この世界で迷子の僕を(全80話)


リレがジンに拾われてから一週間が経ち、リレの多言語理解能力がどれほどのモノかも試さされて驚くことにリレは差し出された資料、それも様々な国の言語で記されているそれを難なくこなしてくれた。それは誰もが驚くべきもの。まあ、一番驚いているのは本人なのだけれども。だからと言って重要な資料を見せる訳にもいかず、リレに読むように指示したのは薬の実験結果のそれ。

ウォッカは感心したように、ジンは薄く笑ったまま、そしてリレは全ての資料を読み終えてジンを見上げる。
他に何をすればいいのだろうかと思いつつじっと待っていればジンは壁に預けていた背を離し「使えるな」と呟く。それが一週間前。

リレは動くジンの側にずっと着いて歩き黙って従っているのだがただ無言でいるわけでもなく気になったことは色々と尋ねかけたりして笑っている。それにジンも嫌ではないようで笑って答えている。
ウォッカも初めこそリレの扱いに困ってはいたが、屈託もなく話しかけ笑顔を向けてきてくれるリレに慣れ、本の少し絆され会話の回数が増えていく。何よりリレもウォッカと同じようにジンに全信頼を寄せていることがよく分かりそれがウォッカの気に入っている。

それにしてもリレは本当にどうしてあの路地裏にいたのか、名前や自分のことを覚えていないのか、どのデータベースにアクセスしても何のヒットも無かったのか。

金の瞳というその少年、珍しくもあり家出などであればリレを探す人間も現れるであろうがこの一週間でそんな様子もない。これでリレは完全に組織、いや、ジンのもの。だからと言って末端として扱うにしては惜しすぎるしジンは執着しているようにも思える。そしてリレもジンに執着している。
部屋もベッドも同じでもう一度言うが決してジンの側を離れない。何度かジンとウォッカはリレを置いて行こうとしたが離れていくジンを見るとリレはその場に蹲り嘔吐してしまう。

シェリーや医務員にも見せたがどこにも異常はなく、もしかしたらも何もだがストレス性のものだろうと判断と診断が下ってしまった。
それはもうジンの手を煩わせてしまう何物でもないのだがジンは今のところリレを始末しようという意思も動きもない。

トイレや浴室など同じ空間でのしきり越しであればリレは耐えられるらしいとも知り、けれどリレはどんな言語も解してしまうためリレの近くで電話なり何なり構わずしている。アニキ、少しリレを信じすぎではないですか、そう尋ねようにもジンはリレを気に入っている。もしそんなことをいったらジンの機嫌は降下してしまうのであろうか、それが少し怖いが聞くしかあるまい。

夜、ホテルに戻った三人、そしてリレがバスルームに消えた背を見送ってからウォッカは煙草を咥えているジンに向き直り呟いた。


「アニキ、リレですが」
「ああ、リレがどうした」


今のところアニキの機嫌は変わらない。ウォッカはそっと息を飲むとジンを見つめ

「リレをどうするつもりで?身元も一切分からないなんて怪しすぎやしないですかね」
「……」
それに
「アニキに近すぎる」


アニキへのあの執着にも似たそれは一体何なのだろうか、アニキ

「ウォッカ」
「へい」


ジンは深く煙草を吸い込み吐き出すと一言

「使えるやつは使え」

邪魔なら始末する。分かったな、と。
その瞬間ガチャと音がしバスローブをまとったリレが姿を現し二人に「シャワー浴びたよ」そう笑ったリレにウォッカは「あ、ああ」と頷きジンは煙草を灰皿に押し付けると立ち上がる。


「明日は少し遠出だ」


そうシットリと濡れたままのリレの頭をグシャリと撫でウォッカに向かって「朝5時だ」ロビーでまってろ、と。
アニキは本当にリレを使えるだけ使って始末するのだろうか、いや、それがこの組織の、そしてアニキのやり方だ。俺は一体何の心配をしていたのだろうか、アニキの言うこととやり方を少し怪しんでしまったがそれこそ迷惑だろう。


「分かりやした、アニキ、リレ、お休みなせえ」


ウォッカは頭を下げるとチラリとリレを見下ろしリレはウォッカを見上げると笑顔で「お休み、ウォッカ」と返してくれた。
もう一度ジンに頭を下げてからウォッカは二人の部屋を後にしパタンと閉じる扉の音を聞きつつリレはそれを見送り、ジンは気を向けることなくコートと帽子をソファに投げ置くとバスルームに消えていく。その背を見つめながらリレが考えたのは本の少しだけ聞こえた二人の会話。

『邪魔になれば始末する』

というそれ。死ぬのが恐くないわけでもないしジンの邪魔をしたい訳でもないが自分の行動がジンの邪魔になるかも分からない。しかし今のところジンはリレの行動や動作に煩わしそうな表情も動作も言葉もない。ということはまだ平気なのだろう、そう信じる。いや、信じたい。

ホカホカの身体を少し夜風にあたらせようとベランダに出れば夜景が一望できる。

「いい景色」

ポツリと呟きベランダにある椅子に腰掛けボンヤリ過ごす。そうしていれば室内から「リレ」と名を呼ばれハッとするとベランダから顔をだしジンにパタパタと歩み寄る。


「何してた」
「夜景見てた。綺麗だよ」
「…そうか」


そうしてジンは窓を閉め電気を消すと「寝るぞ」とベッドに入ってしまい、リレもそれにならってベッドに入る。

ジンは眠りが浅いと言っていたが僕がジンと一緒に寝ている場面を思い出してもジンはそれはもう健やかに眠っている。けれどまあ、リレが目を覚ました時はいつもジンは起きて煙草を吸っている。
ジンは僕を抱き締めて眠っている。人肌でも恋しいのだろうか、僕は多言語を理解しジンの側を離れると吐いてしまう、そんな僕を側に置いてくれるジンは優しいのだろう。アニメや漫画の中のジンは本の僅かな慈悲しか持っていなかったがその僅かな慈悲を僕に向けてくれているのだろうか、嬉しすぎる。

それにしてもジンって逞しいな。裸なんて見たことないが服越しにも分かる程にジンの胸はとても固い。ジンの肩に額を押し付けながらもそっと息を吸い込む。自身と同じ香りがする。それにジンの煙草の香りも。

決していい匂いとは言い難いが僕にはとても落ち着いてしまう香りでもある。瞳は閉ざしたままジンの香りを楽しみそっと躊躇いながらもジンの服の裾を握りしめ小さく「ジン」と呟いてしまった。

「どうした」
「!」

まさか返事が来るとは思ってもおらず驚いて顔を上げればジンのモスグリーンの瞳が僕を見つめており
「な、なんでもない」
と返すがジンは許してはくれない。リレはそっと息を吐き出した。

「ジンは、用のなくなった人をどうするのかなって、」

思って、と。


「……話を聞いてたのか?」
「…始末するってとこだけ、聞こえてきて……」


小さな声は、けれど静寂が支配しているそこには響き渡り

「俺の言うことをちゃんと聞いてろ」
「うん」
「そうすれば、お前は殺さねえ」
「分かった。ジンに従う」
「良い子だ」


ジンはそう低く笑うとリレの身体を抱き締め直し

「寝るぞ」


と呟いた。

「お休みなさい」


とリレも同じように呟いた。









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