この世界で迷子の僕を(全80話)
「ねえ、リレお願いがあるんだけど」
シェリーと二人きり、というわけではないが食堂のホール窓側で向き合って食事していればシェリーが不意に顔を上げ微笑んできた。
リレは漬け物を噛みながら首を傾げ
「何ですか?」
そう問いかける。
「実はスペイン語の書類があってね、」
別の人に頼もうと思っていたけどリレが来てくれたのだからリレに頼みたくてね、そう 言われてしまえばリレは断ることもできず、しかしリレはジンの所有物と言っても過言ではないのでその確認はリレでなくジンへ。
そう言おうとしたリレにシェリーは笑いかけると
「リレからジンに言ってくれない?リレが言ってくれればジンも拒否しないでしょうし」
どう?駄目?
「ご飯食べ終わったら聞いてみますね」
リレのその言葉にシェリーはもう一度笑うと「お願いね」と。
そしてその話は一旦終了したようでリレは、ふと頭に思い浮かんだ一つのことに思考を巡らせる。APTX4869の現段階での完成度。それによって 今リレ、僕がいる時間枠の確認。
シェリーの誕生日は知らないし3ヶ月以上前に持っていたコナンの世界の知識の現状。もしAPTX4869がジンに渡ればもうすぐにでも工藤新一が江戸川コナンとなり、シェリーも灰原哀となってしまうその時間枠。
さて、どう問いかければ不思議に思われないだろうか。
ぐるぐると考えながらも魚をほぐし口に運ぶが、いっそ直球に聞いてしまうのもありだろうか。
お茶をすすりシェリーにしっかりと視線を向ければシェリーもリレを見返してくれて
「何?」
と問われてしまう。
リレはほんの少し周囲を伺いジンとウォッカがこっちを見ていないのを確認するとシェリーに顔を寄せ
「シェリーさんって何の薬を作っているんですか?」
「…知らないの?」
知ってはいるけど、正規のルートの情報ではないのでうっかり口を滑らせてしまうわけにはいかず「知らない」という意思表示として首を横にふる。
「教えてくれませんか?」
「…なぜ?」
当然の答えにリレは然り気無さを装って
「ジンが、たまにシェリーさんから受け取ってる薬って何で使ってるのか知らなくて、」
少し気になって、と。
シェリーはそんなリレの言葉に何事かを少し考えるとジンとウォッカがこちらを見ていないのを確認し、小さく小さく呟いたのは
「とても説明しづらいものだわ」
確か灰原哀になってからで、半世紀前から進められている 研究だとどこかで言っていたような。
そして飲んでも毒物が検出されないと言われている危ないお薬。
シェリーさんは今何を思ってその研究に手をつけているのだろう。そんなことを考えながらなおも答えを待っていればシェリーは息を吐き出し
「後で見る?」
それはつまり、薬を、か、それとも薬の成分が何なのか見せてくれるだろうか。まあ僕が見たところで何もわからないだろうけど。
そして二人してご飯を食べ終わり立ち上がればジンとウォッカはそれに気づくと同じように立ち上がりジンはタバコを灰皿に押し付けている。
カウンターに食器を近寄ってきたジンに先ほどシェリーに頼まれたとスペイン語の翻訳をしてきてもいいだろうか、そうジンを見上げ首をかしげればジンは少し悩み
「好きにしろ」と。
まぁ今日はこの後シェリーさんと話をしたりするのだろう、 僕はついででスペイン語を翻訳しておく。
よし、と頷きシェリーさんの後を追いながらジンのコートを少し掴み歩いていく。そんなリレとジンを見つめる女性研究員は眉間にしわを寄せ睨んできていたが4人は気づくことなくレベル3と書かれた 一室に戻ってきた。
4人は、いやリレはシェリーから資料を渡されシェリーの横のデスクに腰を下ろしパソコンを立ち上げた。
パスワードは知らないのでシェリーに任せればすぐシェリーは動きワード エクセルを開き「お願いね」と言ってきてくれた。
了解を取ってあるのでジンとウォッカはシェリーと会話をしておりシェリーは本の少し 渋い表情を浮かべるが息を吐き出し奥の実験室に行ってしまいすぐ薬の入ってるだろうサイズの小箱をジンに差し出した。
それを当然のようにジンは受け取りシェリーとジンそしてウォッカは、リレの背後に立ち翻訳されていく資料に視線を向けジンは満足そうに頷いている。
そんなジンを見ているシェリーも改めて感心したようにしていておよそ30分ほどで翻訳を終え研究室を出て行こうとしたリレの手をシェリーがそっと掴み渡されたのは小さな黒い箱。
「何かのために、黙って持っていてね」
そう囁かれ、リレはよくわからずも頷いてしまった。
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