなら目元が包帯で覆われているくらいか。
キルアが刺した傷跡だから残しておきたい思考はどうかしてると思うけど。

ゴトーに母さんを無理やり離してもらってようやく席に座れる。
ふぅ、やっとか。
お腹が空いているのでテーブルに並んでいる料理に早速手を伸ばす。
うん、トリカブトの毒が隠し味の魚のクリーム煮は変わらない味。
これぞ実家の味っていうんだろう。
食事中にも関わらず家族から次々と投げかけてくる質問の山。
ゆっくりご飯を味わせてくれたっていいじゃん……
億劫になっているので適当に返していると。
ずっと無言だった父さんがおもむろに口を開いた。
う、急に悪寒が……嫌な予感がする。

「キルアで思い出したんだが…アイは跡取りになりたくないと駄々を捏ねている割にはゾルディック家の跡取りを逃す手助けをした。親父と話し合ったがアイには躾が必要だと結論に至った。お前達はどう思う」

しまったやられた！
父さんのにやりとほくそ笑む顔が目に入ってしまう。
マズい、この流れだと。

「オレ新作ゲーム一緒にやりたいからさ。出来ればアイ姉ちゃんはオレと過ごしてほしいんだけど」
「ダメよミルキ！アイちゃんは私とファッションを楽しむのよ！」
「ボ、ボクもアイ姉様と一緒に遊びたい」
「だそうだ。オレとしては永住してほしいくらいだがそこまでは求めん。どうせお前は拒否するだろうな」
「諦めい」
「……」

いやマジで超だるいんだけど……
父さんが私を引き留める会話にしたせいで。
家族は意見を述べるし一同の視線が私に集まったので一気に気分が急降下する。

昔からこうだ。
家族が一致団結して私を囲おうとする態度が嫌いなんだよ。
本家を言えば明日には帰りたい。
けれど面倒になるのは火を見るより明らかすぎる。
どう考えても私に非がある流れで下手な反論は火に油を注ぐ結果としかならない。
これキルアの手助けしたの間違えたかも。

「はぁ…一週か」
「アイ」
「わかったよ。二週間。これ以上は譲渡しない」
「いいだろう。その間キルアとの接触は禁ずる。異論はないか？」

父さんの野獣のような鋭い瞳が私を貫く。
歯向かう意思なんてないに決まってるじゃん。
両手を上げて降参ポーズをすれば父さんは満足そうに頷いた。

「では改めてゾルディック家へお帰り。アイ」