この世界で迷子の僕を(全80話)
車を走らせてどれくらいか。短くはないが長い、というほど長いわけでもなくおおよそ二時間、ウォッカはとある建物の前に車を止めジンと共に車を降り、ジンはリレにも降りるようにと促した。
大体の出勤時間であるため建物にはジン達以外にも入っていく人達がおりパスを使って入っていくが、ジンとウォッカは顔パスらしい、ジンに続くリレには含むところを見せたが特に何も言われず。
この建物の奥にはおよそ17にして薬の開発にあたって指示を出すことのできる頭脳の持ち主がおり、ここならリレと名付けたこの男、いや、少年のことが分かるかもしれない、と。まあ分かったところで帰したりする気も無いのだが。
白衣を翻して歩く研究者の姿をチラチラと見ながらリレはレベル3とかかれた扉をジンとウォッカとくぐり抜ける。
ジンが姿を現したそれに研究員たちは視線を向け軽く頭を下げ、リレの姿に首をかしげている。しかしジンは気にしない。
「シェリーはどこだ」
ジンのその一言に近くにいた研究員はすかさず「仮眠室に」と答え、そして僕は思う。
リレと名をもらった僕だがまさかいきなりこの世界の主軸に関わる3人目に会わされるとは思ってもおらずただ黙って着いてきていたのだが、白衣の人間の視線から逃げるようにジンのコートを本の少し握りしめ隠れるように小さくなる。そんな僕に気付いたジンは僕の頭をポンと撫で視線で職員を黙らせる。
「シェリーを連れてこい」
「今起きたわ、何よ」
カーテンで仕切られていたそこから赤茶けた髪のショートヘアーの女の人が不機嫌そうに眉を寄せながら姿を現した。シェリーこと宮野志保。しかしジンは不機嫌なシェリーに
「こいつの身元を調べろ」と。
「こいつ?」
シェリーは眉間にシワを寄せたままジンの後ろにいたリレを見て今度は不思議そうに「あなた誰よ」と。
「それを調べろ」
「私が出来るのは研究だあって人探しではないんだけど?」
「調べろ」
そんなジンの言葉にシェリーは大きく息を吐きだすと
「あなた名前は?」
「…リレ……」
「リレ?」
「キナ·リレ」
名無しのカクテル、名無しの人間ということだろうか、ふざけている。そんな人間を調べろなんて、この男は何を考えているのかと頭痛を覚えながらも大きく息を吐くと「リレ」来なさいと。
リレは軽く肩を揺らしジンを見上げたらジンは「行け」と顎で指示しリレはシェリーの前に立った。
「そうね、先ずは指紋かしら」
そう背を向け歩き出すシェリーの背を見つめジンを見上げればもう一度「行け」と言われリレはシェリーの後をおった。
「リレ、なんて言っているけど本名は?」
「出身地は」
「年齢は」
そんなジンが尋ねてきたこととほぼ同じことを尋ねられたのでジンの時と同じように答えていればシェリーは指紋をとりメモを取りつつ見つめてきて
「あの、あなたは、シェリー、さん?でいいんですか?」
「ええ、年齢もあなたと同じくらいかしらね」
「何歳?」
シェリーは小さく笑うと「17よ」と答えそして僕は考える。つまり、今この世界は原作一年前であると。そしてジンを振り返れば他の研究員と話しており、チラとリレを見ると研究室から出ていこうとした。それにリレは立ち上がるとジンに駆け寄り叫ぶように己の出そうとしていた声より大きな声で
「行かないで!」
と。驚くジンと研究員、しかしリレはそれどころではなく「行かないで」を繰り返しジンのコートを掴む。それにギョッとしたのはウォッカだけでなくその場にいた全員は顔色をサッとかえ身構えるもジンはリレの頭をポンと撫で
「すぐ戻る」と。
「本当?すぐ?本当にすぐ?」
「ああ」
