この世界で迷子の僕を(全80話)



夜、ジンと眠ってから目を覚ませばそこにはジンはおらず、ベッドから抜け出し裸の体に床に散らばっている服を着ながらリビングに行けばジンはソファに座ってコーヒーを飲んでいるところだった。
服はもちろん着ていて長い 足を組みながら姿を現したリレをみると口端を上げて笑ってきた。


「ジン、おはよう」


そう声をかけながら洗面台で顔を洗いもう一度ジンのそばに座り腰を下ろした。

ジンは特に何事かを言うわけでもなくテレビを見ているが、めぼしいニュースは1つもなくリレは欠伸をしながら 更に深く座り直した。


「ジン、今日の予定はないんだよね?」
「今のところはな」


リレはその言葉に頷き笑いかければジンの手が伸びリレの頭をグシャリと撫でてきた。その手癖のようなそれにくすぐったさを思いながら笑ってしまう。

特に何の用事もないという日はそれはそれで嬉しいけど、ジンの家には娯楽のようなものは何もないしなんとなく置いてある本棚にも大して本 なんて置いてなくリレはその本棚を見ながらポツリと思ったのは「本を読みたいな」というもの。

ジンに拾われてからずっと一緒にいたが多くも少なくとも一緒にいても退屈を感じてしまうのは仕方ないだろう。

テーブルには 灰皿とコーヒーカップが置いてあり ジンはタバコを口に咥えようとするが箱の中にはタバコはないらしく本の少しだけ眉間にシワを寄せると立ち上がりカーディガンを羽織っている。

おそらくはタバコを買いに行くのだろう。

リレは同じように立ち上がり 急いで着替え、ジンも軽く髪を縛っているところであり腕時計と携帯を確認するとジンの後を追い玄関に向かう。

時刻はもうすでに昼に回りそうであり随分と眠っていたらしいと思いつつもジンと共に マンションを後にした。

エレベーターはさっとロビーに到着しエントランスを抜け コンビニへと歩き出す。

リレはジンの横に立ちジンのカーディガンの裾を少し掴み 歩いていればジンはチラリとリレを見下ろしその手で頭をぐしゃりと撫でてから手を差し出される。その意図をすぐ 察知するとジンの手を掴み握りしめる。

歩いてすぐそこにあるコンビニに向かっているのだが、リレの頭にちらりとよぎったのは


「近くに本屋ってある?」


そうそれ。
ジンはリレを見下ろし
「少し歩いたところに」小さいが数件ある。何か読みてぇもんがあるのか?そう問われたが、『こちらの世界』に『僕がいた世界』の本があるのだろうかという疑問とほんの少しの退屈を持ってのこと 。


「何か読みたい」


と答えればジンは少し悩みながらもタバコをカートンで買いながら手を引く。
もちろんたった今購入したタバコを口にくわえ火をつけているが、歩いて行く先はマンションから離れていく。恐らくも何も本屋であることはすぐ理解できた。

ジンは煙を吐き出しながらチラリと空を見上げ

「今日は晴れか」

等と呟いている。

ジンもこうやってなんてことないことを呟いたりするのは周囲の人たちは知っているだろうか。
まあ知っても知らなくてもどっちでもいいだろう。

リレも少しだけジンと空を見つめ「本当にいい天気だね」と視線は進行方向に戻して歩き続ける。

お昼時というのもありマンションから離れて歩いていけば 車通りも人の姿も現れ始め人の群れの中に足を動かしていく。

背が高く長い銀髪はこの場ではなかなかに目を引くものであるし、すれ違う女の人がジンを見て

「イケメン…」

なんて言ってるのも耳を揺らしてくる。

そう!イケメンなんだよ!目付きはすこぶる悪いけど、きっとそれも魅力の一つだろう。
なんとなくリレの機嫌は上がってしまっているがリレでさえも実は中々に視線が集まっているそれにジンの鋭い視線が周りを牽制していることにリレは気づいていない。

そう、リレも、ふわふわとした髪を風に揺らし歩いているその表情はとても愛らしいもの。
白い肌に薄く色づいて唇にキラリと光っているような瞳は本当に目立つ。
いや、ただそれもよく見なければ気づきはしない。なぜなら鼻先まで伸びている前髪は金の瞳を隠しているが風が吹きリレの瞳を見てしまえば魅了されてしまう人だって現れる。
そうしてほのかに笑顔を浮かべジンを見上げているそれに少しは自分のことを自覚しろうと言ってしまいたいが言わなくてもリレが自身の側を離れることはないのだから声をかけてくる人間なんて存在しない。だから、まあいいだろうという結論にたどり着いてしまう。

早々に吸い終わったタバコの吸い殻をリレがジンの手から受け取ると携帯灰皿に押し込み


「ポイ捨て禁止!」


と口にされる。そんなリレにジンはちらりと笑うだけであり携帯灰皿をリレはポケットにしまい込む。

そうして程なくしてたどり着いたのは大きくはないが小さくもない本屋。
ジンと入れば店内には静かな音楽が流れておりジンはリレの手を離す。


「好きに探してろ」
「ジンは?」
「あっちで雑誌でも見てる、決まったら来い」


ジンも雑誌見たりするんだ…という感想を持ちながらもジンから離れて何か面白い本でもあるだろうかと目を滑らしていくが、やはり僕の知っている作者の本は全くないので新たに開拓すべきなのだろうか。
そこでふと思い立ち『この世界』で有名な推理小説家の本を手に取りペラペラと見ていればなかなか面白そうだと同じ作者の違う作品を2冊ほど手にし、ジンのいる雑誌コーナーに歩いていく。

それにしても最近本当にジンから離れてみても平気になってきたなぁ、などと考えながらそれでも同じ空間での距離なので平気なのだろう、と聞かれれば返事に困るがまあ特にそんなことを聞いてくる人間もいないのだからどうでもいいだろう。

雑誌コーナーにいる、人よりも高い場所にあるジンの顔を 見つけ近寄ればリレの気配に気づき顔をあげたジンが見ていたのは車の写真が表紙を飾っている雑誌。

「決まったのか」

と言われジンを見つめながら ほんの少し笑って頷くと、ジンは雑誌をもったまま歩きレジへと進んでいく。

店員さんは淡々としながら袋に本を入れジンが会計していくが、そういえば僕って何がその給金、みたいなものはないのだろうか。

会計を済ませたジンから袋を受け取りながらたった今思ったそれを問いかけるとジンは少しも考えることなく


「何かなくてもお前は俺といるから出費なんてねえだろ」


どうでもいいことだろうと軽くはぐらかすそれに、それ以上の追求をしようとはせず、けれどジンの手をぎゅっと握りしめると肩を並べ家と帰って行った。
ちなみに本は面白かった。









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