7年ぶりの初めまして(全39話)
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暁のメンバーで集まって口にされたのは
「ライブやらない?」
というもの。
歌を歌ったり作ったりするのは好きだが顔などの正体を見られるのが嫌でたった一度きりのライブを大分昔にやったがそれでいいじゃないとしていればメンバーとマネージャーに眉をしかめられ見つめられた。
メンバーとマネージャーは見られてもいいじゃないかライブをやろうじゃないかと声をかけてきたがそれを全力で無視して新曲の楽譜を渡した。
そのままライブの話は流れて、というか流して新曲の練習をしていれば時間は等しく流れていく。もしライブで私の顔を見られたら道場は破門だろう、知らんけど。
そうして時間ギリギリまで練習をすると駅前でメンバーと別れた。時刻はもうすぐ17時を回るが奈々は息を吐き出し昼食を抜いたことを本の少しだけ後悔したが今さら遅い。このまま電車に乗って帰宅するのもありだが……
そう考えていれば不意に後方が騒がしくなり叫び声の様なモノも聴こえてくる。
一体何があったのか
そんなことを考えていればニット帽を深くかぶった男が走ってくる所でありその男の腕には男とは不釣り合いな可愛らしい鞄があり
「ひったくりよー!!」
なんて聴こえてきたからにはもう私にはこれしかない。
どんどん人の間を抜けながら一直線に向かってきて私は着物の裾を少し乱すとその男の手を掴み足を挟むように動くとその場に押し倒した。そうすれば私の周囲にいた男たちが動き私と代わって数人で押さえ付けるように私と代わり、私は着物の裾を整えるとその場を去ろうとした。しかしそれが叶わなかったのは鞄の持ち主の女性が私の行動を遠目ながらに見ていたのであろう
「ありがとうございます!助かりました!是非お礼をさせてください!!お願いします!!」
と女の人は何度も頭を下げ私の事を上目遣いに見てきて、可愛い人だなぁなんて思いつつ眉を下げられてしまえば仕方ないだろう。そんなに遅い時間でもないし。
「私、毛利探偵事務所の下のポアロって喫茶店で働いているんですけど」
コーヒー…いえ、何でも奢ります!お礼させて下さい!そう言われ「そんな大したことはしてないけど」と呟くのだが素敵な笑顔を浮かべた女の人、榎本梓さんという彼女と共には警察の事情聴取を受け榎本梓さんは私の手を引き歩き出す。
「お店の買い出し用のお金も入っていたんですよ!もー西澤さん、助かりました!」
何度目かも分からぬ言葉を耳にしつつふと思い出したのは
「毛利探偵事務所って、もしかしたら蘭って女の子います?」
「ええ、いますよ!空手が特技なんですって!都大会でも優勝したらしいですし」
毛利蘭という同姓同名はそう簡単には見つからないだろう
「帝丹高校に通ってたりは…」
梓さんはニッコリと笑顔を浮かべ、お知り合いなんですか?と。そして西澤さんも空手をやってたりは?と止まることのない梓さんの言葉を聞きながら二人して歩いていれば信号の向こうに毛利探偵事務所の看板を見上げその下のポアロと書かれたガラスを見てため息を吐きそうになってしまった。世間は狭い。そのまま梓さんと入店すれば
「いらっしゃいませ、あ、梓さん、買い出しありがとうございます」
と、そんな何処か昔に聞いたような声を耳にしピクリと反応すれば梓さんが「安室さん、ただいま戻りました!遅くなってごめんなさい!」と返す。梓さん越しの安室さんという声に首をかしげ梓さんの背中からヒョイと顔を傾ければバッチリと安室という男と見つめあってしまった。
そう、彼はミルクティー色の金髪に褐色肌、そして青い青い瞳は昔の記憶と違わぬもの。
まさかの再会に驚いていればそれは向こう側も同じようであり二人してポカンとしてしまった。いや、安室って…別人、なわけないだろうがでも梓さんはしっかりと安室さんと言ったし本当にただの赤の他人かと思いたいが安室の反応はつまりそういう事だろう。
そうして一体どれ程見つめ合っていたのか私と"安室"さんの様子に梓さんは首をかしげて
「あの、」
お二人ってお知り合いですか?そう言われさてどう答えるかとしていれば安室が先に回り口にしたのは
「髪色と和服がとても似合っていたのでつい見惚れてしまいました」
なんて口にして。
人は生きていく間に色々と変わって行くのだろうがこうまで変わるとは、そして他人の、初めましての呈でカウンターに座るように促された。
そのままカウンターに腰を下ろすと梓さんがエプロンを着けながら安室に「もしかして安室さんのタイプなんですか~?」なんて笑っており安室も同じように
「えぇ、素敵ですね」
そう笑顔を向けてきた。
7年前の降谷と比べると、いや、高校時代の彼と重ねるととてつもない違和感が生じるが安室さん、いや、降谷は私の前にコーヒーではなくダージリンを置いてくれた。それに梓さんは不思議そうにこちらを見て
「西澤さん注文取りましたっけ?」
と一言。そして私が察したのはこの"安室"という男と"降谷"という男は同一人物だということ。7年前に知られている私の好み。コーヒーは飲めず紅茶オンリーであるそれは親しい人間にしか知られていないこと。降谷は覚えていてくれたらしい。
ミルクたっぷりのそれ、安室は自然と動いてしまったらしく梓さんに答える前に私が口を開いて「はい、注文しました」と。
「よし、じゃあ西澤さん!何でも好きなもの食べてください!全部私の奢りですから!!」
そう腕にグッと力を入れ会話する私たちに安室が「何かあったんですか?」と尋ねるのは当然の形であろう。
梓さんは素晴らしい笑顔で私がひったくりをはっ倒したことを興奮気味に語っており安室が親しげに話しかけてきたのは「西澤さんは何か武術を嗜んでいるんですか?」というもの。
それに私は小さな声で「古武術を…」と呟き「古武術ですか!」と笑顔を向けられた。うぅ…無理…その笑顔、無理…あんた誰だよ……。
梓さんは「こうだっけ?いや、こうかな?」と私の動きを真似ており安室は「ほー」なんて呟き。
馴れない安室から視線をそらしミルクティーに次いで置かれたガトーショコラに首をかしげた。そうすればそれは引ったくりから梓さんの鞄、おいてはポアロのお金を盗られないよう動いた私に向けてマスターさんからのお礼だとガトーショコラを差し出してくれて、躊躇いながらもお礼を述べてガトーショコラを崩していく。うん、美味しい。
しばらく梓さんと話していたが夕時の喫茶店は賑わってきて、梓さんも安室も忙しそうに動き出したので紅茶もガトーショコラもキレイに食べ尽くすと丁度カウンターに戻ってきた梓さんに声をかけて立ち上がりチラリとこちらを見た安室さんにも小さく頭を下げポアロを後にした。もう来るまい…。張り付けた笑顔の安室を思い出し、過去の降 谷の笑顔を思い出し、そして出入口まできた安室に「本当にありがとう」と言われその場を後にした。
帰り道の電車内でもそんな彼の笑顔を思い出すと自然、ため息も出てしまいそれでも久しぶりの、7年ぶりの姿は元気そうで良かった。
首から下げたリングを片手でいじりながら歩き道場の門をくぐりながら降谷の口からでた「"安室透"です」がリフレインされ小さく笑ってしまった。
似合わない笑顔、なんて思いつつ。