この世界で迷子の僕を(全80話)
ジンは悩んでいた。
ずっとこれを手に入れてからその使い道をずっと考えていた。
だいぶ前、とある男に薬を飲まされ嗅がされてそして欲望のままにリレを抱いたあの薬である。
もとよりその薬は別の人間に使うつもりであったらしくジンに使った時にほん数粒貰い受けてもいるがどうしよう、と。
その時は本当にそれどころではなかったので特に何も考えず受け取ってしまった。
とは、つまり、それくらいに理性が引き千切れそうになっていて、そして引き千切れる前にリレと体を重ねたがその翌日に我に返り薬を取り出し 眺めてみた。
普通の錠剤。
水にさらせばほんの数量で溶けてしまい、口に含めば甘い香りが漂い始め味覚、嗅覚に欲望が訴えかけてくる。
リレにこの香りを嗅がせるわけにもいかずそうして過ごしていたが、ジンはウォッカ、リレと共にカクテルバーのカウンターに腰を落ち着け目の前にあるグラスをただただ無言で傾ける。
ウォッカの見立てではジンの機嫌が悪いというわけでもなく何事かを考えていての無言だろうと察しジン越しにリレとチラチラと言葉を交わし合い2人はジンの横顔を見つめてしまうがジンは遠くを見たままで。
「……アニキ、どうしやした ?」
無言のジンに耐えかねたのは 何もウォッカだけでもなく、リレもウォッカと同じようにジンを見つめ「面倒事?」と問いかけるとジンはほんの数秒口を閉ざすがすぐウォッカとリレをチラリと見やり、
「何でもねえ、黙って飲んでろ」
と言われてしまった。
そう言われてしまえばそうするしかないだろう。リレとウォッカは視線を絡ませるとリレがポツリと呟いたのは
「お手洗い行ってくる」
というもの。今の空気から逃げたいわけではない。決して逃げたいわけではない。純粋にトイレに行きたいだけ。
そのリレの言葉にウォッカ も立ち上がる。
恐らくウォッカは逃げたくて なのであろう、
「俺も行ってきやす」
そうジンに声をかけその場から去っていく。ジンはそんな2人を横目で見てすぐ視線をグラスに戻すと内ポケットから薬を、あの時の錠剤を取り出し眺め、そしてリレのグラスが目に入る。
まだ半分ほど残っているグレープジュース。
飲まない限り媚薬に気づくことはないし飲んだとしても介抱するのはジンだけであり、こちらから求めて行くのではなくリレから求めて欲しいという思いが少なからずあってのこと。
今はウォッカもリレもいないしカウンターにいるバーテンもジンに気を向けるでもなく グラスを拭いて別の客と話しておりジンの行動は見つからないだろう。
ジンは少し悩むがその薬を、錠剤をグラスにポチチャンと 沈みかき回す。
錠剤はあっという間に溶けてしまいグレープジュースの色だって濃いものだから気づくことだってあるはずがない。
さて、リレはどうなるのだろう。
それを考えるだけでジンの頬が軽く上がってしまいそれをごまかそうとグラスを傾け飲みました。
カランと鳴った氷の音に気づいたバーテンはジンに視線を向けると
「もう一杯ですか?」
と問いかけジンが返事をする前に背後から2人の気配を感じけれど振り返りはせず
「そうだな、ジンをショット で」
と。マスターは頷くとすぐ横にリレとウォッカが腰を下ろしリレは氷の浮かぶジュースのそのに口をつけた。
そうして スルスルと飲んでいき、さてどうなるかと楽しく にやけてしまいそうになる。
トイレから戻ってきたというのにすぐほとんど飲み干してしまいジンは出されたショットをグイッと飲み干しウォッカも同じようにグラスを空にしてジンの横顔をチラリと見つめ、そしてリレの様子が一気に変わったのはジュースを飲み直し、飲み干してから僅か5分以内のことである。
リレは眉間にしわを寄せ息が荒くなってくるのはジンのあの時の状態とほぼ一緒のことであろう 。
徐々に顔が赤く染まっていき、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐってきた。
リレは体を縮こませテーブルに半身を預けるように俯いてしまったのを見ると、やはり 即効性のやつだと確かめられた。
「リレ」
大丈夫か、とは言われないがジンの手がリレの背を撫でればリレは身体をビクリと跳ねさせてしまった。
荒く息を吐き出して目にうっすらと涙が溜まっていく。
「アニキ?リレ、どうしたですか?」
そんなリレの様子にウォッカはジンと同様にリレに声をかけたがウォッカは気づいた。
ジンが、アニキが楽しそうであるのはきっとそういうことだろう。
アニキが何かをしでかしたであろうそれ。
リレは身体を震わせながら一体どうするのだと混乱してしまう。さっきトイレに行くまで何ともなかったしジンやウォッカ以外から何か物をもらっていないし口にも入れていない。
ではジンが?いや、でも意味もなくジンがそんなことをするはずがないと思ってしまっても仕方ないだろう。だって今までの、今日までジンに何かされてもいなかったのでジンが何もしてないと信じる他なくなる。
ジンの手に身体中にゾワゾワしたものが走り抜けて行きカウンターに額を押し付けながらもカタカタカタと震えてしまう。
「じ、ん……」
「リレ、ホテルに戻るぞ」
「……ん…」
リレは強く強く唇を噛み締め 口の中に溢れるように混みあがっている唾液を飲みぎゅうと目を閉じる。
必死で呼吸をしようとしてもそれさえもままならず、とにかく今はリレを見つめ背を撫でてくるジンに従うしかないだろうとスツールから立ち上がりマスターが心配気にリレのことを見てきたが、ジンの
「問題ねえ、」
そしてもう一言、
「他言すんじゃねえ」
そう脅すように口にしたジンだが、マスターは心得たかのようにそっと笑い頭を下げてくれた。
歩くこともままならぬ状態のリレはジンによって抱き上げられ歩いて行き流しのタクシーに乗り込んだ。
「シティホテル」
それだけを伝えれば運転手は「はい」とうなずき タクシーは動きだしその間もジンはリレのことを気にかけチラチラとした視線を向けホテルに到着し、ウォッカは料金支払い 3人はタクシーを降りた。
今だ歩けそうにないリレをジンは再び抱き上げ ホテルへと足を踏み入れ受け付けで鍵を受け取ると歩き出す。
「アニキ」
そう声をかけてきたウォッカを見たジンは小さく笑い
「大したことじゃねえ」
明日はフリーだ、好きにしろとエレベーターから降りて部屋と言ってしまった。
一体何だろうと静かに呟いたウォッカの声は2人には届かずに。
「リレ、息をしろ」
そうジンはリレの身体を支え 、甘く、優しく問いかければリレはその度に肩を震わせ 涙を流しながらもジンを見つめ酷くか細く震え、充血し濡れた瞳で見つめられるとたまらないものである。
そう理性が簡単に揺らぎベッドに押し倒そうとした瞬間、リレはジンのことを思い切り 押し返すと
「も、むりぃ……」
その言葉と共に、リレは、その場で、吐き出してしまった。
「リレ…」
「んっ…ぅ……」
き、きもちわるい、そう呟いたリレは再び吐き出しガタガタと体を震わせてしまっており、まさか想像していなかったその反応にさすがのジンもなんとも言えない表情でリレの介抱に徹することになってしまった。違うだろう。
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