この世界で迷子の僕を(全80話)




第三製薬所へ走っている車だが、進むにつれ空色が怪しくなってきて次第にポツポツとし水の粒がフロントガラスを濡らしていきすぐ雨として降り出した。

車の外では降り出した雨に人の足は速くなっていきどんどんと景色も流れていく。
最初はそれほど酷い降りではなかったがすぐそのまま雨脚は強くなっていく一方であり リレは窓から外を見るのをやめジンの髪に手を触れすいていく。
ジンはそんなリレの行動には慣れたもの。そして気を向けることもなくタバコを咥え火をつける。


「降ってきやしたね兄貴」
「そうだな」


そんな会話に耳を傾けつつジンの髪をスルスル と撫でていれば、ジンの手が伸びてきてリレの手を掴む。

もしかして、もう触るなとかそんなこと言われるのだろうかとドキドキしていればジンはただ単に手を握りしめただけで何も言わず、そして変わらずウォッ カと言葉を交わしている。

もう片手も空いているがそちらの手でジンの手を掴みを撫でるのはやめジンの手を握り返す。
ジンは バックミラー越しにチラリとリレを見つめ、そして、ふ、と笑うがやはり何も言いもせず信号で停止した際リレと手を繋いでいるジンを見つめウォッカは小さく笑う。

そうして強まる雨足と雨音にワイパーがフル活動しており 動き出した車の流れに沿って進んでいく。雨の向こうしばらくに大きな建物があり広い敷地を持っている恐らくはあそこが第三製薬所だろう。そのリレの勘は当たった。

車は車の間を抜け、やはりその建物の入り口に入り守衛にジンは声をかけ淡々と話しておりウォッカとそしてリレを見つめすぐ通してくれた。

車がゆっくりと進むとワイパーの仕事は終了し、雨に濡れた車体は水が滴っているだけでウォッカ車を駐車スペースに止めエンジンを切る。
ウォッカが車から降り、ジンも同じく車を降り、そして後部座席からリレも車を降りた。
地下ではあるが強い雨音が響いてくるようでリレは

「すごい雨だな…」
なんて呟いてしまう。
そんなリレに対してジンもウォッカも小さく笑うだけで歩き出す。慌てついていけばなぜかウォッカがもう一度小さく笑うとリレを振り返り、リレも同じくウォッカに笑いかけつつもジンのコートを少し掴み歩いていく。

ガラス戸を押し開け製薬所という名の研究所に足を踏み入れた。
壁も床も天井も埃 一つないと言っても過言じゃないほどに美しく清掃されておりリレは入るのを本の少しだけ躊躇うが、ジンとウォッカに続いていく。

廊下には人の姿も気配もなくジンが進んで行った扉にはレベル3のマークとバイオのマーク。カードと指紋認証で通り抜ければそこにいたのはシェリーと指示を受けてる研究員の姿がある。


「シェリーさん!」
「あら、リレ」


シェリーは声を変えてきたリレに顔を向けジンとウォッカはそんな2人に視線を投げかけて歩み寄る。


「例のブツはどうした」


そんな感情のこもっていない言葉にシェリーはほんの少し面倒そうに眉間にしわを寄せるが研究室内よりも奥にある薬品置き場に歩いて行き去ってしまう。リレはそんなシェリーを見つめジンを見上げウォッカと視線を絡ませた。
そうしながらも 小箱を持って戻ってくるとそれを差し出した。


「これ、あの時の薬より改良したからちゃんとどうなったか報告しちょうだい。あと、人にはまだ使わないで。実験だってまだ数回していないんだから」


一体何の薬なんだろう。そう考えてもリレにしてはどうでも構わないのでジンのコートを掴みながら2人のやり取りを見つめちょっとだけ欠伸をする。


「寝てないの?」


欠伸をしながら突然問いかけられたリレはキョトンとしながらシェリーと目が合いヘラリと笑えば、シェリーは気が抜けたように小さく笑い、そしてリレの頭を軽く撫でてくれる。

