ピエロのワルツ(全33話)
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朝が来て、いつも通り布団から起き上がった私はかすむ目を擦りつつカーテンの隙間から入る光に目を瞬かせ大きく息を吐き出した。
昨晩の出来事が頭から離れてくれず一睡もできなかったのだ。
生欠伸をしつつ布団をどかし洗面台で顔を見ると、たった1日だというのに目の下には濃いクマができておりまだ20代に入ったばかりだというのにこれはいかんとかの顔を洗う。
そうしたことで多少はすっきりするものの「多少」であって「全て」がすっきりしてわけではない。
うーんと悩みながらこの状態で仕事はできるものかと考えてしまいコーヒーを淹れ喉に流し込むとするすると胃が温まっていく。美味しい。
ふうと息を吐き出してから朝食を止めスーツに着替えてみるものの外に出るのがなんとなく怖い。ウタ君がいたらどう対応すればいいのか分からない。
しばらく考えてから、私は時計を見上げ昨晩見たこと思い出して携帯のボタン押して会社に電話をかけた。
「知り合いのグールが人を捕食していた」
なんて言えるはずがないので、とりあえず体調不良ということにして有給を使ってもらい休むことにした。
会社の電話に出て来てくれた社員さんに「お大事に」と優しい心遣いをもらったので電話越しに深く深く頭を下げて電話を切る。
スーツを脱いでラフな格好になってからもう一杯コーヒーを淹れてテレビをつければ朝のニュースで昨晩の現場が映し出され
『グールの捕食か?』
とテロップが出ている。
ウタ君大丈夫かな。私は全くもって大丈夫ではないけれど 、もしウタ君が捕まりでもしたらどうしよう、と、いてもたってもいられず玄関の鍵とチェーンを外し外へ出れば柵に腰を預けたウタ君が部屋の前に立っていて
「おはよう」
と言うべきか
「ウタ君」
と呼ぶべきか悩んでしまう、そのわずか一瞬のことであったがウタ君は私の目の前に立つと肩を軽く掴まれ反射的に体が跳ね上がる。しかしウタ君はそんなことは気にする様子もなく、私の体を玄関に押し込みウタ君も入ってきた。
パタンと扉をしめ鍵をかけたウタ君は動揺している私を見下ろしながら困ったように首をかしげ
「柚木さんおはよう」
と声をかけてきてくれた。
捕食現場を見られたとは露程にも思っていない、いつも通りの声色だが表情だけは少々困っている。
そしてそんな私から出た言葉カラカラに干からびた
「うたくん」
と言う拙いもので、ウタ君はまた困ったようにしながらも私の体を抱き上げベッドの上に下ろされた。
「昨日はごめんね」
「う、ん…大丈夫…」
全然大丈夫ではない。
それはウタ君にも伝わっているようで、一歩下がったあとウタ君は私の足元に座り込み下から覗き込んでくるとサングラス向こうの眼をチラリとか見ることができて私は軽く震える指先でサングラスを取った。
黒く赤い眼は猫のように細められる。
ウタ君だ。紛れもなくウタ君だ。
そのことになぜかホッとしてしまいベッドに腰掛けながらも両手を広げて見せればウタ君が優しく抱きしめてくれて
「良かった」
とつぶやいてしまった。その言葉に何が「良かった」のかを問いかけようとしてきたウタ君に、今度は名前を添えて
「よかった、いつものウタ君だ」
と囁き返した。
ウタ君の首元に顔を寄せ、心音がダイレクト伝わってくるとようやく肩から力が抜けていきそのままウタ君にベッドに押し倒されてしまった。
「僕が怖い?」
そんな呟きに私はちょっと考えると
「昨日は怖かったけど、」
もう大丈夫。
そう答えればウタ君はもう一度酷く優しい声色で
「ごめんね」
と呟いたので強く抱きしめながら私ももう一度
「大丈夫だよ」
とつぶやいた。
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