この世界で迷子の僕を(全80話)


「これから、とある国の要人と会合がある」


リレ、同時通訳は無いがしっかりやれと言われてしまった。
いや別にしっかりしないで過ごしていたわけではないが一応の確認のようなそれにリレは笑って頷いた。

同時通訳がないってことは相手方も通訳が来るって事だよね。そう問いかけてしまいジンは軽く頷くとリレの頭をぐしゃりと撫で


「恐らくな」 と。


まあ来ても来なくても僕はジンに従うだけなんだからどうでもいいだろうと一人で納得し頭を撫でてきたジンの手のぬくもりを感じてしまう。

リレは本の少しだけ笑うとジンの車に乗り込みジンは車を発進させた。
今日はジンが運転するのか。日によってウォッカに代わる が何かそういう暗黙のことでもあるのだろうか?

そんなことをポケッと考えながらもリレはジンの髪に手を入れ柔らかな銀髪は冷やりとしつつもほのかに温かく、するすると指を滑らせた。

それはいつものことなのジンもウォッカも今更何も言いはしない。それでも笑みを浮かべながら「そういえば」と口にしたのは


「取引相手の名前ってわかってるんだよね?」


まあ当然と言ってもいいようなリレの問いかけでジンは名前を口にしたが残念ながら覚えられない。

えーと、なんだって?

ちょっと 一瞬では理解できない馴染みの無い響きにリレは黙ってしまいジンがもう一度 、今度はゆっくりと教えてくれた。

ジンって本当は優しいのではないだろうか。今日までなんとなく考えてしまったそれだがジンはそれ以上に気を向けてくることもなくウォッカと会話を始めた。
その内容はリレも耳に入れておくべきだろうと頑張って聞いてればどうやら取り引き内容は薬の密輸らしい。

撤回、ジンにはそれほど優しさは無いようだ。それ程、はあるが、それ程だけである。
そしてジンが向かう先はコンテナが密集しているどこか。
その場所をしっかりと覚えているべきなのだろうかとしつつもジンは何も言ってこないので覚える必要がないらしい。

なんとなくリレはジンの髪をすくい上げ編み込んでいけば それはさすがにやめて欲しい らしく、ジンがミラー越しにリレをチラリとみやり

「ほどけ」

と低く粒やいてきた。それは別に不機嫌というわけではないが、ただやめて欲しかっただけなのだろうとリレは


「はーい」


と頷きたった今編み込んだ髪をほどいていく。
しかし大した手入れもしないというのにジンの髪質はとても良いもの。ちょっとした女子の敵だな、なんて思ってしまうがそれだけであってしっかり編み込んだそれをほどいた。

髪を指ですいて滑らしていく、その伸ばした左手にはジンからもらった腕時計。
視線を移せば時刻がもう少しで夕方を迎えるが時間。

帰宅ラッシュなのだろうか、なかなかに車が多いし渋滞とまではいかないが車の動きはゆったりとしたものであり、ジンはタバコを口に咥え少し開いた窓から煙が流れていく。
それを見つつもリレはジンの髪から手を離して後部座席に深く座り直した。
そしてジンが進む道はどこか 入り組んだ場所に入り込み車の姿が消えていきつつジン以外の車がなくなっていく。
ジンはゆっくりと車を止めた。

エンジンを切り車も降りたジンとウォッカに続き降りればジンは携帯を取り出しリレに向かって口にするのは


「翻訳の仕方だが、」


なるべく簡潔に訳せ。強い口調でも柔らかい口調でもなく 簡潔に。

リレはすぐ「うん」と頷きわかったと口にすればジンは少し笑い
「いい子だ」
と言ってくれた。

久しぶりの言葉にくすぐったさを覚えていればジンは入り組んだコンテナの間を歩き始めリレはウォッカの後に慌てて続く。
前みたいに麻酔を打ち込まれたらたまったものではないが走らせたジンの車の側には誰の車も人影もなかったのでまあ大丈夫だろう、それでもリレはジンのコートを少しだけ 掴んでしまい、ジンはそれに気にする素振りも見せず歩き続け奥まった一角のコンテナの中に入り込む。

薄暗いそこにはすでに人の姿がありジンを見つめると小さく笑い「やあ」と言わんばかりに手を上げてきてそう声をかけてきた。
相手方もこちらと同じように3人組であり、そのうちの1人が『こんにちは』と言ってきた。おそらく彼が通訳を担うのだろうジンの横に移動すると小さく頭を下げ

『こんにちは』

と答える。
これでこちら側の翻訳相手が僕だと気づいてくれたのであろうとリレはジンに、相手方は恐らく主要人物にただの挨拶だと説明する。


『ちゃんとした挨拶は必要かな?』
「そんなもんは必要ねえ、さっさと済ませるぞ」
『そうかい?』


通訳相手同士で名乗る必要もないということで、相手も口を開いたりはせずジンとウォッカに言葉を伝えていく。


『例の物はもうすぐ到着するが、ちゃんと用意できてるんだろうな』
「そうじゃなきゃわざわざこんな所に来やしねえ」


男は高らかに笑い、それもそうだね、失礼したと言ってきた。
しかしジンは同調して笑うこともなく、懐から一枚のディスクを取り出しすぐジンの背後から人の気配を感じ振り返る。そこには黒いスーツケースを持った男が一人、主要人物は


『来たな、ジン、さて』


取り引きをしよう。
ジンは背後の男には渡さず主要人物にディスクを差し出しスーツケースを持った男はそれをウォッカに渡してき。


「ウォッカ、確認しろ」
「ヘい」


ウォッカはその場に膝を着くとスーツケースを開き真っ白い敷き詰められているソレの1つを手に取った。

そうしてスーツの内ポケットから何かの検査キットのようなもので白い粉の確認をするとうなずき


「本物です」


と口にした。
主要人物もパソコンでディスクの内容を確認したようで同じく頷くと


『終了だ、お互い気をつけるように、』


なんて笑いリレは顔を向けると

『お疲れ様でした』

とだけ声をかけジンとウォッカの後に続き、ジンのコートを掴み歩いていく。

しかしこれだけの薬物を持って歩くなんて、職質されたら一気に終わってしまうが、なんて考えながらも薬物の量に多少であるがドキドキとしてしまう。

一体 これでいくらの儲けになるのだろうか、恐怖しか浮かばない。バレないように行動するのは当然だが、まあ原作に絡んでもいないんだから捕まることなんてないだろう。

前を向いて歩きリレもスーツケースと共にジンの後部座席に腰を下ろすとジンはチラリとリレを見ると


「よくやった」


と言って口端を持ち上げた。









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