ジンとウォッカ以外にリレのことを撫でてくれるのはシェリーのみ、いや、ベルモット もだろうがそのことにジンの機嫌は少し降下していく。
それはジンが持つ独占欲のようなもの。
ジンは眉間にしわ寄せながら ウォッカと小声で話しており、 シェリーがリレと言葉を交わすのは
「最近ちゃんと生活できているの?」
「休日はちゃんと過ごしているの?」
そんなメールとも同じ内容のことをリレと話し合い、ちゃんとできているようで安心したと笑ってくれる。

シェリーさんって本当に美人なんだよなあ、なんて別の思考で考えながらもシェリーさんの言葉に返しつつリレはジンを見上げリレとシェリーに意識を向けていないと確認するとそっとリレがシェリーに問いかけたのは

「お姉さんも元気なのかな?」

そう耳打ち一つ。
シェリーはフワリと微笑むと
「とっても元気よ」
一緒に合う?と言ってもあなたがジンと離れることができるなら、だけどね?そう答えてくれた。申し訳なさすぎるが、ごめんなさいシェリーさん、まだ僕はジンと離れることはできません。
そう素直に頭を下げて答えればシェリーはちょっとだけ笑って、ジンのどこがいいのかしら、なんてそれはもうリレ以外には聞こえないように囁いてきたがリレはへにゃりと眉を下げ

「助けてくれたし」

優しいよ?
もちろん最後の言葉は口にしなかったが、まあ、もしかしたらニュアンス的には伝わっているだろうなと、ちょっと 渋い表情でリレを見つめてきたのだから確実だ。それでも リレは笑ったままシェリーを見つめ


「リレ、行くぞ」
「うん」


バイバイ、シェリーさん。またメールでよろしくお願いしますね。
そしてジンのコートを少し掴みつつもシェリーに手を振り研究所という名の製薬所を後にした。
建物も出て地下駐車場の車に乗り込めばジンがバックミラー越しにリレを見つめ


「俺の言葉を忘れたのか」


そんなジンの言葉にリレはキョトンとしハッとした。

ジンとウォッカ以外の人と口を聞くな、話すな、答えるな。 それはもう綺麗に忘れて話してしまった、ごめんなさい。

心臓をドキドキと高鳴らせながらジンの横顔を見つめ頭を下げればジンはタバコを咥え火をつける。
そんな無言の空間にウォッカでさえも口を閉ざし2人のことを見つめる態勢にありリレは恐る恐ると顔上げジンを見つめればジンは煙は吐き出しながらエンジンをかけ


「行け」

とウォッカに指示をだした。
リレには声をかけてくれない 。

「…ジン……」

と呟いてもジンはタバコを咥えたまま、そして車はするすると動き出して進んでいくがジンが本当に何も言わないで タバコを吸っている。
何だか酷く泣きたい気持ちでいても泣くわけにはいかない。
そんな弱いような人間には見られたくない。いやでも僕という存在はいるだけで迷惑だろう。離れると吐き戻してしまうのだから十分に弱いだろう、本当に迷惑しかかけていない 。ただついでに翻訳ができるから連れて歩いてもらってその事実には変わりなく、リレは肩と視線を落としてしまい、ジンはタバコをシガレットケースに押し付け火を消すと


「ちゃんと覚えてねぇとどうなるか、覚えてもらう。夜、しっかり教えてやるよ」


そう含むように笑っておりウォッカは不思議そうにリレを見つめ、リレはもしかして、と感じてしまったのは、そう身体に教え込ませてやる。そういった意味での言葉だろうか、勘弁してもらいたい。

そういえばジンとの行為は久しくしていない、それをジン楽しみにしているようでありリレは頬に熱が集まるのを感じ今度は別の意味で顔を下げてしまえば低く笑ったままもう1本タバコを咥えた。









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