この世界で迷子の僕を(全80話)


中西達は完全に油断していた。

ジンとウォッカの取引に乗じて多言語、それもどの国のことも理解するリレというジンのお気に入りを手に入れようとしていて、そしてリレはジンがそばに置くほどのお気に入りであることも一度の取引で把握している。

リレはずっとジンのコートを掴みジンの背後で顔を見せることもなくその場にいるので こうして拐うのは容易いことと、リレが何もできないのだと思い込んでいた。それが1度目の油断。
2度目は発信機にすぐ気づかれてしまったのは一体なぜなのだろうということだがまあいいだろうという油断。
嘘の取引として指定した場所に3人は姿を現しリレは少し遅れて車を降りたその瞬間、麻酔銃で眠らせ倒れ込んだリレのことを車に乗せ拐うその計画は簡単に済んでしまったのも3つ目の油断。

リレは深い眠りにつきナンバープレートを隠した改造車で走り去る。
ジンとウォッカの車がついてきていたのだが道はこちらに優位に動いてくれた。

2人の車はすぐ見えなくなり 日本にとどまることはせず漁船に乗せ連れ去ろうとした。
そして不意に担がれていたリレが目を覚ました。

どうやら麻酔が少し少なかったようだがたった一人、しかもこんな細く軽い身体で何かができるわけないだろうとそう4度目の油断。

きょとんと、ぼんやりとし今の状況を考えているリレに中西の部下はたった今、己がいる状況とこれからのことをリレの耳に話すと特にどういった表情も見せず、いやでもほんの少しだけ眉間にしわを寄せ立ちすくんでいる。

やはり何もできないだろう。早々に諦めてもらうために、そして、たった一人、何の武器も持たないリレに"こちらに入れば君を優遇しよう"と問いかけ手を差し出せばリレは、ゆっくり手を伸ばし、中西の指を、一瞬の躊躇いもなく

へし折った。

海の音とともにその場に乾いた音が響き渡り中西は絶叫した。
そうして中西は、車に叩きつけるように突き飛ばされ息が詰まる。
まさかの、そして一瞬の出来事に男たちは動揺し次々と投げ飛ばされており中西はただ ただ指をかばうよう、そして呆然としたように冷たいその場に座り込んでしまっている。

投げ飛ばされた男たちは次の瞬間には真っ赤な血飛沫を脳天から吹き出しその命をなくしていく。

一体誰が、どうして、誰を、なぜ、どこから、。

考えること山のようにあるけれど己以外の全ての人間はその息の根を途絶えさせ、中西は振り返ったリレを見てゾッとした。

この世に存在する人間が持つ はずの無い肉食獣を思わせる その金の瞳に心臓が冷えていく。
なんだこの目は何だこの圧力は何だ、この、男は。

震えることもできずスッと寄せられたその瞳には感情などなくリレは微笑んだ。
後退る中西にリレがしゃがみ込み中西に問いかけてきたのは


「おじさん、名前 教えて」と。

「僕ばかり知らないの、ずるいよ」


泣きたい気持ちでリレを見つめ、リレは手をのばすと中西の折った指をさらに反対へと折り込んできた。
2度目の容赦ないそれに絶叫をあげるとリレは目を細め

「う·る·さ·い」

と、わざとなのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ中西の顔を覗き込んできた。

この場で息をしているのはリレと中西だけであり、リレは携帯を取り出すと誰かと、いや誰か、ではなく、ジンに連絡を入れそして

「僕の場所わかる?」

と呟きすぐ女と男の呑気な声に息を止め固まってしまう。
背後から姿を現した黒いライダースーツを纏ったライフルを肩に持つ2人組。
恐らくこの2人が己以外の仲間全員を押し殺したのだろう ことは容易く想像できるが今はそれどころではない。

女は随分と楽し気に声を上げ男の方は残酷な女の言葉に同意し女は笑った。そしてすぐ 1台の車の音が聞こえてきて 中西はガチガチに固まっている体を今更ながらにも震わせジンとウォッカが姿を現した。

キャンティとコルンはジンとウォッカをみやり、リレはパタパタと走りながらジンの腰にぎゅうとだ抱きついた。


「随分と懐かれてるじゃないか」


なんてそんな楽しげなキャンティの言葉に、だがしかしリレもジンも特に反応も見せずジンは中西に近づき見下ろした。

どちらが上でどちらが下か、それを分からせるようにジンは立ち、中西は恐怖と痛みに涙を流し弁明をしようとしたがジンはそれを許さない。

ベレッタを取り出すと中西の額に銃口を押し付け


「理由も何も必要ねぇ、この後てめえのところはどうなるんだろうなぁ 」


そう低く笑い、指先をトリガーに置くと引鉄を引き躊躇いもなく始末しどこかへと連絡入れると5人はその場を立ち去った。
ジンは呟く。
リレ、話すことがある、と。









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