リレ、お前はシェリーといろ、と口にしもう一度リレの頭を撫でるとウォッカと共に部屋から出ていってしまい閉じる扉の前でリレは立ち尽くしてしまう。しかしすぐシェリーが「リレ」と呼びかけリレはのろのろとシェリーに近寄り再び椅子に腰を下ろした。
「採血するわよ」
「……はい」
袖をまくり上げ採血されながらリレは視線を床に下ろし、シェリーから「いつ」ジンと出会ったの?と問われたため特に何かを考えるわけでもなく素直に「昨日の夜」と呟いた。
「え?昨日?」
「はい…」
驚いた様子のシェリーは想像済みなので特に何とも思わず、僕だって昨日拾った人間に名を付け連れ去り調べろなんて言われたら驚いてしまい困惑してしまうのも当然だろう。
注射器一本分の血を抜かれ扉を振り返ってもジンは入ってこない。
「簡単な質問に答えてね」
「……はい」
シェリーの問いかけに一つ一つ答えつつもリレはチラリチラリと視線を扉に向けシェリーは「記憶喪失ね」と結論付けてリレを見るとその顔色は真っ青である。
「ちょっとリレ、大丈夫?」
「ん…ん、」
小さな声をもらし頷くが大丈夫だとは思えない。
「ねえシェリーさん…」
そんな震える声にシェリーは努めて優しく「どうしたの?」と問いかけ、リレは喉仏を上下させ「ジン」戻って来ますよね?僕のこと、置いて行って、行かないよね?そこまで言葉は続かずリレは口を押さえると崩れるように椅子から落ち全身を震わせている。
「リレ?どうしたの!?吐きそうなの?!」
どこか具合が悪いの、とシェリーもリレの前に膝をつき、リレはボロボロと涙を流しながら他の研究員が持ってきた袋の中に吐き戻してしまった。
「う、ぇ…」
と嘔吐くリレの背をシェリーは撫で擦り吐き気止めの点滴を用意させる。
リレの嘔吐が一旦落ち着くのを待ち、涙でぼろぼろの顔をタオルで拭ってやり立たせる。
「歩けるか?」
と問う職員の手を借りリレは立ち上がり少しずつ歩き出す。
すぐ、先程までシェリーが仮眠をとっていたベッドに横たえさせようとすればリレの口から小さな声で「ジン」と呟いたのが聞こえてきた。それを耳にしたのはシェリーのみ。
何故この少年はそこまでジンを求めるのかと考えるもしかしジンはいない。呼ぶべきか止めるべきか、本の少し悩んだ末シェリーはリレの背を擦りながら点滴を刺しリレはぐラリとベッドに倒れこんでしまった。
「シェリー、この少年は」
「一応、血液検査と指紋の結果が出るまで何も言わないで」
ジンが直接連れてきたということは何かしらあるのだろうと、。職員は頷き仮眠室から出ていきシェリーはリレの青白い顔を見下ろすとそっと息を吐きだしジンに報告しようと己のデスクに戻る。
研究室の番号からジンに電話を入れれば数コールしてすぐジンの低い声が聞こえてきて、シェリーは問いかけた。
「リレって子、どこかの病院から連れ出した訳じゃないでしょうね?」
「リレがどうした」
人の話を聞いているような聞いていないようなそんな言葉にシェリーは大きく息を吐きだしそうになるも
「リレ、嘔吐しちゃって」
今は眠らせているけど。
本の少しの沈黙の後、受話器の向こうでジンがウォッカと話しており「すぐ戻る」と通話は切れた。
果たしてジンは何をしているのだろうかと思うもシェリーはパソコンの前に座ったまま指紋と血液検査の結果に目を通す。どこのデータベースにも一件のヒットもないことに首をかしげ血液検査からも何の異常もないとシェリーは眉間にシワを寄せる。
キナ・リレ。名もないカクテル。
何だか面倒そうなことになるかもしれないと本当に頭痛を感じてしまった。
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