この世界で迷子の僕を(全80話)


ジンと、喧嘩してしまった。

一体何があってそうなったのかというと、なんてことない 、殺す必要もない人を庇いジンに逆らう真似をしてしまったから。
それはもちろんまだリレが悪に染まっていないからだろうしジンの

「どけ」

という言葉に首を横に振ってしまい

「目隠ししてるし耳だって塞がれているんだから」
この人は見逃して欲しいと言ってしまった。

ジンの行動を塞ぎその人物を守るようにしていればジンが口にしたのは


「そいつがタイプなのか」


という問いかけ。
よくわからない問いかけであったがリレは首を横に振り

「違うよ」と。

だがジンは銃口をリレの後ろに守られるようにしている女を狙っており、リレはゴクリと唾を飲み込むが動きはせず、 ほんの一、二分のやりとりであったがジンは眉間のシワを濃くしリレを睨み付ける。が、ここでこの人から離れたらきっとジンは殺してしまう。


「ジンは、快楽殺人者じゃないでしょ?なら、」
「どけ」
「……どかない……ジンが殺さないって言ってくれるまでどかない」


ジンの鋭い視線を受けつつドキドキとしていればジンは凶悪な顔のまましばらくベレッタを構えていたが、舌打ちと共にベレッタを懐にしまい込み背を向けられてしまい、リレはホッと息を吐く。

だからと言ってこの女の拘束を解いたりはしないが耳栓を抜き


「あとは誰か来るのを待っていてください」


そう囁き、女の人は目隠しの中から涙を流しこくこくと頷き、リレは

「ごめんなさいね」

と耳打ちもしジンの背中を追いかけた。

ジンは車の運転席へ、助手席にはウォッカが座っており、リレは戸惑いながらも後部座席に腰を下ろすとジンは無言のうちに車を動かし走っていく。

ウォッカはジンに声をかけ二人で話をしているがどことなくジンが苛立っているのに気づくと


「アニキ、どうかしやしたか?」


と声をかけておりジンは何も言わず黙ったまま。
そうしてリレをチラリと見たウォッカは視線を膝に落として黙り込んでいるリレとジンの雰囲気に気付きウォッカも黙す。

ウォッカは車にずっといたため先ほどの二人のやり取りを見ていなかったのでこの険悪なムードはよくわからないと思いながらも躊躇いがちにまた一度、ジンに声をかけた。


「アニキ、何かあったんですかい?」


静かだがおずおずと問いかけたウォッカはジンにチラリと視線を向けられ息を飲む。
こんなに機嫌の悪いジンを見るのは久しぶりだが一体リレは何を、いや、あっちで何かあったのだろうか?疑問がすぐ確信に変わったのはリレが呟いたそれ。


「…今そこの建物の中で、」


目隠しをされ耳を塞がれ縛り付けられていた女の人をジンが殺そうとしたのを阻止しちゃった。


そうポツリと呟かれたそれにウォッカは「ああ」と頷き、アニキの機嫌も悪くはなるだろうが、けれどたったそれだけでアニキがここまで機嫌を悪くする意味が今一分からない。


「それだけなのか?」
「え?」


とリレは顔を上げウォッカに視線を移し

「本当にそれだけなのか」
と言われた。


「うん……」


僕がしたのは本当にそれだけだけれどジンの邪魔をしてしまったのだから、これも仕方ないだろうともう一度視線を膝に移し黙り込んでしまう。

その女を殺す必要はないのだからと庇ったそれで、ここまで機嫌が悪くなるとは思ってもいなかった。ちょっと迂闊だったかもしれないが、でも  何も見ていない聞いていない その人を殺す必要は2度目だが本当にないだろう。

ウォッカはミラー越しにリレを見つめ、横に座るジンを見つめふと気付いたのは、もしやアニキはその女に嫉妬しての機嫌だろうか。と言っても ウォッカは2人が体の関係を持っていることなど知るはずもなく、すぐそんな考えを消し去ったが残念なことにその考えは大当たりである。

そう、その通り。ジンはリレが庇うようにしたあの女に嫉妬しているのだ。

リレが見て守るのは俺だけでいればいいのに、なぜその女を庇ったのか。余計な問題の種は消すに限るだが、リレの言う通り女は何も見ていないし聞いてもいない。
目隠しの下から涙を流していたし口を塞がれ怯える女を守るようなその行為はジンの神経を刺激しており、ジンは眉間のシワを濃くしながらタバコに火をつけ吸い込んだ。

勢いよく吸い込んだそれはパチパチとした音を立て煙を吐き出している。少し空いた窓から煙が流れて行き本のかすかだがリレの鼻先にも香ってきて、リレはその空気をそっと吸い込む。

ジンの香り。
こんなに近いのにジンを遠くに感じてしまいリレは気分が下がって行ってしまうのは仕方ないし自業自得だと言われても何か言えるはずがない。

ジンもウォッカも仕事について話し始めリレは入ることもできず膝をギュウと掴みに俯いてしまう。
いけないのは僕だけれど、でもそこであの女の人を殺す必要はないのは確かで、助けるように動いてしまったのは僕 、リレがまだジンのような無慈悲な心を持っていなかったから。
いや、リレが無慈悲な心を持つことは今後もきっとないだろうがジンはそんなリレに苛立ちを覚えてしまい、早々に吸い殻をシガレットケースに押し付けた。

リレは黙ったままであり話し終えたジンもウォッカも黙っている。

そう、非常に重い空気が車の中を支配しておりウォッカはもう一度ミラー越しにリレを見つめ2本目のタバコに火をつけるジンの横顔を見つめてしまったのは許してほしいがだ。
こうしてずっと過ごすのはとても辛いものがあるので早々に2人が和解をして欲しいと願うのだって当然だろう。


「リレ」
「……何?」


ウォッカの声にリレは顔を上げ恐る恐るとジンを見ながらもウォッカに視線を向け、伝えてこようとしたのはきっと仲直りしろ、というものに相違ない。

それに気づいたリレはすぐジンの背中越しの横顔を見やり そっと息を飲むと


「ジン」


と口にした。しかしジンは変わらずタバコを咥えたままでありそれでももう一度ジンの名を呼び呟いた。


「……さっきは邪魔してごめんなさい……」


ジンは黙したままアクセルを踏んでおりとチラリとリレを見やったがその視線を前方に 戻し


「そうじゃねえ」と。


そうじゃないって、一体どういうことかと思い、ジンの横顔を見つめればジンは煙を吐き出しつつもう一度


「そうじゃねぇ」

と口にし

「俺が苛ついてる内容にお前は気づいてねえが」


が、教える気もない。
それは、つまり、自分で考えろということに違いないのでリレはジンは見つめながら精一杯に考えていても思いつくことは一つもない。

ヒントみたいなものをくれないだろうかとしていれば、ジンは大きく息を吐き出し


「夜までに気づかなかったら覚悟しろ」

と呟き、その言葉の意味をすぐ悟ったリレは頬を赤くしつつもジンを見つめ必死で考えたが残念なことに少しもわからず、ジンはそんなリレを見て口端を吊り上げると


「覚悟しておけ」


と呟いた。









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